13番線 鵺

 小田急きさらぎ店から飛び出したら、忍者が妖怪たちと戦っていた。なんで!?

 いや驚いてる場合じゃない、あの『邪視』の爺さんをぶっ殺さないと!

 俺はチェーンソーのエンジンを掛けると、妖怪の群れに突撃した。気付いた妖怪たちが行く手に立ちはだかる。


「どけえええっ!」


 力任せに弾き飛ばす。雑魚にかまってる暇はない。

 老人がサングラスを外した。『邪視』に見られる。ああ、チクショウ、本当に嫌だ! 死にたい!

 でかい『鵺』が近付いてくる。近くで見ると本当にデカい。熊よりデカい。これに殺されるのもアリかもしれない。鵺が腕を振り上げる。


 ……よくねえよ!?


「ガッハァ!?」


 間一髪、掲げたチェーンソーで鵺の脚を防いだ。しかし、大型獣のパワーは尋常じゃない。吹っ飛ばされて、瓦礫に叩きつけられた。

 顔を上げる。メリーさんがいない。代わりに忍者が『邪視』の爺さんと向かい合ってる。いや、向かい合ってない。背を向けてる。だからなんで?

 いや、でもギリギリ助かってるか。爺さんは忍者に集中してて、こっちに『邪視』が向いてない。なら俺は予定通り鵺を殺ればいい。


 まあ、そうは言うものの。鵺と向き合ってみてわかったことがある。

 デカい。

 体長は5,6mぐらい。見た目が気味悪く、ごっつい。顔が猿、手足が虎、胴体が……犬? 狸? まあ、なんか。そして尻尾が蛇。強そうなパーツを合体させた感じだ。

 そして見た目通りのパワータイプだ。さっき殴られた感じだと、ツキノワグマと互角かそれ以上ってところだ。見た目の大きさだけならクマよりデカい。今まで会ったことがないタイプの妖怪だ。

 ……思えば、いろんな化け物と戦ってきたけど、こういうのは初めてかもしれない。『メリーさん』や『首なしライダー』はスピードタイプ、『きさらぎ駅』や『猿夢』は集団で襲いかかってきたし、『アケミ』や『邪眼』はトリッキーな奴だった。『平家の落人』は近いけど、あの時は俺にも幽霊が取り憑いててパワーアップしてたからノーカンだ。

 銃も魔法も超能力も無し、チェーンソー対爪、パワーvsパワーのタイマン。人間でも猛獣でもない、妖怪とのガチンコ一本勝負。


「いいじゃねえか……!」


 笑ってた。いやもう、心の底から怖くて、それが面白くて、歯をむき出しにして笑ってた。

 訳のわからない呪いや魔法のせいにはできない。死ぬ理由は、爪か牙か、とにかく物理だ。俺が強くて生き残るか、弱くて死ぬか、わからないから怖い。

 だけど勝ったら、俺があの強そうなやつを上回ったって事だ。そしたら最高に気分がいい。面白い!


「っしゃあ!」


 地面を蹴って気合を入れる。足元から脳天に衝撃が通り抜け、心に一本芯が通る。


「遊ぼうぜキメラ野郎! パーツごとに分解してやるよ!」


 鵺が吠え、飛びかかってきた。涎を垂らした顎が迫る。俺の頭なんて一口で丸かじりにしてしまいそうだ。

 斜め前に駆け抜け、牙を避ける。そしてすれ違いざまに胴を斬りつける。だが、回転刃が弾かれる手応えがあった。


「マジかっ!?」


 振り返る。鵺の胴体は浅く斬られ、血を流している。無傷って訳じゃない。だけど、毛皮と筋肉が分厚すぎる。一撃じゃ無理か。

 今度はこっちから斬りかかる。狙いは、鵺の鼻先。肉が詰まった胴じゃなくて、薄い顔ならどうだ!?

 今度は硬い感触があって、チェーンソーが弾き返された。傷は唇が裂けたが、それだけだ。骨も硬い!

 鵺が唸り、右前脚を掲げた。身をかがめる。頭の上を豪腕が通り過ぎた。

 更に左前脚が突き出された。横に転がって避ける。起き上がり、振り下ろされた右前脚をバックステップで避ける。


「器用じゃねえか」


 四足歩行の獣のくせに、コンビネーションを覚えている。クマやイノシシはしない動きだ。妖怪なだけの事はある。

 チェーンソーを眼前に構え、やや身を低くして正面から間合いを詰める。刃先は喉を狙う。妖怪といっても動物の形をとってるなら、ここが急所になるはずだ。

 案の定、鵺はチェーンソーを牽制して左前脚を突き出してきた。上体を横に傾け、突き出された脚にチェーンソーを当てる。

 鈍い音がして、鵺の手の指が1本跳んだ。鵺は慌てて腕を引っ込める。うまくカウンターが決まった。

 ……それでも軽く手が痺れている。まともに食らったらガードは無理か。


 鵺は雄叫びを上げて突進してくる。そっちの方が厄介だ。カウンターをしようにも勢いだけで轢き飛ばされる。

 横に飛んで突進を回避、すれ違いざまに胴を斬りつける。やっぱり手応えが浅い。これを繰り返して致命傷にするには、回数を重ねないといけないか?

 そんな事を考えていると、いきなり腕に痛みが走った。見ると、左腕に巨大な蛇が噛み付いていた。


「しまった!」


 鵺の尻尾の蛇だ。尻尾は当然、胴体に繋がっている。そして胴体は今、走っている。

 つまり、物凄い勢いで引きずられる。


「おああああ!?」


 ヤバい、ちょっと、腕が千切れる! チェーンソーを手放し、両腕で蛇の胴体を掴む。

 何度か叩きつけられながらも、俺はバランスを取って立ち上がった。靴底をスキー板、蛇をロープにしたジェットスキー状態だ。

 鵺が方向転換する。俺の体は遠心力で大きく振り回され――バス!?


