家族会議

「タワーブリッジが突破されただとっ!?」


 ロンドン塔中心部、ホワイトタワーに悲痛な叫びが響き渡る。『赤い竜』作戦の司令官、『腕章の少年』ウェルフンドのものであった。


「ええ、まあ。敵は現在、このロンドン塔南方に展開中。北東のイングランド銀行と北西の殉教者教会にも増援を送っていますねえ」

「呑気に言ってる場合じゃないでしょ!? 包囲されるじゃない!」


 ヴィクトーリア・フランケンシュタイン3世の報告を聞き、ウェルフンドはますます狂乱する。もはや地下工事の進捗を気にしている場合ではない。自分の身を心配する段階である。


「お前のゾンボットは何をしていた! ロンドン橋にネズミが寄り付かないよう、守っていたんじゃないのか!?」

「それはもちろん、守っていましたとも。ですが力及ばず、です。申し訳ない」

「謝って済む問題か! どう責任を取るつもりだ!?」

「私とて責任を感じていないわけじゃあ、ありません。『赤い竜』を使います。奴らを見事討ち取ってみせましょう」


 そうしてウェルフンドとヴィクトーリアが言い合いをする一方、聖アンティゴノス教会第二騎士団長のダグラス・フォックスは電話をかけていた。


「おう、ワシだ。タワーブリッジが突破された。……そっちの準備はどうだ」


 ダグラスはここにはいない第二騎士団の手勢に話かけていた。その存在はウェルフンドたちには知らせていない。完全にダグラスの独断だ。


「万一の時は頼むぞ。MI6の目がこっちに釘付けになっている今、お前たちは完全にフリーだ。誰にも咎められん。

 ナチスの連中じゃない、ワシらの手でロンドンにトドメを刺すんだ、いいな?」



――



 タワーブリッジを渡ってから3日が経った。3日だ。3時間じゃない。まさか城攻めっていうのがこんなに時間がかかるものだとは思わなかった。

 ロンドン塔は空堀と石の城壁で囲まれていて、出入り口は南側にある2ヶ所の門だけ。そしてそこにはナチスの連中がマシンガンを揃えて待ち構えている。まともに突っ込むのは自殺行為だ。


 パンジャンドラムで城壁を吹っ飛ばせればよかったんだけど、空堀に落っこちたりマシンガンに蜂の巣にされたりで近付けなかった。

 そのうち、雁金からパンジャンドラムの怪異が抜け出て、パンジャンドラムはいなくなった。長く取り憑いていられる怪異じゃなかったらしい。

 取り憑いている間のことは、雁金はまったく覚えていなかった。一体何だったんだ、パンジャンドラムってのは?


 結局、ロンドン塔の城門を突破できないから、代わりにイングランド銀行と殉教者教会を攻めることにした。こいつらを放っておいたらロンドン塔に攻め込む時に背中を撃たれる。逆に今攻撃すれば、向こうが挟み撃ちされることになる。

 イングランド銀行に陣取っていた騎士団は、完全に包囲される前に撤退してロンドン塔へ逃げ込んだ。挟み撃ちにされたまま戦うほどバカじゃなかったらしい。

 一方、殉教者教会に陣取っていたナチスの怪物たちは全滅するまで戦ったそうだ。自我のない怪物ばっかりだから、そういう事もできるんだろう。それでいて指揮官の『ヴァンピール』は見つからないとか。一人で逃げたか。情けない奴だ。


