アケミちゃん(3)
「みーつけた」
鼻から上が少しずれたアケミが、目の前にいた。
ビックリしすぎて呼吸が止まってたと思う。アケミの足音がしなかったし、気配だって感じなかった。何より。
「なんで……ここがわかった!?」
自分でもどうやって来たかわからない場所を探し当てられたのが怖かった。
アケミはクスクスと笑い、俺の手から携帯を奪い取ると答えた。
「だって、大鋸君のポケットに"私"がいるから、どこにいてもわかるよー」
ポケット? 言われて、俺は右の尻ポケットをまさぐった。ライターが入ってる。
「違う違う、左のポケット」
左のポケットに手を伸ばす。家のカギが入っていた。ミサンガみたいなキーホルダーがついている。これのことか? どこで買ったんだっけ?
「ずーっと持っててくれたんだね。嬉しい」
そう言うアケミは涙ぐんでた。顔がずれてなければ、少し絆されてたかもしれない。
たまらなくなって、俺は聞いた。
「なんなんだよ、訳が分からねえ。ずっとってどういう事だ?」
「それ、修学旅行で買ったやつだよ。一緒に行ったでしょ、京都」
ありえない。俺とこいつが同級生だって? ……え、マジで?
「いや、いやいや無いだろ、それはいくらなんでも!?」
「えー? どうしてそんな事言うの? 大鋸君、もしかして本当に忘れちゃった?」
アケミはずれた顔で笑う。俺は思わず鍵を取り落した。するとアケミは微笑んだまま、鍵を拾い上げた。
「もー、捨てちゃダメだよー」
そして鍵をしげしげ見ていると、何かを思いついたようだ。
「そうだ、こうしちゃおう。大鋸君、腕、出して?」
「何するつもりだ」
「いいから、出して」
「嫌だ」
「出せ」
アケミは俺の左手首を掴んで、強引に持ち上げた。引き戻そうにも、細腕に見合わない物凄い力で振りほどけなかった。そして俺の腕を抑えたまま、もう片方の手で俺の手首にキーホルダーを、ミサンガのように結びつけた。
……ああ、これだよ。このミサンガ。片手でどうやって結びつけたかって? いや、説明しづらいんだけど……何か、指1本が2,3本に分かれて、機械みたいに結んでた。解き方もわからないし、ハサミを使っても切れないんだよ、これ。
とにかくこれを結ぶとアケミは言った。
「これでずーっと一緒だね」
呪われるってああいう気分なんだろうな。生きた心地がしなかった。
「それじゃあ、このまま一緒に、手繋いで帰ろ?」
アケミはそのまま俺の手を掴んで歩き出した。とんでもない馬鹿力だった。お前より小さいのに、俺が引っ張られるぐらいだった。
そしたらな、電話が鳴ったんだ。
アケミのポケットからだった。さっき俺から奪った携帯だ。アケミは携帯を取り出すと、眉根を寄せて電話に出た。
《もしもし?》
「だあれ?」
「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
アケミの後ろにメリーさんが現れた。白い大きなつば広の帽子、紺色の上等なドレスを着て、既にエンジン全開のチェーンソーを振りかぶっていた。アケミが振り返る前に、メリーさんのチェーンソーの刃が、アケミの胴を両断した。
俺の腕を掴んでいたアケミの腕から力が抜けて、上半身がすっ飛んでいった。下半身はそのまま立ってた。
「メリーさん!」
俺が叫ぶと、メリーさんはチェーンソーを降ろして、呆れた表情で答えた。
「電話しといて勝手に切ったかと思ったら……また変なのに絡まれてるの?」
「まだだ!」
俺の言葉の意味がわからなかったんだろう。困惑するメリーさんの胴に、蹴りが突き刺さった。アケミの下半身が放った鋭い一撃だった。
「がはっ……!?」
メリーさんは呻き声をあげて、後ろに吹き飛ばされた。アケミの下半身は吹っ飛んだ上半身に向かって走り出す。そして上半身はバッグを漁って、チェーンソーを取り出している。
頭を切ったのに動いてたんだ、胴体を真っ二つにされたぐらいじゃ止まらないのはわかってた。
「ええい!」
俺は自分のチェーンソーのエンジンを掛けると、メリーさんに駆け寄った。メリーさんは立ち上がって、チェーンソーを構えたところだった。
「何よ、あいつ……!?」
「アケミ、って言うらしい。気をつけろ。頭を切っても死なない。それに……」
アケミが立ち上がる。上半身と下半身が繋がっていた。そして小振りなチェーンソーを両手にそれぞれ握っていた。
「チェーンソー二刀流だ! 来るぞ!」
「お・お・が・くぅぅぅん!」
ずれた頭が咆哮し、アケミが突進してきた。繰り出されたチェーンソーを、俺とメリーさんは受け止める。アケミはその怪力で、2本のチェーンソーを物凄い勢いで振り回した。俺たちは2人がかりだっていうのに、凌ぐのが精一杯だった。
アケミのチェーンソーは速いだけじゃなくて、斬撃の軌道が異様だった。普通、人間の腕って曲がらない角度ってのがあるだろ? アケミはそんなものお構いなしに、安物の人形みたいに自由自在に腕を振り回して、俺たちを寄せ付けなかった。
それに、右手で俺を、左手でメリーさんを相手にしてたってのがヤバかった。普通だったら頭が足りなくなるんだよ、あんなことやったら。例えて言うなら、右手でピアノを弾きながら左手で算数ドリルを解く、みたいな感じか。
とにかく2人がかりでやっと相手にできる強敵、それがアケミだった。
「化け物かよお前はよぉ!?」
こめかみを狙ったチェーンソーを受け流して俺は叫んだ。
「そんな事言わないでよー! 私、泣いちゃうよー?」
チェーンソーを高速で振り回しながら、アケミは笑っていた。その向こう側では、メリーさんがアケミの斬撃に徐々に押されていた。パワーもスピードも負けてるんじゃ、そうなるよな!
