基礎工事の現場
熱血! 必中!
「しゃおらあっ!」
俺のハーベスターのアームが橋姫のブレーカーのアームに食らいついた。丸太を軽々と持ち上げる握力を受けて、ブレーカーのアームがみしり、と音を立てる。
「ちいっ!」
橋姫は片腕でレバーを操作し、ハーベスターのアームを振り払った。その勢いでブレーカーのアームを振り回し、こっちを殴りつけてくる。コクピットのフレームにアームがぶつかり、大きく揺れた。
「うわあああ!?」
後ろの九曜院がうるさい。動くたびに悲鳴を上げる。静かにしててくれ。
殴られた辺りを確かめる。衝撃はあったけど、どこも壊れてない。全然平気だ。だったらここは攻めるに限る。
「突っ込むぞ、掴まれ!」
「えっ」
ペダルを踏み込み突進。ブレーカーの横腹に体当たりする。横倒しにできるかと思ったけど、意外とバランスがいい。相手の機体を揺らすに留まった。
ブレーカーに乗ってる橋姫が、コックピットの窓越しに怒りの目を向けてくる。
「ちょこざいな、クソガキが!」
「腕一本落とされたからってキレてんじゃねえよ!」
命の獲り合いしてるんだから、傷つけられたくらいで文句を言うな、ド素人が!
ブレーカーの杭付きアームが振り上げられる。とっさにギアを変え、猛スピードでバックする。後ろで九曜院が呻く。うるさい。
アームが振り下ろされ、杭が地面に大穴を空けた。あぶねえ。普通のブレーカーの威力じゃない。多分橋姫が何か細工をしてるんだろう。倒木にも耐えるハーベスターの重装甲でも、あれを食らったらひとたまりもない。
アームを引き抜いたブレーカーは、そこから横回転して、メカニカル下段払いを放ってきた。こっちのハーベスターのキャタピラにアームが直撃。機体が大きく傾く。
「うわあっ!?」
「くっ!」
九曜院が悲鳴を上げる。アームを支えにして、なんとかハーベスターのバランスを保つ。倒れたら終わりだ。体勢を立て直す。
バックギアに入れてハーベスターを後退、橋姫のブレーカーから距離を取る。橋姫はブレーカーを前進させて追いかけてくる。
「逃がすか!」
「逃げるかよ!」
地面に散らばっていた祭壇の残骸のうち、大きめのものをハーベスターのアームで掴み取る。そして、さっき丸太を投げつけた時と同じ要領で、橋姫に投げつける。
「そんなものでェ!」
橋姫はブレーカーの杭で残骸を打ち落とした。どういう操作精度と反射神経だ。だけど足は止まった。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」
近くの瓦礫をどんどん投げる。ブレーカーは器用に打ち落としてるけど、止めきれなかった瓦礫がブレーカーを揺らす。中の橋姫は結構しんどいはずだ。しかし、緑色の目に灯った炎は収まらない。
「オオオオオッ!」
直撃上等で突っ込んでくる! 迫力がヤバすぎて手元が狂い、瓦礫の狙いが逸れてしまった。
杭が突き出される。直前でハーベスターのアームをぶつけてなんとか反らした。直後、凄まじい衝撃がぶつかってきた。橋姫が突っ込んできた勢いのままに、ブレーカーの車体を衝突させていた。
ハーベスターが大きく傾く。マズい、倒れる! アームを動かすけどダメだ、立て直せない!
地響きと共にハーベスターが横倒しになった。後ろで九曜院が悲鳴をあげる。レバーを動かし立ち上がろうとするけど、ハーベスターのキャタピラは宙を掻くばかりで動けない。見上げると、ブレーカーが杭を振り上げている。橋姫が勝ち誇った顔で言った。
「このまま押し潰してやる……!」
勝ったつもりか。確かにハーベスターは動けない。
だけど、アームは動く。
横倒しのままレバーを操作。ハーベスターのクローが、ブレーカーのがら空きのコクピットを掴んだ。
「正面、獲ったァ!」
クローが収縮、コクピットがミシミシと音を立てる。所詮、ブレーカーは重機。多少の労災は防げても、ディーゼルエンジンと油圧のパワーには勝てやしない。
だが、コクピットの圧潰が途中で止まった。
「鬼の腕力を甘く見たな、小僧ォ……!」
橋姫が両腕を突っ張ってクローを止めていた。パワー……!
