渦人形(終)

「渦人形のことがわかった」


 そんなLINEが神宮寺から来たのは、10日前のことだった。前に『渦人形』の件で助けてもらったあのお坊さんから連絡があったそうだ。

 それで、実際に話を聞きにいかないか、ってことになった。俺はもちろんOKした。

 ただ、あの時のメンバーが全員揃うわけじゃなかった。来たのは俺と陶、それに神宮寺だけだ。村田ともうひとりは別の用があったらしい。まあ、大学のころと違って、みんな仕事も家庭もあるからしょうがないか。

 代わりと言っちゃなんだが、新メンバーがいる。


「雁金です」

「メリーです」

「は、はあ……」


 OLと金髪少女を前にして、お坊さんが困っている。……すみません、本当にすみません。

 これは完全に俺が悪い。元々、今日は雁金と呑む約束をしてたんだが、渦人形の話を聞きに行くからキャンセルしたいと言ったら、取材に行きたいと言い始めた。止めても引き下がらず、押し切られた。

 更にその後、メリーさんから遊びに行けないかと電話が掛かってきた。これも渦人形の話を聞きに行くからってことで断ろうとしたが、私も行くと言い始めた。止めても引き下がらず、押し切られた。

 そういう訳で、本日の俺はライターの後輩と親戚の姪っ子連れである。


「私たちは横で話を聞いているだけですから、お気になさらずどうぞ」

「は、はあ……」


 繰り返しますが本当にすみません。神宮寺と陶には先に話してたからまだ平気だけど、お坊さんが怪訝な顔をしていて本当に申し訳ない。


「……では早速ですが、渦人形の話をしてもよろしいでしょうか?」


 一通りの挨拶を終えると、お坊さんが話し始めた。俺たちが頷くと、お坊さんはとんでもない話を切り出した。


「あの渦人形ですが……結論から言うと、子供のお守り人形です」

「……は?」


 は?


