3回見たら死ぬ絵

「おやー! 久しぶりじゃないですかー!」


 用事があって秋葉原を歩いていると、声をかけられた。

 近付いてきたのは、灰色のパンツスーツ姿の女だ。茶色いショートボブで、童顔だ。誰だこいつ。


「ええと……?」

「あれ、覚えてません? 私ですよ、私! 高校で一緒だったじゃないですかー!」

「ん、ああ。なるほど」


 マズい。高校の同級生だ。俺には大学以前の記憶がない。だから、高校の同級生に再会しても何も思い出せない。

 だからといって冷たく突っぱねると、凄い話がこじれる。こういう時は……話を合わせる!


「確か、同じクラスにいた……?」

「そう! そうです! 覚えててくれたんですねー。この近くで働いてるんですか?」

「いや、今日はちょっと買い物に……」

「そうでしたか! ってことは、お時間あります?」

「ん? まあ、な」


 いいチェーンソーが入っていないかどうか、穴場の電気屋を巡っている最中だ。急ぎの買い物じゃない。


「それなら良かった! 今、仕事でアンケートを取ってるんですけど、ちょっと協力してくれません? ノルマがキツイんですよー」

「アンケートって、長いヤツか?」

「全然、全然! 4,5問で終わりますから!」

「それぐらいなら……」

「良かった! それじゃあそこがお店ですから、さあさあどうぞ、入っていってください!」

「お、おう……?」


 有無を言わせぬ勢いで、俺は側にあった小さなビルに押し込まれた。


――


 アンケートは確かに5問で終わった。休日は何をしてるかとか、年収はいくらぐらいとか、推しのアイドルは誰かとか、本当に簡単なものだった。

 問題はその後だ。


「ところで絵に興味はありませんか?」

「え?」

「絵!」

「え?」

「そういうダジャレじゃなくて」

「真面目に聞いてるんだが?」


 確かに店にはいろいろな絵が飾られているけど、アンケートに絵の話は何もなかったはずだ。


「実はですね、弊社では海外の画家の絵を取り扱っておりまして」

「はい?」

「本来なら100万円からが相場なんですけど……こちらのアンケートに答えていただきましたので、今だけ限定、半額で販売いたします!」

「いや、いらねえよそんなの……」


 家はアパートだし、興味のない絵を飾っておくスペースなんてない。


「いやあ、せめて絵を見てから判断してくださいよー」


 そう言って、同級生を名乗る女はテーブルの横にあった包みを開け始める。

 面倒くさいことになってきた。ただのアンケートかと思ったら、これはキャッチセールスだったか。

 そういえば、前に会った高校の同級生は、最終的に宗教の勧誘をしてきた。もちろん断ったんだが、俺の通ってた高校は迷惑人間量産工場だったのか?


 ともかく、逃げる算段を立てる。入り口には黒いスーツ姿の男が2人。強面だ。下手に断ればあいつらが襲いかかってくるんだろう。こっちの武器は、今座ってるパイプ椅子だけ。相手が素手なら圧倒できるが、ナイフや銃を持ち出されたら分が悪い。

 どうしたものかと考えていると、包みを開いた同級生が中身を見せつけてきた。


「はい、こちらポーランドの有名画家の絵です!」


 その絵を見て、俺は目を丸くした。


 剥き出しの土と濁った湖、そして灰色の空が広がる荒野。生き物の気配が微塵も感じられない空間に、背もたれのついた四本脚の椅子がある。

 その椅子の上に、異様な物体が置かれている。病的に白い人間の生首だ。女性のようで、目は黒く落ち窪んでいる。髪は黒く、首の後ろ辺りまで伸びている。生首の下からは無数の白い触手が生えて、首を椅子の上に立たせていた。


 一言でいうと、不気味な絵だ。


「なんだこの絵は……?」

「えっと……タイトルは、『3回見たら死ぬ絵』ですねー」


 同級生が名前を読み上げた。


「なんです?」

「『3回見たら死ぬ絵』です」

「……いやいや」


 いやいやいや?


「『3回見たら死ぬ絵』?」

「『3回見たら死ぬ絵』」

「それを売るの?」

「もったいないとはおもいますけどねー。本当なら100万ですよ、100万。それが今だけ半額で50万!」

「そういう問題じゃない。3回見たら死ぬんだぞ?」


 同級生は首を傾げいている。


「そんな事あるわけないでしょ?」

「じゃあなんでそんなタイトルが付いてるんだよ!?」


 しばらく考えた後、女は答えた。


「ショッキングなタイトルの方が売れるから?」

「売り物だろ!? もうちょっと調べろ!」


 ここまでバカなキャッチセールスは見たことない。……いや、キャッチに遭うのは初めてだから、他がどれくらい頭いいのかは知らないけど。

 まさか、どこもかしこもこんなもん、とかは言わないよな?


