地獄の徒花

「うああああっ!」


 柄にもない雄叫びを上げて、雁金はショットガンを撃ち続ける。その隣には拳銃を連射するパトリック。塹壕に入り込んだヒトガタが次々と撃ち倒されて塵になる。

 仲間の塵を乗り越えたヒトガタたちが雁金に迫るが、その前にアケミと赤ずきんがチェーンソーを持って立ちはだかる。


「よっしゃ行くぞぉっ!」

「これで……終わりっ!」


 銀刃が煌めき、ヒトガタの群れが一掃された。生き残りがいないか確かめてから、雁金たちは塹壕の更に奥へ進む。

 角を曲がった所で人影と出くわした。とっさに雁金は銃口を向ける。


「おーっとっとっとっとっ!」


 向こうも銃を構えていたが、相手が雁金だと気付くとすぐに銃口を逸らした。


「すみませんっ!」


 雁金もショットガンを下ろした。

 出会ったのは、『七人の小人』のひとり、隊長のドクだ。雁金たちとは反対側から塹壕に入って、中に入り込んだヒトガタを挟み撃ちにしている最中だった。


「ってことは……」

「制圧、だねっ!」


 アケミと赤ずきんは拳を合わせる。その後ろでパトリックが無線に呼びかけていた。


「こちらパトリック。最後の塹壕を制圧した。陣地からネフィリムを追い出したぞ!」


 オルトリンデの黄金城が顕現した後、戦況は逆転した。トゥルーデが乗っ取ったシャルンホルストがネフィリムに艦砲射撃を始め、更に翡翠とメリーさんがロンギヌスの槍でネフィリムの再生を止めた。

