VIOLENT BATTLE

「見えたァ!」

「あれかー!」


 アカツキセキュリティ改造社用バンが、巨大な風力発電機が並ぶ海岸を激走する。その先には土手に囲まれた工場がある。電話から30分、何事もなければそこに翡翠たちがいるはずだ。

 ところが、待ち合わせ場所に繋がる道路は警察によって封鎖されていた。何事かあったらしい。吉田たちは怪しまれないように手前で道を曲がった。


「どうします、班長」

「この土手の向こうよね。うーん……」


 カーナビで地図を確認した吉田は、運転手の陶に命じた。


「陶くん、突っ切っちゃって」

「了解!」


 陶は大きくハンドルを切り、路肩にある土手を強引に登り始めた。この先の工場を横切れば、翡翠たちとの待ち合わせ場所に着くはずだ。


「うわああああ!?」


 後ろで九曜院が叫んでいるが、無視する。

 だが、土手の頂上まで来た時、陶はブレーキを思い切り踏み込んだ。


「ぐえっ」


 九曜院がシートベルトに締め付けられて悲鳴を上げる。


「なんなんだ一体!?」

「なんなんだ、こりゃあ……!?」


 土手の向こう側は戦場になっていた。見渡す限りに無数の怪異が存在し、破壊と暴力と殺戮を振りまいている。対怪異専門の四課四班でも見たことがない異常な光景だった。


「あいつら、こんなのに追いかけられてたのか……?」


 想像以上の事態に陶は愕然する。いくら翡翠といえども、これほどの数が相手では。


「陶くん、あっち」


 吉田に肩を叩かれ、陶は我に帰った。吉田が指差すところを見ると、オフィスらしき建物を怪異の群れが囲んでいた。建物の周りには車やパトカーがバリケードのように何台も並んでおり、その間では警官が銃や防盾を持って戦っている。

 どうやら警察があそこで防戦を繰り広げているらしい。なら、翡翠たちもそこにいるかもしれない。


「行きますか?」

「当然」


 陶はアクセルを踏み込んだ。九曜院がシートに押し付けられて無様な悲鳴を上げる。

 土手を駆け下りた社用車は、建物を囲む怪異に後ろから突っ込んだ。背後から襲われた怪異たちが散らばって逃げ出す。逃げ遅れた怪異を弾き飛ばし、車は強引にバリケードに取り付いた。


「何者ですか、貴方たちは!?」


 車から降りると、リーダーらしき刑事が車の後ろから銃を突きつけてきた。


「陶くん、説明お願い」

「俺ェ!?」

「あいつらもう来てるのよ。ちょっと食い止めてくる!」


 そう言うと、吉田は警杖片手に押し寄せる怪異の群れに突っ込んでいった。吉田が時間を稼いでいる間に、警察と話をつけなければならない。


「あー……オレたち、いや、私たちは、警備会社アカツキセキュリティの者です!」

「警備会社? 民間人は立ち入り禁止ですよ! 早く逃げなさい!」

「そうもいかないんスよ、警備の仕事で!」

「陶さん、後ろ!」


 河童が咆哮しながら陶に飛びかかってきた。陶は警杖で攻撃を受け流し、体勢を崩した河童の側頭部に蹴りを放つ。直撃を受けた河童は昏倒した。


「この工場のどこかに警備対象がいるはずなんです! 全員そこにいるなら、一緒に守らせてくれませんか!? っていうか勝手に守りますね、人命救助だオラァ!」


 社用バンからアカツキセキュリティ四課四班の面々がぞろぞろと降りてきて、防戦を始める。前衛組は警杖を手に、押し寄せる怪異たちを打ち倒していく。後衛のうち、森は結界を張って建物を防護し、九段下は救急キットで負傷者の手当てを始める。九曜院は頭をぶつけて気絶していた。

 いずれも怪異との戦いには慣れた面々である。警官隊の奮戦もあり、ひとまず建物に入り込まれるような危機的状況は無くなった。


「班長はどこいった!?」

「怪異の群れを突っ切ってったぞ! あーりゃ大丈夫そうだな!」


 陶は怪異の群れに目を向けるが、吉田の姿は見えない。敵陣深くまで悠々と切り込んでいるらしい。四課四班は誰も心配していない。彼女はここにいる全員が束になっても敵わないほど強いからだ。

 班長がいないので、陶は命令通りにリーダー代行を続けることにした。車の後ろで休んでいる、刑事のリーダーらしき男に近寄る。


「大丈夫ッスか」

「ええ、なんとか。助かりました」

「一体何が起きたんですか? 古戦場の封印でも解いちまったんですか?」

「残念ながら、我々にもわかりません。判断するには情報不足です。しかし、何が中心かは推理できます」

「そいつァ、一体?」


 刑事は工場の一角を指さした。オフィスとは別の建物、機械や溶鉱炉が置かれた工場だ。怪異の一群がそちらへ向かっている。

 その群れが弾け飛んだ。10体ほどの怪異が空中に打ち上げられた。よく見れば、それは怪異ではなく両断された怪異の体のパーツであった。

 血飛沫が間欠泉のように吹き上がる。肉が、骨が、胞子のように飛び散る。その度に怪異が数を減らしていく。

 最後に残った怪異が背を向けて逃げ出そうとしたが、その胸からチェーンソーが飛び出した。チェーンソーは無情にも振り抜かれ、怪異の頭部を両断した。


 血の雨の下、現れたのは人型の怪物だった。不気味に唸りを上げるチェーンソーを手にして、群がる怪異たちを睥睨している。着ている作業服は余すところなく血で染まっている。ヘルメットとマスクで顔はわからないのが、却って不気味だ。


