二本のチェーンソーを帯びたプロ

「そーら、飛んでけっ!」


 掛け声とともにロンギヌスの槍を投げる。森の向こうに槍が消えると、ネフィリムの巨体が苦しげにうねった。よしよし、効いてるな。

 俺はボートに戻って新しいロンギヌスの槍を手に取った。次のニンゲンが来る気配はない。ので、槍を投げる。投げる。もういっちょ投げる。投げるうちにコツがつかめて、50mくらい飛ぶようになった。世界新も狙えそうだ。

 ただ、ネフィリムの方が嫌になったらしく、海岸から大きく離れやがった。これじゃあ槍が届かない。持ってきた槍はまだ半分くらい残ってるんだけど、しょうがない。


「トドメ刺しに行くぞ」

「はーい」


 メリーさんがチェーンソーを持ってボートを降りた。俺もボートに積んでいたチェーンソーを手に取り、エンジンを掛ける。ロンギヌスの槍もいい武器なんだけど、どうにも軽い。このエンジンの重みと振動が俺を安心させてくれる。

 それから予備のチェーンソーを背負った。シャルンホルストに乗り込む時に積んでいたものだ。ここからは長丁場になるだろうから持ってきた。二刀流はできないけど、壊れたりガス欠になったらこいつに頼ることになる。


 準備ができたので、メリーさんを連れて森の中に踏み入った。途端に肉の触手が襲いかかってきた。チェーンソーで叩き落とす。

 数は多いが単調だ。ただ飛びかかってくるだけ。メリーさんでも余裕を持って防げる。


 島の中央で巨大な爆発が起きた。シャルンホルストの砲撃だ。体を大きく削られたネフィリムが、攻撃を止めて島の奥に引っ込んでいく。今までと違って再生ができないから、小さくまとまるしかないんだろう。

 後を追って森の奥へ進む。すると、視界が開けて滑らかな荒野に出た。枯れ草一本、小石ひとつ転がっていない。ネフィリムが丸ごと食っていったんだろう。そのネフィリムは、少し離れた所で蠢いている。逃がさない。


 チェーンソーを担いで前に進むと、足元が揺れた。


「下から来るぞ!」

「私、メリーさん!」


 メリーさんが消えた。俺も後ろへ飛ぶ。直後、足元の地面を突き破って、無数の腕が生えてきた。更にその下から、溶けた女の蝋人形みたいなバケモノが這い出してくる。ヒトガタだ。土に潜って待っていたらしい。


「今、10m左にいるの!」


 群れの外にメリーさんが現れたのを見て、ヒトガタに攻めかかる。

 外側の3体を纏めてひと薙ぎ。続いて2体の首を立て続けに斬り飛ばす。すぐさま振り返り、後ろに迫っていたヒトガタをチェーンソーで刺し貫く。

 そのままヒトガタを持ち上げて、横から走ってきたヒトガタに投げつける。仲間をぶつけられたヒトガタは、そいつに食らいつこうとしたが、まとめてチェーンソーでぶった切る。


「みゃああっ!」


 メリーさんが叫んでいる。振り返ると、結構な数のヒトガタがメリーさんを囲んでいた。アレをひとりで凌ぐのはちょっと辛いか。そう思っていると、突然ひとりの騎士が現れて、ヒトガタの群れに突っ込んだ。

 誰だ、と声を掛ける間もなく、騎士が剣を振るう。すると、周りにいたヒトガタが一瞬でみじん切りになった。

 嘘だろ、何だ今の剣技。見えなかったぞ……。


「ご無事ですか、お嬢さん!」

「平気よ平気! あれくらい何でもなかったんだから!」


 騎士に聞かれると、メリーさんは胸を張った。強がってるけど、ちょっとヤバかったんじゃないかな。

 とりあえずメリーさんが元気そうで騎士はホッとしていたけど、俺が近付くとギョッとしやがった。


「べ、ベイリン卿!?」


 知らん、誰だ。


「あ、いや、違う……失礼しました。このお嬢さんの保護者の方ですか?」

「おう。助かった。ありがとう」

「敵の数は膨大です。お気をつけください」

「ああ。ところでベイリン卿って誰だ? 他に誰か、この辺で戦ってるのか?」


 聞いてみると、騎士はちょっと視線を逸らした。


「ええと……剣を2本持っていて、ナメたマネをされた相手は地の果てまで追いかけて殺して、そうでなくともやたらと周りで人が死んで、何事も暴力で解決するのが一番だと思っている人です」

「人違いだな。剣じゃなくてチェーンソーだ」

「他は!?」


 合ってるけど。


「……いや、まあ、人違いには変わりありませんね。すみません!

