汝は人狼なりや? Wave1
グリムギルドが連れてきたクマの名前はフンベルトと言った。ついでに言うと、クマじゃなくてクマに変身できる人間だった。グリム童話に『白雪と紅薔薇』という話があって、その怪異が憑いているらしい。
『赤ずきん』が肉食獣に殺されたっぽい事を考えると、こいつが怪しすぎる。刃物で人が刺された事件に、包丁を持っている人間が居合わせたくらいの怪しさだ。野放しにはできない。
「取り調べならお任せください。この前、大鋸さんの山で採集した魔草を使えば、『
そう言ったのは魔女のトゥルーデだ。『心暴きの魔法』というのは、相手の考えていることがわかる魔法らしい。もしも相手が人狼なら一発でわかるという。さすが魔女、便利だ。
しかし、もしもクマのフンベルトが犯人なら、トゥルーデが魔法をかけたら力ずくで阻止するだろう。熊害待ったなしだ。誰かが守ってやる必要がある。
「任せろ、戦車くらいまではいける」
「私もグルードの側に」
トゥルーデの護衛を買って出たのはグルードだった。更にアネットも立ち会うという。
「ナチスの第一目標はグリムギルド会長であるこの私です。例えトゥルーデの魔法によって正体を暴かれたとしても、それと引き換えに私を殺せるチャンスを得られるなら、誘いに乗ってくるはずです」
自分を餌に人狼を釣り出すつもりか。大した根性だ。
「……言っとくけど、お前を人狼には殺させないからな」
「ええ、もちろん。また守ってくださいね? グルード」
グルードはアネットが囮になるのが嫌そうで、ちょっと不機嫌だ。逆にアネットはグルードの腕を信頼しているらしく、ちっとも心配していない。こいつらと一緒に行動してるトゥルーデの神経は図太いと思う。
とにかく、人狼を
俺たちがいる最上階に入るには3つのルートがある。
ひとつはエレベーターホール。エレベーターの横に階段があって、下の階から簡単に上がってこれる。既に下の階には何匹ものイヌモドキがたむろしている。
2つ目は非常階段。エレベーターホールとは反対側にある。これも下の階から上がってこれるけど、幅が狭くて、一度に登れる人数は少ない。
そして3つ目は屋上。隣のビルからロープを渡して、むりやり乗り移ってくる奴らがいるらしい。
俺たちはこの3ヶ所を守らないといけない。どこかを突破されたら、そこから内側に乱入されて総崩れだ。
話し合いの結果、俺たちはエレベーターホールを守ることになった。メリーさん、雁金、アケミ、全員揃ってだ。特にメリーさんは相手が攫おうとしているから、気をつけなくちゃならない。
俺たちの他にエレベーターホールを守るのは、グリム兄弟団の怪異憑きが4人。『シンデレラ』、『ラプンツェル』、『鉄のハンス』、そして『いばら姫』だ。
「おそらくここが一番の激戦区です。よろしくお願いします」
そう言ってきたのは『いばら姫』の怪異憑き。いばらというか、有刺鉄線を操れるらしい。こいつのお陰でエレベーターホールには多数の有刺鉄線が張り巡らされていて、えげつないトラップエリアになっていた。
俺たちが配置について少し待っていると、下の階からギャアギャアと叫び声が聞こえてきた。どうやら攻撃が始まったらしい。
叫び声は徐々に大きくなって、やがてイヌモドキが続々と階段を上がってきた。
「行きます!」
最初に火を噴いたのは雁金のショットガンだ。先頭のイヌモドキたちが吹き飛ばされた。
だが、イヌモドキたちは仲間の死体を踏み越えて次々と階段を上ってくる。騎士や僧侶は見当たらない。イヌモドキを使い捨ての駒にして押し切るつもりらしい。
階段を上がったイヌモドキたちは、今度は有刺鉄線に絡め取られた。動きが止まった所に、『ラプンツェル』が伸ばした髪が突き刺さる。
「気持ち悪いなあ、もう……!」
そう言いながらもラプンツェルは余裕の表情だ。髪の槍を4,5本同時に操れるから、確かにこれくらいなら楽勝だろう。それでも、根性のある数体が髪を避けて俺たちの方に突っ込んでくる。
「とうっ! アイゼン・トレート!」
何体かのイヌモドキが、横から突っ込んできた『鉄のハンス』の飛び蹴りで吹き飛ばされた。鎧兜で身を固めながらも、軽快な動きを見せる鉄のハンスは、格闘術で次々と敵を倒している。何だか仮面ライダーみたいだ。赤いマフラーもしてるし。
鉄のハンスの横では、メリーさんとアケミがチェーンソーを振り回して敵を寄せ付けない。たまにバリケードに取り付くイヌモドキがいるけど、雁金の銃撃で吹き飛ばされている。
ちなみに『シンデレラ』は戦えないらしく、バリケードの補修をやっていた。ケガをしたら手当もしてくれるらしい。要するに、後方支援要員だ。
そんな風に全体を観察するくらいの余裕がある。割と楽な戦況だ。イヌモドキは数が多いが、一匹辺りの強さは大した事ない。チェーンソーの猫のほうがずっと強いだろう。正直言って、俺の出る幕はない。
――だから俺は、ずっと後ろを気にしていた。
お陰で、そいつが飛び出してきた時も、すぐに対応できた。
バリケードの更に後ろ、曲がり角から現れたのは、人間のように二足歩行する狼。
