村の駐在さん
警察と話した俺は、そのまましばらく入院することになった。ほとぼりを冷ますのが半分、普通に重症で動けないのが半分だ。
レッドマーキュリーが海外に運ばれたことは、上手いこと相手に伝わるようにしているらしい。これ以上、怪異に追いかけ回される事はないだろう。
万一来たとしても、大麦警部の部下がいるし、メリーさんとアケミが交代で見張りに来るから大丈夫だ。あと、同じ病院に入院している九曜院の護衛で、陶たちもいる。
九曜院といえば、なぜか俺についてきたヤコは、筋肉の神にボコボコにされてふてくされているらしい。しばらくは悪さをしないだろう、と九曜院が言っていた。結局何がしたかったんだアイツ。
大麦警部は、今回の件を使って公安部長を探ってみると言っていた。捜査に必要な資料を偽造しただろうから、その線で攻めてみるそうだ。それが上手くいけば、俺の濡れ衣は晴れる。あと、三億円事件についても調査し直してみると言っていた。
ただ、それじゃあどうも証拠が足りない気がする。資料を偽造するだけなら誰でもできる。下っ端が切られて終わりだろう。問答無用で黒幕を引っ張り出せる、決定的な証拠が必要だと思った。
一通り状況が落ち着いたその日の晩。メリーさんが家に帰った後、俺はスマホを取り出し、電話をかけた。
《もしもし?》
「よう、万次郎さん」
《翡翠クン! 無事だったんか!?》
電話の向こうの万次郎さんは本気で驚いていた。
「ああ。今、警察に捕まって病院に入ってる」
《……死にかけとるんか?》
「まあな。銃で撃たれたし、全身ボロボロだ」
《おま……》
何かと喋りまくる万次郎さんが絶句している。珍しいもんだ。
「で、だ。万次郎さん。聞きたいことがあるんだが……」
《その前に。翡翠クン、今、周りに誰かいるか?》
万次郎さんのエセ関西弁が消えた。マジの話をしようとしている。俺は周りを見て、誰もいないことを改めて確認した。
「ああ」
《おう。すまない、翡翠クン。ボクはキミを裏切った》
「……ああ」
《驚かないのか?》
「だろうな、とは思ってた」
鹿島港で待ち伏せされて、流石の俺でも気がついた。あの時、俺たちが港に行くと知っていたのは、俺たち以外だと万次郎さんしかいない。それに、レッドマーキュリーで作った金を換金する相談も万次郎さんにしてたし、いつもは警察をなんとかしてくれるのに、今回はまるで動かなかった。いくら俺でも、おかしいってわかる。
「狙いはやっぱり、レッドマーキュリーか?」
《うん》
「そんなに金が欲しかったのか? 万次郎さんなら、金なんていくらでも引っ張ってこれただろ?」
《親父が欲しがってたんだ》
「……ああ?」
万次郎さんの親父ってことは、石黄さんか。いや、それはおかしい。それこそ万次郎さん以上に金を引っ張ってこれるはずだ。なんてったって、"政治"の大鋸のトップなんだから。
「何するつもりなんだ」
《……信じられないだろうけど、アレを爆発させて、東京を壊滅させるつもりだったらしい》
「は?」
金じゃなくて爆弾が欲しかったのか?