 では私は、陣の守りに戻りますので! お気をつけて!」


 騎士は頭を下げて謝ると、近くのネフィリムを切り裂きながら近くの丘へ上っていった。メリーさんを助けにわざわざ降りてきたのか……?

 丘の上では火を吹く大斧を持った騎士が暴れている。その側には教会の騎士がいて、ネフィリムと戦っている。あれは聖アンティゴノス騎士団だな。敵だけど、今はこっちにちょっかいを出すつもりは無さそうだ。ならいいや。


「先行くぞ」

「いいの?」

「よくわからないけど敵じゃない。だったらまず、敵の息の根を止める」


 俺たちはネフィリムを追って島の中心部へ進む。そこには、ネフィリムに覆われた山がある。一見すればこの世の終わりみたいな光景だけど、立て続けに砲弾が落ちて山を吹き飛ばしているから、まだまだ終わりじゃないことは一目でわかる。

 それに、ネフィリムの山の向こうには、ガラスでできた山と、その上にそびえ立つ黄金城ストロンバーグが見える。あれが残ってる限り、雁金たちもアネットたちも無事だ。安心して戦える。


 更に進むと、巨大なニンゲンが立ち上がってこっちに向かってきた。触手やヒトガタじゃ止められないからって、デカブツに頼る気か。

 チェーンソーを上段に構え、走って一気に間合いを詰める。不意に近付いてきた相手に対して、ニンゲンは腕を振り下ろすが、遅い。横に飛び、地面を叩いた腕にチェーンソーを突き刺し、そのまま横に掻っ捌く。

 腕を斬られてニンゲンが悶える。更に追撃、と思ったらもう片方の腕を薙ぎ払ってきた。マズい。避けられない。

 チェーンソーを眼前に構え、突っ込んできた腕を真上にカチ上げる。同時に大地を踏みしめ、その反動も打撃に加える。チェーンソー発勁だ。

 腕を強引に跳ね上げられ、ニンゲンがバランスを崩した。その足首へチェーンソーを振り下ろすが、ソーチェーンの回転が止まっていた。今の衝撃で壊れちまったか!


 チェーンソーを投げ捨て、背負っていた予備のチェーンソーを手に取り、エンジンを掛ける。その間にニンゲンは体勢を立て直していた。そして両腕を掲げると、腕が無数の触手へと変形した。


「おっと……」


 ニンゲンが腕を振り下ろす。無数の触手が鞭のように振り下ろされる。避けるのは無理だ。ただ、狙いが甘い。

 触手の密度が比較的甘い所へ飛び込み、そこでチェーンソーを頭上に掲げた。触手が降り注ぎ、立て続けに腕に衝撃が走るが、そいつに負けずに踏ん張り続ける。


「おおおおおっ!」


 咆哮。触手を弾き返し続ける。

 不意に衝撃が止んだ。今だ。ニンゲンののっぺりとした顔めがけて、チェーンソーを投げつける。ぶん投げた切断機械は、ニンゲンの顔を縦に両断してそのままどこかへ飛んでいった。

 頭を斬られたニンゲンが、どう、と音を立てて倒れる。それから黒い塵になって消えていった。よし、殺った。

 ふぅ、と息を吐く俺の顔を、メリーさんが覗き込んだ。


「……いつもより強くない?」

「聖杯が利いてるんだよ」


 元気が有り余っている、ってところだ。最初にロンギヌスの槍で傷付けられてから1ヶ月くらい経ってるけど、その間ずっと痛みに晒されていた。マトモに眠ることも難しかった。

