平安京エイリアン
貴船神社から逃げ出してきた俺たちは、そのまま京都の中心、二条城に案内された。ただし現世じゃない。異界の二条城だ。ここが検非違使の本拠地らしい。
これでひとまず安心かと思ったけど、全然そんなことはなかった。
「月より増援を確認、その数100」
「月人の軍団は四方から攻めてくるようです。合計で500人を超えています」
「藤宮さん……いえ、敵の本隊は京都駅を占領しました。恐らく、そこを司令部にしてこの二条城に攻勢をかけてくると思われます」
検非違使長官の八雲長官のところに、次々と報告が入ってくる。その度に長官は胃が痛そうな顔をする。
俺たちが二条城に入ってから、月からどんどん月人がやってきた。そして京都の市街地を囲んで、じわじわと攻め込んできている。どうやら不老不死の薬を力ずくで奪うつもりらしい。チェーンソーで斬る相手がハッキリしたから、攻め込んでくること自体は上等なんだけど、不死身っていうのがズルい。向こうは勝つまで無限コンテニューができる。
相手の目的はこの二条城にある不老不死の薬だ。そんな薬は捨てちまえ、と思ったけど、壺が封印されているから開けられない。壺ごと捨てようにも、相手は不死身だ。例え火山に投げ捨てても、不死身の体でゴリ押しして回収するだろう。
だったら宇宙に捨てればいい、と提案してみたけど、月の住人相手にそんな事をするのは、自分から返しに行くようなものだと反対された。
「つまり我々は、月人を迎撃し、不老不死の薬を守るしかないということだ」
そう言ったのは、グロッキー状態から復活した九曜院。後ろにはイーサン、ヤコ、天狗の怪異強盗団メンバーが控えている。
「偉そうに仕切ってるけど、そもそもお前らが持ち出さなきゃこんな事にはならなかったんだからな?」
九曜院たちに反発するのは、輝を始めとした検非違使のメンバーだ。
この2組はさっきから一瞬即発の状態が続いている。一応、最低限の話し合いは済ませて、お互い月人が共通の敵だってことはわかってるはずだ。だけど、お互い相手が悪いって決めつけてるもんだから、ずっとケンカ腰で話してる。
こういうのを抑えるのが長官の仕事だろ、と思ってるんだけど、八雲長官は輝と九曜院の顔色を伺うばかりで何も言わない。輝はともかく、九曜院に気を遣うってどういうことだ。知り合いなのか?
「その……喋ってもいいかな?」
不毛な睨み合いに割り込んだのは楓だった。そうそう、この場の主役は九曜院でも輝でもなく、楓だ。楓が月人の秘密を教えてくれるって話なんだ。
しかし、九曜院たちも検非違使たちも、お互いを睨みつけて返事をしない。もうこれじゃ埒が明かないな。
「もういいだろ、始めちまえ」
「いいのか?」
「時間がもったいない。それに長官は聞こうとしてるし、大丈夫だ」
八雲長官はチラチラと睨み合いの様子を伺いながらも、楓の話を聞く姿勢を見せている。偉い。楓やメリーさんからの評判は最悪だったけど、仕事から逃げ出さない姿勢は認めてあげていいと思う。
「なら、そうだな。話そう。
我々が対峙した月人たちは、一個体として振る舞っているように見えたが、そうではない。あれはただの操り人形だ。ドローン、と言ったほうがわかりやすいかな」
なるほど、ラジコンか。思えば月人たちは、自分の身の安全を無視した行動が多かった。チェーンソーで斬られようが銃で撃たれようが、顔色ひとつ変えずに前進してきた。不死身だと痛みも感じないのかと思ってたけど、本体が別にいるなら納得だ。
「それじゃあ、操ってる本体は月にいるのか? 500人のいい大人が揃ってラジコンを操作してるなんて、なんか面白いけど」
「違う、ひとりだ」
「え?」
「月人の体は500体分あるが、操っているのはひとり……いや、ひとつしかない」
楓の言葉に、検非違使の何人かが反応する。
「500の傀儡……ってコト?」
「有り得んだろう。人間技ではない」
会議室がざわめく。確かにそうだ。ひとりで500体の月人を操作できるなんてちょっと考えられない。
「あー、それでかあ」
その中で、一人だけ納得している奴がいた。ヤコだ。
「何か気付いたのか?」
「さっき月人を食べた時ね、みんな同じ味だったの。女の子も、月の兵隊さんも、みんないっしょ」
「魂が同じということか」
九曜院がヤコの言葉に納得している。それを後押しするかのように、楓が話を進める。
「そうだ。傀儡ではない。500人の月人すべてが同じ魂を共有している。信じられないかもしれないが、あの月人たちはたったひとつの魂を共有しているんだ」
ざわめきが大きくなる。ちょっとよくわからなくなってきたから、俺は手を挙げた。
「すまん、質問していいか?」
「どうぞ」
「500人が同じ魂ってのがよくわからないんだが。要は、一人が動かしてるって考えていいのか?」
「いや、違う。あれは魂を曖昧にさせることで、500の月人の中すべてに同時に存在している」
え?
