コックリ宇宙大将軍

※ご覧のエピソードは『洒落怖チェーンソーデスマッチ』です。誤投稿ではありません。ご了承ください。





 遠い昔、はるか銀河の彼方で――。





「第3艦隊、損耗率10%を突破!」

「フィンレンスカ中破、後方に下がります」

「スターイーター、エネルギー充填80%!」


 アンドロメダ銀河、マーデナール星系において、宇宙艦隊同士による激戦が繰り広げられていた。

 片方はアンドロメダ銀河連邦軍第一戦闘群『ゾン・キ』。総勢500隻を擁する銀河の最精鋭である。

 もう片方は、そのアンドロメダ銀河連邦に対し反旗を翻した、マーデナール反乱軍。こちらは80隻足らず、大半が輸送艦で、戦力にはならない。

 一部、銀河連邦から強奪した戦闘艦がいるが、それらは既に8割が大破、または轟沈しており、作戦行動は不可能になっている。


 それでも連邦軍は苦戦していた。その理由は、敵存在の特異性にある。


「艦橋より通達! ディブラが左舷外壁に取り付きました!」

「数は」

「50体です!」

「モニター、回せ」


 指令部のモニターの一部が切り替わる。第一戦闘群『ゾン・キ』の旗艦、ツェルゼスカの外壁が映る。アテヌ合金の装甲には継ぎ目一つ無く、神殿の壁のような荘厳さすら漂わせている。だが、それを冒涜するかのように、張り付いた肉塊が蠢いていた。

 それは多種族国家であるアンドロメダ銀河連邦においても異形の姿であった。骨格のない軟体生物で、姿はまるまる太ったヒキガエルのようだ。高密度に収縮させた筋肉を骨代わりにして手足を造り、ツェルゼスカの外壁を這い回っている。


 ディブラ。今回反乱を起こした種族である。ただ、厳密には生命体ではない。素粒子レベルで外部制御される有機ドローンというべき存在だ。

 ディブラには。そもそも脳が無い。様々な機能を持った培養肉の塊に過ぎない。ではどうやってディブラを動かすのかというと、衛星をくり抜いて造った演算特異点ホライズン・コンピューターで外部から遠隔操作する。

 これによりディブラは事実上の不死となった。例え核分裂を起こしても、ホライズン・コンピューターの命令で構成粒子が自己再生を行うのだ。


 この不滅の有機ドローンの研究は、完成すればアンドロメダ銀河連邦を大きく発展させただろう。しかし、突如としてディブラは研究員のコントロールを離れ、有機、無機問わずあらゆる生命体を殺戮し始めた。

 惑星上の住民、及び研究員は文字通り全滅。駆けつけた連邦警備隊も偽装した輸送艦の接近を許し、不死身の接舷攻撃により壊滅。多数の戦闘艦を鹵獲されるという結果に終わった。


「警備隊もこのように取りつかれて、引き剥がせずに侵入を許したのだろうな。確かにこれはどうしようもない」


 ディブラが侵入口を求めて装甲上を這い回る姿を、モニター越しに眺める者が呟いた。

 アンドロメダ銀河では珍しい、二腕二脚人間タイプの外見だった。銀髪碧眼、整った中性的で幼い顔だが、原始時代の発掘品であるパイプを咥えているのがミスマッチだ。

 その名は誰もが知っている。コックリ宇宙大将軍。アンドロメダ銀河連邦の陸軍、海軍、空軍、星間軍の4つを統率する、銀河の最高司令官である。文字通り銀河の叡智を結集した人工生命体は、パイプの煙を吐き出し、挑戦的に笑った。


「だが――このコックリ宇宙大将軍に、一度見せた手が通じると思うなよ?」


 その声に呼応するかのように、外壁上に鋼の兵士たちが姿を表した。

 アンドロメダ銀河連邦軍制式接舷強襲機『ジャア・ルフグン』。2本の足に仕込まれた重力制御装置で外壁に張り付き、2本の腕に取り付けられたアタッチメントで戦う、一人乗りのロボットだ。


《第一装甲小隊、目標補足! 攻撃を開始する!》


 ロボット兵たちが左腕のマシンガンをディブラたちに向けた。無数の鉛玉が吐き出され、ディブラたちをズタズタに引き裂いた。普通の生物ならこれで絶命するだろう。しかしディブラはすぐさま自己再生を始める。


「当初の作戦通りだ。放逐せよ」


 再生中のディブラに、ロボット兵が突進する。そして右腕のクローアームで掴み上げると、上方、すなわち宇宙空間へ放り投げた。

 ディブラは生身だ。ツェルゼスカに乗り移る際は、ミサイルに掴まって、あるいは輸送艦で特攻してやってきた。姿勢制御用のスラスターも、航続距離延長用のブースターも持っていない。つまり、宇宙に放り出されれば、戻ってくる術はなかった。