「で、いかがですか、この絵? 今ならお買い得ですよ?」

「買うわけないだろ」


 あと2回見たら死ぬんだぞ。買って家に帰って飾って、その後ちょっと目を離したら終わりだ。


「……わかりました」


 同級生はようやく諦めてくれた、かと思いきや。


「でしたら特別大サービスです!」

「いや、いいって」


 俺の言葉を聞かず、同級生は新たな絵を取り出した。


「特別に! この絵の複製を2点、おつけいたします!」


 『3回見たら死ぬ絵』が追加で2点出てきた。


「バカヤローッ!?」

「さあどうです? 100万円の名画が、今なら3点セットで50万円! 買うしかないでしょう?」

「そうじゃなくて……!」


 なぜ、こんな不気味な絵を売りつけようとするのか。

 なぜ、『3回見たら死ぬ絵』を3点セットにしたのか。

 なぜ、100万円の名画の複製なんてものを作ったのか。


「ツッコミどころを……絞れ……!」

「ちょっとお兄さん、これだけお得にしてるのに買わない気じゃないでしょうね?」


 入り口の扉付近に立っていたスーツの男たちが近付いてきた。けど、ごめん。今ちょっと心が荒れすぎて相手できない。


「すまん、ちょっと落ち着かせてくれ」

「いいからねえ、早くサインしてほしいんですよ。こっちも仕事でやってるんですから、いつまでもあなたの漫才に付き合ってる暇はないんです」

「ボケを繰り出して漫才にしてるのはお前らだろ!?」


 そう言った直後だった。

 ドン、と重い音が部屋に響いた。何かと思って音がした方を見る。

 ドアが揺れている。誰かがドアを叩いている。また、ドン、と音がした。ノックなんて軽いものじゃない。体全体をぶつけているかのような、大きな音だ。

 キャッチセールス軍団の仲間か、と思った。しかし、同級生と黒スーツたちは顔を見合わせている。違う? じゃあ誰だ。


 答えは、ドアから突き出したチェーンソーだった。


「なっ……!?」

「ギャーッ!?」


 同級生が汚い悲鳴を上げた。

 俺たちが見守る前で、チェーンソーはドアを斜めに切り裂いた。壊れたドアから、チェーンソーを持ったモノが入ってくる。

 椅子だ。奇妙に捻じくれた四脚の椅子が、ひとりでに歩いている。背もたれの代わりに茶色い腕が生えていて、それがチェーンソーを持っている。そして椅子の上には、触手の生えた真っ白な女の生首が乗っていた。

 思わず振り返る。3点並んだ『3回見たら死ぬ絵』に描かれた、不気味な椅子とそっくりだった。


「3回見たら殺しに来るのかよ!?」


 叫びながら、俺は座っていたパイプ椅子を持ち上げた。チェーンソーを振りかざして迫る怪物の顔面に、正面から突き出す。鈍い音を立てて、パイプ椅子が怪物の鼻に突き刺さった。

 怪物がのけぞってよろめく。チェーンソーの刃先がふらついている。その様子を見て俺は確信した。

 こいつは素人だ。殺れる。


「オラァッ!」


 踏み込んで、パイプ椅子を振り下ろす。狙いは側頭部。頭蓋骨を打ち付ける感触が手に伝わる。更にパイプ椅子を振り下ろす。ちょっと狙いが逸れて椅子に当たった。椅子vs椅子だ。

 ところが、顔に当たっていないのに、顔が苦痛に歪んでいる。さては椅子も含めて体だな? そいつはいい!


「シャアッ! ッシャアアッ! おらっしゃあ!」


 椅子の怪物を何度も殴りつける。とうとう、怪物が痛みに耐えかねてチェーンソーを取り落した。背もたれが腕に変わっていたから、当然、チェーンソーを落とした先には椅子の座る所、すなわち怪物の頭があるわけで。


「ギャアアアアッ!?」


 白い頭にチェーンソーが突き刺さった。怪物は鳥肌が立つような悲鳴を上げた。チェーンソーは無情にも唸りを上げて怪物の頭を真っ二つにする。勢いで椅子も真っ二つになった。

 怪物が動かなくなったのを確かめて、パイプ椅子を投げ捨てる。俺は振り返ると、身を寄せ合って震えているキャッチセールスたちに向かって吐き捨てた。


「帰るぞ! いいな?」


 すると同級生が震える声で言った。


「6枚セットにしますので、10万で買いません……?」

「いらねえよ!?」


 どんだけ商魂たくましいんだよお前は!?

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