Moon incident
月人の全軍が異界京都を囲んでから1時間。四方の月人たちは、一斉に進軍を開始した。その数、合計500人。すべて不死身の軍隊である。
対抗する検非違使は、二条城を中心に迎撃する布陣を組んだ。その数、100人。ここに怪異が加わるが、数の上で不利なことは否めない。
それでも検非違使たちの戦意は旺盛であった。
二条城より北へ2km、相国寺。
「敵軍確認!」
物見の式神を飛ばしていた陰陽師からの報告で、ここに詰める検非違使たちが色めき立った。
「来たか、数は!?」
「100……200を超えています!」
「よし! 全員聞け! 我々が守るのは不老不死の薬だが……この相国寺の南には御所がある! 検非違使の威信にかけて、絶対に通すんじゃないぞ!」
検非違使たちは気合を入れ、寺に敷かれた結界に法力を通し、それぞれの武具を準備し、式神たちを展開させ、敵を待ち構える。
やがて、烏丸通りを下ってくる群れが見えてきた。一糸乱れぬ行進を続ける月人の集団だ。その荘厳かつ異様な雰囲気に、検非違使たちは息を呑む。『竹取物語』で相対した帝の軍勢が、一人残らず戦意が萎えてしまったというのも納得する陣容だ。
しかし、あれから千年が経っている。その間、人類は怪異と関わり続けていた。今の検非違使たちに、戦わずに武器を捨てるという軟弱者はひとりもいない。
「弓隊構え!」
弓使いたちが矢を月人へ向ける。月人は無反応で直進を続けている。
「撃てぇっ!」
放たれた矢が夜闇を切り裂く。ただの矢では無い。様々な術や加護が詰まった必殺の一矢だ。矢を受けた月人たちの体が斬り裂かれ、あるいは爆発する。
しかし月人は歩みを止めない。矢を防ぐ素振りも見せない。吹き飛ばされた月人たちの体が瞬く間に再生し、隊列の行進に戻っていく。
頭上の夜空で月が輝いている。不老不死は嘘ではない。月人の体は不滅だ。いかなる傷も立ち所に直ってしまう。そこで次の手を打つ。
「安藤、やれ!」
「承知!」
検非違使のひとりが地面に呪符を叩きつけた。すると地面が盛り上がり、倒れている月人たちを次々と飲み込み始めた。いかに不死身の月人であろうと、地下に生き埋めにされては身動きが取れない。
事態に気付いた月人たちは、ようやく武器を構えた。そこに次々と必殺の矢が降り注ぐ。月人が倒れると即座に地面が割れ、地下へ封じ込められる。それでも月人たちは恐れを知らずに前進、相国寺に殺到する。そこに、近接武器を構えた検非違使たちが立ちはだかった。
「抜刀ォーッ! おのぼりさん共に地獄を観光させてやれェーッ!」
各々の得物を構えた検非違使たちは、雄叫びを上げて月人を迎え撃った。
――
「相国寺、戦闘開始!」
「三条駅でも戦闘が始まりました!」
前線で戦闘が始まった。二条城には大規模戦闘用の指令所が置かれ、八雲暁久長官がその中心に座っている。こうなったらもう暁久に逃げ場はない。腹を括って指揮を執るだけである。
「西側の月人が接近中!」
「数は!?」
「50!」
西側に前線拠点はない。二条城が直接引き受ける形になる。そのような布陣なのは理由がある。
「よしわかった! 全砲門開放!」
暁久の号令で、二条城の秘密防衛機構が作動した。敷地内の様々な建造物が展開し、呪力大砲に変形する。その数合計五百門。すべてを展開した二条城の威容は、さながらハリネズミのようであった。
これこそが百鬼夜行も避けて通る二条城の真の姿。最強の矛・五百羅漢砲と最強の盾・クワバラシステムを搭載した絶対霊的防衛拠点である。
「照準、敵部隊中央!」
「呪力充填完了!」
「一番から百番まで、発射!」
「一番から百番まで、発射!」
長官の号令をオペレーターが復唱、それを受けて五百羅漢砲が西から迫る月人に降り注ぐ。一基でもトラック程度なら軽々粉砕する呪力大砲を百連発で受けて、月人の軍団は粉微塵になって吹き飛んだ。月人たちは再生しようとするが、それらを纏めて大規模結界・封縛陣が包み込む。
「敵戦力、7割を封印!」
「地上部隊が残敵と交戦を開始しました!」
このように、二条城前の戦況は有利に進んでいた。しかし月人は全部で500人いる。そのうちの50人しか二条城に攻め込んでいない。
となれば、しわ寄せは他に行く。二条城指令所に、東と南の苦戦が伝えられたのはこれから間もなくのことであった。
――
二条城より西へ1km、地下鉄三条駅。
「無理無理無理なんだこれ数が多すぎる!?」
殺到する敵を前にして、指揮官の検非違使は悲鳴を上げていた。この三条駅は二条城に次いで防御が硬い。霊的結界である鴨川を背負い、施設そのものも地下に潜っている。その意味が無くなるほど敵が多かった。
