てけてけ
「なんなんだよ一体……」
窓から出てきそうで出てこなかったよくわからない化物を追い払った後、騒ぎを聞きつけたホテルの従業員たちがやってきた。
すると、どういう訳だか俺は不審者扱いされた。いや、確かにチェーンソー持ってる俺は怪しいだろうけど、今回はちゃんと理由があってチェーンソーを持ってたんだぞ。
それは吉田さんにとりなしてもらったけど、化物が出たと伝えたらそんなはずはないと言われて、信じてもらえなかった。泊まってた女性客とフロント係も見たのに、「見間違いだ」「幽霊が出るなんてありえない」と言って取り合わない。
しまいには俺が女性客になにかしようとしたんじゃないか、とまで言い始めた。だからなんで俺が悪いことにしようとするんだ。チェーンソーを持ってただけなのに。
とにかくこんな調子だから女性客は我慢の限界になって、荷物をまとめてタクシーを呼んで出ていってしまった。部屋の窓は割れちゃったし、そうでなくてもあの部屋に泊まるのは無理だよなあ……。
化物が出てきたことといい、窓に映った血塗れの部屋の光景といい、あの部屋で昔何かが起こったのは間違いない。しかしこの旅館はそれを隠している。おまけに俺にゴタゴタをなすりつけようとしている。
心底腹が立ったので、聞き込みを続ける吉田さんを置いて部屋に戻った。そして、お笑い芸人のトーク番組を見ながらふてくされていた。途中だった料理に手を付ける気にもならない。冷めてるし。
「ただいまー」
吉田さんが戻ってきた。何故か両腕にたくさんの紙袋を提げ、一升瓶を抱えている。
「なんすかそれ」
「口止め料。呑み直そうぜえ?」
化物に襲われてもまだ呑めるのか。肝が太い……と思ったけど、俺も呑む気になっていた。ヤケ酒を煽りたかった、とも言う。
お互いのグラスに酒を注ぎ合い、無言でグラスを打ち合わす。キン、と硬い音が響き、それを酒と共に飲み干す。灼けるような辛口の日本酒。しかし不快というわけではなく、喉に炎を流し込まれたかのような快感がある。いい酒だ。
どちらとも言うことなく、もう一杯注ぎ合う。今度はグラスを干さず、お互いのペースでちびちびと進めていく。
半分ぐらい呑んだところで、俺は口を開いた。
「吉田さん」
「ところで」
……声が被った。
先に喋るように促すが、向こうが譲ってきた。しょうがないので、俺から聞く。
「隣の部屋、何かわかりました?」
「わかんない。けど、なんかあるのは間違いないね」
吉田さんは酒瓶を掲げる。確かに、口止め料を出すってことは、何かあるってことだもんなあ。
「わかれば対処の仕様もあるんだけど、教えてくれないからねえ。社長さんには悪いけど、別の宿にしてもらうしかないか。あんなのがいたら警備の邪魔だもの」
「そうですか」
「うん。じゃ、アタシの方から質問、いい?」
頷く。
「さっきの話の続き。どうして雁金ちゃんに怪異が絡んでるのか、って質問よ」
「ああ、それですか」
それなら簡単な話だ。
「あいつの通ってる鬼沢高校の『七不思議』がそう言ってたんですよ」
そして俺は語り出した。雁金には話していない『鬼沢高校七不思議』の最後のひとつを。
――
『動く人体模型』、『トイレの花子さん』、『トイレの花子さん』、『トイレの花子さん』、『ノコギリで『エリーゼのために』を演奏するベートーヴェンの肖像画』『二宮金治郎』、この6つが、鬼沢高校の七不思議です。
……大丈夫ですか。いや、まあ面白いっていや面白いですけど、そんな爆笑しなくても。
間違いじゃないですよ。『トイレの花子さん』が3つ分。俺も変だとは思いましたけどね。その話は後でしますんで。今は6つ目の怪談、二宮金治郎を倒した後の話をさせてください。
金治郎を倒した俺は、チェーンソーを構えたまま一息ついたんです。そしたら、後ろから叫び声が聞こえました。
「嘘でしょ……金治郎も倒すの!?」