なるほど、人狼。聞いていた通りだ。そして狙いは一番近い――雁金だな。
俺はバリケードを乗り越え、雁金の横を駆け抜けて人狼の前に躍り出た。
人狼は少し驚いた様子を見せたが、すぐに俺の前まで突っ込んでくると鋭い爪を振り上げた。チェーンソーを掲げて爪を防ぐ。回転刃と獣爪の間から火花が散る。切っ先が眉間のすぐそこまで迫るが、歯を食いしばって押し返す。
「しゃあっ!」
どうにか爪を弾き返した。さすがに、オオカミなだけあって筋力が段違いだ。不意打ちされていたら、なすすべなくやられてただろう。
「先輩っ!」
気付いた雁金がショットガンを放ったが、人狼は横に飛んで銃弾を避けた。筋力だけじゃない。速さもある。
飛び退った人狼に肉薄し、チェーンソーを突き出す。刃が腕をかすったが、ダメージにはなっていない。追撃の一太刀を入れようとしたが、その前に人狼が回し蹴りを放った。とっさにチェーンソーのエンジン部でガードする。手の中で爆発が起こったかのような衝撃。体が後ろに吹っ飛ばされる。
「てめぇっ……!」
やりやがったな、と反撃しようとしたが、その前に人狼が尻尾を巻いて逃げ出した。
「あっ、おい待て!」
「大鋸くーん! こっち助けて!」
後を追いかけようとしたが、アケミの叫び声で足を止めた。振り返ると、イヌモドキたちがさっき以上の勢いで押し寄せてきていた。有刺鉄線も何本か断ち切られている。放っておくとヤバそうだ。
「お前ら、後ろに気をつけろよ!」
人狼がいつ戻ってくるかわからない。全員に呼びかけると、俺はバリケードを乗り越えてバケモノ殺しに集中した。
――
イヌモドキの群れは15分くらいで退いていった。ただ、ホテルはまだ包囲されている。一度体勢を整えるために後退した、って感じだろう。
一息ついた俺たちは、アネットたちが待っているスイートルームへ向かった。そして、トゥルーデがクマを調べた結果を聞かされた。
「フンベルトさんは人狼ではありませんでした」
「クマです」
まあ、うん。本物の人狼はさっきエレベーターホールで襲ってきたからな。魔法をかけられているクマが人狼じゃないってのはわかってた。
だけど怪異憑きはあと10人以上いる。『人狼』を絞り込むのは大変そうだ。
「アネット、もう一度『心暴きの魔法』をお願い。できるだけ早く」
「かしこまりました。それで、次はどなたを調べますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
次の魔法の準備をしようとするアネットとトゥルーデに、ドイツ人の男が声を掛けた。黒髪で大きな青い目が特徴的な、背の低い男だ。
「そんな事しなくても、みんな自分の能力を見せれば済む話なんじゃないのか? ほら、こんな感じにさ!」
そう言うと、男はその場で宙返りをした。すると、男の体が一瞬で縮み、変化し、手のひらサイズのアマガエルになった。
「俺は見ての通り『カエルの王子様』だ。こんなちっこいカエルになるくらいしか脳がない怪異憑きだよ。オオカミだなんておっそろしいものにはなれっこねえ!」
カエルは小さいけど、声の大きさは人間のままだ。
……なるほど、弱そうだ。多分、普通に踏み潰せる。オオカミどころかネズミにも負けるだろう。こいつが『赤ずきん』を殺し、さっき俺に襲いかかってきた人狼とはとても思えない。
「こんな調子でさ、みんなの能力を確認すれば魔法なんて使わないで、誰が人狼かすぐにわかるだろ! な、そうしようぜ!」
『カエルの王子様』の言う通りかもしれない。それなら魔法の準備を待ってる必要はないから早く済む。
その方が良いんじゃないかと思ってアネットの様子を見たけど、凄い微妙な表情をしていた。
「……その意見、一理あります」
「だろ!?」
「一理あるのですが、それでは人狼が誰かわかりません」
「なんで!?」
「彼らを見てください」
アネットが数名のギルド員を手のひらで指し示す。
「シンデレラです! 肉体労働が得意です!」
「忠臣ヨハネスです! 忠臣です!」
「物知り博士です! 物知りです!」
うん、何人かが自分の能力を紹介したけど、まるで役に立たない。どれもこれも怪異とか関係なしに身につけられる技能……というか特技の範疇だ。実は忠臣じゃなくても忠臣だって言い張れば証明できないし、人狼が単純に物知りだったらどうにもならない。
「怪異を表明しても、結局それが本当かどうか見破る方法が無いのです」
「あれー?」
「それに童話によっては、いろんな動物に変身できるものもあります。あなたは『カエルの王子様』を名乗ってカエルに変身しましたが、実は『いろんな動物に変身できる』怪異憑きで、あえてカエルに変身してみせただけ、と疑われたら、証明できます?」
アネットに問われて、カエルの王子様はがっくりとうなだれた。
いい考えだと思ったんだけど、やっぱり真面目にコツコツ調べていかなきゃいけないようだ。
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