汝は人狼なりや? Wave2

 トゥルーデが次の『こころあばきの魔法』の準備をしていると、待望の折り返しの電話が来た。警視庁の怪異担当の刑事、大麦からだ。

 今の状況をざっくり説明すると、電話の向こうからため息が聞こえてきた。


《よくそんなに騒動に出遭えますね》

「遭いたくて遭ってる訳じゃないんだよこっちは。早く助けてくれ」

《申し訳ありません。まだ時間がかかります》

「なんでだ!? お前らの目の前でナチスが暴れてるんだぞ!?」


 警視庁から銀座まで2kmも離れていない。何しろ警視庁の高いビルがここから見えるくらいだ。実際には異界だからそんな簡単な話にはならないけど、それでも10分あれば歩きで来られる距離のはず。


《数百匹の怪異を相手にするには、こちらの戦力が足りないんですよ》

「……あー」


 そういや大麦の部署は10人くらいしかいなかった。助けに来ても返り討ちに遭うのがオチか。


《今、上に掛け合って他に動ける人員がいないか探しています。見つかり次第連絡しますので、もう少し耐えてください》

「しょうがないか。陶たちにも連絡したから、そっちにも話してみてくれ。連携すれば数も集めやすいだろ」

《わかりました》


 残念ながら、そう簡単に助けは来ないみたいだ。もう少し、自分たちだけで頑張る必要があるらしい。


 スマホをポケットに仕舞い、エアコンの室外機の影から顔を出す。隣のビルの窓辺で、イヌモドキがギャアギャアと騒いでいる。更にその後ろには、騎士団の僧侶たちが控えている。

 奴らはビルとビルの間にロープを渡して、こっちの屋上に移ってこようとしている。ロープを切るなり外すなりすればいいんだけど、後ろに控えている僧侶たちが光弾を撃ち込んでくるから、そう簡単には近付けない。


 一度目の攻撃ではここを守っていた『土饅頭の兵士』の銃で牽制して、飛び移ってきたイヌモドキたちを各個撃破してなんとかしたらしい。だけど、今回は『土饅頭の兵士』に『心暴きの魔法』を使うから、守りに穴が開く。


 そこで俺たちが土饅頭の兵士の代わりに屋上の守りにつくようになった。

 ちなみにエレベーターホールには、俺達の代わりに無実が証明されたクマのフンベルトが入っている。クマが守ってるならまず大丈夫だろう。


 屋上を守っている怪異憑きは4人。『ヘンゼルとグレーテル』、『オオカミと七匹の小ヤギ』、そして『物知り博士』だ。


「銃があると無いとじゃ別物だからな。助かったよ」


 クロスボウを持ったドイツ人の男はヘンゼル。その隣には鉄甲を装備したドイツ人の女、グレーテルがいる。2人で1つの怪異憑き、『ヘンゼルとグレーテル』だ。


「……なあ、『ヘンゼルとグレーテル』ってどんな話だっけ?」


 ヘンゼルとグレーテルの2人を見て、そんな事を思う。こんな物騒な話じゃなかった気がする。確か青い鳥が出てきてお菓子の家に辿り着くんじゃなかったっけか。


「『ヘンゼルとグレーテル』っていうのはな」


 ヘンゼルの方が答えた。


「魔女が出る」

「うん」

「そして殺す」

「はしょりすぎだ」


 合ってるんだろうけど、何の説明にもなっていない。クロスボウで縫い止めた魔女を鉄甲で殴り殺すおとぎ話だって誤解されても知らねえぞ。


「兄さん、下の連中が動いたよ」


 屋上の縁に腰掛けて地上を見ていたグレーテルが声を上げた。下が動いたなら、連動してこっちも攻め込んでくるだろう。


「そろそろか。準備しろ」


 俺たちはそれぞれの武器を構えて待った。屋上からホテルの中に入るための出入り口には、しっかりとバリケードを築いている。エレベーターホールと同様、そう簡単に突破はさせない。

 気をつけるべきは人狼だ。奴は今度はどこを襲うか。こっちか、それとも別の防衛地点か。


「よおーっし! 行け行けーっ!」


 向かいのビルが一際騒がしくなったかと思うと、ロープを伝ってイヌモドキたちが次々とこっちに乗り移ってきた。たまに足を踏み外して落ちる奴もいるけど、ほとんどは問題なく屋上に辿り着く。

 そこに雁金のショットガンと、ヘンゼルのクロスボウが射撃を浴びせた。着地狩りだ。狙われた怪異たちは為す術もなく撃ち殺される。

 それらを潜り抜けたバケモノたちが、バリケードに近付いてくる。エレベーターホールのような有刺鉄線のトラップは無いから、バリケードまで素通しだ。ここからは俺たちの出番だ。


「それじゃあ、よろしくお願いしますね。お客さんがた」


 俺の隣でそう言ったのは、『オオカミと七匹の小ヤギ』の怪異憑き。ただ、オオカミはいないし、小ヤギは7匹どころか1匹もいない。

 ここにいるのはヤギの角を生やし、刀のように大きなハサミを持った女だ。赤い瞳を細めてニヤニヤと笑っている。


「お前のどこが小ヤギなんだ?」

「ご冗談を、どこからどう見てもお母さんヤギでしょう?」


 お母さんがこんなんじゃ子供が泣くぞ、と言おうとしたけど、イヌモドキがすぐ側まで迫っていた。無駄話を止めてイヌモドキの首をチェーンソーで刎ね飛ばす。


「メェェェッ!」


 ヤギ女はヤギのような雄叫びを上げて、怪異たちを次々と斬り裂いていく。ハサミで首をちょん切ることもあれば、開いたハサミを振り回して周りの怪異を撫で斬りにすることもある。エレベーターホールに比べると、一辺に襲ってくる数は少ないとはいえ、1人で前線を受け持てるほどの暴れっぷりだ。


