ムシャクル様
テーブルに戻ると、陶と雁金はまだ話してた。メリーさんはアイスを食べ終わって暇そうにしてる。他にも、道の駅の客が数人。どいつも簡単に殺せるけど、やっぱり最初は陶からだ。
「大鋸ァ? 戻ったかァ?」
陶が振り返る。その頭に拾ってきたコンクリートブロックを振り下ろす。
「ッ!」
だけど、陶は椅子ごと地面に倒れて避けた。コンクリートブロックはテーブルに叩きつけられた。
もう一度腕を振り上げたけど、陶は立ち上がりながら椅子を蹴り飛ばしてきた。椅子が足に当たってバランスが崩れる。ブロックが空を切り、手からすっぽ抜ける。
「何すんだテメェ!?」
叫ぶ陶の顔をぶん殴る。ガードされたけど力任せに吹っ飛ばした。倒れた陶に近付く。
「先輩!?」
「ちょっと翡翠!?」
雁金とメリーさんが後ろで騒いでる。焦るな。後で殺すからちょっと待ってろ。
倒れている陶に馬乗りに――。
「ッ!?」
飛び退いた俺の鼻先を革靴の踵が霞めていった。倒れていた陶が腕の力でジャンプして、そのまま蹴りを放っていた。
陶は宙返りして足から着地。右手と右足を引いて構えを取る。
「大鋸ァ……テメェ、こいつァマジでシャレにならんぞ?」
陶がマジの目になった。だからどうした。こっちが殺すだけだ。
その辺の椅子を手に取って、陶の頭に振り下ろす。陶は横に動いて避け、拳を放つ。脇腹に当てられた。痛みを堪え、椅子を横薙ぎに振り回そうとする。だがその前に、陶が俺の腕を抱え込んで押さえつけた。そのまま肘関節を固められる。痛え。
陶の顔に左手を伸ばす。目玉を押し潰してやろうと思った。だけど指は陶の額を突いただけだった。この野郎、気付いて頭を逸らしやがった。
カウンター。鳩尾に肘が2発。キッツい。左腕を陶の腰に回す。固められてる右腕も合わせて、両腕で陶の体を抱え込む。
「オラアッ!」
陶の体を抱え上げ、頭越しに落とす。顔面からだ。アスファルトに脳ミソぶちまけろ!
ところが落とす所ですっぽ抜けた。陶が俺の腕を放して、投げる勢いに乗って跳んだらしい。陶は少し離れたテーブルの上に落下した。プラスチックのテーブルがぶっ壊れる。
「大鋸ァ! 殺す気かテメェ!?」
「そうだよっ!」
立ち上がる陶に突進する。ショルダータックル。ガタイはこっちの方がいいんだ、負けやしない。
「シャアッ!」
ところが陶は、俺の頭に回し蹴りを放った。側頭部に蹴りを受けて、意識が乱れる。タックルが逸れた。
倒れるところを踏み留まる。まだ何も殺してない。振り返る。拳を構えた陶が、深く腰を落としていた。
「カッ!」
咆哮。
衝撃。
腹、喉、顔面。3発ほぼ同時に打ち込まれた。
仰向けに倒れかけた意識が、背中から押される。気絶できない。よくわからんがちょうどいい。
「ガアッ!」
力任せに陶を殴る。顔面にモロに入った。
「ぐうっ!?」
「おおおっ!」
怯んだ陶に突進。喉を掴んで、壁に押し付ける。
「かはっ……!?」
「へし折ってやる……!」
腕に力を込める。何発か殴られるが、腰の入ってないパンチなら耐えられる。
不意に、陶が手を開いた。真っ直ぐ伸びた人差し指と中指が、ゆっくり俺の顔に向かってくる。
目潰しか。さっきやられたののお返しに、指に頭突きする。ところが頭は空を切った。
股間に激痛。
「おごっ……!?」
野郎、目潰しを囮に……!
