only my railgun

 第四学群の決起集会の途中、LINEが入った。アケミからだ。


「ちょっと出てくる」

「どうしました、先輩?」

「アケミが来た」


 雁金に声をかけて席を離れる。ロビーまで来ると、大きなスーツケースを引きずったアケミがいた。


「大鋸くん!」

「おう」


 アケミが駆け寄ってくる、と思ったら途中で足を止めた。


「どうした?」

「大鋸くん……だよね?」


 なぜか確認された。自分の両手と、全身を確かめてみる。特に変なところはない。


「顔になんかついてるか?」

「い、いや、大丈夫。なんかちょっと雰囲気変わったかなー?」

「……そうかもな」


 怪異に追いかけられてるし、警察にも冤罪かけられてるからなあ。自分じゃわからないけど、結構ストレスが溜まってるのかもしれない。


「あっ、それで、これが着替えだよー」


 アケミからスーツケースを渡された。結構重い。アケミはパワフルな怪異だからこれくらいの重さはなんともないんだろうけど、それでもここまで持ってくるのは大変だったんだろうなあ。


「ありがとな」

「ッ! ふ、ふふん。もっと褒めてくれてもいいんだよー?」


 胸を張るアケミ。それなら遠慮なく褒めることにしよう。

 アケミを抱き締める。


「ぴゃっ」

「大事なものを届けてくれてありがとな。かなり助かった」

「あ、あのっ」

「こんな重い物、ここまで運ばせてごめんな?」

「は、はいぃ……」


 よし、十分褒めた。アケミを離すと、ふらふらとしている。まっすぐ立てていない。


「大丈夫か?」

「ギリギリ……」


 褒めろっていうから褒めたのに、大丈夫か。

 受け取ったスーツケースを引きずって講堂に戻る途中、ヤコと出会った。さっきまで九曜院の側にいたはずなのに、なぜこっちにいるんだろうか。


「俺に用か?」

「別にぃー?」


 わざとらしい返事をして、ニヤニヤと笑うヤコ。何が面白いんだ、全く。



――



 宣戦布告から一晩明けると、第四学群はすっかり怪異に囲まれていた。意外だったのは、囲んでいる怪異が河童だけじゃないってことだ。頭から剣を生やした大蛇や、変な鎧を着た亡霊の軍団がいる。


「何なんだあいつら」

「蛇の方は、多分、茨城だから、『夜刀神』だと思います」


 雁金が解説してくれた。


「茨城だから、ってなんだそれ」

「『常陸風土記』っていう、茨城の古い時代の出来事を記録した古文書があるんですよ。それこそ『古事記』とか『日本書紀』と同じ時代ですね。『夜刀神』はそれに出てくる神様です」


 神様と言われて、俺はもう一度遠くでクダを巻いている夜刀神を見た。


「神様、100匹くらいいるんだけど」

「群れで出てきたって書かれてますからね。いっぱいいるんでしょう」

「そっかあ……じゃあ、あの鎧を着た軍人は?」

「多分、昔の豪族ですかね……?」


 こっちは雁金も知らないらしい。河童と、神様と、知らない亡霊。どういうチームだ。一体誰がリーダーになったら、こんな寄せ集め集団をまとめられるんだ?


「大鋸くーん」

「ぶええ……」


 アケミがメリーさんを連れてやってきた。メリーさんは涙目になっている。


「終わったか?」

「うん。やっと注射してくれた」


 生物兵器を撒くということで、第四学群の人間にはワクチンが配られている。それは当然注射なわけで、メリーさんがマジ泣きした。押さえつけて打たせようにも瞬間移動して逃げられる。

 俺と雁金とアケミの3人がかりで説得してようやく病院まで連れて行ったけど、そこからまたグズグズし始めた。先に怪異が攻めてきたらどうしようと思っていたけど、ギリギリ間に合った。


 これで迎撃の準備は万全だ。俺は防護服にマスクとヘルメット、それにいつものチェーンソーを装備している。全部アケミに持ってきてもらった奴だ。

 雁金はショットガンを背負っている。実験生物が逃げ出した時に使う、生物学部の備品を借りたそうだ。なんだこの大学。

 メリーさんとアケミは怪異だから、いつでも臨戦態勢だ。怪異ども、いつでもかかってこい。


 しばらくすると、サイレンが鳴った。周りの教授たちの動きが慌ただしくなる。俺たちが待ち構えている講義棟から見える怪異たちが、こっちに向かって進んできた。


「始まったか!」


 俺たちが守るのは、第四学群中枢エリアと医学エリアの間にある、工学エリアだ。中枢エリアにはレッドマーキュリーがあるし、医学エリアには病院がある。この2つの連携を絶たれると辛い。重要な場所だ。

