八尺様(4)

 八尺様から逃げ出した後、親父の腕を止血して、病院に行った。俺は戻ろうって言ったんだけど、親父は絶対に戻るなって言って聞かなかった。

 病院に着いて、手術が始まって、母さんが来て……それから、爺ちゃんたちがバラバラ死体になって見つかった事を聞かされた。

 俺を助けるために、みんな死んだ。親父だけは助かったけど、片腕を失った。もう、チェーンソーのプロとしては戦えない。それだけでも死にたくなるぐらいしんどい話だったのに、更に悪い知らせがあった。


 八尺様が地区の境を越えようとしていた。俺を追いかけるために、お地蔵さんの封印をチェーンソーで破ろうとしているらしい。今までこんな事は一度もなかったそうだ。

 俺みたいに八尺様から逃げた人は今までも何人かいた。その場合、お地蔵さんを越えたら、八尺様は興味を無くしたように姿を消していたらしい。


 あんな怪物が結界の外に出たら大惨事になるって、みんな焦ってた。村は間違いなく滅びるし、その後は全国各地で数え切れないくらいの犠牲者が出るって皆思ってた。

 八尺様をぶっ殺せばいい、なんて言う人はいなかった。それができたら爺ちゃんたちは殺されてない。

 八尺様を鎮める神社の人たちは封印を強めていたけど、それでも時間稼ぎにしかならなかった。

 だから、俺を結界の中に戻して八尺様の生け贄にしろって意見が出てくるのも当然だったと思う。正直、俺もそうなるだろうなとは思ってた。爺ちゃんたちを見捨てて、俺だけが無傷で生きてるなんて理不尽だったし。


 だけど母さんは絶対そんな事はさせないって言って、なんとか俺を助ける方法を必死で探していた。親父の仕事のツテを使って、八尺様から逃れる方法を探してた。

 そしたら、ある霊能者が『俺と八尺様の縁を切ればいいんじゃないか』って提案してきた。俺が八尺様との出来事を忘れれば、八尺様との縁が切れる。そうすると八尺様は俺を追いかけられなくなる、って言ったんだ。

 『きさらぎ駅』から帰る時とは逆だな。あれは縁があるからこっちの世界に帰れたけど、八尺様の場合は縁を切ることで向こうの世界から来れなくするっていう理論だ。

 もうそれしかないって事で、すぐに儀式を始めた。記憶を無くすなんて事ができるのかって? できたんだよ、それが。母さんが知ってた縁切り神社が、そういうの得意だったらしい。その縁切り神社にチェーンソーを奉納して、神様に頼んで俺の記憶を消して、八尺様との縁を切ってもらうことになった。神主さんの祝詞を聞きながら儀式をやってたら、段々気が遠くなって……気がついたら俺の家だった。八尺様のことは綺麗サッパリ忘れていたよ。


 儀式は成功した。だけど問題があった。儀式が成功しすぎたんだ。俺は八尺様の記憶だけじゃなくて、それまでの記憶を全部丸ごと失っていた。学校に通っていたことも、高校を卒業したことも、それに、俺の犠牲になって大勢の親戚が死んだことも。

 なんでそうなったのかはわからない。急に儀式をやったから何か失敗したのか、あるいは……とにかく、目を覚ました俺は自分が誰かもわからなかった。でも、側に両親がいたから、自分が何者でどんな人生を歩んできたのかは教えてもらえた。

 ただ、八尺様の事は思い出さないように、話してもらえなかった。それに、怪異のことについても教えてもらえなかった。怪異が存在する、って知るだけでも八尺様と縁が繋がるんじゃないかって思ったんだろうな。まあ、実際には怪異の方からつっかかってきたんだけど……。

 それに名前も変えられた。晴斗はるとから翡翠ひすいに。八尺様に狙われた人は、皆そうして名前を変えたそうだ。こうして、何もかも変わっちまった俺は、第二の人生を歩み始めたってわけだ。


 ……何? チェーンソーのプロについては話してくれたのかって? うん、そうだけど。

 そんな顔しなくても……そんなに訳わかんないか……? 怪異が絡まない単なる人殺しだったら、教えても問題ないだろ? うわ、もっと変な顔になった。


 まあいい。話を戻すぞ。記憶を失った俺は、予定通り大学に通った。陶や神宮寺と出会ったのもこの頃だ。記憶喪失で大学に通うなんて、今から考えると無茶してたけど……まあ、案外なんとかなった。割と自由にやれてたよ。

 でも、自由なのはそこまでだった。大学を卒業したら、今の山の管理人の仕事を親父から渡された。そこでチェーンソーのプロとして山の管理……まあ、さっき言ったように死体処理の仕事だよ。そういうのをやってた。

 地元にいた頃に聞いたんだけど、八尺様に狙われて生き残った人は、そういう当たり障りのない仕事を任されるらしい。他には一族の落ちこぼれや、訳アリの人間もやるそうだ。余計なことすんな、ってことだろうな。


 そうして山で働いて、たまに都心の方まで出て、旨い飯とか酒を探して店を回ってたら、お前に会ったって訳だ。

 だから、お前が高校の後輩だって言った時も、俺には本当かどうかわからなかったんだよ。記憶が無いんだから。でも、あんまり本気で言われたもんだから、多分本当なんだろうなって信じてた。


 謝るんじゃねえよ。お前と話したり酒を呑んだりして、楽しかったのは確かだ。それに先輩じゃなかったとしても、初対面からこれだけ長く付き合えたんだから、良かっただろ?

 だけど……すまん。これ以上はダメかもしれない。

 ああ、いや……うん。説明する。

 さっきの話。八尺様の話だ。あれに洒落にならない後日談ができたんだ。

 八尺様と縁を切るために記憶を失ったって言っただろう? だけど、リアルの奴に魂をいじくられて記憶が戻っちまった。つまりだ。


 八尺様との縁が戻った。


 ……さっき、母さんから電話がかかってきてな。八尺様を封じているお地蔵さんが壊されたそうだ。それも、俺がいる東京の方角に建っているものが。

 なんとなくわかるんだ。八尺様がこっちに来てるって。

 だから雁金、お前の見舞いはこれっきりだ。退院にも付き合えないと思う……ごめん。


 いや、逃げるわけにはいかない。俺のせいで沢山の人が死んで、沢山の人に迷惑をかけて、それが全部意味がなくなっちまったんだ。こうなったら、俺が八尺様と戦わないと、ケジメにならないだろ。

 やめろやめろ、お前は休め。っていうかな……巻き込ませないでくれ、頼む。昔みたいに身内が俺のせいで死ぬのは、もうこれ以上嫌なんだ。


 だから……すまん。元気でな。雁金。

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