「相手はひとりじゃないのか?」
「ひとりだ。だけど、500ヶ所全てに同時に存在している」
周りのみんなが顔を見合わせる。何を言っているのかさっぱりわからない。
そんな中、楓は財布の中から10円玉を取り出した。
「ひとつ、実験をしようじゃないか。ここに10円玉がある」
楓はみんなに10円を見せつけると、手の中に握り込んだ。そして、白衣の袖を合わせて両手を見えなくし、中で手をもぞもぞと動かす。
袖を解くと、楓は両手をしっかりと握りしめていた。
「さて、どっちの手に10円玉があると思う?」
よくある遊びだ。右か左か。全く見えなかったから予想ができない。
「この時点で10円玉は右かもしれないし、左かもしれない。私が手を開くまで、両方に存在する可能性が残っている。
この状態だ。月人を操る魂は、この曖昧な状態になることで500体すべての中に同時に存在しているんだ。どこにいるかわからないから、どこにでもいる可能性を備えている」
ええ……なんだそれ。
「お前、それはずるいって言うか、なんかおかしいだろ。誰も見れなくても10円玉はどっちかにあるんだろ? 少なくともお前は手の感触でどっちに10円があるかわかるじゃねえか」
「うん。そうだな。普通は無理だ。ただ、私はできるんだ。『隙間女』の私は。
隙間という観測不能空間に入り込んだものの定義を操り、『別の隙間に存在していた』と情報を書き換える。それが私の能力の原理だ」
あっ、だめだこれ。わからん。めっちゃむつかしい話だ。
「月人を操る存在も私と似た能力を持っているようだ。ただ、奴は私よりも観念的、形而上学的な概念を操っている。物理法則に縛られない分、自由度は高いだろうな。
それこそ、500体全ての月人に別々の人格を演じさせて演劇ができるくらいには……」
「ストップ、楓、ストップ」
いよいよ話がチンプンカンプンになった所で輝が止めた。
「語りすぎ。落ち着け。みんなわかってない」
「あっ、ごめん。またやってしまったか」
普段からやってるのかこういうの。検非違使の面々も、また始まったって顔をしてる。
「それで、楓。その操ってる奴は何者なんだ」
輝のシンプルな問いかけに、楓は一呼吸置いてから答えた。
「
聞いたことがない。怪異の名前かどうかもわからない。
「あくまでも、奴が仮に名乗っているにすぎない。本当の名前は……いや、名前があるかどうかすらわからない。
あれは物理的な生命体じゃない。怪異とも違う。自然現象、物理法則に近い。ただ自分と同じ代数を世界中に……いや、宇宙中に広げようとしている、コンピューターウイルスのような存在だ」
宇宙中ときたか。ってことはアルゼブラっていうのは宇宙人なのか? SFみたいになってきたぞ。
「おい、お前。何故そんなに詳しいんだ?」
今度はイーサンが質問した。
「それなりに長く生きているが、そんな怪異は聞いたことがない。ここにいる人間は皆そうだろう。お前はどうやって知ったんだ?」
「……さっき、私も
ギャラリーがざわめく。
「さっき瑠那に……いや、瑠那の体を使ったアルゼブラに、『天の羽衣』を着せられそうになった」
「天の羽衣?」
「かぐや姫が月に帰る時に着せられる服だよ。あれを着ると感情を失っちゃうって話だったかな」
中国人だから『かぐや姫』を知らないイーサンに、アケミが説明する。それを受けて、楓が解説を進める。
「『竹取物語』はある意味正しかったんだ。天の羽衣はアルゼブラが相手の魂を書き換える時に使う
