ガイ・フォークス
なんか空気が緩んだので、小休止してお茶をいただくことになった。イギリスなのでもちろん紅茶だ。俺はコーヒー派だけど、そんな俺でもこの紅茶は美味いってわかる。紅茶の独特の渋みを温かいミルクと砂糖の甘味がまろやかにしてくれて、とても飲みやすい。
「これが本場の味か……」
「そうだ。PGのティーバッグだ」
「えっ、ティーバッグ?」
見ると、ジョンソンはティーバッグの箱を持っていた。なんてこった……。
そんな驚きのお茶会の後、俺たちは改めて自己紹介することになった。グリムギルドの事は知っていたみたいで、グルードたちが名乗っても特に驚きはなかった。むしろ巻き込まれた俺たちの方に驚いていた。
「教会とナチスが、どうして日本の君たちを狙ったんだ?」
「ナチスの『最後の大隊』っていうのがメリーさんを操ろうとしていたらしいんだ。失敗したけど」
「ろくでもない……」
まったくだよ。
「それで、人狼と司教が言っていた、ロンドンが崩壊するという件について心当たりはありますか?」
トゥルーデの質問に、ジョンソンは考え込んだ。
「あるとすれば、私の破壊工作員としての知識だろうな。
ロンドンのどこに爆弾を仕掛けるのが効果的か、人的被害の見積もり、建造物へのダメージ、政府機関への影響など……40年前の知識がどこまで通用するかはわからないが、ロンドンを崩壊させるなどという大袈裟なことを企むのなら、喉から手が出るほど欲しいはずだ。
例えばそうだな、議会と宮殿、スコットランドヤードに仕掛けた爆弾を同時に爆発させて政府機能を混乱させた後、変電所や上水道を破壊すれば、ロンドンはパニックになるだろう」
「……できるんですか?」
「できる」
言い切った。本物のテロリストだこいつ。危なすぎる。今すぐ殺しておいたほうがいいんじゃないのか。
「ただ、イギリス政府とてカカシではない。政府もインフラもすぐに直るし、そうなればパニックは収まる。2週間も持てば良い方だな。ロンドンが崩壊する、ということにはまずならない」
「最後の大隊にはそれを上回る何かがある、と」
「核爆弾でも持ってるんじゃねえだろうな……」
「そんなものがあったらとっくに使ってるだろ」
相手がデカい事を考えているのはわかる。でも具体的にどうしようとしているのかはわからない。
「他にヒント無いのか。ヒントくれヒント、トゥルーデ、何か知ってることはないのか?」
「そうは言われましても、人狼の痕跡はここにしか無かったので……」
「痕跡っていっても、調べれば何かあるはずだろ。パソコンのログとか、渡航記録とか、メールの残りとか何かあるだろ。頑張って調べてくれよ」
「ヨハネスさんのパソコンもスマホも、データが全て消されていました。渡航記録もこのロンドンだけで、それ以外は削除されていました」
「証拠隠滅は済んでたって事か……」
さすがは秘密組織。念入りだ。人狼がいきなり殺されても、痕跡を消す手段はバッチリ持ってたってわけか。
「……ん?」
そう考えて、ふと気付く。そんなに慎重なのに、どうして人狼がここに来たって記録だけ残ってるんだ?
消し忘れたか? いや、他の渡航記録は消されてるって言った。まとめて消せば済むものを、ジョンソンの家に来たことだけ消し忘れるとは思えない。
「――わざと残した?」
赤ずきんが呟いた。顔を見合わせる。
俺と赤ずきんはチェーンソーを手にして立ち上がった。
「俺は表を。裏を頼む」
「ああ」
「何、なになにどうしたの?」
メリーさんも立ち上がった。
「外の様子を見てくる」
「私も行く!」
チェーンソーを持ったメリーさんと一緒に、玄関から外に出る。辺りを見回すが、ほとんど何も見えない。来る時に出ていた霧が一層濃くなっていた。
霧の中に影を見つける。地べたを這いずり回っているが、犬や猫にしては大きい。それに、形が歪だ。
チェーンソーのスターターを引く。ガソリンエンジンが回り始め、無数の刃を乗せた鎖が轟音と共に回転し始める。音を聞きつけた影が、素早く這い寄ってこっちに飛びかかってきた。
「フンッ!」
チェーンソーを振り上げる。影は首の辺りをバッサリと切り裂かれて、地面に倒れ伏した。そこまで近付かれれば、影の正体を目にすることができた。
人間をむりやり犬の形に引き伸ばしたかのような怪異。イヌモドキ。
「罠だッ!」
叫ぶと同時に、霧の中からイヌモドキたちが飛び出してきた。
ナチスの連中、俺たちがジョンソンを探るように仕向けて、待ち伏せしてやがった!