 現れた怪物を見て、陶は思い出した。九曜院を追っている怪異がいると。

 その名は『チェーンソーの鬼』。



――



「あそこか!」


 海側の土手の上で叫ぶ女性あり。独立行政法人日本多目的研究振興会理事長の太田原だ。レッドマーキュリーが第四学群から持ち出されたと聞いた彼女は、怪異と共に鹿島港で待ち伏せていた。

 すると、近くで張り込んでいた警察が騒がしくなった。どうやらレッドマーキュリーの運び屋を見つけたらしい。太田原は怪異の群れを引き連れて、問題の工場に向かった。予想通り、警察が工場に逃げ込んだ車を包囲していた。

 太田原はスマートフォンを取り出し、警察を指揮しているはずの輪堂に電話を掛ける。2コールで電話は繋がった。


《もしもし?》

「望月! お前の部下がレッドマーキュリーを見つけたようね!」

《何? そんな報告は上がってないぞ?》

「え?」


 太田原は目を凝らす。工場を囲むパトカーに書かれた文字は『茨城県警』。望月が指揮する警視庁ではない。


「ちょっと! 茨城県警じゃない!? どうなってんの!?」

《何!? 県警がなぜそんなところに!? ええい、少し待て! 本部に連絡して、現場の引き渡しを……》

「そんな悠長なことしてられないでしょ! 強行する!」

《おい、よせ!》


 輪堂の静止を無視して、太田原は部下の怪異に指示を出した。


「お前! 県警がレッドマーキュリーを手に入れないように妨害しなさい!

 佐伯はあの工場を囲んで、誰も逃げ出さないようにすること!

 他は建物の中を探して、レッドマーキュリーを持った奴らが隠れていないか確かめなさい!」

「働いてる人間たちはどうする?」


 海の佐伯の問いに、太田原は迷いなく答えた。


「資本主義の犬に情けは無用!」


 怪異たちが動き出した。まず、警官の怪異が先行し、刑事たちの中に紛れ込んだ。話し合いが始まりそうだったので、人形の怪異とチェーンソーの男を撃った。これでチェーンソーの男と警察は戦闘状態になった。

 その間に海の佐伯が素早く工場を取り囲み、男と警察を諸共に攻撃し始める。他の怪異たちはオフィスや倉庫を襲撃し、戯れに人間を殺しつつレッドマーキュリーを探す。警官隊が応戦するが、多勢に無勢。数で圧倒して全滅させられるだろう。


 だが、軍勢の一角が切り崩された。チェーンソーを持った男が、亡霊の群れに切り込み、手当たり次第に暴れている。


「飛んで火に入る夏の虫ィ! 山の仇、ここで取ってくれる!」


 海の佐伯がチェーンソーの男に挑んだ。この男が第四学群から脱出する際、山の佐伯が守る陣地に車で突っ込んだ事は知っている。陣地に戻った海の佐伯は、首を刎ねられた義兄弟の亡骸を見つけ、慟哭した。

 今こそ仇を取る時だ。海の佐伯は三叉槍を手にして男に飛びかかった。鯨すら一刺しで絶命させる槍である。生身の人間が受ければ、体に大穴が空くだろう。

 男は槍の穂先に対して、チェーンソーで真っ向から斬り掛かった。鋭い刃と廻る刃がぶつかり合い、勝ったのはチェーンソーだった。

 斬撃は槍に留まらず、それを手にした海の佐伯を、更にはその後ろにいた数人の亡霊を斬り裂いた。


 男はチェーンソーを振り回し、近くにいる怪異を片っ端から真っ二つにしていく。そこに新たな白い影が飛びかかる。土蜘蛛。手足が異様に長く、四つん這いで行動する人型の怪異だ。岩のように硬い腕で、男を殴り殺そうとする。

 男は拳を避けて土蜘蛛の懐に飛び込むと、顎めがけて下からエンジンブロックを突き出した。車が衝突したような音とともに、土蜘蛛の頭を衝撃が襲う。昏倒した土蜘蛛の首を、男はチェーンソーでやすやすと刈り取った。


「おい……」


 土手の上で戦いの様子を見ていた太田原が呻いた。


 怪異を殺し続ける男の前に、大斧を持った怪異が立ちはだかる。その頭部は牛のものだ。牛頭鬼。地獄の獄卒とも言われる強力な怪異だ。

 牛頭鬼は斧を振り下ろす。倍の身の丈がある相手からの一撃を、しかし男は両手で握ったチェーンソーで受け止めた。

 一瞬の均衡。そこから男が力強く踏み込む。足元のアスファルトにヒビが入り、牛頭鬼の斧が頭上に跳ね飛ばされた。がら空きになった牛頭鬼の胴が、チェーンソーで一刀両断された。