「敵は全員で500じゃなかったのか!? それとも、ここに全軍が来たって言うのか!?」
彼らが相対する月人の数は500体。ミーティングで聞いていた全軍の数と同じである。瑠那が密かに郊外に降ろしていた月人の増援部隊が合流したからであるが、検非違使たちにそれを知るすべはない。
「どうしますか、撤退……」
「できるかバカもん! ここより守りに適した場所は後ろに無いぞ! というか背を向けたら総崩れになるわ! 第3班! 第2小隊の援護に入れ!」
悲鳴を上げながらも検非違使は指示を出し続ける。指揮官の彼が思考停止すればこの場所はおしまいだ。生き残るために、必死で指揮を振るい続ける。
「古谷は土遁やってんのか!?」
「やってます!」
確かに倒れた月人の一部が地下に飲み込まれている。だが、1体が地下に飲み込まれる間に3体が新たに攻め寄せてくる。
「手が足りなーい! 他に土遁が使える者はおるか!?」
「ここにいるぞ!」
掛け声が指揮官の頭上を飛び越えていった。見ると、竹でできた馬に乗って、敵軍へ疾駆する人物がいた。手には無骨な
「晋の神童、
どこからどう見ても
次の瞬間、月人の前衛50体を丸ごと飲み込む大穴が発生した。足場を失った月人たちが折り重なって穴底に落ちる。ファンがもう一度地面を叩くと、穴はひとりでに塞がり、元通りになった。
「どうだ!」
「すごい……!」
一般的な土遁とは比べ物にならない大規模術式。それを軽々とやってのけるファンは、正しく伝説に語られる仙人であった。
「じゃあ南に行ってくるわ! 1時間後にまた来るから、それまで頑張って!」
「え……むーりー!」
残り450体の月人に背を向け、フォンファンは馬を走らせる。どのみち連発できない大技だ。三条駅守備隊には頑張ってもらう必要があった。
ファンが向かうのは烏丸御池駅より南へ2kmの所にある東本願寺だ。二条城ほどではないが、ここも由緒正しい霊的防衛拠点である。京都駅に布陣する月人の本隊を迎え撃つにはここが良いという判断だった。
ここには最も多い、40人の検非違使が守備についている。更に、御陵衛士の亡霊を始めとした味方の怪異たちも守備についており、戦力も十分のはずだった。
「ッ!?」
突如奔った閃光がフォンファンの目を打った。思わず目を閉じる。驚いた馬が前足を跳ね上げる。なんとか馬を落ち着かせて顔を上げると、目的地の東本願寺から火の手が上がっていた。寺を守る頑丈な結界が破られている。
「なんだなんだ……!?」
馬を駆けさせ、フォンファンは境内に飛び込んだ。
「尉県の仙人、
「ここです、ここ!」
お堂の陰に検非違使たちが隠れていた。
「どうした、そんなにヤバいのか!?」
「あれです!」
検非違使が指差したのは、すぐそこにそびえ立つ京都タワーだった。その先端が輝いたかと思うと、一条の閃光が放たれ、東本願寺の塔を焼いた。
「なにあれ」
「敵の砲撃です!」
「おかしいでしょ」
京都タワーは観光名所のはずだ。何故あんなビーム砲になっているのだろうか。ファンは物陰に隠れながら霊視をしてみた。
京都に張り巡らされた結界、それを支える霊脈が地下に無数に張り巡らされている。その一部を京都タワーが吸い上げている。さながら、地面から養分を吸い上げる木の根のように。そうして集められた霊脈を頂上にいる術者が受け取り、ビームとして放っている。それが京都タワー砲の正体であった。
「こいつは厄介だな」
「わかるんですか!?」
霊視を終えたファンに驚く検非違使。
「難しいモンじゃないよ。霊脈を汲み上げて上からぶっ放してる、それだけだ」
「仕組みがわかったならなんとかできませんか?」
「そうだな。京都タワーをぶっ壊せる奴はここにいるかい?」
隠れている検非違使たちが顔を見合わせる。無理そうだ。
「ちなみに俺は天才だが、それでも無理だ。単純にデカすぎる」
再びビームが放たれた。お堂の一つに直撃し、爆発炎上する。その様にファンも検非違使たちも身を竦ませる。
「だから、下がったほうがいいと思うんだよな!」
「今、本部に申請中です!」
そうしている間にも、次々とビームが放たれる。だが、様子がおかしい。何度も光るのに衝撃が来ない。不思議に思ったファンが陰から顔を覗かせると、ビームは地上ではなく空を狙っていた。
「なんで上を?」
「あれを!」
検非違使が指差す先には、空を飛ぶ無数の黒い人影があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます