ドルイド信仰 後編

 ガソリンを撒いていた高柳さんを説き伏せて、ひとまず落ち着いてきたその時、携帯が鳴った。俺のじゃない。高柳さんのだ。

 奥さんからの電話だった。高柳さんが電話に出るなり、ヒステリックな叫び声が聞こえてきた。


《殺したの!? 捧げたの!? やったの!?》


 開口一番これだよ。素人なのに気合の入り方がヤベえって思った。


「あー、それがな……ちょっと話し合うことになって」

《やってないの!? どうしてよ! タカシが死んでもいいっていうの!?》

「そうじゃない、そうじゃないんだ。だけど人を殺すのはやっぱり良くないんじゃ……」

《バカ言ってるんじゃないわよ! タカシのためなら有象無象のひとりやふたり、死んだ所でどうってコトないわ!》


 高柳さんは冷や汗をかきながら説明しようとしたけど、奥さんは俺が死んでないと知ると、ガチギレして喚き始めた。

 どうやら主導権を握っていたのは奥さんの方だったらしい。高柳さんはある程度は言い返してはいたが、奥さんの凄い剣幕に終始押され気味だった。

 これは埒が明かないなって思った俺は、高柳さんに電話を渡すようジェスチャーした。高柳さんは戸惑っていたけど、最終的に俺に電話を渡してくれた。

 電話を受け取った俺は、自分のスマホの録音機能をオンにすると、高柳さんのスマホに向かって話しかけた。


「もしもし?」

《誰よアンタ!?》

「たった今、殺されそうになった者です。何してくれんだオイ?」

《……ッ! 何で死んでないのよアンタ! 大人しく殺されなさいよ!》


 素直に謝るならまだしもさあ、そんな事言ってくるんだぞ? 流石にちょっと頭にきた。


「アホかお前は。何でお前のために死ななきゃいけないんだ」

《アンタなんかよりウチの息子の方が大事に決まってるでしょ!》

「あぁ? ナメんじゃねえぞ。黙って殺されると思ってんのか?」

《たかだか木こりが騒ぐんじゃないわよ! ウチは社長よ社長!?》

「おーおー社長様かい。 だったら警察と裁判所に持ってこうかこの話? 立派な殺人未遂だ、新聞に載るだろうな!」

《ウチは灯油を持っていっただけよ!? 殺す気なんてありませんでしたから!》

「今、死ねって言ったばかりじゃねえかよ! 脳の病院に行ったらいいんじゃないのか!?」

《知りませんが? アンタがウチの会社を貶めるために嘘をついているだけでしょう? 警察にも弁護士にもそう言いますから》

「んなもん通ると思ってんのかぁ!?」

《有象無象の木こりと社長、どちらの話を信じると思います?》

「……いい加減にしろよお前。バラして山に埋めてやろうか?」


 ……あー、いや、会話はあくまでもイメージな、イメージ? 向こうは殺す気だったし、こっちも殺されかけて気が立ってたからさ。

 てか、うん。ちょっと盛ってるから。もっとグダグダな言い合いだったよ、ホントは。信じるなよ?


 まー、それで、ヒートアップしすぎてヤバいって思ったんだろうな。高柳さんが電話を奪い取って、必死に説明したら、やっと奥さんも大人しくなった。


 それからしばらく話し合って、なんとか話が纏まった。仕事の代金は予定より多く支払う。儀式は二度とやらない。ドルイドから買った儀式セットは全部燃やす。小屋も解体する。それで、クヌギの木は明日の朝イチで俺が切り倒す。本当はすぐにでも切りたかったけど、夜は危ないからな。とにかくそういうことになった。

 問題は夜を明かす場所がなかったってことだ。田舎の山の中だからな。ネカフェなんて気の利いたものもない。しょうがないから、破ったドアをなんとか塞いで、小屋で一晩明かすことになった。

 一応さ、話はついたけど、まさか眠るわけにはいかないよな。あんな事されそうになって。そういうわけで、俺と高柳さんはテーブルを挟んで眠らずじっとしていた。何かあっても手元にはチェーンソーがあったし、高柳さんはすっかりしょげかえってたから、それぐらいなら大丈夫だと思ったんだ。

 暖炉で炎がごうごう燃え盛ってたよ。薪だけじゃなくて、高柳さんが持ってたドルイドの儀式セットも燃えてたから、火の勢いが強かった。


 炎が燃える音を聞きながら、コーヒーで眠気を飛ばしていた、午前3時頃だったと思う。

 ザッ、ザッ、ザッ、と、森の奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。

 野生の動物か、まさかイノシシでも出たか、と思ったけど、明らかに人間に近い足音と気づいた途端、ゾッとしたね。

 最初は奥さんが来たと思ったが、あの電話を終えてからこんな短時間でここまで来れるわけがない。だけどここは山奥だ。たまたま人が通りかかる、なんてこともあるとは思えない。

 チェーンソーを手元に引き寄せて、ドアと窓を開けた。万が一閉じ込められたらマズいからな。

 それから10分後くらいかな。もうな、普通に小屋を訪ねて来るように、玄関の戸に立ったんだよ。足音の主が。夜の闇の中に、人影が微かに浮かび上がっていた。


「めぐみ?」


 って言ったのは高柳さんだった。奥さんの名前だ。それじゃあやっぱり奥さんか、と思ったら高柳さんが悲鳴を上げた。

 そいつはな、奥さんのようで、奥さんじゃなかったんだよ。顔はほとんど同じなんだな。だが、生気が無いと言うか。で、この真冬に素ッ裸だぜ? だからな、最初は高柳さんが、妻のようなモノの裸に驚いて声を上げたと思ったんだよ。