「待て……!」


 大田原が取り乱すが、男は止まらない。


 たじろいでいた夜刀神の喉にチェーンソーが突きこまれた。血管と神経を断ち切られ、夜刀神は即死。その尻尾を男が握る。力を込めて持ち上げ、振り回す。

 夜刀神は、その名が表すように、頭から刃を生やしている。その体を振り回せば、必然、刃の付いた鞭を振り回すも同然となる。突如巻き起こった斬撃の旋風に、周りの怪異たちは成すすべもなく斬り裂かれた。

 軽々とやってのけているが、夜刀神の重さは100kgを超す。人間にできることではない。


 太田原は、このような芸当ができる存在に心当たりがあった。だが、それこそありえない。何故なら。


「何故、『チェーンソーの鬼』が向こうに居る!?」


 問い質した相手は、太田原の隣の人物。チェーンソーを持った、黒い服装の男だ。マスクとゴーグルで表情はわからないが、彼もまた戸惑っている様子であった。


「貴様がッ、貴様が『チェーンソーの鬼』ではなかったのか!? 先駆けて鬼の振る舞いをすることで、あのバケモノの力を得たのではなかったのか!?」


 なおも太田原は男を問い詰めるが、男は説明する術を持たなかった。ただ、現実として、チェーンソーの鬼が怪異たちを薙ぎ倒しながら土手の方へ迫ってくる。


「しゃいっ! しゃいしゃいしゃいしゃい!」


 ただ、それよりも速く2人に迫るモノがあった。巨大な木製の車輪の中心に、これまた巨大な男の顔がついた怪異。『輪入道』だ。

 その上に、まるでサーカスの玉乗りのように乗った女がいた。黒いパンツスーツを着て、警杖を持ったスタイルのいい女だ。輪入道は女の脚力で強制的に前進させられ、味方の怪異を轢き飛ばしながら大田原たちに一直線に向かってくる。

 黒い男は即座にチェーンソーを構えた。一拍遅れて太田原も輪入道乗りの女に気付いた。太田原の首元から赤いマントが生える。その下から、太田原は斧を取り出した。


「おらっしゃーい!」


 女が輪入道を蹴って跳躍した。勢いがついた輪入道は、太田原と黒い男に向かっていく。男がチェーンソーを横薙ぎに払った。輪入道が両断され、吹き飛んでいった。

 一方、飛び上がった女は、重力に従って着地。そこへ太田原が斧を持って突進する。速い。70過ぎの老婆の動きではない。


「がっ……!?」


 だが、女は更に速かった。斧が振り下ろされる前に、警杖による打突三連撃が、喉、鳩尾、腹に突き刺さった。太田原は逆方向に吹き飛ばされ昏倒した。


 スーツの女は警杖で地面を叩き、仁王立ちとなって見栄を切った。

 彼女の名は吉田千菊。警備会社アカツキセキュリティの対怪異部門『四課四班』班長にして、四課四班最強の女。更には警察、自衛隊、内閣、それぞれの対怪異部門を渡り歩き、全てで最強と呼ばれた女。『番町皿屋敷』の怪異にして、神君の末裔。


 その背後から、黒い男がチェーンソーで斬りかかる。

 戦後に現れ、数々の怪異を斬り殺し、伝説となったチェーンソーのプロ。その伝説が怪異となって顕現したはずの、『チェーンソーの鬼』。


 振り下ろされたチェーンソーを、吉田は警杖を掲げて防いだ。しかし、体格が一回りも大きい相手だ。力任せにチェーンソーを押し込まれそうになる。

 吉田は警杖を傾け、チェーンソーを受け流した。バランスが崩れて前につんのめった男の胴体に、容赦なく膝蹴りを叩き込む。


「い゛っ!?」


 ダメージを受けたのは吉田の方だった。普通の人間なら骨が無く、柔らかい肉と内臓だけのはずの胴体。それがまるで、鉄の塊のように硬かった。そこに膝蹴りを打ち込めば、当然人体のほうが傷を負う。

 怯んだ吉田に、黒い男は力任せの肘打ちを放った。吉田は左手で防ごうとするが、パワーが違う。ガードの上から吹き飛ばされた。地面を転がった吉田はその勢いを利用して膝立ち姿勢となり、警杖を黒い男へ突きつける。追撃しようとした男は、牽制を受けて足を止めた。


「なるほど。そっちの婆さんと違って、アンタはちっとはデキるワケね」


 警杖を構えたまま吉田は立ち上がる。膝の痛みは引いていた。手の内で警杖をくるりと一回転させると、吉田は構えを変えた。警杖の一端を左手で、橋から1/3の所を右手で持つ。槍を、あるいは薙刀を握るような構えであった。


「なら、5割くらいでお相手してあげようかしら」

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