桂男

 イケメンスペースチェーンソー使いこと、桂男の手首へチェーンソーを突き出す。桂男は腕を引いて避け、チェーンソーを振り下ろしてくる。そいつを横に避けて体を回転、横薙ぎの一撃を放つ。

 桂男は僅かに後ろに下がって回避、こっちの首を狙った斬撃を放つ。俺は上体を反らせて首への攻撃を避け、お返しに袈裟懸けにチェーンソーを振り下ろす。

 だが、桂男はすぐにチェーンソーを引き戻し、俺のチェーンソーを受け止めた。


 鍔迫り合いになった瞬間、お互い同時に足を踏み込む。その力が互いのチェーンソーに伝わって爆発する。チェーンソー発勁。俺も桂男も、発勁の力で反発する磁石のように吹き飛んだ。

 間合いが開いた。俺は舌打ちして、じりじりと間合いを詰め直す。

 ずっとこの調子だ。攻めきれない。相手の技量が高すぎる。なんとか食らいつけているが、迂闊に攻め過ぎたら反撃で痛い目を見るだろう。

 恐ろしく正確なチェーンソー捌き。四千年間月で木を伐り続けてたのは伊達じゃなさそうだ。こういうのは輝の方が向いてるんだけど、アイツは彼女と一緒にガマガエル相手に忙しいから交代できそうにない。

 それに、八尺様を相手にした時のような絶望感はない。


「翡翠!」


 後ろから金髪の少女がチェンソーを持って駆け寄ってくる。メリーさんだ。


「私も混ぜて!」

「ああ! 雁金、他の奴らは近づけるなよ!」

「任せてください!」


 雁金はショットガンで、こっちに月人を近付けない。アケミは必死にカニと……なんだあれロボット!?

 いや、とにかく。周りには味方が大勢いる。八尺様の時に比べれば全然楽勝だ。それに桂男のチェーンソーは普通の長さだ。八尺様の1/4の間合いしかない。絶望するには刃渡りが足りない。


「よし、やるぞメリーさん!」

「遊びましょ!」


 俺とメリーさんは同時に桂男へ飛びかかった。俺の上段への振り下ろしを桂男が防げば、メリーさんが下段から襲いかかる。メリーさんに桂男が攻撃しようとすれば、俺が首を狙って中断させる。いい感じだ。息がピッタリ合ってる。

 それでも桂男は崩れない。2対1だっていうのに的確に防いできやがる。それどころか、一瞬の隙を突いて反撃してきた。突き出されたチェーンソーを、上体を反らして避ける。チェーンソーが頬をかすめ、熱い痛みが走った。なるほど、ちょっとでも気を抜いたらダメだな、こいつは。

 俺に攻撃したのをチャンスと見て、メリーさんが足元から斬りかかる。だが、桂男はすぐにチェーンソーを引き戻し、メリーさんへ突きを放った。


「きゃっ!?」


 悲鳴を上げてメリーさんがチェーンソーを受ける。突きの勢いには発勁が乗ってたらしく、小柄なメリーさんは思いっきり吹き飛ばされた。

 そこへ斬り込む。桂男はもう体勢を整え、こっちの攻撃を防ぐ構えを見せていた。このまま斬りかかったらさっきと同じように技量で押し切られるだろう。だけど今の俺にはひとつ、考えがある。今のメリーさんへの攻撃がヒントだった。

 上段から斬りかかる。桂男は刃を受け止め、大きく回し、体の脇へと受け流す。そのまま弾かれたらカウンターを受ける位置だ。だけどこの体勢は俺と桂男が大きく近付いている。

 そこで俺は、チェーンソーから左腕を離し、桂男の顔面に向かって肘打ちを放った。尖った肘が桂男の顔面に突き刺さり、鼻を折った。その一撃に、桂男は全く反応できなかった。


「お行儀のいいチェーンソーしか使えないみたいだなぁ!」


 予想通りだった。桂男はチェーンソー使えない。

 さっき、メリーさんが下段から斬りかかった時。反応できるならわざわざチェーンソーを引き戻して突きを放つなんて余計な動きは必要なかった。そのまま蹴り飛ばせばいい。俺にもできる。

 それをしないという事は、コイツはあくまでもチェーンソーが使えるだけで、戦いに関しては素人だって事だ。

 考えてみれば四千年間月で木を切ってただけだから、ケンカの相手がいないのも当然か。


「しゃあっ!」


 肘打ちを起点に一気に畳み掛ける。斬撃に打撃を織り交ぜ、時には襟首を引っ掴んでの頭突きも加える。攻め続けて桂男に立ち直る隙を与えない。それでも桂男は耐えている。打撃には対処できてないが、チェーンソーの攻撃はしっかり防いでいる。致命傷は見切ってるか。焦らない。焦るな。下手に攻め込んだらカウンターがある。