 ともかく2つの拠点を落として、本格的にロンドン塔を包囲することができた。ここまでで2日。そこから更に丸1日睨み合いをして、今に至る。

 今はロンドン塔の向かいのホテルに陣取って、窓から城壁を眺めている。壁の上には銃を持った見張りのゾンボットがいて、俺を睨みつけている。俺も睨み返す。


 いやもう、睨み合いしかできることがない。10mはありそうな城壁の上にナチスがマシンガンを持って待ち構えているんだから、近付きたくもない。

 逆に向こうは、打って出た途端に俺たちにボコボコにされてるのが目に見えてるから、絶対に城から出てこようとしない。

 何か新兵器か新作戦が出てこない限り、一生このままだろう。そうなったら困るのは……困るのは……えーと、どっちも困るな。


「あっ、先輩。パトリックさんが探してましたよ」


 呼ばれて振り返ると、朱音ちゃん……じゃなかった、雁金がいた。パンジャンドラムの気配はすっかり無くなっている。


「どうした?」

「次の作戦が決まったみたいです。メリーさんも一緒に来てほしいと」

「私も?」


 隣のメリーさんが、寄りかかっていた窓枠から降りた。


 雁金に案内されると、ホテルのロビーでMI6退魔部門の凄腕スパイ、パトリックが待っていた。『大がらす』のオルトリンデもいる。それに、『カエルの王子様』もだ。

 あと初めて見る、金髪の白人がいた。深い青色の貴族っぽいコートを着た、背筋がまっすぐなイケメンだ。


「誰だ?」

「フンベルトだ」

「……えっ、クマの!?」


 クマのフンベルト。覚えている。グリムギルドの怪異憑きの1人で、東京のホテルで襲われた時にメチャクチャ暴れ回っていたやつだ。背中に乗ったこともあるけど、人間じゃなかったはずだ。


「人間に変身できたのか!?」

「逆だ。こちらが普段の姿で、いざという時にクマに変身するんだ」


 そうか、普段からクマじゃなかったのか。今までは……ずっといざという時だったな、そういや……。

 それともう1人、いや、1匹がいる。『長靴を履いたネコ』のシャンキーだ。


「お久しぶりです、皆様方」

「どうしてここに?」

「王国にも物好きなネコがおりまして。皆様のご活躍を遠くから観戦……いえ、見守っていた者たちが知らせてくれたのです。ロンドン塔を攻め落とすために猫の手も借りたい気分だと。

 それを聞いた我が王、ニャールズ4世陛下が皆様をお助けせよとお命じになりまして。そこでこの不肖シャンキーめが皆様をご案内するために参りました」

「おう……なんか、ありがとう」


 よくわからないけど猫の手を貸してくれるらしい。


「でも助けてくれるって言っても、あの城壁を突破するのは難しいと思うぞ」

「そこなんですよ。城の中に入るための秘密の出入り口を知っています。そこに皆様をご案内いたします」

「は、隠し通路!? そんな都合の良いものがあるのか!?」

「いえ、大鋸様が思っているほど都合良くはありません。そこは動物しか通れない出入り口なのです」

「動物?」


 妙な条件だ。城なんて人間が住む所なのに、なんで動物?


「ロンドン塔の中には動物園がありまして、そこにいる動物たちがエルダーロンドンに繰り出すための秘密の出入り口なのです。ですから人間には使えません。見ることもできません」

「だから『大がらす』のオルトリンデと『カエルの王子様』のジョシュア、それに『白雪と紅薔薇』のフンベルトを呼んだんだ。彼らなら動物用の出入り口もくぐれる」


 シャンキーの言葉をパトリックが継いだ。確かにカラスとカエルとクマが揃って動物園だ。

 話はわかったけど、聞いておきたいことがある。


「じゃあメリーさんは? 言っておくけどメリーさんは猫娘じゃないぞ?」

「私、メリーさん!」

「彼女には、この3人が中に入ったら電話して、ワープして合流してもらいたい」


 ああ、そっちね……ちょっと忘れかけてたけど、メリーさんは電話越しにワープできるんだった。


 作戦はわかったけど、心配なことがある。


「4人だけであの城の中に突っ込むってのは、ちょっと無茶じゃないか?」


 敵にどれだけの戦力が残ってるかは知らないけど、ロンドン塔の中には相当な数が残っているはずだ。それもイヌモドキのようなザコじゃない。銃を持ったゾンボットや、完全武装の騎士団が待ち構えているはず。