 あらかじめコックリ宇宙大将軍によって立てられた対策は、単純ながらも効いていた。醜悪な肉塊が次々と宇宙に投げ捨てられる。

 だが、奇妙にも投げ捨てられたディブラが、他の艦にぶつかることはない。全てが何もない方向へ的確に投げ捨てられている。

 装甲兵たちがいちいち方向を確認しているわけではない。その理由はやはり、コックリ宇宙大将軍であった。


《第2雷撃隊は後方に下がれ。第3艦隊のディブラの投棄ルートに乗っている》

《空母ディフタス、ディブラを45.30.270方向に投棄。然る後に航空攻撃を開始》

《第3艦隊を前進させる周囲の艦はディブラが第3艦隊にとりつかないよう、援護に回れ》


 無数の指示が飛び交う。それらは全て、コックリ宇宙大将軍が演算したものだ。部下たちはその指示に従って動いているに過ぎない。

 だが、500隻からなる宇宙艦隊をたった一人で統括するなど、普通は不可能だ。コックリ宇宙大将軍はそれをやってのけている。

 未来予知に近いコックリ宇宙大将軍の推測力と対応力。その理由は、彼女が銀河中の知的生命体の無意識をテレパシーによって集結させた宣託オラクルだからであった。


 宣託オラクルの発端は、ある惑星の住人が使っていた精神感応テレパスという能力だった。彼らは言語もジェスチャーも文字も使わず、意識だけで任意の相手に思考を伝えることができた。しかも相互の同意があれば、銀河の端から端まで一瞬でテレパスを飛ばすこともできた。

 長い研究の末に、テレパスは量子テレポーテーションの一種だと解き明かされた。原子よりも更に小さい量子の世界では、情報だけが遠隔地に出現するテレポーテーションが起こりうる。テレパスはこの現象を意図的に、そして任意に起こすことで、時間と空間を超越して情報を遠方に送ることができるのだ。

 テレパスの解明、そして普及によって銀河の心理的距離は急速に縮まり、やがてアンドロメダ銀河連邦が設立された。


 テレパスの普及は、思わぬ副産物をもたらした。『意識』の在処が判明したのである。自我や感情、魂といったものは化学反応や電気信号による幻覚ではなく、量子存在として見えないながらも確かに存在するものだと証明された。

 乱雑に言えば、誰も行ったことがない宇宙の果てを想像したとき、その『意識』の一部は量子テレポーテーションにより本当に宇宙の果てまで行っている、というものである。

 こうしてテレパス学が急速に普及する。そして研究を積み重ねるうちに、科学者たちはやがてある命題に辿り着いた。


 『多数の意識をテレパスでひとつの肉体に集中したらどうなるか?』


 意識統合仮説である。様々な危険性を考慮した上で実験が行われた。その結果、銀河連邦4兆人の意識の0.025%を集めた超知性体が誕生した。

 10億人分の演算能力は凄まじいもので、あらゆる問題に瞬時に答えることができた。それどころか、短期的な未来予知すらしてみせた。

 連邦政府は彼らに宣託オラクルという呼び名を与え、迎え入れた。彼らの国家指導により、銀河連邦は空前の繁栄を迎えている。

 現在のオラクルは4人。ウィジャ天上裁判長、エンジェル終身名誉大統領、ディエシェン連邦最高議長、そしてコックリ宇宙大将軍であった。


「第3艦隊、指令衛星へ攻撃を開始しました!」


 コックリ宇宙大将軍の指揮は千年不敗。戦闘そのものが数えるほどしかなかったことを差し引いても、不死身の反乱軍程度で敵う相手ではない。

 指揮下の一隊がディブラを払い除け、指令衛星へ攻撃を始めた。島を吹き飛ばすミサイルが、都市を焼き尽くすレーザーが、衛星へ降り注ぐ。しかし。


「駄目です、ディブラに変化なし!」

「ふむ」


 ディブラの動きに乱れはない。もしも何者かがディブラのコントロールを奪ってたとしたら、衛星のどこかにいるはずだ。そこに攻撃を受ければ、命令が乱れるなり、停止するなり、何らかのリアクションがある。だが、戦場のディブラにそのような兆候は一切ない。

 意外な結果だったが、コックリ宇宙大将軍はこれを予測してはいた。予測はしたが――起こってほしくない事態だった。


「已むを得んか。スターイーターを発動する。第3艦隊は後退せよ」


 ツェルゼスカの横を、巨大な物体が通過していく。恒星破壊砲スターイーター。その名の通り、恒星を破壊するための装置である。末期の恒星は超新星爆発やブラックホール化により周辺星系に甚大な被害をもたらすので、その前に吹き飛ばす事を目的として開発された。大雑把に言ってしまえば惑星サイズの土木機械であるが、威力が威力なので軍によって管理されている。


