総攻撃

 人狼と戦っている間に、大がらすは体のあちこちに怪我を負って、飛んでいるのがやっとの状態に追い込まれていた。鳥の羽とジェットエンジンじゃ格が違ったらしい。

 そこで、フッケバインに向かって人狼の死体を投げつけた。フッケバインは余裕で躱したけど、飛んできたのが仲間の死体だと気付くと、ギョッとして退いていった。


 その間に大がらすをビルの中へ引っ込めた。それから俺と赤ずきんでイヌモドキたちを待ち構えていたけど、奴らはちっとも上がってこなかった。それどころか、屋上やエレベーターホールに攻め寄せていた連中も退いていったらしい。

 どうやら人狼が倒されてビビったようだ。ひとまず助かった。


 俺たちはスイートルームに戻り、トゥルーデたちにヨハネスが人狼だったからブッ殺したことと、何か知らないけど『赤ずきん』が復活したことを報告した。


「うわぁ、アタシが死んでるゥ!?」


 赤ずきんは部屋の隅に置かれた自分の死体に驚いていた。俺もビックリしている。生き返ったんじゃなかったのか?


「ありゃあ、生き返ったんじゃなくて怪異になったんですよ。そっちの人形のお嬢さんと同じようなもんです」


 そう解説してくれたのは、屋上から降りてきたヤギ女のノーラだ。今はマスクをして、大がらすの傷を縫い付けている。

 しかし、そうか。赤ずきんはアケミと同じような怪異か。人間としての赤ずきんは死んでいて、それまでの人生と『赤ずきん』の物語を核にして怪異の赤ずきんがついさっき生まれた、って事だ。いやでも、そうなると。


「チェーンソーはどっから出てきたんだ?」

「さあ? でも怪異に変なものが混じるのはよくあることです」

「よくあるんだ」

「ええ。ウチの『白雪姫』なんか見たら、きっと笑ってしまいますよ」


 どんなだよ一体。見てみたいような、見たくないような。そんな事を考えていると雁金が近付いてきた。


「先輩、ありました。お腹の傷、見せてください」

「ん」


 服をまくって、人狼の爪に刺された傷を見せる。そこに雁金が薬を塗りつけた。いろんな傷に効くっていう、河童の軟膏だ。

 雁金の指が傷に触れる度に、背筋が泡立つような痛みが走る。


「大丈夫ですか? 痛くないですか?」

「……ッ、平気だ」


 正直言えば痛いんだけど、隣でボロボロになっている大がらすを見ると、これくらいで騒いでられない。

 雁金が薬を塗り終わると、痛みが少し楽になった。さすが、切断された腕すらくっつける河童の薬だ。入院確実の傷でも簡単に治してくれるらしい。


「その薬、こちらにも分けていただけませんか? 出血が酷くて……」


 隣で大がらすの手当をしていたヤギ女が話しかけてきた。雁金がこっちを見てきたので頷く。


「どうぞ」

「感謝します」


 ヤギ女は貰った軟膏を大がらすの傷に塗りつける。それから針と糸で深い傷を縫っていく。手際が良い。


「医者なのか?」

「いいえ?」

「……え、大丈夫なのかよ」

「『オオカミと七匹の小ヤギ』でオオカミの腹を縫っているから大丈夫ですよ。なんならここに石を詰め込む余裕だってありますが」

「やめろやめろ」


 死ぬから、それは。

 幸い、ヤギ女は変な事をせずに傷の手当てを終えた。大がらすはぐったりと横たわって目を閉じている。銃創、打撲、いろいろあるけど、一番酷いのは太腿の切り傷だ。ザックリと斬られていて、包帯には血が滲んでいる。多分、フッケバインが持っていた槍でつけられた傷だろう。

 それでも一命はとりとめた感じがある。ひとまずどうにかなった、というか、かなり綺麗に仕上がっている。


「え、これ本職より上手くないか?」

「童話じゃオオカミに気付かせないほどでしたからね。これくらいはできないと。

 ああ、でも消毒とか輸血とかはできませんでした。後でトゥルーデに抗生物質と、それに痛み止めを貰わないと」


 魔女が薬局みたいになってる。


「えーと、ごめん。大鋸くん。呑気に話してる場合じゃないみたい」


 顔を上げると、アケミが俺たちを覗き込んでいた。


「どうした?」

「下で動きがあったの。後ろに下がってた騎士団の人たちが前に出てきてるんだって。多分、本気で攻めてくるんだと思う」

「最悪だな。人狼がやられたからゴリ押しか」


 どうやら相手は楽に勝つことを諦めたらしい。ちゃんと戦える騎士団を突っ込ませるつもりだ。今までのイヌモドキみたいな単調な戦い方はしないだろう。

 こっちの戦力は更に少なくなった。目の前で倒れている大がらすはもちろん、エレベーターホールを守っていたいばら姫もしくじって、足に大ケガを負っていた。赤ずきんが蘇ったことを考えても、差し引き戦力はマイナス1だ。


「陶たちが来るまでは……あと1時間か?」

「スムーズに行けば、だけどね」


 いよいよヤバくなってきた。いっそ、このスイートルームに立て籠もるか? 守りづらいけど、戦力を一ヶ所に固められるし。

 そんな事を考えていると、メリーさんがスマホを掲げて走ってきた。


「翡翠! 翡翠!」

「どうした?」

「ほめて!」

「だからどうした?」

「待ちに待った助けが来たわよ!」

「は?」



――



 アネットたちが立て籠もる異界のホテルの正面には、日比谷公園が広がっている。ホテルが数棟丸々入るほど広大な公園だ。

 その中には日比谷公会堂がある。現世の日比谷公会堂は老朽化して立入禁止となっているが、異界では完成当初の立派な姿を保ち続けている。

 『屠殺ごっこ』と『グリム兄弟団ギルド』を狙う『聖アンティゴノス教会』と『最後の大隊』は、この日比谷公会堂を拠点としてホテルの包囲を指揮していた。


 作戦は順調だった。既にグリムギルド内に入り込んでいた『人狼』ヨハネスから会合場所を知らされた最後の大隊は、聖アンティゴノス教会第三騎士団と共に、ホテルを奇襲して包囲した。