「何、テロ? 黄石さん、テロリストになったの?」
《ああ。テロリストにデタラメを吹き込まれて、革命を起こすとか言い出した。
しかも、レッドマーキュリーを奪うためなら翡翠クンが死んでもいいって言いやがった。
実の親とはいえ愛想が尽きた。イカれた思想に付き合って何万人も人を殺すくらいなら、ボクは恥を晒すよ》
本気なんだろうか。俺には後悔してるとしか思えないけど、何しろ万次郎さんは騙しのプロだ。ホントかウソか全然わからない。
でもまあ、どっちにしろ俺がやることはかわらない。ホントかウソか判断するのは警察の仕事だ。
「恥を晒す覚悟があるなら、ひとつ頼まれてくれないか?」
《警察か? もちろん、全力で手を回すとも》
「違う違う。警察の中に俺に濡れ衣を被せた奴がいる。そいつを捕まえるための決定的な証拠がほしいんだ。
今、警察が頑張って証拠を探してるんだけど、多分難しいと思うんだ。だから万次郎さんも証拠を探してほしい」
《……ん? 翡翠クン、キミ、公安に捕まってるんじゃないのか?》
「違う。なんだっけ……人身安全保障部対応課だっけ……なんか長い名前の部署と、あと茨城県警」
《……対応課か!》
「そうそれ」
すると、万次郎さんはしばらく考え込んでから提案してきた。
《そんならとっておきのネタがある。少し待ってくれるか?》
「何をするんだ?」
《初代課長と話をつけてくる》
――
入院してから2週間が経った。万次郎さんが、話がまとまったと連絡してきたから、みんなを集めて病室で作戦会議を開くことになった。今いるのは、メリーさんたち、陶たち、それと警察の人たち。勢ぞろいだ。
一方、万次郎さんは直接ここにはこないで、パソコンの画面越しに俺たちと話している。
《ほな改めまして、大鋸万次郎です。はじめまして。今日は名前だけでも覚えて帰ってください》
「前にも会ってる」
「漫才の人?」
メリーさんと亀谷が同時にツッコミを入れた。
「はじめまして。警視庁人身安全対策本部総合対応課の大麦です」
大麦警部はペースを崩さない。
「概要はこちらの大鋸さんから聞きました。公安部を追い詰める決定的な証拠を用意していると。
我々もこの2週間捜査を進めてきましたが、公安の秘密主義に阻まれて有効な手がかりは見つかりませんでした。
その上でお聞きしますが、どのような証拠をお見せいただけるのでしょうか?」
《まあまあ、焦らないで。その前に、挨拶しておいたほうがええんとちゃう?》
いや、挨拶はもう済んだんじゃないの?
そう思っていると、パソコンから別の声が聞こえた。
《万次郎さん、これ、俺、映ってないんじゃないの?》
《えっ、あっホンマや》
画面の外に別の人がいたらしい。万次郎さんが向こうのパソコンを回転させると、机の向かいに座るお巡りさんが見えた。俺の故郷、過縄村の交番の長谷部さんだ。
「長谷部課長!?」
長谷部さんを見て、大麦がめっちゃ驚いた。
「ご存知で?」
「対応課の初代課長です。急に県外へ転勤になったという話でしたが……」
《よっ、久しぶりだな、大麦》
気さくにあいさつする長谷部さんは、よく知ってる交番のおまわりさんだ。とてもエリート刑事には見えない。
「今は……交番勤務ですか? 貴方のような人が、なぜ?」
《わかってんだろ? 首を突っ込みすぎて、上に睨まれちまってな。長野の山奥に飛ばされちまった。
ま、口止め料はたんまり貰ってるし、村の人たちも見張りとは思えんくらい良い奴らだから、安心してくれ》
大麦と亀谷が凄い顔でこっちを睨んでくる。やめて、知らなかったから。長谷部さんがそんな人だなんて、本当に知らなかったから。キャラメルくれるおじさんだとしか知らなかったんだよ。
《それで、だ。公安の輪堂を追い落とす決定的な証拠なら、心当たりはある》
「本当ですか!?」
《ああ。『三億円事件』が絡んでるんだろう? 俺が最後まで追いかけてたヤマだ。そのせいで対応課を外されたんだが……万次郎さん》
ここで長谷部さんが万次郎さんに向き直った。
《この話、アンタの親父さんから直々に口止めされてる話だ。いいんだな?》