そこにメリーさんが割り込んで、ギリギリのところで助けたわけか。……本当にギリギリだったんだな。
楓の話を聞いた検非違使のひとりが声を上げた。
「それじゃあ俺たちも、天の羽衣を着せられたら洗脳させられちまうってわけか?」
「洗脳ではない。上書きだ。……いや、だが、皆だったら、間違って羽衣を着ても大丈夫だ。安心してくれ」
「何でだよ」
「今の皆には天の羽衣は効かない。不老不死ではないからだ」
何だそりゃ。何で不老不死じゃなかったら乗っ取られないんだ。意味がわからん。
「不老不死じゃないと乗っ取られないのか?」
「それについては、月人の不老不死の仕組みが関わっている」
楓は一度言葉を切って、周りの反応を伺ってから話を再開した。
「月人の不老不死というのは、魂を観測不能空間に保存し、死んだり怪我をしたら保存した情報通りに復元するというやり方なんだ」
なんて?
「パソコンのバックアップを想像してくれ。データが壊れたりバグったら、バックアップを使うだろう? あれと同じだ。月人はバックアップを観測不能空間……私が使う『隙間』と同じ空間に取っているんだ。
そして、アルゼブラは天の羽衣を使って、この『隙間』に保存された魂、バックアップそのものを自分と同じに書き換える事ができる。
元の情報がなんであろうと、その
えっと、何が、なんて?
「だが、奴にはひとつ欠点がある。この方法で相手の魂を書き換えるには、相手の魂が『隙間』と接続されている必要がある。
外付けHDDにバックアップデータがあっても、USBケーブルを無くして繋げなかったら意味がないのと同じだな。
私は『隙間女』の怪異が憑いているせいで数式を書き加えられそうになったが……普通の魂ならアルゼブラの干渉は受けないだろう」
そこまで喋った楓は、長机に置かれていた古い壺を掲げた。イーサンがわずかに眉を釣り上げる。
「そこで出てくるのが、この『不老不死の薬』だ。これは月人と同様の不老不死を与える薬で、魂を『隙間』に接続して保存する効能を持つ。つまり、アルゼブラの介入を受けるようになってしまうということだ。
アルゼブラがどうやって月の異界に現れたかはわからない。だが、とにかく奴は不老不死のシステムを利用して月人を一人残らず乗っ取った。そしてそれだけで満足せずに、地球にある『不老不死の薬』を求めて、そして崩壊する月の異界から侵略を行うために行動を開始した、という訳さ」
「その不老不死の薬が、月人の手に渡ったらどうなるんですか?」
雁金の質問に、楓は少し考えてから答えた。
「恐らく、地球の人間に手当たり次第に不老不死の薬を飲ませるだろうな。ダムに注ぎ込めばそれだけで水が全て薬になるから、そういう事をやるかもしれない。
そして不老不死になった人間に『
「つまり、地球侵略ですか……」
「さて、他に何か質問はあるかい?」
質問も何も言ってる意味がさっぱりわからない。地球侵略って事くらいしかわからなかった。もういいから、黙って話を先に進めて欲しいと思った、その時だった。
「初歩的な質問で申し訳ないのだが……」
最強の呪文を唱えたのは九曜院だった。
「先程から君が説明しているのは、量子力学上における情報の保存と再現、ということでよいのだろうか?」
「う、うん?」
「アルゼブラは魂を曖昧な状態にして、500体全ての月人を同時に操っていると言った。それはつまり、量子の重ね合わせを利用して確率的に全ての月人の中にいる状態を再現しているのではないか?
