9番線 敷戸vsミサイルに跨る女子高生

 JR新宿ミライナタワー。きさらぎ駅によって模倣されたこのビルは現在、JRきさらぎスゴイタカイタワーという名前になっている。

 その屋上に、直立不動で腕組みする影あり。敷戸である。


 『白虎隊』を撃退した彼は、新宿駅によく似た奇怪な駅に辿り着いた。そこで状況を把握するために、辺り一帯を見渡せる高所に陣取った。

 屋上から街を眺めた敷戸は驚いた。きさらぎ駅を中心に、いくらかの範囲の街並みは再現されている。だが、一定距離を境に街の明かりが途切れ、そこから先は深淵の闇が広がっていた。敷戸が乗ってきた電車が通ってきたはずの線路も途中で途切れている。


「ヌウーッ……」


 これでは帰ることができない。ならばこの空間を作り出している怪異を見つけ、殺すしかない。

 怪異がこの駅に集結していることには気付いている。先程、ビルに登る時にも『油すまし』という怪異と遭遇、戦闘になった。炎を操る強敵であったが、熱が伝わる前に猛スピードで走り抜け、炎の中を強行突破するという奇策を以て倒した。

 他にも怪異がいるはずだ。見つけ出して殺し、それが違うなら見つかるまで殺し続ければ良い。


 ひとまずビルを降りようとした敷戸の耳が、甲高い飛翔音を捉えた。

 敷戸は音のする方向へ目を向ける。星のない夜空に、一条の火炎が飛翔していた。炎の発生源を確かめた敷戸は目を剥いた。

 ミサイルに跨った女子高生だ。


「イヤーッ!」


 敷戸はミサイルをサイドフリップ回避! ミサイルは屋上に着弾、爆発四散! 巻き起こる爆風を、敷戸は身を屈めてやり過ごす。

 敷戸が顔を上げると、JRきさらぎスゴイタカイタワーの屋上に大穴が空いていた。ミサイルが着弾したのだ。当然である。

 だが……おお、見よ! 穴の前に女子高生が立っているではないか! 爆発したミサイルに跨っていたにもかかわらず、女子高生は無傷! 身に纏う白いセーラー服には、煤一つついていない!


「オヌシも怪異の類か」


 敷戸はチェーンソーを構えて尋ねる。


「ご名答。冥土の土産にサインでもあげようか?」


 女子高生は挑発的な笑みを浮かべる。


「ほざけ、非チェーンソーのクズめ。サインなら地獄の閻魔帳にするがいい」


 チェーンソーが唸る。敷戸が女子高生目掛け突進、回転刃を横薙ぎに払う!


「イヤーッ!」


 女子高生は掛け声とともに跳躍! その高さは10mを超える! 人間の跳躍力ではない! 更に! なんたることか、どこからともなくミサイルが飛来したではないか!

 女子高生は眼下のミサイルに着地する。すると、ミサイルは女子高生の意に沿うかのように方向転換、宙返りして敷戸を頭上から襲う!


「イヤーッ!」


 敷戸は跳躍し、先程のミサイル攻撃で空いた穴に飛び込む。下のフロアはオフィスだった。頭上で爆発。コンクリート片が降り注ぎ、パソコンやプリンターが押し潰される。

 そして女子高生が降りてくる。やはり無傷。敷戸は訝しんだ。いかに怪異といえども、ミサイルの爆風を至近距離で受けて無傷なのは不自然だ。ミサイルと女子高生がセットになっているのだろうか。しかし、そのような荒唐無稽な怪談は聞いたことがない。


 敷戸は知る由もないが、読者の皆様にはお伝えせねばなるまい。

 今、敷戸を襲っているのは『ミサイルに跨った女子高生』の怪異である。その名の通り、ミサイルに跨った女子高生が出現するという怪談だ。高速道路で車と並走する『ターボばあちゃん』の派生とされている。

 だがこの怪談には確固とした出典がない。ネット上で検索しても、Wikipediaとpixiv百科事典しかヒットしない。出典ロンダリングの可能性もある。

 それでも、彼女がこうして一個の怪異として敷戸を襲う理由。それは、チェーンソーを超える物理火力を持つ、数少ない怪異として『クソデカきさらぎ駅』に招待されたからだ。


「イヤーッ!」


 敷戸は降りてきた女子高生へ斬りかかった。彼に怪談の正体はわからない。だが、正体がわからずとも殺すことに変わりはない!


「とっ、とっ、おっとっとぉ!」


 女子高生は後ろ向きに走りながら、敷戸の斬撃を避けていく。十分に距離を取った所で、敷戸を指差す。


「火力支援要請!」


 夜空から飛来したミサイルが、ビルの窓を突き破って飛来する!


