汝は人狼なりや? Wave3

 広い階段があるエレベーターホールや、隣のビルから飛び移ってくる屋上と比べると、非常階段の幅は狭い。だから、ここを守っている怪異憑きは3人しかいない。『勇ましいちびの仕立て屋』、『大がらす』、そして『カエルの王子様』だ。

 そして『仕立て屋』がトゥルーデの魔法を受けるから、その間俺たちが非常階段の守りにつくことになった。


感謝ダンケ。私一人では迎撃不可能。増援は必須」


 非常口で待っていたのは黒いドレスの女。こいつが『大がらす』らしい。名前の通り、背中からカラスの黒い羽を生やしている。

 しかし、トゥルーデが作った翻薬ほんやくを飲んでるはずなんだけど、日本語が変だ。元はどういう喋り方をしてるんだろうか。


「私は外で敵を射撃。あなた方は入口に到達した敵を迎撃。理解ヴェシュテンデネス?」

「べ、べすてんべすてん」


 やっぱりドイツ語が訳しきれていない。とりあえず頷いておく。

 そしてもう一人の怪異憑き、『カエルの王子様』を探すんだけど、どこにもいない。


「なあ、『カエルの王子様』はどこにいるんだ?」

「ラテント」

「うん?」

「ラテント」


 どうしよう。完全にドイツ語になった。何を言ってるかわからない。せめてボディランゲージとか、表情だけでも読み取れないかと思ったけど、『大がらす』は仏頂面のままで何も読み取れない。

 困っていると、メリーさんが聞いた。


「隠れてるの?」


 『大がらす』が頷く。


無力マフロス。援護に徹している。どこかにいるはず」


 『カエルの王子様』は戦えないから隠れてるのか。シンデレラが頑張ってるんだから、もうちょい頑張れよ。

 いや、それよりも。


「メリーさん、ドイツ語わかるのか?」

「わかる!」

「すげえ……」


 えっへん、と胸を張るメリーさん。そういえば元は『グリム童話』、つまりドイツ生まれの怪異だ。地元の言葉ならわかるのも当たり前か。

 でも、メリーさんに言葉が通じるなら、こいつら別に翻薬を飲む必要は無かったんじゃ……いやでも、何か用がある度にいちいちメリーさんに通訳をお願いするのは面倒くさいか。


「……敵襲アングリフ


 あれこれ考えていると、表情を険しくした『大がらす』が非常口から外に出ていった。慌てて後を追いかける。非常階段に出ると、下の階からイヌモドキたちが駆け上がってくるのに出くわした。


「うおっ!?」


 出会い頭に飛びかかってきたイヌモドキの噛みつきを避け、頭を殴り飛ばす。吹っ飛んだイヌモドキは手すりを飛び越え、地面に落ちていった。すぐにチェーンソーのエンジンを掛け、後に続いたイヌモドキたちを斬り裂く。


「『大がらす』はどこだ!?」

「あっち!」


 アケミが指差した先は非常階段の外だ。まさか落ちたのか、と思ったら、『大がらす』は背中の羽を羽ばたかせて飛んでいた。

 空を飛んでいる『大がらす』が、手にした杖を掲げる。すると、奴の周りに大きなガラス片が現れて、イヌモドキたちに撃ち込まれた。ガラス片は怪異たちをズタズタにし、あっという間に死体に変える。流れた血が滝のように地上へ落ちていった。


「ヒンダニス」

「は?」


 また知らないドイツ語だ。訳が分からずにいると、メリーさんが叫んだ。


「邪魔だって!」

「なるほど!」


 流れ弾とか破片が飛んでくるからな。俺たちは急いでホテルの中に戻った。直後、さっきよりも凄まじいガラスの嵐が吹き荒れた。外からイヌモドキたちの叫び声が聞こえてくる。今頃非常階段は酷いことになっているだろう。

 これじゃあ俺たちの出番は無いんじゃないか、と思ったけど、それでも建物の中に入ってくるイヌモドキたちはいた。そういう時は俺たちの出番になる。まあ、入口が狭いし数も少ないから、ほとんどは雁金の銃だけで何とかなったけど。


 それよりも、時々『大がらす』を狙って光の玉が飛んでくるのが心配だ。多分、騎士団の僧侶が地上か下の階にいて、『大がらす』を狙っているんだろう。

 『大がらす』は問題なく避けてるけど、その間はガラスを撃てないから怪異たちが非常階段を昇ってくる。万が一のことを考えると、頼り過ぎは良くないだろう。


 とりあえず、今回は『大がらす』のお陰で守り切ることができた。『カエルの王子様』の出番は無しだ。怪異たちの攻勢が退いたのを見計らって、俺たちはスイートルームへ戻った。



――



「『勇敢なちびの仕立て屋』ゴッドチーフは人狼ではありませんでした」

「のっぽ!」


 『仕立て屋』の顔を見るなりメリーさんが叫んだ。気持ちはわかる。ちびの仕立て屋だっていうのに俺と同じくらいの背の高さだ。


「まあ、ちびなのは童話の話だからさ……ともかく俺の代わりに頑張ってくれてありがとうよ」


 そう言うと、仕立て屋はムチを手にしてスイートルーム出ていった。さっきロビーでムチを振り回して戦ってた奴だったか。あいつと『大がらす』がいれば、そりゃあ非常階段の守りは完璧だろうなあ。


「ただ、先程屋上から連絡がありました。『物知り博士』が人狼に殺されたようです」

「またか……」


 大して役に立ってなかったと思うけど、人狼に狙う理由があったのか。それとも、他の連中が狙えないくらい強いからか。そもそも人狼はちゃんと狙いをつけて襲っているのか。単に数を減らせればいいって考えてないか?