「がッ!?」


 バスの車体に叩きつけられ、全身を衝撃が襲った。

 ……一瞬意識が飛んだぞ!?

 で、その間に方向転換した鵺がこっちに突っ込んで来ている!


「おわあ……!」


 ふらふらとその場から逃げれば、鵺の突進で後ろのバスが吹き飛んだ。交通事故かよ。轢かれたら死ぬ。


「あー、くそっ……!」


 体を無理矢理動かして、チェーンソーに向かう。だが、俺とチェーンソーの間に鵺が割って入った。猿の顔で、勝ち誇ったニヤついた笑みを浮かべてくる。

 おう、確かに素手じゃあ勝てねえ。武器を取らせないようにするのは理に適ってるよ。だけど――。


「ケガしてんぞオラァ!」


 俺は助走をつけて鵺の懐に飛び込み、蹴りを放った。狙いは、さっきのカウンターで斬り飛ばした指の傷口だ。

 獣の妖怪といえども、傷口を蹴りつけられたら痛いに決まってる。しかもこっちは鉄板入りの安全靴だ。案の定、猿の顔が苦痛に歪んで悲鳴を上げた。

 鵺が怯んだ隙に回り込み、チェーンソーを拾う。エンジン再稼働。尻尾の蛇に噛まれた傷に振動が響いてめっちゃ痛え!


「うおおおおっ!!」


 腹の底から叫んで痛みをごまかし、鵺に突進する。鵺は俺を迎え撃とうと右脚を振り上げる。安心しろ、俺もそこが狙いだ!

 足を踏み込み、更に加速。鵺の思惑よりも早く、振り下ろされる寸前の右脚に頭から突っ込んだ。


 パンチが何故痛いのか。それは、加速した腕がぶつかってくるからだ。

 車に轢かれると何故大怪我をするのか。それは、加速したトン単位の質量がぶつかってくるからだ。

 銃で撃たれると何故死ぬのか。それは、加速した銃弾が体を貫き、その余波で体の中がグッチャグチャになるからだ。

 要するに、加速したものがぶつかってくると、危ない。

 なら、加速していないものは危なくないのか? その通りだ。止まってる腕も、止まってる車も、止まってる銃弾も、何も危なくはない。ぶつかってもせいぜい、たんこぶができるくらいだ。


 だから、例えぶっとい虎の腕でも、繰り出される直前、静止した瞬間にぶつかっただけなら、何も危なくはない。


「おらっしゃあ!」


 加速しようとした腕を力任せに抑え込む。虎の腕力だ。流石にキツい。キツいが……こっちだって黙って抑え込んでるわけじゃない。

 チェーンソーの刃を押し当てている。斬りつけても効果は薄いが、高速回転する刃で削り落とすなら話は別だ。ましてや刃が当たっているのは肘の裏。関節、動物にとって脆い部分。

 鵺が腕を引く。こっちは押し込む!

 半ばまで削れた所で、鵺がチェーンソーから逃れた。振り回された左腕を避ける。鵺はバランスを大きく崩していた。右腕で体を支えられていない。1本潰した、このまま押し切る!


「でえい!」


 景気づけに首へ一発。浅く斬られて、鵺が苦悶の咆哮を上げる。

 左前脚で殴ってくる。後ろに下がって回避。目の前を通り過ぎた脚にチェーンソーを振り下ろす。硬い筋肉が僅かに削り取られる。

 殴り合いだ。こっちは1発でも殴られたら終わり、向こうは1発じゃ斬れないが、斬られれば斬られるほど体力が削れていく。勝ち目はひとつ、全部避けて全部当て続けるだけだ!


「だらぁ! しゃりゃあ! おんどらっしゃあーっ!」


 なんでもいいから叫ばないとやってられない。当たれば即死の爪と牙が次々と飛んでくるんだ、怖すぎる!

 鵺が大きく身を沈めた。体当たりするつもりか。そいつはマズい。避けるには近すぎる!


「ふんぬっ!」


 身を沈めた鵺の背中に飛び乗ろうとする。高さが足りない。たてがみを鷲掴みにして、無理やり這い登る。

 背中を取った。ここなら手が届かない。背中を思う存分切り裂いてやろう、と思ったら、尻尾の蛇と目が合った。

 あっ、しまった、ヤバい。


「イヤーッ!」


 蛇が斬られた。やったのはチェーンソーの忍者だ。忍者はそのまま鵺の後ろ脚を斬り始める。


「オラァッ!」


 こっちも負けてられない。チェーンソーを握りしめ、鵺の背に突き立てた。回転する刃が毛皮を削り取り、筋肉を切り裂き、ズブズブと体の中に沈んでいく。

 鵺が雄叫びを上げた。あるいは悲鳴か。俺を振り落とそうとめちゃくちゃに暴れ回る。


「成仏しやがれコンチクショウがぁーっ!」


 チェーンソーにしがみついて振り落とされないようにする。刃が更に奥へと沈む。

 その時、チェーンソーを握る手に伝わる感触が変わった。硬いものを貫いて、太く柔らかいものを抉った感触。鵺の体が大きく痙攣する。

 地響きを立てて、鵺が倒れた。チェーンソーを手放し、恐る恐る鵺の背から降りる。

 鵺の顔を覗き込むと、苦悶の表情のまま固まっていた。隣の忍者を見る。黙って頷いた。

 死んでる。勝った。


「いよっしゃあああああ!!」


 俺は天に向かってチェーンソーを突き上げた。

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