「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」


 敷戸は連続バク転回避! だが、屋内での爆風は屋上よりも強い! 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる!


「グワーッ!」

「無理しないほうがいいよ、おじさん!」


 女子高生は窓から飛び降りる。真下を通ったミサイルに跨り、敷戸へ突撃!

 敷戸は壁から身を起こす。逃げるどころか、ミサイルに向かって走り出す! そして、すれ違いざまにチェーンソーを斬り上げる!

 ミサイルの弾頭が切断され床に転がった。女子高生は身を反らせ、間一髪斬撃を避けた。しかし、ミサイルは女子高生を乗せたまま壁に突撃。爆発することなく突き刺さる。


「ぶえっ!?」


 跨っていた女子高生は慣性の法則で壁に叩きつけられた。敷戸はそこへ容赦なく突撃する。


「んがっ!」


 女子高生が手を振ると、再びミサイルが射出された。敷戸は突撃を中断し、穴から下へと飛び降りる。


「貰ったぁ!」


 女子高生の咆哮。いつの間に呼び出したのか、新たなミサイルに跨っている。敷戸はミサイルをブリッジの姿勢で回避。後方で爆発。爆風をまともに受ける。

 ミサイルの直撃は免れている。しかし、爆風や破片によるダメージが蓄積されている。このままでは徐々に不利ジリー・プアーだ!


 追加のミサイルが迫る。アドレナリンが体感時間を鈍化させ、走馬灯を伴った生存思考を発動させる。

 ミサイルには2種類ある。女子高生が跨っているものと、跨っていないもの。跨っているものは敷戸を追尾してくる。跨っていないものは直線的な動きだ。チェーンソーの忍者である敷戸が避けることは容易い。

 つまり、女子高生は敷戸にトドメを刺すために、ミサイルに跨る必要がある。そこに付け入る隙がある!

 体感時間が戻る。敷戸は身を反らし、ミサイルを命中寸前で避ける。世界が加速する。後方で爆発。襲いかかる爆風に敷戸は耐える!

 そこへ前からミサイルに跨った女子高生が襲いかかってくる!


「死ねえええっ!」

「イヤーッ!」


 敷戸が放ったのは、蹴り! ヤリめいたサイドキックが、プリンターを吹き飛ばす! 強烈な勢いでプリンターを叩きつけられたミサイルが大爆発!


「おおっ!?」


 思わぬ爆発に驚く女子高生。煙と炎が視界を覆う。


「Wasshoi!」


 裂帛の気合が爆炎を切り裂いた。炎が身を焦がすのも構わず、敷戸がチェーンソーを振りかざして女子高生に飛びかかったのだ!

 反応が遅れた女子高生の肩が浅く斬り裂かれる!


「グワーッ!」


 悲鳴を上げる女子高生! しかし女子高生は歯を食いしばり、追撃を回避! 踵を返し、窓に向かって全力疾走!


「火力支援要請!」


 四方から敷戸目掛けてミサイルが飛んでいく。その間に女子高生は窓から飛び降りる。そして飛来したミサイルの上に乗る。

 ミサイルに跨った女子高生は、方向転換して敷戸を狙おうとする。だが、ミサイル後方に重みがかかった。

 振り返る。ニンジャが女子高生を見下ろしている。ミサイル上で直立不動。女子高生は怪異としての力でミサイルに乗っているが、この男は類稀なる運動神経だけでミサイル上に着地していた。


「バカなーっ!?」

「イヤーッ!」


 敷戸のチェーンソーが煌めく。ミサイルごと女子高生は両断された。敷戸がミサイルから飛び降りると同時に、ミサイルの信管が作動。女子高生もろとも爆発四散した。

 女子高生は殺したが、敷戸の危機はまだ去っていない。地上までの距離は30階分ある。このまま落ちれば、例え前転着地したとしてもアスファルトのシミになるだろう。


 だが、敷戸はそこまで計算済みであった。彼が飛び降りた先には、彼を狙うミサイルがあった。空中で身を捩り弾頭を回避し、ミサイルの側面に足を乗せる。体重をかけてミサイルの方向を調整、サーフィンのごとくバランスを取る。

 数度の微調整の後、敷戸はミサイルを方向転換した。螺旋を描きながら徐々に高度を下げていく。駅前の立体ロータリーが徐々に近付いてくる。

 そして、問題のない高さまで来たところで、ミサイルから飛び降りた。蹴り飛ばされたミサイルはロータリーのど真ん中に着弾、大爆発を起こした。

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