 横から槍を構えた月人が突っ込んでくるのが見える。無視して桂男をチェーンソーのエンジンブロックで殴る。手の甲に一撃。手放すかと思ったが、眉一つ動かさない。月にいる何かが操ってるから、痛みは関係ないってか。

 銃声。こっちに来ていた月人が吹き飛んだ。雁金が見逃すわけないだろ。そして撃たれた月人の陰からメリーさんが飛び出してきた。

 メリーさんが振るったチェーンソーが、桂男の脇腹を斬り裂いた。桂男の姿勢が僅かに崩れる。


「行くぞ、メリーさん!」

「ええ!」


 勝負所だ。チェーンソーのエンジンを全開にして、2人がかりで攻めかかる。俺ひとりの時は凌げていた桂男でも、2つの刃を同時に相手にするとなると手こずるらしい。防戦一方だ。それでも崩れないってのは相当のものだけど、あいにくこっちのエンジンは掛かったばかりだ。

 メリーさんと息を合わせて、斬撃のペースを上げていく。時には同時に、時には僅かにタイミングをずらして斬りかかる。少しでも間違えれば、お互いのチェーンソーで相打ちになる距離。だけど、そんな事は起こらない。今の俺たちは何も言わなくても通じ合える。ただ無心に斬り続ける。そして、来た。


 横薙ぎに振るったチェーンソー。それを潜り抜けた桂男に対して、を叩きつける。一瞬前まで存在していなかった刃に反応しきれず、桂男の腕が半ばまで斬れた。

 メリーさんとのダブルチェーンソー。八尺様と戦った時と同じだ。どういう理屈でこんな事になるのかは今でもわからないけど、決め手になるならなんでもいい。

 腕を斬られた桂男は、それでも傷を気にしないでチェーンソーを構えている。痛みで動きが鈍る様子はない。こいつは厄介だ。

 どうするのよ、翡翠。と頭の中でメリーさんの声が響く。まあ見てろ、文句のつけられない一撃必殺をくれてやる。


 ダブルチェーンソーを振り回して桂男に襲いかかる。狙うのは首だ。桂男は的確に防ぐ。こっちの狙いを見越して、首を集中して守る構えだ。焦るなメリーさん、こうなるのはわかってる。

 桂男の頭へチェーンソーを振り下ろす。頭蓋骨をふたつに断ち割る斬撃を、桂男はスレスレで受け止めた。鍔迫り合いに持ち込む。

 その時、桂男の気配が膨れ上がった。膝を僅かに曲げた後、地面のアスファルトにヒビが入る程の勢いで踏み込む。チェーンソー発勁。それも、本家本元中国武術の発勁だ。

 目の前でダイナマイトが爆発したかのような衝撃が、手にしたチェーンソーに襲いかかった。こんなもの、受けきれるわけがない。俺だってチェーンソー発勁は使えるけど、相手とは威力が違う。抑え込もうにも焼け石に水だ。

 だから、この力を使わせてもらう。

 

 押し付けていたチェーンソーが跳ね上がる。その勢いに逆らわず、腰を大きく捻ってチェーンソーを後方へ。足はそのままに、背中を桂男に向ける形になる。普通なら致命的に不利な姿勢だ。だけど、今の俺はダブルチェーンソーだ。弾き返されたのとは反対側の刃が、桂男に向いている。

 腰を捻り、腕を伸ばし、吹き飛ばされた勢いを円を描くように転換。桂男に向かってチェーンソーの刃を突き出す。渾身の発勁で動きが一瞬止まっていた桂男の腹に、刃が深々と突き刺さった。それでも桂男は表情を変えず、チェーンソーを振り下ろそうとする。


「おらぁっ!」


 大地を踏みしめる。その衝撃を膝から腰へ、腕、手首、チェーンソーに伝える。刃が天へ跳ね上がる。桂男の体を縦に斬り裂いた。

 腹から頭を真っ二つにされた桂男は、文句なしに即死していた。チェーンソーを頭上に掲げたまま、ぐらり、と体が傾いて、月が食われた夜空を見つめながら倒れた。起き上がってこない。勝負ありだ。大きく息を吐いて構えを解く。

 銃声。振り返ると、弓を手にした月人が倒れるところだった。でも他にもたくさんいる。そいつらが矢を撃ってくる。


「おいおいおい!?」


 慌てて近くの瓦礫に隠れる。今のは勝利の余韻に浸らせてくれるところだったろ。


「ボーっとしてないでください、先輩! まだまだ来ますよ!」


 雁金が銃を撃ちながら叫んだ。わかるけど、ちょっと休ませてくれ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る