サンタクロース

 クリスマスがこんなに辛いものだとは思わなかった。

 テレビをつければ、どこもかしこもクリスマスの話題で一色。外に出ればどの店にもクリスマスの飾り付けがされている。街を歩いているのはカップルや家族連れ。俺みたいな独り身はまるで見当たらない。

 このクリスマスという話題に乗れない俺を、クリスマスという世界が責め立ててくるように思える。どうしてお前はクリスマスをしないんだ、クリスマスは義務だぞ、みたいな感じで。


 ……しょうがねえじゃねえかよ。今までのクリスマスは平日で、普通に仕事して日が暮れたら帰って寝る、ってやってたんだから。今年になって初めて土日のクリスマスに出くわしたんだ。こんな居心地の悪いものだってわかってたら、もう少しなんとかしてたぞ。

 雁金もこういう時に限って、友達と一緒に食べに行くって言って飲みに付き合わないんだ。まあ、向こうには向こうの生活があるだろうから、無理は言わないけどさ……。


 とにかく、一日中悶々としながら、俺のクリスマスイブは日没を迎えた。夕食の時間だ。今日は和食だ和食。ご飯に梅干し、大根のみそ汁、スーパーで買ってきた大学芋、ゴマ和えのダブル惣菜。そしてなんか安かった惣菜のチキン南蛮。しまった、鶏肉だからこれもクリスマスか……。

 無心で食った。おかげで味がわからなかった。唯一わかったのはビールくらいだ。空になった缶をを置くと、静まり返った部屋の中に、カツンと音が響いた。

 テレビはつけてない。どれもこれもクリスマス番組で避けられない。ツイッターを開いても、時折クリスマスネタのイラストが流れてきて意識してしまう。こうなったらyoutubeだ。おっ、『彦鶴ヒメ』が配信やってるぞ。ゲストに狼アバターの『マゴシロー』……たび重なる匂わせ発言……クソッ!

 ダメだ、動画見よう動画。あれ、今年は松明のスーパープレイ動画が無いのか……? ええい、仕方がない。過去シリーズの面白いやつをもう一度見返そう。


 そうして動画をダラダラ眺め、ついでに今まで見ていなかったシリーズに目を通していると2時間が経過していた。うーん、時間泥棒。適当な所で切り上げ、風呂に入ってさっぱりする。

 風呂から上がると、着信が来ていた。見てみると、メリーさんからだ。ひょっとして、明日どこかに遊びに行こうって話だろうか。暇だからいいけど、もうちょい早く電話して欲しかったな。そんな風に思いつつ、折り返しの電話をかけた。


「もしもし?」

《もしもし、私、メリーさん》

「どうした?」

《今、あなたの家の前にいるの》


 えっ、マジで?

 慌てて玄関を開けると、花柄のパジャマを着たメリーさんが、ゆるキャラのぬいぐるみを抱えて立っていた。


「どうしたどうした、おい?」

「今日、泊まっていい?」

「えっ?」


 びっくりだよ。今までそんな事、一度もなかったからな。


「いやお前、家はどうした?」

「あるわよちゃんと。今日は泊まりたいの。いい?」

「いや、いいけどさ……」

「ありがと」


 そう言うと、メリーさんは横を潜り抜けてさっさと部屋の中に入ってしまった。

 ……辺りを見回す。よし、誰もいない。見られてたら事案だからなこれ。そっとドアを閉じて、鍵とチェーンを掛けた。


 部屋の中に入ると、メリーさんは敷いてあった俺の布団に潜り込もうとしていた。


「あー、何か飲むか?」

「いいの。すぐ寝るから」

「ええ……?」


 何か話があるのか、遊びにでも来たのかと思ったら、さっさと寝る?


「どうした本当に?」

「早く寝ないといけないの。それじゃあ、おやすみ。電気消してね?」


 言うが早いか、メリーさんは布団を頭から被ってしまった。ますます訳がわからない。早く寝ないといけないなら、どうしてわざわざ俺の家に来たんだ?

 不思議に思っていると、布団の横に見慣れないものが置いてあることに気付いた。赤い靴下だ。メリーさんのものじゃないし、俺のものでもない。じゃあ誰の……あ、まさかこれ。


「サンタクロース」


 そうだ。町のクリスマスムードにうんざりしてたから忘れてたけど、クリスマスには子供にとっての一大イベントだ。

 サンタクロースがやってきて、子供たちにプレゼントを配る。実際には親がコッソリ枕元にプレゼントを置いておくんだけど、そこら辺は夢を壊さず上手くやる。そういうイベントだ。


 そしてメリーさんがこの靴下を枕元に置いているってことは……サンタクロースにプレゼントを頼んでいるってことか?