 それが無くなって、体力もすっかり完全回復だ。それどころか、かつてないくらい力に満ち溢れている。あのリンゴジュースにパワーアップ効果でもあったのかもしれない。


「それならそれでいいけど、どうするの?」

「そりゃもちろん、ネフィリムを追いかけるが」

「そうじゃなくて、武器」

「……あっ!」


 やっべ、予備のチェーンソーを投げちゃったよ。

 慌てて投げたチェーンソーを探すけど、全然見つからない。おかしいな。ひょっとしてネフィリムに食われたか? そんなに遠くに投げたつもりはないんだけど。

 焦っていると、地面に突き立った棒を見つけた。なんだろう、と思ったけどすぐにピンと来た。俺が投げた偽物のロンギヌスの槍か。ネフィリムの中に埋もれていたものが、何かのはずみで落ちて地面に刺さったんだな。

 この際、槍でもいいや。切れ味は身を持って知ってるし。さっさと引き抜こう。


「あれ?」


 抜いてみたら違った。穂先には幅広の刃じゃなくて、エンジンと回転刃がついていた。高枝用チェーンソーだ。ロンギヌスの槍じゃなかったのか?

 試しにスイッチを入れてみる。細身のソーチェーンが静かに回り始めた。エンジンじゃない。電気式か? それにしては重い。だけど、悪くない。頼もしい重みだ。


「何それ」

「落ちてた」

「ええ……?」

「使えれば変わらねえよ。行くぞ」

「使えるの……?」


 首をかしげるメリーさんを連れて、ネフィリムを追う。その途中で空からネフィリムのデカい肉片が降ってきた。本当にデカい。一軒家くらいある。


「危ねえーっ!?」


 慌てて走って避ける。肉塊が地面に衝突すると、バカでかい音と共に土埃が舞い上がった。その奥から無数の触手が襲いかかってくる。

 俺は大きく息を吐くと、高枝用チェーンソーを両手に握り、腰を落として、穂先を軽く下げて、構えを取った。


 俺のチェーンソーには流派がある。横田新陰流、通称チェーンソー柳生だ。

 何でも、江戸時代に村に流れ着いた侍が柳生一族を名乗っていたらしく、その侍の技とチェーンソーを組み合わせたって話だ。

 本当かどうかは知らない。多分嘘だと思う。元の名前が一文字も残らない通称はいくらなんでもおかしいと思う。


 ただ、戦国時代の気風が残った流派なのはマジで、剣術の他に槍術、小太刀術、格闘術なんかも取り入れている。フッケバインやダグラス、ヴリルといったロンギヌスの槍の使い手たちと戦えたのは、こうした流派の教えのお陰だ。


 そしてこれらの教えはもちろん、チェーンソーの扱いにも応用できる。

 つまり、高枝用チェーンソーは、チェーンソー柳生槍術の武器として扱える。


 先頭の触手が間合いに入った瞬間、高枝用チェーンソーをしならせ横から弾く。弾いた反動で槍を逆方向に弾ませ、次の触手を殴り飛ばす。その反動を使って更に次。

 傍から見たら、高枝用チェーンソーが生き物のようにうねって触手を弾き飛ばしているように見えているだろう。


 チェーンソー柳生槍術がひとつ『乱れ柳』。

 風に吹かれた柳の枝を全て弾き切ると言われる防御技だ。なんで槍術だけ技に名前がついているのかは知らない。


 全ての触手を弾かれて、肉塊の守りがガラ空きになる。隙を逃さず間合いを詰めると、高枝用チェーンソーで渾身の突きを放った。


「吹っ飛べ!」


 チェーンソーが触手どもを薙ぎ払う。斬り裂かれた触手どもは文字通り吹っ飛んだ。

 そして、その根本にある巨大な肉塊も。


「は?」


 そこまで刃は届いてない。チェーンソーを振ったら何か出た。衝撃波?


「翡翠、何今の!? 新技!?」

「し、知らん……」


 思わず手にした高枝用チェーンソーを見る。あるとしたらこいつのせいだよな。こんな所に落ちてたチェーンソーが……そういやここ、アヴァロンか。


「アーサー王の高枝用チェーンソー……?」

「ええ……?」

「ほら、第二のエクスカリバー的な」

「それは……ちょっと……」


 無いよなあ……。


「まあいいや」

「いいの!?」

「使えればいいんだよ、ほら行くぞ!」

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