牛の首

「先輩、『牛の首』って怪談、知ってますか?」


 いつもの土曜日。新宿の居酒屋で呑んでいると、珍しく雁金の方から怪談の話題を振ってきた。


「いや、知らん」


 知らないけど、多分牛の首がチェーンソーで斬られる話なんだろうなとは思った。


「ですよね。実はこの『牛の首』って怪談、どういう話なのか誰も知らないんですよ」

「何じゃそりゃ」


 知らないのに話振ってきたのかよ。


「でも、聞いたら死んでしまうぐらい怖い話っていうのはハッキリしてるんです。

 ネットじゃ名前だけが存在して、実体のない話だって言われてるんですけど……これ、初出が1965年の短編小説で、しかも噂自体はそれ以前から存在するらしいんですよね」

「ふーん」


 1965年ならチェーンソーは……あるか。じゃあやっぱりチェーンソーで牛の首を斬る話か。


「それで、ですね。ここからが本題なんですけど。ウチの会社の古い資料に、『牛の首』に関するメモが挟まってたんですよ」

「おお、そりゃ大発見だな」

「でしょう? 電話を受けた時の走り書きみたいなメモだったんですけど、東京オリンピックって書いてあったから、1964年以前の話で間違いないです。

 それで埼玉県のとある村にそういう怪談があるって内容でした。社長に聞いてみたら、別の会社から引き取った資料だから、そのメモを書いた人は知らないって話だったんですけど、気になったので取材しに行ってきたんです」


 行動力があるなあこいつは。


「その村は合併で無くなって、しかも廃村になっちゃったんですけど、地域史を調べたら、戦前に大勢の子供が発狂して倒れるって事件を見つけました」


 何だか話が難しくなってきた。戦前だったら狐憑きとか、そういう話になるんじゃないのか? でもこれって牛がチェーンソーで斬られる話だよな? だめだ、酒が回っててよく考えられない。


「で、調べてみたら講談師のソモリなにがしって人がこの村を訪れてて、それから子供の発狂事件が起きるようになったんです」


 そ、そもりなにがし……? そういう名前なのか?


「なあ雁金、そのソモリってのは……」

「この人が『牛の首』の元か! って思って調べたんです。当時の地元の新聞とか、古い資料をいっぱい探して、それっぽい話を探しました。偶然乗ってた噂話なんかも見つかったりして」


 雁金は俺の質問に答えない。めちゃくちゃノリに乗っている。酔った頭じゃついていけん。


「それで資料を照らし合わせたら、『牛の首』の話を復元できたんです!」


 そっかー、よかったねー。


「で、先輩にはこの話がどれだけ怖いのか、ぜひ感想をお願いしたいのです!

 スマホにちゃんとメモもしましたし、とっても怖い話に仕上がってると思いますから、ぜひ聞いてください!」


 あー、なるほど。ちゃんとした話になってるかどうか確認してほしいのね。

 スマートフォンを操作して、その『牛の首』という話を準備する雁金を見ながら、俺はぼんやり考える。


 『牛の首』かあ。どんな話なんだろうか。『牛の首』って言うからには、やっぱ牛の首は出てくるんだろうな。牛の首だけがUFOみたいに飛んでるんだろうか。

 いや、でもめちゃめちゃ怖い話だって言ってるしな。そんなものじゃないだろう。ただ飛んでくるだけじゃなくて、武器を振り回しながら追ってくるのかも知れない。例えばチェーンソーとか。

 あ、いや、駄目だ。牛の首だけじゃチェーンソーを持てない。体も必要だ。牛の首に人の体。それがチェーンソーを持ってる。うん、何だかそれっぽくなってきたぞ。

 どうせならただの人間の体じゃなくて、もっとこう、ムキムキマッチョな鋼の体とかがいい。パッと見で勝てそうにないヤツ。


「……先輩?」


 そういえばゲームでミノタウロスっていうの見たことあるな。あれが『牛の首』の正体なんじゃないのか?

 なんか、チェーンソーを持ったミノタウロスがやってきて、めっちゃ凄い勢いで惨殺していく。それっぽくなってきたぞ。


「ちょっと、先輩?」

「お、おう、どうした?」

「今の話聞いてました?」

「ごめん、ミノタウロスのこと考えてた」


 雁金が物凄い顔で睨んできた。ごめんて。


「ですからねえ、『牛の首』の話ですよ! この話、聞いた人間は例外なく発狂して、酷い時は死んでるんです! だから人に聞かせちゃいけない話なんですよ!」

「ちょっと待て、それを俺に聞かせようとしたのか!? 殺す気か!」


 ところが雁金はきょとんとした顔で俺を見つめた。


「何言ってるんですか? 内容がわからない話をどうやって話せばいいんですか?」

「は? いや、さっきお前、色々調べてわかったって……」

「わかったのは、聞いたら発狂するって事だけです! 話の内容までわかるわけないでしょう?」

「じゃあ今話してたのは何だったんだよ?」

「それは……」


 言いかけた雁金が首を傾げる。


「私、何の話してました?」

「酔ってるだろお前」

「まだ平気です。ねえ、あの、何の話してました?」

「えーと、取材に行って、なんとかって人を見つけて、その人を調べたとか何とか」

「何とかって誰ですか!?」

「さあ……」


 だってなんて名前だったか聞き直したのに無視されたし……。


「それで、話ができたっつって」

「全然覚えがないんですけど」

「うん。それで、えーと、なんか話してたと思うんだけど、ミノタウロスのこと考えてたから全然聞いてなかった」

「……先輩、酔ってます?」

「結構」


 多分、お互い様だと思う。


「やめましょう、この話。なんか今日はまとまる気がしないです」

「おう」


 雁金の言う通り、今日は俺たちどっちも酷く酔っている。まともな話はできなさそうだ。帰れるかなあ。ダメならホテルだ。

 ああ、でも1つだけ気になってることがある。それは聞いておこう。


「ところで、その『牛の首』の話、ひょっとして『赤い洗面器を頭に乗せた鮫島さんの話』と関係あったりする?」

「何ですかそれ!?」

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