 これまでとは比べ物にならない火力を叩きつけられ、増殖能力も封じられたネフィリムは後退。それに乗じて雁金たちは反撃し、遂にすべての塹壕からネフィリムを追い出した。


「でも、本体はまだ残っています」


 塹壕を制圧した後、主なメンバーはアネットがいる指揮所へ集結した。残るネフィリムをどうするか、対処を考えるためだ。

 小さくなったとはいえネフィリムはまだ残っている。今は窪地に身を隠し、大地を壁にしてシャルンホルストからの砲撃を少しでも防ごうとしている。


《上から見てて気付いたんですが》


 トゥルーデの声が響く。鳥の使い魔を通して、会議の場に声を届かせている。


《ネフィリムは窪地を中心にしてるようです》

「と、言うと?」

《まず、攻撃されて縮小したネフィリムは、必ず窪地の方へ後退していきます。そして砲撃で何度も千切れていますが、塵になるのは必ず窪地から離れた方です。

 恐らくそこがネフィリムの中心……ひょっとしたら、コアのようなものがあるのかもしれません》

「だとすれば、そのコアを破壊すれば……」

「止まる、と言うわけか」


 地獄のような戦いの果てに、ついに勝機を見つけた。


「コアがそこにいるとして、窪地から動かないのは何故かしら。洞窟の中に聖杯があるから?」

《聖杯は大鋸翡翠が持っていますから、それはありません。留まる理由は……洞窟の中に身を隠せるからでしょうか》

「何だ、あれだけの図体があるのに随分と臆病だな」

《ええ。間違いなくネフィリムにはハッキリとした自我があります。山を利用して砲撃を凌ぐ、なんて事をしているくらいですから》


 ただ世界を喰らい尽くすだけの怪物かと思いきや、中枢があり、身を守るだけの知性もある。その卑近さが、却ってネフィリムを理外のバケモノから倒せるものへと貶めている。


「ならばこのままネフィリムを追い詰めましょう。トゥルーデ、グルードは先に行ってるのよね?」

《連れ戻します?》


 グルードは籠手ができてからずっとネフィリムを殴り続けている。前に出すぎて本陣が落ち着いたことに気付いていない。


「いいえ。グルードがやる気なんだから、そのままトドメまで任せましょう。

 私たちはこのまま窪地を包囲して、ネフィリムが逃げないようにします。我々グリムギルドとMI6は向かって右半分を。円卓の騎士の皆さんは左半分をお願いします」


 アネットは円卓の騎士の面々を見る。


「アーサー王?」


 いない。


「あの……あれ?」


 坂の中ほどから金色の光が放たれた。本日12発目のエクスカリバーだ。


「すみません、ウチの王、猪突猛進で……」

「……アーサー王にはあのまま暴れていただきましょう。皆さんは麓の守りをお願いします」


 若干諦めが入ったアネットの言葉に、円卓の騎士たちは素直に従った。


 一方、雁金たちはトゥルーデの使い魔と話を続けていた。


「それじゃあ、先輩は聖杯とロンギヌスの槍を持って、メリーさんと一緒にネフィリムを追いかけて窪地に向かっているんですね?」

《ええ》

「どうしてそんな事になっちゃったの?」

《流れ……としか……》


 翡翠の無事を確認したのでひとまず安心したが、さらなる無茶をしているようでますます不安になった。


「……追いかけましょう」

《行くんですか》

「メリーさんだけだと、先輩が調子に乗った時に止められませんから」

「むしろ一緒に調子に乗るもんねえ」


 そうして足元を掬われる。普段でも危ないのに、今回は聖杯という特大級の爆弾を抱えている。もしもネフィリムが聖杯を手にすれば、せっかく追い詰めたものが台無しになってしまう。


「それならアタシも行くか。今更ボスの所に戻っても手持ち無沙汰だしな」


 赤ずきんはチェーンソーの具合を確かめる。

 一方、パトリックは首を横に振った。


「……すまない。私は残る。本部と爆撃機の調整をしなければならない」


 彼も彼で立場がある。雁金もアケミも咎めることはしなかった。



――



「そお、れっ!」


 グルードが殴ったニンゲンが、窪地に落ちていく。眼下に広がる屍肉に飛び込んだニンゲンは、あっという間に食われて消えた。

 ネフィリムを殴りながら坂を上りきったグルードは、窪地を見下ろせる所に来ていた。それなりの広さがある窪地は、白い屍肉で一杯になっている。

 ボウル一杯の生クリームみたいだな、と思いながら、グルードは拳を握り締めた。


「さあ、こっからトドメだぜ、みんな!」


 返事はない。不思議に思って振り返ると、さっきまで自分がいた陣地は坂の遥か下にあった。


「やっべ」


 夢中になって殴っているうちに、すっかり離れてしまった。味方が襲われる前に戻らないといけない。

 慌てて振り返ったグルードの前に、ネフィリムの白い肉が回り込む。黙って帰す気は無いらしい。

 グルードは拳を固め、ネフィリムに殴りかかった。鉄をも砕く右ストレートだったが、肉塊が形を変えて拳を避けた。


「おっと!?」


 空を切る手応えに、グルードはたたらを踏む。そこへネフィリムの触手が迫る。グルードは籠手を掲げて触手を防いだ。更に複数の触手が迫るが、裏拳でまとめて吹き飛ばす。


「なんだぁ……?」


 頭の悪いグルードでも、今の動きには違和感を覚えた。何しろ、今の今までネフィリムが攻撃を避けることが無かったからだ。再生ができなくなってもサンドバッグの如く殴られていたネフィリムが、拳を避けるという器用さを見せれば、誰でもおかしいと感じる。


「え、うう」


 うめき声。グルードは辺りを見渡すが、四方はすべて肉の塊。声はその中から聞こえている。


「あ、アアアアアッ!」


 一際高い声が上がったかと思うと、屍肉を突き破って人影が現れた。

 肉の壁の中から現れた上半身は、女の形をしていた。だが、ネフィリムの中から生み出されるヒトガタとは違う。輪郭がはっきりしており、その形は本物の人間と遜色ない。肉だけでなく、金髪も、青い瞳も、骨と歯も揃っている。

