棒の手紙

 なあ。棒、ってどれぐらいの長さだと思う?

 いや、そういう条件とかなしに。『棒』って聞いてどういうものをイメージするのか聞きたいんだよ。

 ふむ。ふむふむ。なるほど……肘から指先ぐらいの長さで、太さは片手で握れるぐらい。そんなもんか。

 なんでそんな事聞くのかって? いや、この前、『棒』の定義を揺るがす事件が起きたんだよ。


 先週、封筒がアパートのポストに入っていた。表に『大鋸様』って書かれていて、差出人はなくて、消印もついていない。ポストに直接放り込んだらしい。

 妙だな、と思いながら封筒を開けると、手紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。


『28人の棒をお返しします。

 これは棒の手紙といって、知らない人から私の所に来た死に神です。あなたのところで止めると必ず棒が訪れます。

 口日以内に文章を変えずに28人に出して下さい。

 私は1011番目です。大変申し訳ありませんが、これはいたづらではありません。

 必ず次に書くことに注意して下さい。


 1.必ず書き直して下さい(キ紙、ヒピー可)

 2.口日以内に見せつはいMない(男女関係むし)


 1つでもかけている場合あなたによくない日が続きむす。

 本当に申し訳ありませんでも出さないと本当に起こります。

 (私もキがふるえているのをおさえてかいてむす)』


 棒……棒!?

 訳がわからなかったからググってみた。どうやら『不幸の手紙』の一種らしい。字が汚すぎて『不幸』が『棒』になっちゃったんだとか。言われてみれば、『ロ日』とか『キ紙』とか『むす』とか、変な日本語が多い。

 そうそう、それ。ホラー小説にもなってるらしいな。俺はググっただけだから読んでないけど。やっぱネタとしてはあるんだなあ。

 まあチェーンメールだし、もう日本語がめちゃくちゃで意味が伝わってないし、無視してゴミ箱に放り込んだよ。


 それから2週間後、ヤツがやってきた。


 その日は森で木を切っていた。木にチェーンソーを入れて切り倒した時、妙なことに気付いた。

 切り倒した木の中に1本、妙に太い木があったんだ。あの時は間伐で、太いものは切らないようにしてたからおかしいと思ったんだ。

 まさか間違って切り倒したなんてありえないし、一体なんだと思って近付いたら、その木がひとりでに立ち上がった。


「お、おお……?」


 糸で引っ張られてるみたいに、スーッと丸太が立ったんだ。立ち上がった木の高さは5mぐらい、太さは直径40cmくらいだった。

 なんだなんだ、って思ってたら声が聞こえてきた。


「手紙を送りませんでしたね?」


 合成音声みたいな感じの声だった。あの、ゲームのRTA動画とかでナレーションしてるやつ。赤い方。あれに似てた。

 RTAが何かって? Real Time Attack、要するにゲームをどれだけ速くクリアできるかってヤツだ。解説がないと訳わからない動きをするんだよ、あれ。

 よし、木の話に戻るぞ。


「誰だ?」


 合成音声に驚いて、辺りを見回してみたけど、人影は見当たらない。まさかと思って目の前の木を見上げた。そうしたら、木が微かに揺れて声を発した。


「棒です」

「棒……?」


 もう一度言うぞ。その木は高さ5m以上、直径は40cmくらいあった。


「いや、丸太だろ」

「棒です」


 自分を棒と言い張る丸太。もうめちゃくちゃだよ。


「手紙を送りませんでしたね? 棒があなたを殺します」


 棒読みの合成音声で喋った丸太は、そのままこっちに倒れ込んできた。


「うおおっ!?」


 俺は慌てて飛び退いた。さっきまで立っていた場所に丸太が地響きを上げて倒れ込んだ。あの大きさの丸太は、軽くても500kgはあるはず。下敷きにされたら最悪死んでた。

 丸太から距離を取ると、俺はチェーンソーを構えた。まともにぶつかるわけにはいかない。パワー負けする。

 丸太が立ち上がる。その途中で、いきなり俺の方に飛びかかってきた。


「ッ!」


 突き出された丸太の先端を、身をよじって避ける。顔のすぐ横を丸太が通り抜けていった。あれだな、除夜の鐘。まあ俺は鐘じゃなくて普通の人間だから、あんなもんの直撃食らったら死ぬから、必死だったよ。


「オラァッ!」


 丸太の横にチェーンソーを押し付ける。棒だか丸太だか知らないが、木材である以上、チェーンソーなら切れるはずだと思ったんだ。案の定、回転刃が丸太の横幅を削り取り、食い込んでいった。


「うおおおおおおおおお」


 丸太は棒読みの悲鳴をあげて、身をブンブンと振り回した。その勢いでチェーンソーが外れちまった。

 太さがある上に硬い木材だ。一発で切り落とす、って訳にはいかなかった。


「一発食らうぐらい誤差だよ誤差」


 棒はマジでRTAみたいなこと言い始めた。だけど、このセリフが出てくるってことは、想定外の事態で焦ってるってことだ。

 だったら殺れる。


「ビビッてないで攻めてこいよ、丸太野郎!」


 手招きして煽ると、丸太が飛びかかってきた。


「予定変更、攻めチャートに移行します」


 丸太のボディプレスを横に跳んで避ける。そして、倒れた丸太にチェーンソーを振り下ろす。いい音がしてチェーンソーの刃が丸太に食い込んだ。


「おああああああ」


 気の抜けた叫び声をあげて、また丸太が暴れ出す。今度は腰をどっしり落として耐える。数秒の格闘の後、丸太が切断された。


「あっ」

「どうだ!?」


 ちょっと短くなった丸太は浮き上がり、グルグル周りながら襲いかかってくる。短い方の破片はピクリとも動かない。大変だが、このまま分解し続ければ勝てると思った。

 丸太の回転アタックを屈んで避ける。丸太は後ろの木にぶつかり、物凄い音を立てて弾き返された。

 怯んだ丸太に飛びかかり、チェーンソーを突き立てる。木のカスが飛び散り、丸太が再び切断された。


「ちくしょおおおおお自己ベストペースだったのにいいいい」

「再走しやがれバーカ!」


 完全にペースを掴んだ。丸太の攻撃を避けつつ、チェーンソーでどんどん切り刻んでいく。丸太が襲いかかってくるのは最初はビビッたけど、よくよく考えたらただの丸太だ。武器を持っているわけでもないし、手足が生えてるわけでもない。飛んでくる丸太を避ければいいだけの、単調な相手だった。


 やがて丸太は動かなくなった。辺り一面に丸太だったものが散らばっている。どれもこれも切り株サイズまで輪切りにされていて、棒を名乗れなくなったんだろう。

 見た感じただの木だったから、フォワーダに積み込んで製材所で引き取ってもらった。あのサイズだとチップ材にするしかないから、大した金にはならなかったけど……手元に置いとくのも気味が悪いからな。


 それで話は終わりなわけだが……ひとつ質問がある。

 この話に出てきたヤツ、『棒』だと思う? それとも『丸太』だと思う?

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