俺はチェーンソーをアケミの頭に向かって振り下ろす。当然、アケミは腕を奇妙に動かして刃を止める。チェーンソー同士が噛み合って、凄まじい音が辺りに響く。
「ぐぬぅ……!」
俺は腕に力を込めて、チェーンソーを押し込んだ。確かに片手じゃアケミの腕は振りほどけなかったが、両手で重いチェーンソーを持って全体重を乗せるなら話は別だ。
「おおお……!」
「大鋸君……!」
アケミの顔が完全に俺を向いた。その隙を見逃すメリーさんじゃない。斬撃を避けるとアケミの懐に飛び込み、アケミの左膝を斬り裂いた。
バランスを崩したアケミの顔面に、俺のチェーンソーが突き刺さった。縦に斬り裂かれたアケミの顔は、右半分も左半分も笑っていた。ダメだ、効いてない!
「翡翠ッ!」
メリーさんが叫んだ。倒れるアケミの左肩を斬り上げ、切断していた。
「バラバラにするッ!」
その一言で、メリーさんの作戦を理解した。
「わかったッ!」
俺はチェーンソーを振り上げると、今度はアケミの右手首に振り下ろした。右手がチェーンソーを握ったまま吹っ飛ぶ。更にチェーンソーを振り上げ、肘から先を切り飛ばす。
反撃も再生も許さない連続攻撃。それを繰り返す内に、アケミの動きが小さくなる。いや、動けなくなる。化け物だろうが、不死身だろうが、人体を模している以上、腕が無ければ腕を振れないし、足が無ければ歩けない。分解すれば何もできなくなる。
メリーさんも俺も、必死にチェーンソーを振るい続けた。散々振り回した果てに、アケミだったものは何十個ものパーツに分解された。
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……これなら、動けないでしょ……!」
斬っても繋がるとしても、ここまでバラバラになったら自力では動きようがない。メリーさん、よく気付いた。
4等分された顔がまだ笑って口を動かしてたのは怖かったけど。喉が裂かれてたから声は出せないみたいだった。
「翡翠、ライター持ってる?」
「……ああ」
俺は右の尻ポケットからライターを取り出し、メリーさんに渡した。
メリーさんは自分のチェーンソーからガソリンを抜き取り、アケミの残骸にかけると、そこにライターで火をつけた。
残骸が物凄い勢いで燃え上がる。人体をバラバラにした上で、ガソリンを掛けて焼却。普通の人間相手ならニュースになる猟奇殺人だが、相手は化け物だ。気にする必要はない。
「……これで大丈夫なんだよな?」
「……多分」
「えっ」
「いや……大丈夫でしょ? バラバラにして燃やして死ななかったら、それこそ怪談よ」
まったくだよ。
……そりゃ、メリーさんも妖怪だけどさあ。言いたいことはわかるだろ?
しばらく見張ってたけど、動き出す気配はなかった。火が燃え尽きて、黒焦げのアケミの灰をチェーンソーで掻き回して、何も起こらないことを確認して、やっと安心した。
――
「話はこれで終わりだ」
先輩はそう言うと、ジョッキに残っていたハイボールを飲み干した。いつもの、怪談の終わりの合図だ。
「いやあ、ありがとうございました。今日のお話も面白かったですね」
私はメモとレコーダーをしまいながら、先輩にお礼を言う。
先輩には本当に頭が上がらない。先輩がしょっちゅう話してくれる怪談は本のネタになる。そのまま出すにはちょっと荒唐無稽すぎるけど、怪談としての体裁を整えれば結構ウケる。
「その後、やっぱりメリーさんに怒られたんですか?」
「ああ。次の日、上野の遊園地に呼び出されてな。くどくど、くどくど、怪異に関わりすぎてるとか、身をちゃんと守れとか、夜中に呼び出すなとか言われたよ」
その光景を想像して、私はくすっと笑ってしまった。
「何だよ」
「いえ、デートじゃないですかね、それ」
「えー」
あの有名な怪談のメリーさんとデートしてるなんて、頭の沸いた二次創作みたい。しかもそれが現実なら、もう笑うしかない。
「遊びに付き合うぐらいならいいですけど、本気の浮気はダメですよ?」
「年の差考えろよ……何か注文あるか?」
タッチパネルを手にした先輩が聞いてくる。シメのお茶漬けを頼むつもりだ。
「バニラアイス、お願いします」
「わかった」
シメを注文して待っていると、ふと先輩が口を開いた。
「ところで、雁金」
「何です?」
「……俺たち、高校の時も付き合ってたんだよな?」
「そうですよ?」
だって先輩じゃないですか。
「アケミ、って奴に覚えないか? 俺の同級生で」
「……何言ってるんですか?」
「いや、ひょっとしたら俺が忘れてるだけで、そういう奴がいたんじゃないかと……」
「いません」
そんな人はいなかった。それはハッキリ言える。昔の先輩は冗談でも二股かけるような人じゃない。
「マジだな?」
「マジです。その怪異が適当言ってるだけですよ」
「あー、良かったぁ……」
先輩、怪異の言うことを鵜呑みにするなんてちょっと心配ですよ。そういう事があったらまず私に聞いてください。先輩のことなら何でも知ってるんですから。
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