橋姫は足でレバーを動かし、ブレーカーの杭を振り上げた。
「潰れろっ!」
息を呑む俺の目に、タッチパネルの文字が飛び込んだ。
『伐採』
反射的にパネルを叩く。ボタンが押され、電気信号がアーム先端に伝わり、立木伐採用のチェーンソーが作動した。
ブレーカーのコクピット内部が真っ赤に染まった。振り下ろされた杭はコクピットから僅かに逸れて、車体に突き刺さった。それっきり動かなくなる。
ハーベスターのタッチパネルが火花を噴いて、電源が落ちた。今の一撃でエンジンが死んだんだろう。ブレーカーのコックピットを真っ二つにしたチェーンソーも止まっていた。
「うひー……」
そんな声が口から漏れた。自分でもびっくりするような、俺らしくない声だった。はしゃぎすぎてテンションがおかしくなってる。
気を取り直してコクピットを出る。あと、ゲロ吐いて気絶してる九曜院を引っ張り出す。スーパーロボット大戦に夢中になって周りを見てなかったけど、今の状況はどうなってんだ。周りを見てみる。
目の前に天狗が立っていた。
「は?」
状況を理解する前に、頬を叩かれた。
「判断が遅い」
そう言われたので殴り返した。
「何をする!」
「暴力だ!」
「ストップ! ストップ!」
お互い拳を振り上げたところで、間に小さい子が割って入った。誰かと思ったらメリーさんじゃん。あと教授の狐っ子。後ろでは輝の彼女の楓がオロオロしてる。どういう組み合わせだ?
「なんでこんな所に?」
「翡翠こそ何やってるのよ」
「あの鬼の女を追いかけてたら、なんか色々あってここにカチコミかけてた」
「だったら電話くらいしなさいよ。何度掛けても通じないし、心配したんだから」
「すまん。地獄に落っことしちまったんだ」
「は?」
一方、俺に殴りかかってきた天狗はヤコに質問していた。
「ヤコ殿。何ゆえあの小娘が不老不死の薬を持っている?」
「検非違使に頼まれて取りに来たんだって。瞬間移動って便利だよねー」
見ると、確かにメリーさんは壺を大事に抱えていた。これが噂の不老不死の薬か。そういえばこれを取り返しに来たんだった。橋姫とのスーパーロボット大戦に夢中になってて忘れてた。
ええと、これを取り返したら……後はどうするんだ?
「おーい、教授?」
振り返ると、教授はまだ倒れていた。ただ、目は覚ましたようで、こっちに顔を向けて口をパクパク動かしている。声が全然聞こえないので顔を近づけてみる。
「逃げよう」
なるほど。薬を持ってさっさと逃げると。わかった。
倒れている九曜院を肩に担ぐ。ファイヤーマンズキャリーだ。
「イーサン! 薬は取り返した、逃げるぞ!」
月人軍団のど真ん中で大暴れしてるイーサンに呼びかける。するとイーサンは、殺到する月人の攻撃をいなしながら後退し始めた。更に天狗が刀を抜いて援護する。不死身の軍隊を相手に余裕すらある。
こっちはさっさと車まで逃げよう、と思ったら前に月人の一団が立ちはだかった。その中央にいるのは瑠那だ。
「逃がさへんで?」
俺は担いでいた九曜院を投げ捨てると、チェーンソーのエンジンを掛けた。
「うぐえっ」
慣れ親しんだエンジンの振動が腕に伝わってくる。回転刃を携えて、槍衾に突進する。月人たちは俺を串刺しにしようと、槍を構えて待ち構える。
「私、メリーさん」
その後ろにメリーさんが瞬間移動した。
「今、あなたの後ろにいるの」
俺の正面にいた月人たちが、腰を切られて倒れた。槍衾に穴が開く。そこに飛び込み、周囲に向かって大きくチェーンソーを振るう。
「オラァッ!」
両横にいた月人が、首を刎ねられて倒れた。月人の陣形に穴が開く。その奥では瑠那が手を掲げ、ビームを撃とうと待ち構えていたが。
「ヤコ! ブッ殺せ!」
俺が叫ぶのとほとんど同時に、黄色い影が陣形の穴に飛び込んだ。ヤコだ。まるで獣のような極端な前傾姿勢で、瑠那に向かって一直線に駆けていく。
瑠那は狙いを変え、ヤコに向けてビームを放った。だが、ヤコは横に跳んでビームを避けた。そこから助走をつけて、瑠那に飛びかかる。
「今度は残さず食べちゃうよ」
ヤコの口が大きく、異様に大きく開くと、ばくり、と瑠那の全身を食べてしまった。血の一滴も残さずに、瑠那は消滅した。