振り返ると女子高生がいました。ああ、いえ。急に出てきたわけじゃないです。最初の七不思議、『動く人体模型』に追われてた子で、俺が七不思議めぐりをしてる間、ずーっとついてきてたんですよ。
おかしい? うん、俺もそう思ってました。
「おい」
「な、なんですか?」
「お前が最後だな?」
「何が!?」
「『学校の七不思議』のお約束だろ。『七つ全部知ると死んでしまう』。お前が、それだろ?」
そうしたら女子高生は、顔を引きつらせながらも、どこからともなくチェーンソーを取り出しました。
でも、遅かったんですよね。俺はすぐに踏み込んで、エンジンが掛かってたチェーンソーで胴を払いました。女子高生は真っ二つになって転がりました。
「これで七不思議は全滅だな」
俺は教室を出ようとしました。だけど、後ろで気配を感じて振り向いたんです。
「死ねェェェッ!」
女子高生の上半身だけが、チェーンソーを振りかぶって飛びかかってきてました。すぐにチェーンソーで防いで、力任せに押し返しました。
「オラァッ!」
女子高生の上半身は軽いものでね。机を何個か薙ぎ倒しながら、あっさり吹っ飛びましたよ。
女子高生は顔をひきつらせながら叫びました。
「なんで私が『てけてけ』だってわかったの!?」
「最初からだな。人体模型に追われたふりしてた時、俺に助けを求めただろう?」
「それが!?」
「……自分で言うのもなんだけどな。この悪人面に迷わず助けを求められるか?」
……いや、割と職質食らいやすいんですよ。去年も4回警察のお世話になってますし。
俺に指摘された女子高生、いや、『てけてけ』は、ガタガタ震えながら這いつくばって逃げようとしました。
「やめて! 近寄らないで! 悪かった、私が悪かったから! もう七不思議は復活させない! 私も今度こそ大人しくしてる!
だから見逃して! 『カリガネさま』!」
「……は?」
耳を疑いましたよ。
「おい」
「ひっ!?」
「『カリガネさま』って、なんだ?」
てけてけは目を丸くして、俺のことをじっと見つめました。
「あなたじゃ、ないの?」
「俺は
俺が名乗ると、てけてけはキョトンとして、それからわなわな震えだして、最後には両手を顔で覆って床に寝転がっちまいました。
それで察したんです。人違い、もとい妖怪違いで襲われてたんだなって……。
それで、てけてけっていう妖怪が落ち着いてから詳しい話を聞きました。
『カリガネさま』っていうのは、4,5年前にあの学校で流行ったおまじないなんだそうです。チェーンソーを持った得体の知れない怪人で、どんな質問にも答えてくれるんだけど、たまに殺されそうになるとか。
で、その『カリガネさま』っていうのがめちゃくちゃ強くて、元々あの学校にいた七不思議のうち5匹をブチ殺したそうです。残ったのは『てけてけ』と『花子さん』の2人だけだったとか。
だから『てけてけ』は七不思議を復活させようとして、あっちこっちから妖怪をスカウトして来たらしいですよ。それでも数が足りなかったんで、『花子さん』に一人三役やってもらってたそうです。
そうして細々と七不思議をやっていたところに、俺がやってきたんです。得体の知れないチェーンソー使いを『カリガネさま』と勘違いして、総攻撃を仕掛けたそうです。俺は木を切りに行っただけの業者なんですけど……。
一通り話を聞いた俺は、てけてけに気になっていたことを質問しました。
「なんで『カリガネさま』って名前なんだ。由来があるのか?」
「そのおまじないを最初に成功させたのが、
嫌な予感はしてましたけどね、ええ。ああもハッキリ言われると溜息が出ましたよ。
――
「……なるほどねえ」
空のグラスに手酌で日本酒を注ぎながら、吉田さんは呟いた。
「要約するとこうだ。アンタは雁金ちゃんの先輩じゃない。なのに雁金ちゃんはアンタを先輩って言ってる。
雁金ちゃんの母校には『カリガネさま』っていうおまじないがあった。しかもそれは、学校の七不思議を倒すほどの怪異になっている。