 このような辺境の反乱に持ち込むにはあまりにも大仰過ぎるが、理由はあった。演算特異点ホライゾン・コンピューターの特性である。

 この演算装置は特異点を成立させるために、疑似ブラックホールで覆われていた。本物のブラックホールのようにあらゆる物体を無差別に吸い込むような事はしないが、触れたものはミサイルの爆風だろうと、宇宙戦艦のレーザーだろうと吸収してしまう。

 破壊するためには莫大なエネルギーで疑似ブラックホール内を飽和させるしかない。アンドロメダ銀河でそれを唯一可能なのが、恒星破壊砲スターイーターであった。


「……コックリ宇宙大将軍。恐れながら、本当によろしいのですか?」


 旗艦ツェルゼスカの指揮を執る艦長が、コックリ宇宙大将軍に確認する。


「たかだか衛星1つにスターイーターを持ち出すのは、大仰に過ぎると思います。周辺星系への影響も無視できません。

 監視衛星と巡回艦隊を設置し、宙域を封鎖するに留めた方が良いと存じます」

「確かにその通り。だが艦長、ここであのホライゾン・コンピューターを破壊しなければならないのだ」

「何故?」

「……すまない。君には語れない」


 コックリ宇宙大将軍の予測は、銀河の常識を根底から揺るがす可能性に辿り着いていた。故に、黙殺する。事態が露見する前に、星を喰らう一撃によって終わらせる。


「コックリ宇宙大将軍、最終準備完了しました」


 通信兵からの言葉にコックリ宇宙大将軍は頷き、叫んだ。


恒星破壊砲スターイーター……撃てぇっ!」


 山脈サイズの砲門から重粒子ビームが発射された。宇宙空間に浮かぶ僅かな水素とぶつかり核分裂反応を起こしながら、ビームは直進。ディブラを操る演算特異点ホライゾン・コンピューターが設置された衛星に接近する。

 圧倒的なエネルギーは着弾前から宇宙空間を歪め、衛星を構成する大地や岩盤を残らず剥ぎ取った。疑似ブラックホール球が剥き出しになる。そこに重粒子ビームが照射された。

 始めの数秒は、何の反応もなかった。疑似ブラックホールは静かな水面のように佇んでいた。だが、照射が続き、臨界点を突破すると、文字通り爆発的な反応があった。特異点が崩壊し、重力バランスが崩れ、それまで封じ込められていたあらゆるエネルギーが解放される。莫大なエネルギーは原子を粉々に砕き、素粒子すら編成させ、小規模なガンマ線バーストを引き起こす。

 事象の崩壊を安全圏から見届けながら、コックリ宇宙大将軍は息を吐いた。これで終わるはずだ。


「ディブラ、活動を停止しました」


 モニターには動きを止めたディブラたちが、機甲部隊によって宇宙空間に放り出される様が映っている。間違いなく特異点は消滅していた。勝利を確信した兵士たちは歓声を上げている。

 その中でコックリ宇宙大将軍だけは胸騒ぎを覚えていた。宣託オラクルの胸騒ぎは、通常の知的生命体が不安に駆られた時の反応とは違う。膨大な意識による演算が、未来の危険性を危惧している。


「特異点は崩れたんだ。例えあれが生き残っていたとしても、こちら側に干渉する手段がない」


 コックリ宇宙大将軍は自分に言い聞かせる。宣託オラクルとして生まれてこの方、覚えのない感情だった。不安など。4兆人の知的生命体の意識を持ってしても掻き消せない未知への畏れがあった。


 知性を持つはずがないディブラが反乱を起こしたと聞いた時、宣託オラクルは3つの可能性を予測した。

 1つ、何者かがディブラのコントロール権を奪取した。2つ、ディブラが何らかの偶然で知性を持つようになった。いずれも戦いが終結した今では否定できる。

 最後に残った、最も低い可能性、それは演算特異点ホライゾン・コンピューターが知性を得たというもの。機械知性AIとは訳が違う。重ね合わせの状態にある量子、つまり意識だけで生命体として成立していることになる。

 あり得ない。物理的実体を持たない生命体など。計算式フォーミュラーが生物として振る舞っているようなものだ。


 しかし、コックリ宇宙大将軍は聴いていた。疑似ブラックホールが崩壊し、剥き出しとなった特異点が消滅するまでの刹那の瞬間1アト秒、特異点から発せられたテレパスを。

 それは声と言うにはあまりにも異質であった。例えるなら軋みの音。あるいは擦れる音。音の基本である分子振動を最初から無視した声だった。だが奇妙なことに、それが何を伝えようとしているのかはわかった。


 増殖。自己複製。同化。再定義。


 この宇宙に存在するあらゆる情報を一個の代数アルゼブラに収束させようという、おぞましい意思であった。

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