 違うんだよな。肌の質感も色も、木そのものだったんだよ。丸太1本をまるまる人型に削り出したって感じだった。

 で、もっと怖かったのは、両手両足が逆についてるんだよ。わかるか? 右手が左手に、左手が右手にって感じだ。それが中に入って来ようとしてな、右足と左足が逆なもんだから、動きがおかしかった。


 で、その木人間が俺に向かって何か言うんだよ。だけど、虫の羽音みたいな音が喉から出てくるだけで、何言ってるか分からねえんだ。

 ただまあ、どう考えてもロクなもんじゃないし、俺に襲いかかってくるように見えたから、チェーンソーを掴んで突進した。木人間は俺の首に向かって腕を伸ばしてきてたけど、その前に俺の前蹴りが突き刺さった。蹴った感触も木だったな。中身は空洞みたいな感じだった。木人間は見た目より軽くて、俺の蹴りを受けて玄関から外に吹っ飛んでいった。

 そこで初めてチェーンソーのエンジンを掛けた。そしたら木人間の叫びが大きくなった。やっぱり木だからチェーンソーは怖いんだろうな。俺は木人間に対して啖呵を切った。


「木のバケモノだったら大人しくチップ材にされとけや!」


 木人間は腕を振り回してきて襲いかかってきたけど、チェーンソーで防ぐと腕の方が切れて飛んでいった。で、返しに胴体を薙ぐと、木の幹に刃を入れる感触があって、それから木人間が真っ二つになった。

 そしたら中から臭い泥やら、ムカデやら色んな虫がワラワラ出てきたんだよ。


「うおっ!?」

「ひええええっ!」


 血とか内蔵なら平気なんだけど、そういうのが出るとは思わなかったから、慌てて下がったよ。後ろで高柳さんが悲鳴あげてた。


 地面に倒れた木人間は、そのうちにボロボロと崩壊していって、木の破片と泥と虫だけが残った。臭いが酷いから放ってはおけなかったけど、気持ち悪いから触りたくもなかった。

 それで、高柳さんが持ってきてた灯油をぶっかけて火をつけたんだ。よく燃えたよ。木だからな、やっぱり。

 で、燃える火を見ながら、高柳さんに奥さんに電話させるように言った。木人間は奥さんの姿を取ってたからな。呪いの藁人形みたいに、奥さんもバラバラになった上で焼死体になってた、とかなったらヤバいだろ?

 ……いや、正直言うと、そうなってないかなー、ってちょっと期待してたのはある。殺されかかってたわけだし。

 だけど、何コールかの後、奥さんが出た。


《もしもし?》

「もしもし! お前、大丈夫か!?」

《何よ急に……》

「いやその、怪我とかしてないか!? 火事とか、火は大丈夫か!?」

《何言ってるの? 何時だと思ってるのよ……寝てたんだから》


 特に何もなかったらしい。流石に今起こったことは話せなかったから、そのまま電話を切った。

 あとは朝まで別荘に籠城してたな。燃え尽きるのを見届けなきゃだし、木人間2号が来たらそれもそれでヤバいし。だけどまあ、その後は何事もなく朝になったよ。木人間1号の残骸はすっかり燃え尽きて灰になってた。


 翌日、朝日が昇ってようやく俺たちは外に出た。

 俺は約束通り、木を切るために高柳さんと一緒に例のクヌギの所に行った。そしたら、木の表面が2cmくらい陥没してて、1m60cmくらいの人型になってたな。で、その胴の辺りにチェーンソーで切られたような大きな切込みが入ってた。多分、昨日の木人間が出てきた跡だったんだろうなあ。

 このクヌギがあの木人間の本体だっていうのはすぐにわかった。普通の人間なら大木なんてどうしようもないから泣き寝入りするしかないんだろうけど、俺はチェーンソーのプロだからな。木の切り倒し方なんていくらでも知ってる。高柳さんに離れるように告げて、俺は早速クヌギを切り倒しにかかった。

 それでな、最初にチェーンソーを入れた時と、木が倒れる時、女の絶叫が聞こえたんだよ。あのクヌギの断末魔だったんだろうな。で、倒れたクヌギをバラして、スコップと車のウインチを使って切り株を掘り出した。

 そしたらまあ、出るわ出るわ、動物の骨が。全部生贄の跡だよ。骨や小枝は暖炉に放り込んで燃やして、バラバラにした幹は業者に引き取ってもらうよう連絡した。後は高柳さんに、別荘を解体するように約束して、それでようやく全部終わった。


 それっきり、高柳さんとは会ってない。後で高柳さんを知ってる人に聞いてみたけど、息子さんはまだ生きてるらしい。病気が良くなったか悪くなったかはわからなかったけど。

 あの木人間は……やっぱりクヌギの妖怪だったんだろうなあ。毎月の生贄がなくなったから、自分で殺しに来たか、高柳さんを殺しに来たか、そんなところだろう。

 でもなあ、やっぱバカだよあいつ。木がチェーンソーに勝てるわけないだろ。

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