金の斧

 この前、山で仕事してた時の話だ。


 前の日に雨が降ってて、地面がぬかるんでたんだ。別に滑って転んだりはしなかったぞ。そこまでドジじゃない。

 だけど、ちょっと休憩しようと思ってチェーンソーを置いたら、斜面だったからそこからズルズル下に滑って行っちまったんだ。ドジ言うな。

 滑っていったチェーンソーは、小さな崖から落っこちて見えなくなった。すぐ後に、じゃぽんって水の音がして、あっやっべ、って思ったよ。


 崖の下を覗き込んでみると、デカい水たまりがあった。水たまりっていうか、もう池だったなあれは。水面に波紋が広がってて、チェーンソーがそこに落っこちたってのは一目でわかった。

 やべえ、仕事道具が落っこっちまったよどうしよう、って思いながら崖を回り込んで下に降りた。池を覗き込んでみたけど、チェーンソーは影も形も見当たらない。恐る恐る木の枝を突っ込んでみると、俺の背丈よりも深いことがわかった。

 どんだけ深い水たまりだよ、って思いながら俺は呆然としてた。チェーンソーがなかったら仕事にならないけど、この深い池からチェーンソーを探して引っ張り上げる自信もなかった。そもそも水に沈んだチェーンソーが使えるかどうかもわからないし。

 そんな感じで途方に暮れてたら、急に池が輝き出した。何事かと思ってビビってたら、池の中から人がせり上がってきた。金髪で、目が青くて、白いローブを着てて、手には金のチェーンソーを持ってた。あと、背中から金の光っていうか……オーラ? そういうのが出てた。


「こんにちは、木こりさん。私は池の女神」


 池の中から出てきた人はそう名乗った。……池みたいにデカいけど、水たまりじゃないのか? とは思ったけど、その時の俺は呆気にとられててツッコめなかった。


「あなたが落としたのは、この金のチェーンソーですか?」


 女神はそう言った。それでピンときたよ。これは『金の斧』の話だって。あれだよ、童話の。斧を落として正直に鉄の斧って言うと、金の斧と銀の斧がもらえるやつ。怪談はわからないけど、俺だって童話ぐらいはわかるぞ?

 それで童話だって気付いた俺は、すぐに女神様の質問に答えた。


「いえ、そんな金ピカキラキラキンのチェーンソーじゃありません」

「そうですか」


 そう言うと、女神様は沈んでいった。

 ……まあ、金のチェーンソーとか貰っても困るしな。鉄より柔らかいから、伐採に使えるかどうかわからないし。

 しばらくすると、女神様が上がってきた。今度は銀のチェーンソーを持っていた。背中のオーラは金色のままだった。


「あなたが落としたのは、この銀のチェーンソーですか?」

「いえ、そんなギンギラギンにさりげないチェーンソーじゃありません」

「そうですか」


 そう言うと、女神様は沈んでいった。

 ……まあ、銀のチェーンソーも貰っても困るしな。こっちも鉄ほどの硬さじゃないし。

 しばらくすると、女神様が上がってきた。今度は俺が落としたチェーンソーを持っていた。背中のオーラはやっぱり金色のままだった。


「では、あなたが落としたのは、この鉄のチェーンソーですか?」

「そうです、そのちょっと重みがある分安定して木を切れる、ハンドルの握りがいい感じの鉄のチェーンソーです」

「そうですか」


 そう言うと、女神様は沈んでいった。

 ……いや返せよ! って思ってると、女神様が右手に金のチェーンソーを、左手に銀のチェーンソーを持って上がってきた。オーラは相変わらず金色だった。


「正直なあなたには、この金のチェーンソーと銀のチェーンソーをプレゼントしましょう」


 やった。童話通りだ。そこまではそう思ってたんだよ。


「プレゼントするのはてめぇの頭にだがなァァァッ!!」


 女神様がいきなり金のチェーンソーを振りかぶって、俺の頭に打ち込んできた。てっきり貰えるものだと思ってたから、避ける間もなく頭にチェーンソーを受けた。

うん? ああ、生きてるよ。仕事中だからヘルメット被っててさ。それで助かった。いいヘルメットなんだぞ、あれ。普通のチェーンソーも防いでくれるし、鉄より柔らかい金のチェーンソーだったらノーダメージだ。

 とにかく一発貰って、軽くよろめいた。斬れはしなかったけど、不意打ちで頭に衝撃だからな。どうしても怯みはする。


「あれっ、斬れない……だったらおまけで胴体にプレゼントしてやるよオラァァァッ!」


 女神はすっかり凶悪な本性を顕にして、銀のチェーンソーを俺の脇腹に叩き込んできた。今度は着ていた防刃作業服が仕事して、刃を止めてくれた。強化繊維を巻き込んだ銀のチェーンソーは、異音を立ててストップした。


「あれえっ!?」


 困惑する女神。動きが止まった一瞬を捉えて、俺は銀のチェーンソーをひったくった。


「あっ」

「フンッ!」


 そして、エンジン部分で女神の頭をぶん殴った。刃物としては頼りないけど、鈍器として見るなら優秀だからな、銀のチェーンソー。女神は一発で気が遠くなったらしい。金のチェーンソーを取り落した。それを拾って、女神の細い首に叩き込んだ。やっぱ金だと切れ味が悪くてな、首を半分ぐらい斬った所で止まっちまった。まあ、死ぬには死んだんだけど。

 で、女神の死体を池に投げ込んで、水が無くなる頃に埋めればいいか、って思ってたら気付いたんだよ。


 ……結局、鉄のチェーンソーが帰ってきてないって。

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