そして『カリガネさま』のおまじないを成功させたのが雁金ちゃん。
だから大鋸クンは雁金ちゃんの事をどうしたらいいかわからなくなってる、ってことね」
黙って頷く。その通りだ。アイツが何を考えているのか、まるでわからなくなっちまった。
「だから、この前あのオモチャを見てもらった社員さんに、雁金を視てもらいたいんです。アイツに変なのが取り憑いてるのか、それとも……」
「雁金ちゃんは怪異じゃないよ。ちゃんとした人間。それは安心して」
吉田さんは俺の言葉を先回りした。
「ウチの事務所は仕事柄変なのが来るからね。人間じゃないのが入ろうとしたらわかるようになってる。だから雁金ちゃんが怪異ってことはないよ。
ただ……ひとつ聞いておきたいことがあるわ」
「なんですか」
「雁金ちゃんのことがわかったら、貴方はどうするつもり?」
しばらく考えてから、俺は答えた。
「あいつが何を考えてるか次第ですね」
「ふうん?」
「宗教勧誘とか絵のセールスとかの詐欺だったら、二度と会いません」
実際、そういう連中には遭ったことがある。連れ込まれた事務所のドアを蹴破った事も何度かある。雁金がそういう手合だったら、同じように片付けるだけだ。
「でも……話し相手が欲しいだけだったら、ちょっと叱って、それだけですね」
何しろ2年も付き合っているし、一緒に死線を潜り抜けたこともある。『きさらぎ駅』では助けてもらったし、『逆さの樵面』の件ではこっちが助けた。
出会い方こそ悪かったかもしれないが、それだけの理由で今までの思い出を投げ捨てるには、惜しい。
「後輩を名乗る初対面の女とか、気持ち悪く思わないの?」
「言ったでしょ。俺、記憶喪失なんですよ。昔会ってようがなかろうが、全員初対面みたいなもんです」
「そ、そう……」
何でちょっと引いてるんだ。そんなに変な事を言ったつもりはないぞ。
「それに」
「うん」
「……いなくなると、寂しいですよ」
ぽつり、と呟いて。それから凄く恥ずかしいことを言っている気がして。
「知り合いが少ないんでね、俺は!」
慌てて付け足して、更に情けない事を言ってしまった。グラスをひっつかみ、残ってた日本酒を一気飲みして気恥ずかしさをごまかす。
そんな俺の様子を見て、吉田さんは目を見開いていた。やがて、にへら、と笑うと手にした瓶を俺のグラスに傾けた。
「かっわいいなぁ、キミは」
「かわ……!?」
バカにしてんのか!?
「あーいや、失敬失敬。ピュアなところがあるって意味よ……っとと」
俺のグラスが溢れそうになり、吉田さんは瓶を戻す。そして今度は自分のグラスに酒を注いだ。
その様子をぼんやり見ていると、吉田さんはグラスをこっちに突き出してきた。
「ん」
「うい」
グラスを掲げ、打ち合わせる。乾杯だ。飲んでる途中にやるものでもない気がするけど。そもそもどれだけ呑んだんだっけ? よく覚えてない。
「ま、事情はあるししょうがないか」
「うん?」
「雁金ちゃんのこと、調べてあげる」
「……本当ですか」
「おう。お姉さんに任せときなさい」
吉田さんはいたずらっぽく、しかし頼もしげに笑う。そんな彼女に俺は自然と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いよっし! それじゃあ心配事がひとつ消えたわけだし! 呑も呑も! さあさあ、グイーッとやっちゃって! 布団も敷いてあるから!」
「ういっす! いただきます!」
注がれた酒をグッといく。キリッとした辛みと、アルコールが喉を通り抜ける刺激が体に染み渡る。
思えば雁金のことで、ここ最近は酒の味も楽しめなかった。その道のプロの吉田さんが味方になってくれるなら、もう大丈夫だろう。
安心して、今日は楽しく呑むことにしよう。
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