前屈みになった俺の顔面に蹴りが放たれる。ガードするけど体勢が悪く吹っ飛ばされた。
起き上がり途中に更に蹴り。ガード。しかし、立て続けに打たれて立ち上がれない。
だったら。
「あっ!?」
ガードと同時に足を掴んだ。陶の顔から血の気が引く。
足を掴んだまま立ち上がる。そして、陶の体を力任せに振り回す。
「おおお……っ!」
数回転、遠心力が十分に乗ったところで、投げた。
「オラアッ!」
投げ飛ばされた陶はテーブルに頭から突っ込んだ。凄まじい音が鳴り響く。
椅子を拾って陶に近付く。トドメだ。
だが、陶は立ち上がった。同時に、折れたテーブルの脚を手にして打ちかかってきた。手にした椅子で受け止める。
「大鋸ァ……!」
「陶ェ……!」
鍔迫り合い。目の前の陶は、牙を剥き出しにして吼えた。
「いい加減にしやがれこの野郎ぶっ殺したらぁぁぁッ!!」
「こっちはハナから殺す気なんだ寝ぼけたこと抜かしてんじゃねぇぇぇ!」
椅子を押し込む手に力を込める。陶も本気で押し返してくる。力なら俺の方が上だ。このまま、押し込む。
ところが、いきなり横から白いものが物凄い勢いで吹き付けられた。
「「オアーッ!?」」
白いのがまとわりついてくる。なんだこれ、泡だ!?
勢いが凄すぎて目が開けられない!
更に何かが覆い被さってきた。網だ。振り払おうとしたけど、逆に絡まって足がもつれて倒れた。
「今だっ!」
誰かが叫んだ。そしたら、生ぬるい水をぶっかけられた。
臭ッ!? と思った瞬間、今までの興奮が嘘のようにシラケてしまった。
何やってんだ俺は、と思うと同時に、意識がぷっつりと途切れた。
――
目を覚ますと病室の天井が見えた。
起きようとしたが、起き上がれない。体にロープが巻かれて、ベッドに固定されてる。なんでだ。
「翡翠!」
「先輩!」
横を見ると、メリーさんと雁金がいた。ちょっと離れている。なんでだ。
「おいあんた」
頭上から声をかけられた。知らないオッサンが俺を見下ろしてる。なんでだ。
「……大丈夫か?」
「あ? ああ……。何があったんだ?」
「覚えてないのか?」
「うーん」
気を失う前のことを思い出してみる。陶の話を聞いていて、トイレに行って、それから陶のことをブッ殺そうと思ったんだっけ。
……いや待て待て。ブッ殺すってなんだ、何考えてたんだ俺は。殺すほどのことじゃないだろどう考えても.。
陶のこと思いっきりぶん殴って……そもそも最初はコンクリートブロックだったな!? あいつが上手く避けたから良かったけど、普通ならあれで死んでたぞ!?
しかもあんなところで大喧嘩して、テーブルもぶっ壊して。大迷惑じゃねえか。っていうか警察沙汰だよ!
「うわあ……」
「正気に戻ったようだな」
「あの、すみません。陶は大丈夫ですか? あと、やっぱ警察ですよね?」
引きつりながら男性に問いかける。ところが男性は意外なことを言った。
「いや、アンタは悪くねえ。『ムシャクル様』のせいだ」
――
『ムシャクル様』とはこの辺に居着いてる神様らしい。神は神でもタタリ神の方らしいが。
『ムシャクル様』に祟られると『生き物を殺さなければならない』という強い強迫観念に縛られ、しばしば実際に殺してしまう。それが数年に一度、無差別に起きるらしい。大迷惑だ。
「あんた、トイレに行った帰りにそうなったんだろう? なら間違いない。『ムシャクル様』はそういう所に出るんだ」
オッサンの言う通りだった。俺がおかしくなったのは、トイレに行った後だ。確かトイレでも変なことがあったような気がする。あれか。
祟られた人間を助ける方法はひとつだけ。『ムシャクル様』の祠のそばにある池の水をぶっかけるしかない。俺がかけられた、あの臭い水がそれらしい。
「だがなあ、それでも治らない時がある。アンタのお連れさんがそれだ。残念だが、一生あのままかもしれん」
男は残念そうな顔で言った。メリーさんと雁金も同じ顔だ。
……いや、ちょっと待った。
「陶の奴、取り憑かれてるのか?」
「ああ。俺は正気だって言って暴れるから、別の部屋に閉じ込めてる」
「いや……いや? 多分、あいつ正気だぞ?」
「え?」
「だってあいつ、トイレに行ってない」
「……いや、アンタと殺し合ってただろう? アレがムシャクル様の祟りじゃなかったらなんなんだ?」
「普通にキレてただけかと……」
「ええ……」
その後、半信半疑の男と一緒に陶の様子を見にいったけど、案の定アイツはベッドに縛り付けられて叫んでいた。
「うおーっ! 離せェーッ! 俺は正気だァーッ!」
もちろん正気で、『ムシャクル様』なんて影も形もなかった。だけど周りのおじさんたちはちっとも信じておらず、物陰に隠れて陶のことを警戒していた。
なんか、その……ほんとごめん……。
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