雁金朱音(2)

 日曜日になって、先輩と一緒に霊能者さんに会いに行きました。その時は熱も引いてたし、首のアザも薄くなってたから、気分はだいぶ良くなってました。デート気分で、お気に入りのお洋服を選んじゃったりなんかして。

 それで、先輩に案内されて、ちょっと離れた町のビルに入りました。そこに30代後半ぐらいの男の人がいました。人相の悪い人で、紫色のスーツにギラギラのネックレスをつけたおじさんでした。ちょっと怖かったけど、先輩が隣にいるから大丈夫だと思いました。


「はじめまして。林と言います。今日はよろしく」


 見た目に似合わない優しい声で挨拶してくれました。


「雁金です。よろしくお願いします」

「話は聞かせてもらったよ。厄介な悪霊に取り憑かれてるみたいだねえ」

「はい。何とかなりませんか?」

「そうだねえ。素人さんじゃどうしようもならないねえ。お寺とか神社とか、そういう所じゃ話聞いてくれなかっただろう?」

「はい、そうなんです」

「わかる、わかるよ。ちょっとやそっとじゃ祓えない。そこらの神社じゃ見えないふりして門前払いだろう。

 今だって悪い気が漂ってる。ひょっとしたら、視えてたりするんじゃないのかい?」

「……わかるんですか!?」

「わかるとも」


 凄い人だって思いましたね。ちょうどその話をしてる時に、窓際にあの悪霊が立っていたんですから。


「あの……大丈夫ですか?」

「安心したまえ。私は今まで一度も悪霊に負けたことがないのさ。早速除霊を始めよう」


 そう言って、結界を張ってあるっていう別室に通されました。そこは四方をしめ縄で飾り付けられていて、お札やロウソク、日本酒が入った盃、ビデオカメラなんかが用意された部屋でした。

 しめ縄は悪霊を封じ込めるもの、お札は悪霊を弱めるもの、ロウソクと盃は林さんの力を強めるもの、ビデオカメラは霊の姿を映し出すものだって、林さんが説明してくれました。

 それで、真ん中にはマットレスが用意されていて、裸になって横になるように言われました。狭い部屋で林さんと2人きりだし、ちょっと抵抗はあったんですけど、先輩が呼んでくれた人ですし、信じて言われた通りにしました。

 林さんは数珠を手にしてお経を唱え始めました。そして、決まったリズムで盃の日本酒に指を付けて、私に飛ばしました。私は言われた通り、何も言わずに目を瞑って横になっていました。


 5分ぐらい経つと、お経が途切れ途切れになり始めました。それに、首の辺りが痒くなってきたんです。

 何だかおかしいなって思ってたら、お経が止まりました。でも、除霊が終わったって感じはしませんでした。首の痒みは酷くなるし、林さんは何の声もかけてきませんでしたし。それに、ブツブツ呟く声がずーっと聞こえてました。

 それで、わからないように、すこーしだけ目を開けて、薄目で様子を見てみたんです。


 幽霊が私の真上にいました。


 幽霊は私を挟んで、林さんの反対側に正座していました。それで、上半身を乗り出して、林さんの顔を覗き込んでいたんです。鼻が当たるか当たらないかくらいの距離でした。

 幽霊はフクロウのように小刻みに顔を動かしながら、林さんを凝視していました。それで、ボソボソと何かを呟いていました。顎が動くたびに顔のお札の隙間から茶色い汁が垂れて、林さんの膝を汚していました。


 林さんはよだれと鼻水をだらしなく垂らして幽霊の顔を見ていました。引きつった笑みを浮かべて、幽霊が何かを呟く度に小さく頷いていました。

 その様子があんまりにも恐ろしくて、目を見開いて凝視してしまいました。

 すると幽霊が首の動きを止めて、ぐるりと首をひねって私を見ました。

 私は慌てて目を閉じました。何も見てない、何も見てないって思いながら。臭い匂いが顔の目の前まで迫っていて、幽霊がさっきの林さんのように私の顔の目の前まで来ているのが、嫌でも思い浮かびました。


 しばらくすると、ドアが開く音と、バタバタと走って逃げ出す足音が聞こえました。

 嫌な雰囲気が消えたから、恐る恐る目を開けると、幽霊も林さんもいなくなっていました。臭いだけは残ってましたけど。

 隣の部屋で待ってた先輩と合流して、家まで帰りました。でも、家の前にあの幽霊が立っているのが視えて、何も解決してないんだって絶望しました。


 それから一週間は、もう本当に酷かったですね。今まで以上に悪霊が視えるようになりました。一度、お母さんの隣に立っていた時は悲鳴を上げましたよ。お母さんは何もされなかったみたいですけど。

 それに、先輩も電話してくれなくなりました。一度だけ電話してくれた時に、ブツブツと話し声がするって言われて、気味悪がられてそれっきりです。部屋には私ひとりしかいなかったのに。

 熱も首の痛みも、何度も何度もぶりかえしました。少し良くなって、このまま治るかなって思ったら、また酷くなるんです。嫌がらせみたいに。


 ……色々と限界でした。自殺する元気も出ないぐらい。いっそあの幽霊に殺してほしかったんですけど、そうしなかったんですよね。苦しんでる私を遠巻きに眺めて、楽しんでるみたいでした。

 だからS先生の所に行く日になっても、助かる気はしませんでした。門前払いされるか、林さんみたいに負けてしまうか。お話とは違って、リアルの幽霊は祓われたり成仏されたりしないんだって、絶望してました。

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