「気付かれたぞ!?」
「イヌモドキを抑えておけと言っただろバカモノ!」
「各隊に通達! 突撃、突撃! 皆殺しにしろ!」
そんな声が正面からだけじゃなく、左右からも聞こえてくる。声だけじゃない。銃の音も聞こえてきた。
「囲まれてるぞ!」
次々と襲いかかってくるイヌモドキを切り捨てながら叫ぶ。中の雁金たちには聞こえただろうか。
「おらっしゃーい!」
グルードのバカみたいな叫び声が聞こえたかと思うと、家の向こうでイヌモドキが空高く飛んでいた。多分、グルードのアッパーを受けたんだろう。奇襲には気付いたらしい。
霧の向こうに新たな人影。騎士か、と思ったけど動きが妙だ。人間っぽくない。霧をくぐり抜けて近付いてきたそいつらの姿を見て、俺は目を見開いた。
「木!?」
歩いてきたモノの形は確かに人間だ。だけど、材質が違う。肉じゃなくて木だ。丸太を人型に削り出したみたいだった。木彫りの仏像が近いのかもしれないけど、こんなに禍々しい仏像は見たこと……いや、見たことある。
昔、山でドルイドの儀式に巻き込まれて焼き殺されそうになった時に襲いかかってきた木のバケモノだ。
あいつは手足の向きが逆で、動きもトロかったけど、こいつらは形も動きもしっかりしている。多分、ちゃんとした完成品がこれなんだろう。
そういえば、ドルイドっていうのはアイルランドが本場だって雁金が言ってたな。ナチスだけじゃなくてドルイドまで相手に回ってるのか。
まあ、何にせよ。
「ナメてんのか! 木がチェーンソーに勝てるわけないだろ!」
チェーンソーを横薙ぎに振るうと、ドルイドの木人が3体まとめて真っ二つになった。更にチェーンソーを振り下ろし、木人を2体叩き切る。
チェーンソーは木を切るためのものだ。木製のバケモノとか切ってくださいって言ってるようなもんじゃねえか。メリーさんも楽々と倒してるし。
そして、木人たちにそんな不利を悟る知性はないらしい。数だけはうじゃうじゃいるけど、ゾンビみたいに両腕を上げてこっちに歩いてくるだけ。掴まれても殴り飛ばせば簡単に吹き飛ばせる。邪魔なだけでちっとも危険じゃない。
「おいコラァ! ドルイド出てこい!」
木人を叩き切り、蹴り倒し、殴り飛ばし、群れの中を掻き分けていく。どっかにこいつらを操っているドルイドがいるはずだ。見つけてボコボコにする。オッサンにドルイドの儀式を吹き込んで俺を焼き殺そうとした恨みを晴らしてやる。
そんな風にブチ切れていると、前からミシンみたいな音が聞こえた。同時に、前にいた木人の何体かが粉々になって吹き飛んだ。肩に熱。痛みに驚き、肩を見ると、肉が抉られて血が溢れていた。
撃たれた。さっきのが銃声? 拳銃じゃない。防刃作業服をブチ抜かれた。威力が高すぎる。
前を見る。霧の向こうに人影。いや、人と言うには大きすぎる。2mを超えているし、横幅も常人よりひと回りは大きい。
服は着ている。深緑の軍服とヘルメット。ただ、肌の色がおかしい。1色じゃない。赤みがかった肌もあれば、不健康な白い肌、真っ黒に腐った肌、黄色がかった肌もある。それらが糸で縫い合わされてツギハギになっている。
両手で抱えているのは
ヤバい。一目散に背を向けて、木人の群れに飛び込む。直後、またミシンの音が聞こえた。周りの木人が砕け散り、足元の石畳が抉れる。当たったか。いや、気にしてる場合じゃない。撃たれたら終わりだ。
木人の群れを掻き分け、メリーさんの所まで戻る。
「翡翠! 勝手に飛び出さないで!」
「すまん! それよりさっさと逃げるぞ! ヤバいのが来る!」
「逃げるって言っても……!」
周りを見る。イヌモドキとドルイドの木人が数え切れないほどいる。後ろはジョンソンの家だけど、その向こうにも敵の群れがいるだろう。そういえば雁金の銃声もグルードの声も聞こえない。あっちはどうなってる!?