 反射的に、グルードは彼女に向かって拳を放った。だが、肉塊が形を変えて彼女から拳を遠ざけた。ネフィリムにとって、彼女は守る必要があるものらしい。


「グリムギルドォ……!」


 女が口を開く。ハッキリとしたドイツ語だった。形を真似るだけではない。確かな知性もある。


「なんか……なんだろう。何かなあコレ!?」


 グルードはただただ戸惑うばかりであった。



――



「ヴィクトーリア・フランケンシュタイン!」


 その存在の本質にいち早く気付いたのはアーサーだった。エクスカリバーから閃光を放ち、屍肉に体を埋めた女を狙う。

 女は肉塊の中へ潜った。直後、通り抜けた閃光が肉塊を蒸発させる。しかし残る肉塊から、再びヴィクトーリアが現れた。


「『白い竜』に埋もれていた魂は確かに焼き尽くしたはずッ! まさか、邪法かッ!?」


 かつてマーリンが語っていた魂の写し身の邪法を思い出し、アーサーは戦慄していた。


「邪法とは非科学的な。クローンですよ、クローン」


 一方、ヴィクトーリアは不敵な笑いをアーサーに向けている。彼女が腕を振るえば、それに合わせてネフィリムから触手が伸び、アーサーを喰らおうと殺到する。

 アーサーは触手を切り払いつつ、次なる一閃のためのエネルギーを蓄積する。


「操っているのか……ネフィリムを!?」

「操るだなんてそんな。この子は私の言うことを聞いてくれているだけですよ」

「そんな子供がいてたまるか!」


 銃弾のように放たれた肉塊を避け、アーサーはヴィクトーリアへ肉薄する。しかし肉塊が持ち上がり、斬撃の届かないところまでヴィクトーリアを持ち上げた。

 更に触手の数が増える。捌ききれなかった触手が、アーサーの腕を抉り取った。一瞬、アーサーは顔をしかめたが、エクスカリバーの鞘の力が傷をすぐに癒やした。


「聖剣の鞘……!」


 ヴィクトーリアが目を剥いた。


「それを、寄越しなさい! それがあれば、ロンギヌスの槍の呪いも抑え込める! そして消えた聖杯を見つけ出せば……!」

「させるものかっ!」


 触手がより合わさって作られた巨大な腕を、アーサーは一閃のもとに斬って落とす。


「鞘も、聖杯も、世界も、何一つ貴様には渡さん! ブリテンの守護者として……この世界に生きるものとして、ここで貴様に引導を渡してくれる!」


 アーサーの決意に応え、聖剣が輝きを増す。間髪入れずに、アーサーは光の一閃を放った。



――



 高枝用チェーンソーをぶん回してネフィリムを追い回していたら、山の上の窪地に辿り着いた。窪地は屍肉でいっぱいになっている。


「気持ち悪い……」

「気をつけろよ、メリーさん。落ちたらまず助からないぞ」


 メリーさんを連れて、足を滑らせないように気を付けつつ、窪地の縁を進んでいく。

 窪地の反対側では肉片がぶっ飛ばされたり、ビームが飛んだりしている。俺の他にもここまで来て戦っている奴がいるらしい。

 負けてられないな。窪地から溢れ出そうとするネフィリムの一部に狙いをつける。エンジンを掛けたまま、頭上で高枝用チェーンソーを振り回す。そして、十分に遠心力が乗った高枝用チェーンソーをネフィリムに叩きつける。

 肉塊が斬り裂かれ、そこに衝撃波が捩じ込まれてネフィリムはバラバラに粉砕された。


 この魔法のチェーンソーの扱いにもだいぶ慣れてきた。斬った範囲が広ければ広いほど大きな衝撃波が出る。槍よりも薙刀の使い方をした方が破壊力が高くなる。ネフィリムのようなデカブツが相手なら、突くよりも振り回した方が効果は高い。

 ……ただ、なんだろうな。なんか違う気もするんだよな。十分強いんだけど、そもそも使い方が違うような気がする。しっくりこない。高枝用チェーンソーとして使ってるのに。

 

「う、うう」


 考え事をしながらネフィリムをブチのめし続けていると、うめき声が聞こえてきた。女の声。だけどメリーさんの声じゃない。もっと低い。誰か別の奴がいるのか。

 警戒しつつ周囲に目をやると、ネフィリムの肉塊からヒトの上半身が生えてくるのを見た。

 出てきたのは金髪の外国人の女だ。今まで出てきたニンゲンやヒトガタとは違う。あれがネフィリムの本体か?


「聖、杯……!」


 そいつは俺を睨み付けてきたが、俺の顔を見るとみるみるうちに困惑していった。


「誰ですか、アナタ……?」


 いやお前こそ誰だ。

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