「東北の狭い地域に伝わるもので、小さな子供の身代わりとなって厄を祓うと言われています。 子供が健やかに育つために、地域の長老が作っていたそうです」

「ちょ、ちょっと待ってください?」


 神宮寺が話を遮った。


「じゃあ何ですか、あの人形はいいものだったんですか?」

「はい」

「そんなバカな!? だって、私たち、あれに襲われたじゃないですか。お坊さんも見たでしょう?」


 俺たちは渦人形におかしくされている。街の人たちにも被害が出ていた。ここまでやられて実はいいものでした、なんて話は通らない。


「ええ。ですから、あれは普通の渦人形ではありません。改造されていたのです。厄を祓う聖なるものではなく、厄を生み出す魔のものに」


 文字通りの魔改造か。


「なるほど。んじゃァ、次の問題だ」


 陶が座り直し、言った。


「改造したのは、どこのどいつだ?」

「わかりません。人形には手がかりはありませんでした」


 お坊さんが申し訳無さそうにしているが、これは仕方ないと思う。人形に持ち主の名前が書いてある訳がない。

 ところが、神宮寺が口を開いた。


「……馬場さんだ」

「何?」

「馬場さんだ。あの別荘の前の持ち主。父の友人……だった人だ」


 神宮寺の含みがある言い方が気になった。


「何かあったのか?」

「父と共同で興した事業が失敗したんだ。馬場さんがしくじったせいなんだけど、逆恨みされて……いろいろトラブルがあった」


 言葉を濁すってことは、相当いろいろあったんだろう。


「あの別荘と隣の家は、両方とも馬場さんのものだったんだけど、父が片方安く譲り受けたんだ。

 だけど、その後事業が失敗して、馬場さんは借金を抱えて隣の家も手放した。……その時に渦人形を仕込んだんだと思う」


 なるほど、動機はあるわけだ。しかしひとつ疑問が残る。


「なんでそんな回りくどい真似を? 恨みがあるなら神宮寺の家に直接乗り込んだ方が早いだろ」

「お前なァ……」


 陶が驚き半分、呆れ半分と言った感じで答えた。


「そこまではできなかったんだろ。ビビったのか、それとも……」


 陶はチラリと神宮寺の顔色をうかがう。


「やったけど、上手くいかなかったか。どっちにしろ直接襲えないから呪いの人形を使ったんだろ。昔売った別荘の隣に呪いの人形を仕込むなんて回りくどいマネを、な?」

「だと思う」


 神宮寺は頷いた。


「つまり、俺たちは知らない男の逆恨みに巻き込まれてただけか……」


 陶にそう言われると、全てが腑に落ち、がっくりと力が抜けた。呪いの人形というギミックはともかく、オチがただの逆恨みってのはなあ……。お坊さんもなんだか疲れた顔をしてるし、雁金とメリーさんも拍子抜けしている。神宮寺に至っては全部終わった、という様子だった。


「……いやいや待て待て、お前は安心するな」

「なんで?」

「当事者だろ、当事者」


 馬場さんがまたやらかす可能性があるかもしれないじゃないか。しっかりしろ神宮寺。


「また馬場さんに狙われたらどうする?」

「いや、それは無いよ」

「何?」


 あっさり言いやがった。なんでだ?


「だって馬場さん、行方不明になったから」


――


『私はこの世界の人間ではない。行かなければならないところがある』


 実際には長々とした物語らしいが、要約するとそういう手紙を残して、馬場さんは失踪したらしい。神宮寺の所に警察が来て知ったそうだ。

 元々、神宮寺の父親を逆恨みして、渦人形なんてものを仕掛けるぐらい追い詰められていた人間だ。本格的に頭がおかしくなって失踪した、というのが警察の見方だった。実際、駅まで行ったことは監視カメラでわかったらしいが、その後の足取りがぷっつり途切れている。

 それが、10年前の話。あの渦人形の騒動があった少し後だ。それっきり馬場さんは姿を現さず、神宮寺の身の回りでも何も起きていない。

 なるほど、確かに終わったんだろう。


「なんつーか、拍子抜けだなァ」

「言うなよ、陶」


 俺たちは今、道の駅にいる。お坊さんにはていねいにお礼を言って、家が神奈川の方にある神宮寺とも別れた。

 その帰り道にちょっと休憩ってことで道の駅に寄っていた。夕方だっていうのに、客はそこそこいる。観光客っていうよりは、地元の人が多い気がする。


「あんな人形を作ってまで恨みを晴らそうとしたんだから、もう一悶着はあると思ったんだが」

「……まあ、俺もそうだと思ったけどさ」


 寺に集まった所に、またあの人形が襲ってくるんじゃないかとは思っていた。メリーさんと雁金を連れてきたのは、それも理由のひとつだ。


「うーん、結構美味しいわね、このアイス」


 そんなメリーさんはソフトクリームに舌鼓を打っている。俺も食べてみたけど、確かに美味い。普通のソフトクリームよりもコクがある。地元の牧場で採れた新鮮な牛乳を使っているらしい。並んで買った甲斐があった。


「あの、すみません、陶さん」


 みんなで好きなものを食べて休憩していると、雁金が陶に話しかけた。


「ん?」

「取材の件、そろそろお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

「おう、そーだったそーだった」


 そうだった。ここで休憩してるのは、雁金の用事を済ませるためでもあった。

 以前、陶が大蛇の妖怪を倒した話を雁金に聞かせたら、取材をしたいと大はしゃぎしてしまった。それから陶に相談したら、意外にもOKが出たので、こうして話を聞くことになった。


「本当に話して大丈夫なのか? あの、守秘義務とか、プライバシーとか」


 陶に問いかける。自分で頼んでおいてなんだけど、すごい気になる。


「ああ……まァ、名前は出せないし、個人が特定できるような話も無理だが……」

「はい。それは承知しています。それに、原型が残らないくらい面白おかしく改変するので、そちらも存分に盛っていただければ」

「それもそれでどーなんだ……まあ、いいかァ。どうせこれは仕事に関係ない、誰に話しても怒られない話だからな」

「そりゃどういう……」

「決まってんだろ。俺の昔話だ」


 そう言うと、陶は手袋をはめたままの左手を顔の前に掲げた。


「今から話すのは『猿の手』。俺の左腕の話だ」

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