「何あれぇ……」

「うわぁ……」


 メリーさんとアケミも、ヤギ女の暴れっぷりに呆然としている。俺も同じ状態だ。バケモノがほとんど近付けない。


「いやあ、本当に恐ろしいデース……」


 バリケードの影に隠れたトレーナーの男、『物知り博士』も怖がっている。


「そこは仲間なんだからビビってやるなよ」

「いえ、あれが真っ当な人間だとは到底思えまセーン……あんな角が生えていますし、怪異憑きのフリをした悪魔に違いありまセーン……」


 仲間にも疑われるほどの暴れっぷりだ。しかし、こいつはこいつで『物知り博士』と言う割には喋り方が胡散臭い。そもそも悪魔だと思ってるなら、その根拠をちゃんと説明して欲しいところだ。

 ……いや、どうにも良くないな。どこに人狼がいるかわからないから、どいつもこいつも怪しく思えてきたぞ。


「ボサっとしてんじゃないよ!」


 イヌモドキを鉄甲で殴り飛ばしたグレーテルが叫んだ。


「1人でやるったって体力の限界があるんだ! ビビる暇があったら手伝ってやりな!」

「お、おう」


 確かにその通りだ。改めてチェーンソーを構え直して、イヌモドキを迎え撃つ。


「撃てぇーっ!」


 そこに光弾が飛んできた。向かいのビルに陣取ってる僧侶たちの援護射撃だ。慌てて横っ飛びに避ける。メリーさんたちも、物陰に隠れたり避けたりして対処している。

 僧侶たちはロープを渡るつもりはないらしい。こっちに来ないからチェーンソーが届かない。安全圏からチクチク削るつもりなんだろう。


「よし、もう一発……」


 言いかけた僧侶の体が、轟音とともに吹っ飛んだ。雁金のショットガンだ。更にヘンゼルが別の僧侶の眉間に矢を突き立てる。あいにく、飛び道具はお前らの専売特許じゃないんだ。

 僧侶たちは慌ててビルの奥へ引っ込んでいった。これなら光弾を気にせず戦える。気を取り直して、俺たちは突っ込んでくるイヌモドキたちの相手をした。



――



 しばらく暴れていたら、イヌモドキたちがロープを渡ってこなくなった。どうやら、自我のない怪物でも戦意を失うってことはあるらしい。騎士が1人、バケモノを蹴り飛ばして前に進ませようとしたが、ヘンゼルのクロスボウに撃ち抜かれてビルから落ちていった。

 同時に、他の場所の攻撃も止まったらしい。『忠臣ヨハネス』がやってきて、スイートルームへ戻るように言ってきた。


「爺さん、足とか大丈夫か?」


 ヨハネスは白髪の爺さんだけど、ホテルの防衛地点の間を走り回って連絡役をしてくれている。戦えないからそうしているらしいが、それはもっと若い人間がやるべき仕事だと思う。


「なあに、『グリム兄弟団ギルド』に仕えて今年で70年! 先々代の会長様から、孫を頼むと言われておるのよ! これくらいで音を上げていられんわい!

 むしろ、ワシが剣を片手に怪異どもと戦いたいくらいよ! だというのにお嬢様は、ワシに後ろで大人しくしておれとおっしゃって……」


 凄い元気だ。むしろ元気すぎて、適当な仕事を与えておかないと暴走するタイプだった。


 スイートルームに戻ると、早速トゥルーデが結果を伝えてきた。


「『土饅頭の兵士』オズワルドは人狼ではありませんでした」


 今回もハズレだったらしい。やっぱそう簡単には見つからないか。


「それと。エレベーターホールに人狼が出現。『ラプンツェル』が殺害されました」

「……マジかよ」


 髪の槍でイヌモドキをガンガン倒していた女だ。そんなにあっさりやられるものなのか?


「『シンデレラ』の話によると、ケガの手当てのために後ろに下がった所を襲われたようです。見つけた時には既に事切れていたと」

「クソッ!」


 思わず毒づいてしまった。そこに俺がいれば、なんて思ってしまう。だけどそうしたら、人狼は俺がいない所に出てくるんだろうな。相手だってバカじゃない。それでも腹が立つことには変わりない。 


「……人狼がエレベーターホールに出たなら、他のバリケードを守ってた奴らはシロなんじゃないのか?」


 そう考えたけど、それを聞いたアネットは首を横に振った。


「そうはいきません。ほんの一瞬、1分でもあれば犯行は可能ですから。他のメンバーが目を離した隙に持ち場を離れてラプンツェルを襲った、ということも十分に考えられます」

「だけどなあ……」

「では、大鋸さん。先程屋上で戦ったメンバーが全員、一度も持ち場を離れていないと言い切れますか?」


 そう言われて、さっきの戦いを思い返してみる。メリーさんはずっと俺の側にいたから間違いない。アケミも同じだ。雁金もショットガンを撃ちまくってたからそうだろう。

 ヤギ女とグレーテルも前に出てたから……いや、休憩とか言って一度後ろに下がってたな。その間は必死に戦ってたから、本当に休んでいたかどうかわからない。

 それを言うならヘンゼルと物知り博士も同じだ。全員、目を離していた瞬間ってのが確かに存在した。


「すまん。自信ない……」

「そういう事です。……次は非常階段を守っている『勇ましいちびの仕立て屋』に魔法を使います。大鋸さんたちは代わりに、非常階段の防衛をお願いします」

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