だが妙だな。量子論に基づいているのならば、情報だけでなくそれを観測しなければ確定しない。物理空間上に干渉し得ない。
八雲君。
「え、あの……はい?」
今までにない九曜院の早口に、楓は呆気にとられている。他の人たちも同様だ。まだ何とかついていけているフリができていた楓の説明とは違い、九曜院の早口は、マジで誰もついていけてない。
「
それを破壊すれば
「あー……まあ、それっぽいのはありますが……」
「どこだ?」
「月の都の地下です。だから、手の出しようがありません」
「遠いな。それだけの距離があってどうやって通信を……いや、そうか、量子テレポーテーションがあるか。
ということは脳量子理論は正しいのか? それとも、まだ解明されていない理論を使っているのか? 怪異だから可能とも考えられるが、そうなるとマクスウェル粒子の理論モデルを組み直さなくては……」
九曜院の声はだんだん小さくなっていって、遂には何言ってるんだか誰にもわからなくなってしまった。ずっとブツブツ呟いている。
「何だこの人」
「大学教授」
「准教授だ」
そこは反応するんだ。
「まあむつかしい話は置いといて。
その宇宙人はどうやったら殺せるんだ?」
結局のところ、俺たちが知りたいのはそれだ。相手の正体が怪異だろうが宇宙人だろうが、殺しにきてる事には変わりないわけで。それならこっちも殺す手段が必要だ。
ところが楓はとんでもない事を言いやがった。
「――アルゼブラは殺せない」
「おいこら」
散々難しい話に付き合わせておいてそのオチはないだろ。
「いやだが、事実その通りなんだ。アルゼブラの本体は量子反応そのものだ。重力とか、電磁力とか、法則そのものを相手にはできないだろう?
唯一、奴が物理空間に干渉するための観測点は月にあるが……私たちには辿り着けない。
だから手足を潰す。アルゼブラに書き換えられた月人、これは不老不死ではあるが実体がある。つまり、これを抑えればいい」
なるほど、それならわかる。頭が凄く良くても手足を切り落としたら何もできないもんな。
「で、具体的にどうすればいいんだ? なるべくわかりやすく、小学生にでもわかるレベルで頼む」
むつかしい理論とか手順を出されるとどうしようもない。メリーさん寝ちゃってるし。
「うむ、それは簡単だ。抑えればいいんだよ」
「だからそれをどうするんだ」
「穴掘って埋めればいい」
えっ。
「それが無理なら、縛るなり、氷漬けにするなり、串刺しにするなり、なんでもいいから動けなくするんだ」
「えっ、何、そんな物理的な話?」
もっと、なんとか方程式とか、なんとか理論とか使うんじゃないの?
「今までのむつかしい話はなんだったんだ!? 『
「だって……最初から説明しないと納得しないと思って……」
しょんぼりされてもこっちが困る。いやまあ、むつかしい話をずっとされるよりかはマシだけどさ……。
「まあ……そんな簡単な話だったら……ショベルカーとブルドーザーがあればいいかな。外の工事現場から借りていいか?」
「判断が鈍い」
天狗に鼻で笑われた。
「なんだよ」
「ここにいるのは検非違使だぞ。理外の法を操り、怪異と戦う者たちだ。見てみろ」
そう言われて、会議室を見渡す。土人形を操る男。怪異の蛇を何匹も操る女。地面から巨大な土の腕を生やす男。ネットランチャーを準備する男。側に氷の塊を浮かせる女。結界の札を袖からどんどん出す女。
「そのような道具に頼らずとも、相手を縛る術は備えておるわ」
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