その時、家のドアが開いた。中から出てきたのは、白い仮面をつけた人。仮面には気味の悪い笑顔と口髭、一本線のアゴ髭が描かれている。それ以外は全部黒だ。黒い帽子に、黒いコート、黒い手袋に、黒い革靴。
怪人。そんな呼び名が似合う格好だった。
怪人は両手に持っていた黒い何かを投げた。そいつは弧を描いてイヌモドキと木人の中に落下した。
そして、爆発した。
「うおおおっ!?」
「きゃあああっ!?」
思わず叫び声を上げる。爆風と一緒に、イヌモドキや木人の破片が飛んでくる。なんだ、コイツ。爆弾を投げたのか!?
思わず振り返ると、家から出てきた怪人は俺たちのすぐ側まで来ていた。
「逃げるぞ」
怪人が喋る。その声には聞き覚えがあった。ついさっきまで俺たちと話していた、この家の主。
「じょんじょん……!?」
メリーさんが変な呼び方をしているけど、間違いなくジョンソンの声だ。
「何だその格好!?」
「気にするな。それより逃げるぞ」
「待て! 雁金たちは!?」
「庭の隠し通路から脱出した。後はお前たちだけだ……むんッ!」
木人がジョンソンに手を伸ばす。ジョンソンは手を避けると、木人に拳を叩き込んだ。すると、ぶつかったところが文字通りに爆発した。木人がバラバラになって吹っ飛んでいく。
「何それぇ!?」
「気にするな。いいから逃げるぞ」
そう言ってジョンソンは走り出そうとしたが、方向がマズい。さっきのマシンガンの怪物がいる方向だ。
「待て! そっちにはマシンガンがある! 逃げるなら逆だ!」
「そんなものまであるのか……! わかった、ならこっちだ!」
俺たちは爆弾をばらまくジョンソンの後に続いて、その場を逃げ出した。怪物の群れが立ちはだかるが、ジョンソンが投げた爆弾に次々と吹き飛ばされていく。
爆弾テロ犯ってこういうのだっけ? なんて思っていたら、ジョンソンが立ち止まった。前を見ると、盾を構えた騎士たちとワゴン車が道を塞いでいる。あれを突破するのは時間がかかりそうだ。マシンガンの巨人が来る前に、いけるか?
「伏せていろ」
そう言ったジョンソンは、黒いコートの内側に手を伸ばした。そこから引っ張り出したのは、引き金がついた鋼鉄の筒。そいつを肩に担いで、バリケードに向かって狙いを定めるジョンソンを見て、俺はとっさに叫んだ。
「ロケットランチャーだああああ!?」
「みゃああああ!?」
俺とメリーさんは、頭を抑えて地面に伏せた。
「はああああ!?」
「に、逃げろぉーっ!」
盾を構えていた騎士たちも、とんでもないものを向けられていると聞いて大慌てで逃げ出す。
そしてジョンソンは引き金を引いた。ヒュルヒュルと音を立て、白い煙を上げながら弾がワゴン車に突き刺さる。その瞬間、大爆発が起きてワゴン車と、逃げ切れなかった騎士たちを吹き飛ばした。耳が痛くなる轟音が鳴り響き、オレンジ色の炎が舞い上がる。
そんな地獄絵図を背景にして、白い仮面を被ったジョンソンは俺たちを見下ろしていた。
「道は開けた。行くぞ」
「メチャクチャだろ……何なんだお前!?」
立ち上がりながら尋ねると、ジョンソンは白い仮面を指差して答えた。
「『ガイ・フォークス』。17世紀の爆弾魔の怪異憑きだ」
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