 あれこれ考えていると、スマホが震えた。電話だ。画面を見ると、陶からだった。ようやく折り返してきたか。


「もしもーし?」

《……大鋸ァ。また変な事件に巻き込んでくれやがったなァ》

「巻き込まれたのは俺の方なんだけどな」

《わーってるよ。警察からも説明は聞いた。一応、メンツを集めてそっちに向かってるが、話を聞いてるだけでも数が多すぎる。ウチのメンツじゃ牽制くらいしかできねえぞ》


 ちょっと待て。警察と陶たちでも戦力が足りないとなると、もっと応援が必要になる。


「……他にアテはあるか?」

《警察が掛け合って、自衛隊の対怪異部隊を動かせないか交渉してるらしい。ただ、すぐには動けないし、動けたとしてもこっちに来るまで1時間はかかるってよ》

「1時間……!」


 何人も殺されてるのに、ここから更に1時間粘るっていうのはかなりキツいぞ。


「援護だけでも頼む」

《わーった。……できるだけ急ぐ。死ぬんじゃァねえぞ、大鋸》


 電話を切ってポケットに仕舞った。それからアネットに話しかける。


「すまん。本格的な増援が来るまであと1時間かかるらしい。援護くらいならすぐに来るが……」

「ヨハネス。『白雪姫』は?」

「……妨害を受けております。到着までには同じくらい時間がかかるかと」


 あっち側の増援も時間がかかっているらしい。スパイを送り込んで不意打ちしてるんだから、援軍の妨害くらいはやってもおかしくない。


「ちくしょう、人狼が誰だかわかればぶっ飛ばしてやれるんだけどなー。誰かわからねえか?」


 グルードが腕を振り回して悶々としている。その動作が物凄いバカっぽいんだけど、言ってることはその通りだ。『人狼』が誰だかわからないとどうしても戦いに集中できない。しかも野放しにしていると味方が殺されて、ますます追い詰められる。


「……あの、『シンデレラ』じゃないかな?」


 そう言ったのはアケミだった。意外な発言に、みんなの注目が集まる。


「だってほら、 『シンデレラ』は戦えないから後ろに下がってたでしょ。誰も見てない間にこっそり人狼に変身して襲いかかる、っていうこともできると思う。だから一番怪しいのはあの子かなぁ、って思ったんだけど」

「それならヨハネスさんも同じですよ。連絡役で自由に動けるから、誰かに不意打ちを掛けるのも簡単だと思います」


 雁金に指摘されて、忠臣ヨハネスは表情を強張らせた。ただ、何も言わないのを見ると、自分が疑われても仕方ないとは思っているらしい。

 ただ、雁金とアケミが疑っているのは、不意打ちしやすい立場だからって理由だ。俺はもうちょい直接的な理由で疑っている奴がいる。


「後ろでウロチョロしてる奴らより、屋上にいるヤギ女の方が怪しいと思うな、俺は」

「……何でだ? めっちゃ頑張ってるだろアイツ」


 グルードが首を傾げる。アネットとトゥルーデもピンとこない様子だ。一緒にいる時間が長いから、感覚が麻痺してるのか?


「いや、人狼とか関係なしに怪しいだろ。『オオカミと七匹の小ヤギ』って童話の怪異なのに小ヤギじゃないし、あんなデカいハサミを振り回して戦うし、なんかツノ生えてるし。詳しい話は覚えてないけど、絶対そんな童話じゃないって俺でもわかるぞ」

「先輩、残念ながら割とああいう童話です」


 思わず雁金の顔を見つめた。


「マジ?」

「はい。七匹の小ヤギのうち6匹が食べられた後、帰ってきたお母さんヤギがオオカミの腹を斬り裂いて子供を助け、代わりに石を詰め込んだことでオオカミが井戸に落ちて溺れ死ぬ、という話ですから」

「それって『赤ずきん』じゃなかったっけ?」

「『オオカミと七匹の小ヤギ』も同じオチです。あと、ヤギは元々ツノが生えてる生き物ですから」

「じゃああいつが怪しいのは人狼だからじゃなくて、単に見た目が怪しいだけなのか……」


 紛らわしい。でもそう考えるとちょっとだけ申し訳なく思う。俺も悪人面でいろんな警官に職務質問されてるからな……。


「むー」


 そんな声が聞こえたので視線を下ろすと、メリーさんがむくれていた。


「どうした?」

「私も意見言いたい!」

「ああ、うん、どうぞ」


 どうやら周りを真似して頭の良さそうなことを言いたかったのに、いつまで経っても自分の番が回ってこないから不機嫌だったらしい。

 変わったことを言おうとして論破されるのがオチだろうけど、言うだけならタダだ。俺が促すと、メリーさんは胸を張って答えた。


「怪しいのは『ヘンゼルとグレーテル』のどっちかよ!」

「メリーさん。あの2人は2人で1つの怪異憑きです。どちらかが人狼だと成立しません」

「ぬーん」


 一撃で論破されてる……。

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