 あれ、そうするとどうなるんだ? 俺がプレゼントを用意しないといけないのか? でもメリーさんが何を欲しがっているかなんて知らないぞ? そもそもメリーさんは金持ちだ。わざわざサンタクロースに頼まなくても大抵のものは買えるのに、どうしてサンタクロースに頼むんだ?

 それに俺の家に来た意味がわからない。あのタワマンだと都合が悪いのか? やっぱり俺がプレゼントを用意しないといけないのか? でもメリーさんが何を欲しがっているかなんて……無限ループだよこれ。


 結局どうすればいいのかわからず首を傾げいていると、ドアノブが回った。背筋を伸ばし、ドアを見つめる。ドアは開かない。鍵もチェーンも掛かっている。そう簡単には入ってこれない。


 ところが、外からエンジン音が響いてきた。おいちょっと待て。


 けたたましい音が鳴り響き、ドアから猛回転するチェーンソーの刃が生えた。チェーンソーはドアを斜めに斬り裂き、鍵とチェーンを破壊する。

 残骸になったドアを蹴破って入ってきたのは、恰幅の良い白い髭の外国人だった。赤い生地に白いファーがついたコートとズボンを着て、頭にも同色の帽子を被っている。右手にはチェーンソーを、そして左手には大きな白い袋を持っている。

 これは……俺でも一目でわかる。サンタクロースだ!


「サンタァァァッ!」


 サンタクロースは大声で鳴くと……鳴く!? 今の鳴き声!? え、サンタの鳴き声ってこれでいいの!?

 いやそういう問題じゃない、サンタがチェーンソーを振りかざして迫ってくる! 俺は部屋の隅に置いてあったチェーンソーを引き寄せ、サンタのチェーンソーを受け止めた。


「うおおおおっ!?」

「サンタァーッ!」


 サンタは気合の雄叫びを上げて、チェーンソーを押し込んでくる。力が強い! パット見お爺さんなのにどれだけ鍛えてるんだ!?

 チェーンソーを受け流し、サンタの腹に蹴りを入れて距離を取る。そこでチェーンソーのスターターを引いた。エンジンが唸りを上げ、刃が回転し始める。


「メリーさん起きろ! なんか来たぞ!」

「スヤァ……」


 メリーさんはこれだけ騒いでいるのに熟睡している。駄目だ、俺ひとりでなんとかするしかない。

 チェーンソーの切っ先をサンタに向け、啖呵を切る。


「てめえ人んの玄関ぶっ壊してタダで済むと思ってんのか!? 何が目的だ!」

「悪い子はいねがァァァッ!」


 それサンタだっけ? と思った一瞬の隙にサンタが飛び込んできた。チェーンソー同士が噛みつき合い、耳障りな音を立てる。火花を散らす刃を振り払い、サンタの襟の合わせ目にチェーンソーを突き出す。


「サンタァ!」


 だが、サンタは見た目に似合わない丁寧な動きでチェーンソーの刃を捌いてきた。熟練の技だ、そんじょそこらの素人じゃない。気を引き締める。

 反撃のチェーンソー、狙われたのは頭でも腕でもなく、足! 間一髪、チェーンソーを振り下ろしてそいつを止める。

 そこで気付いた。サンタはチェーンソーを片手で持っている。なら、もう片手は? 気付いた瞬間、振り回された真っ白な袋が俺の側頭部を直撃した。


――


「やった! やった! やった! サンタさん、すごい!」


 メリーさんが大きなぬいぐるみを抱えて喜んでいる。ネコとクマとタヌキを混ぜていい感じにゆるかわいくした感じのキャラクター、その限定版だ。


「よかったね……」


 部屋を片付けつつ俺は呟いた。もう朝だ。俺を殴って気絶させたサンタクロースは、目を覚ましたら姿を消していた。布団の横には巨大なぬいぐるみが置かれ、ドアも元通りになっていたが、散らかった部屋の中はそのままだったので片付ける必要があった。

 どうやらメリーさんはサンタクロースにプレゼントを頼んでいたらしい。それも金じゃ買えない限定版の商品を。サンタクロースは律儀にリクエストに答え、俺のアパートにやってきて、邪魔する俺を気絶させてプレゼントを配り、律儀に部屋のドアを取り替えて帰っていったようだ。……いや、もっとメルヘンな感じで入ってこれなかったのか……?


「なあ、メリーさん。ひとつ気になる事があるんだが」

「何?」

「どうして俺の部屋に来たんだ?」


 昨日からずっと気になってたのはそれだ。サンタクロースが来るならむしろ自分の家にいた方がいいのに、どうしてメリーさんは俺の部屋に来たんだ?

 するとメリーさんはあっさりと答えた。


「だってあのマンション、オートロックじゃない。サンタさんが入ってこれないでしょう?」


 いや、サンタなら空を飛んで窓から入ってくると思うけど……。

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