 幸い、ここを占領するためにはバカデカい池にかかった橋を渡らなくちゃいけないから守りやすい。……プールより広い池がある大学ってなんだよ、と思うんだけど、あるもんはあるから仕方がない。


「よぉーし、よしよし、おいでなすったねぇ、敵さんは」


 俺の隣で怪異の群れを眺めていた女研究者が呟いた。確か、講堂で後ろに座っていた、舞阪っていう研究者だ。

 舞阪が白衣の袖をまくると、ゴテゴテした機械をたくさんつけた右腕が出てきた。なんだあれ、カッコイイ。


「学群長! 工学エリアの敵が射程内に入った! 一番槍はいただくよぉ!」

《許可する! 原始時代の殴り合いしか知らない連中に、21世紀の戦争を教えてやりな!》


 舞阪が話しかけると、スマートフォンから木戸さんの威勢のいい掛け声が返ってきた。

 一番槍って言ってるけど、舞阪は動く気配がない。色んな機械をつけた右腕で指鉄砲の形を作って、怪異の群れを指差しているだけだ。

 見た目はカッコイイけど、一体何を……あれ、待てよ。あのポーズまさか。


「レールガンか?」


 俺の呟きが聞こえたのか、舞阪はこっちに振り向いてニヤリと笑った。


「おっと、わかっちゃったかい? そうとも! 舞阪さん渾身のレールガンさ!」

「おおお……!」


 学園都市でレールガン! まさかリアルで見られるとは思わなかった! 九曜院の奴はアニメじゃないとか言ってたけど、なんだよ、ちゃんと科学と魔法が交差してるじゃないか!

 やっべ、ワクワクしてきた。いつ撃つんだ、いつ撃つんだ、何を撃つんだ。


「ねー、翡翠ー」


 メリーさんが呼んでるけど無視。ちょっと待ってろ、いいところなんだ。

 しかし舞阪は中々レールガンを撃たない。指鉄砲の形を保ったままだ。ちょこちょこ腕の角度を調整してるから、狙いをつけてるのかな。そろそろぶっ放す用のコインを出したほうがいいと思うんだけど。


「ねーねー、翡翠ってば!」


 メリーさんにズボンの裾を引っ張られた。


「なんだよ」

「ビルが変形してる!」

「えっ!?」


 振り返ると、すぐそこにある講義棟の上の方が、横に2つに割れていた。そしてその中から金属製の細長い物体が伸びていた。太いケーブルや青白く光るランプなど、近未来的な部品がいっぱいついている。先端部分は二股に分かれていて、間では電気がスパークしていた。

 まさかと思って舞阪に目を戻す。舞阪が指鉄砲を動かすと、それに合わせて後ろのビルの屋上の機械も動いていた。照準をつけている。その動きで、俺は全てを悟った。


「そ、そうきたかぁ……っ!」


 舞阪の右腕はレールガンじゃない。照準器だ。本物のレールガンは――。


「照準よし! エネルギー充填120%! 発射ァ!」


 空気を震わせる重低音と共に、ビルの屋上に展開されたレールガンが発射された。直後、超スピードの物体が巻き起こした暴風が吹き荒れた。強風に思わず顔を腕で覆う。

 風が収まり、腕を降ろすと、怪異の群れの一角からバカでかい土煙が上がっていた。多分、あそこにレールガンが着弾したんだろう。とんでもない威力だ。たくさんの怪異が倒れてるし、無事な怪異もビビって足が止まっている。


「もう勝ちじゃんこんなの」


 心底そう思った。ところが舞阪が申し訳無さそうに言う。


「いやあ、それがねえ」


 頭上から爆発音。見上げると、ビル上のレールガンが火を噴いていた。おまけに、なんかヤバい感じで放電している。


「試作品だからこうなるのよ。直るまでよろしく!」


 舞阪は慌ただしくビルに向かって走っていった。

 なるほど、直るまで俺たちに頑張れと……!

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