つまり万次郎さんは、黄石さんと真っ向から勝負することになる。長谷部さんはその覚悟を確かめているんだろう。
万次郎さんは、一拍の間を置いてから頷いた。
《よし、わかった。つっても、俺は怪異とは縁が無かったから、三億円事件の犯人が怪異だったって言われるとお手上げなんだが……》
「いやいや」
「おいおいおい」
今までの前フリはなんだったんだよ。
《だけど、手がかりならある。
俺が警視庁を追い出される前、ある極左活動団体のアジトの周りで、三億円事件の犯人に似た奴を見たって話を聞いたんだ。聞き込みをしたら、確かにいくつも目撃情報があった。
それで、アジトにガサ入れするために、捜査令状を取ろうとしたんだ。そうしたら許可が降りなかった上に、輪堂にとっ捕まって延々と説教された。縄張りに入るなって話だったな。公安は過激派を見張るのが仕事だから、その時はそこまで変には思わなかったが……今の状況を聞くと、なあ》
「まだ証拠はありませんが、極めて怪しいですね」
犯人がいそうな所を調べようとしたら、俺をハメた奴が邪魔してきたって、それもう関係ありますって言ってるようなもんだろ。
《その時の資料は、対応課の49番ロッカーに入ってるはずだ。使ってくれ》
「感謝します、長谷部課長。では早速、署に戻って資料の確認を……」
「ちょっと待った」
吉田が声を上げた。
「何か?」
「ガサ入れ、するんでしょ? なら私らも混ぜなさい。やられっぱなしじゃあ性に合わないからねえ」
「お気持ちはありがたいのですが、遠慮しておきます。民間人を捜査に利用するわけにはいきませんので」
「つっても対応課はこの前ので1人死んで、5人が入院でしょ? 4人だけじゃあ、あのチェーンソー使いを止めるのは厳しいわよ?」
チェーンソー使い。もちろん、俺のことじゃない。相手側にいるチェーンソー使いのことだ。吉田があの工場で戦っていたが、まったく決着がつかなかったらしい。なんでも、体が鋼鉄みたいに硬くて、殴っても斬っても傷ひとつつかなかったそうだ。
ただ、チェーンソーの技量はそこまででもないらしく、吉田の方も目立った攻撃は受けなかった。結局お互いに有効打を打てないまま、横から土蜘蛛が飛んできたので引き分けになったらしい。
更に話を聞いてみると、あのヤコも筑波大学の地下でチェーンソー使いと戦っていたそうだ。アイツもかなりのバケモノなんだけど、チェーンソー使いを傷つけることはできなかった。
そんなとんでもない奴を、人数が半分になった警察で止めるのは難しいだろう。
「いえ、我々4人でなんとかします。吉田さんはご自身の業務に集中してください」
「つれないわねえ。昔は仲間だったんだから、素直に頼っておきなさいよー」
「えっ、吉田さん、警官だったんですか?」
雁金が驚く。俺も初耳だぞ、びっくりだ。
「警官じゃないけど、雇われ訓練教官って感じ? 怪異退治の腕を買われて、大麦くんたちの稽古をつけたのよ」
「その最中に異性関係で問題を起こしてクビになったことは誰も忘れていませんからね?」
「失礼な! 同性にも手を出してますー!」
最悪だよこいつ。陶もげんなりしてるじゃん。
「とにかく吉田さんは大人しくしていてください。そもそも令状が出るかどうかわからないんですから」
そういえばそうだ。警察はちゃんと手続きしないと捜査ができない。長谷部さんの資料で怪しい秘密基地が見つかっても、調べる許可を偉い人に出してもらう必要がある。そして、その偉い人の中に公安の輪堂がいるんだから、出ない可能性が高い。
工夫しなきゃいけない。例えば、輪堂でも捜査したくなるような事件が起きるとか。例えばそのアジトから核爆弾が見つかったりとか、殺人犯が立て籠もってるとか、そういう大事件が起きたら、どんなに都合が悪くても捜査令状を出すしかないだろう。
「あっ」
あるじゃん。大事件。
「先輩?」
「思いついた。捜査令状を出す方法」
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