 いくら4人が……いや、カエルの王子様は抜いて3人が強いといっても、そんな所に放り込むのは自殺行為だ。


「そこで、外にいる我々で城壁を攻撃し、敵を引き付ける。敵の目を引き付けている間に4人が中に侵入し、機銃陣地を制圧して門を開ける。

 そうしたら、門の側に潜ませた精鋭部隊を突撃させ、城内を制圧する」


 忍者みたいな事をやらせるのか。


「うーん……話はわかったけどなあ……」


 それでも心配なことはある。


「やっぱり、城の中にメリーさんを放り込むのは危ないと思うんだよな……俺もついていけないか、なんとかして」

「無理です。完全に人間ではないですか」

「わかってるよ。だけどメリーさんに大事な仕事を任せるっていうのは、どうにも心配で……」


 ガン、と視界が揺れる。座ってる椅子を蹴られた。


「うおっ」

「できる!」


 振り返るとメリーさんがいた。


「できるもん!」


 腰に腕を当ててふんぞり返っている。やる気満々だ。


「いや、やる気だけで何とかなったら苦労しないだろ」

「私ならできるって任されて呼ばれたんだもん! 信用されてる!」

「だけど危ないって。騎士とかゾンボットとかがウヨウヨしてるんだぞ」

「勝てるもん! 騎士の偉い人にも勝ってるし!」


 確かに騎士団長も倒してるけどさ。それでも敵のど真ん中に放り込むのは危ないって。俺でもやれって言われたら危ないかどうかちょっと考えるくらいだぞ。


「アケミ、お前も何か言ってくれ」

「……できるって言ってるんだし、やらせてあげてもいいんじゃないかな?」


 おい、止めろって言ってるんだよ。何で勧めようとするんだ。


「雁金」

「他に方法もありませんし、イギリスのスパイの人たちができるって言うなら……」

「いやお前も止めろよ。なんで乗り気なんだ。それしか方法が無いにしても、どうしてウチのメリーさんが危ない目に遭わなくちゃいけないんだ」

「……お父さんみたいなこと言い始めましたよ、この人」

「そしたら私がお母さんかなあ」

「は?」

「は?」


 急に睨み合いを始めるなお前ら。そもそも俺を勝手に父親にするな。結婚してない。それにメリーさんだっていきなり娘にされたら困るだろ。

 しかしこのままだと埒が明かないので、メリーさんに聞いてみた。


「メリーさん、本当に大丈夫か?」

「大丈夫だもん。ネコちゃんも連れて行くし」

「このシャンキーめもお供いたします。メリーさんは命に変えてもお守りいたします」

「チェーンソーの手入れとかちゃんとしてるか?」

「毎日してるもん」

「道順とか覚えられるか?」

「これから覚える!」


 うーん、やる気に満ち溢れている。


「何でだ?」

「む?」

「何でそんなにやる気なんだ?」


 するとメリーさんは、胸を張ってこう言った。


「私だって成長してるって所を、翡翠に認めさせたい!」


 ……おう、おーう。まさかそんな事を言われるとは思わなかった。

 確かに今まで長い間特訓してきてるし、遊びにも付き合ってるし、成長しているのは間違いないだろう。実際、騎士団長を倒してるくらいだし。

 しかし、『認めさせる』って言われるとは思ってなかった。俺に認めてほしいってことか。そうかあ……。


「先輩」


 雁金が俺の顔を覗き込んできた。


「何だよ」

「ニヤけてます」

「えっ」


 思わず顔に手をやる。確かにちょっとニヤけてたかもしれない。


「先輩もそんな顔するんですね」

「いや、別にメリーさんをバカにしてる訳じゃないんだけどな……」

「いいと思いますよ。先輩のそういう顔も、私は好きです」

「わ、私も!」

「うっさい……!」


 アケミまで乗ってきた。止めろ恥ずかしい、他にも人がいるんだぞ。フンベルトとかカエルの王子様とかもニヤニヤしてるし。オルトリンデは……ぼーっとしてるな。それはそれで大丈夫か?


「家族会議は終わったか?」

「しばくぞ」


 タイミングを見計らったように、パトリックが聞いてきた。こうなったらもう仕方がない。メリーさんに向き直る。


「頼む、メリーさん。気をつけろよ」

「任せて!」


 メリーさんは元気いっぱいに笑った。


「よし、話がまとまった所で、早速力を貸してほしいのだが」


 そしてパトリックがさらなる頼み事を言ってきた。


「今度は何だ?」

「手を……いや、チェーンソーを貸してほしい」

「チェーンソーを?」

「ああ。切ってほしい木材がある」


 ……え、まさか、イギリスに来て林業の仕事をするのか?

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