 包囲のための人員は、腕章の少年が操るイヌモドキだけで事足りた。圧倒的な物量の前に、騎士団が出る幕は無かった。

 戦況もほとんど最後の大隊が動かしていた。イヌモドキを突撃させ、防御に手一杯になっている間に人狼が中から掻き回す。それだけでギルドの怪異憑きを次々と倒すことができた。

 ついさっき人狼が討たれるというアクシデントはあったものの、全体的な優位は変わらない。フッケバインの活躍により厄介な『大がらす』も後退させる事ができた。敵はアネット自らが陣頭に立たなければいけない所まで追い詰められている。このまま押し切れば勝利は間違いない。


 作戦は順調だった。順調すぎることが別の問題を引き起こした。


「じゃあ、前線に騎士団を参加させろ、ってコト?」


 日比谷公会堂3階、臨時指令部。そこで少年と壮年の男が言い争いをしていた。


「人狼が討たれた以上、早期に決着をつける必要がある。そのために我々第三騎士団が突入しようという提案なのだ。悪い話ではあるまい」


 そう言ったのは黒髪の壮年の男。全身を白銀の鎧に包み、脇には兜を抱えている。背負っているのは全長2m近い両手剣、ツヴァイハンダー。顔も鎧も傷だらけで、相当な数の修羅場を潜っていることが伺える。

 彼は聖アンティゴノス教会第三騎士団長、ザック・ボイド。第三騎士団を率いて京都でを行っていたが、『屠殺ごっこ』の捕獲任務を受け、この戦いに参加していた。


「そっちは見張りと邪魔者退治をお願いしているでしょ? 今から配置換えってなると、時間がかかるんだけど」


 ザックに相対するのは、椅子に座った金髪の少年。着ているナチスドイツの制服はやや丈が余っている。投げ出した足の片方は木の義足で、椅子には細工が施された杖が立てかけられている。

 『腕章の少年』。その名の通り、左腕にナチスドイツの鉤十字が入った腕章を付けた怪異だ。最後の大隊の一員で、イヌモドキをはじめとする犬の怪異を操る力を持つ。


「時間なら既にかかりすぎているだろう。本当なら30分あれば終わる作戦を、だらだらと引き伸ばして1時間以上も続けている。

 日本の警察が異界まで足を伸ばしているという報告もある。余計な介入を受ける前に決着をつけるべきだ」

「そうかなあ。犠牲は少なくした方がいいんじゃないの? イヌモドキだけで仕留められるなら、誰も死ななくてハッピーじゃない」

「相手を長くいたぶれる、の間違いじゃないのか」


 腕章の少年が、フン、と鼻を鳴らす。


「そういう団長サマこそ、急ぐくらいならボクの作戦なんか聞かないで、最初から突撃してればよかったじゃない。

 どうせ僕が勝てないって泣きついてくるまで待ってたんでしょ? ところがこのまま勝てそうだから、手柄欲しさに今更戦いたいなんて言い出したわけだ」

「さっさと勝っていれば文句は無かった。だが、人狼が討たれたというのにやり方を変えないのは悪手ではないか? 意地を張っている子供に、こちらからわざわざ助け舟を出してやったのだよ」


 腕章の少年が凄みのある笑顔を向ける。真正面から受けるザックは、眉ひとつ動かさない。


「……実際にやるとして、何分で出撃できるの?」

「準備はできている。10分もあれば、ホテルに全員が踏み込めるぞ」

「じゃあ競争ってことで。最後の仕上げだ、全部突っ込んじゃおう」


 方針は総攻撃に決まった。人狼が排除されたとはいえ、ホテル側は満身創痍。ドアを蹴り飛ばせば倒れる腐った納屋も同然だ。ならば、余計な奇跡が起きないように全力で潰すのが最上である。


「10分後に総攻撃を行う! フッケバイン、屋上の敵を釘付けにしろ! 空を飛べる相手がいても、一人も逃がすなよ!」

「ハッ!」


 腕章の少年の命令を受けたフッケバインが敬礼し、部屋を出ていく。


「全員に通達! 総力を上げて敵大将の首を獲る! 栄光は約束されている、怯懦は無用と伝えておけ!」

「了解!」


 踵を返したザックの指示を受け、騎士団も動き出す。


「あの、団長」


 そこに割って入るものがあった。


「どうした?」

「ビックス分隊長から連絡が」


 側近からスマホを差し出されたザックは、渋々電話を取った。せっかく気合を入れたのに、水を差される形となった。


「もしもし?」

《もしもし団長? 変なことが起こってる。ちょっと聞いてくれ》


 電話口の声を聞いて、ザックは頭が痛くなった。このビックスという男、腕は悪くないのだが口下手だ。言うことが回りくどい上に脱線しがちなため、一言で終わる話が5分かかったりすることもある。


「黙って聞いてやるから早く言え」

《……最初に言っておくが俺は妄想癖でも総合失調症でも病気でもなんでもない》

「知っとるわ」

《笑わないでくれよ。ガチだ》

「だから早く言え! 何が起こった!?」

《ネコとニンジャに襲われてる》

「は?」

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