ヤコは何の変哲もない少女の姿になって、ボリボリと何かを咀嚼していたが、眉根を寄せて首を傾げた。
「あれ?」
「どうした!?」
「さっきと同じ味なんだよね」
「何がだよ!?」
意味がわからないけど、問い詰めている余裕はなかった。周りにはまだまだ月人がいるし、倒したやつもどんどん復活してくる。さっさと突破したいけど、九曜院がとにかく遅い。楓に肩を支えられて歩いている。これじゃ車に着く前に囲まれる。
車まであとどれくらいの距離がある。道路の方に顔を向けると、何人かがこっちに向かって走ってくるのが見えた。誰だ、と思うのと同時に、轟音が響き渡り、月人の一人が銃撃されて倒れた。
「先輩!」
人影のうちのひとりは雁金だった。ショットガンを持っている。その後ろにアケミもいる。
「お前ら、どうしてここに!?」
「楓さんを追ってきました! なんなんですかこれ!?」
「こいつらが敵! 他は味方だ!」
敵のひとりである月人を斬り殺す。
「じゃあ、瑠那さんは味方なんですね?」
「は?」
雁金の視線の先を追うと、ヤコに食われたはずの瑠那が無傷で立っていた。俺に手を向けてる。とっさに地面に伏せる。頭上をビームが通り抜けた。
「うわあっ!?」
「なんですか今の!?」
「敵だよ! 不死身の敵だ! 一旦逃げるぞ! アケミ、教授を頼む!」
「教授って誰!?」
「あいつだよあいつ!」
楓が支えている九曜院を指差すと、すぐにアケミは駆け寄って九曜院を担いだ。
月人を食い止めるのは検非違使に任せて、俺たちは車に乗り込んだ。俺が運転席、メリーさんが助手席、後部座席に雁金とアケミとイーサン。ヤコは屋根の上に乗っている。グロッキーの九曜院は後部座席の下に転がした。
アクセルを踏み込むと、車がなめらかに加速した。教授、いい車に乗ってるな。
「来てるぞ、上だ!」
イーサンが叫んだ。見ると、空から何かがこっちに向かって走ってくる。馬車だ。武装した月人を乗せて、馬車が走ってくる。
雁金が銃をぶっ放した。何発目かで命中、馬がのけ反る。しかし傷はすぐに塞がる。スペース不死身チャリオット!?
月人が放つ矢の間を縫って車を走らせる。ヤコが守ってるから直撃はしないけど、どうにか振り切らないと逃げられない。どうする、これ。
「
不意に楓が叫んだ。
「この先にトンネルがある! そこで車を停めてくれ!」
「は!? 逃げてんだぞ!」
「いいから! 私がなんとかする!」
なんだって? どういう理屈だ? 全然わからん。
だけど、すぐにトンネルに入っちまったから、迷ってる暇はなかった。真ん中辺りで車を停める。月人チャリオットが俺たちを追いかけてトンネルに入ってきた。
「みんな、耳を塞いで、目を閉じろ!」
楓が袖の中から取り出したのは、手のひらサイズの黒い筒。無骨なピンがついている。映画で見たことがある形だ。
「おいまさか」
「行くぞーっ!」
「伏せろおおおっ!?」
楓はそれのピンを引き抜いて、月人たちに向かって投げつけた。俺たちは慌てて耳を塞いで目を閉じ、地面に伏せる。
空気が震えるほどの轟音と、目を閉じてても貫通する閃光が
「今のうちに逃げるぞ!」
楓に促されて、俺は車のアクセルを踏み込んだ。まだ目がちらついてるけど、運転する分には問題ない。
トンネルを抜けて夜の山道へ。さっきの不死身チャリオットが追ってくる気配はない。空は貴船の森に覆い隠されていて、上空の追手に見つかる様子もない。どうにか、一息つける。
「チクショウ、どうなってんだよ月人は……」
不死身の月人とは聞いていたけど、あんなに得体の知れない連中だとは思わなかった。殺しても殺してもすぐに立ち上がって襲いかかってくる。斬られる恐怖がまるでない。生き物なのに、ロボットを相手にしているみたいだった。
すると、楓がとんでもないことを言った。
「あれは、月人じゃない」
「どういうことだ?」
振り返って楓に問い質す。すると楓は天井を見上げて、言った。
「彼らはドローンなんだ。月に巣食う
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