第57話 帰還

 サラとノルガドの献身的な治療の甲斐もあって、二日後には修介は普通に歩けるくらいにまで回復していた。

 魔法による治療は回復される側も体力的な負担が大きいらしく、修介の体調は万全とは言い難かったが、これ以上帰還が遅れるのもよくないと判断した一行は話し合いの結果、翌日にはリーズ村を発つことに決めた。

 修介の体調を慮ってか、行きと同様にイアンが荷馬車を出してくれることとなった。修介は遠慮したのだが、イアンや村長が村を救ってくれた礼だと言って譲らなかった為、最終的にはその厚意に甘えることになった。


 修介の怪我の治療が一段落すると、サラが持ち前の好奇心を爆発させて、あの不自然なアレサの発光現象について質問攻勢に出てきた。

 聞かれたところで修介もアレサから何も聞いていないので答えようがなく「剣を光らせたのはサラの魔法なんだろ?」と空惚けることしかできなかった。

 当然そんな言い分に納得するはずのないサラは「その剣に秘められた真の力を暴いてやるわ」と息巻いてアレサを見せるよう要求してきた。

 咄嗟に拒む理由が思いつかなかった修介は「壊すなよ?」と言うのがせいぜいで仕方なくアレサを手渡した。

 サラは魔法まで駆使してかなりアレサの体を念入りに調べていたが、修介は人類の常識を超越した技術で作られたであろうアレサの正体が魔法を使った程度でバレるようなことはないと踏んでいた。

 本当に調べられてまずいのであれば、アレサなら事前に『他人には絶対に見せないでください』という注意喚起をしているはずである。それがなかったということは見られても問題がないということだろう。むしろアレサが何かやらかさないかの方が心配だった。

 修介は終始不安げな面持ちでアレサの様子を窺っていたが、結局サラは何も発見できなかったようで「おかしいなぁ」としきりに首を捻りながら修介にアレサを返した。

 そういうわけで、アレサの発光現象についてはうやむやなままお預けとなった。

 とはいえ、好奇心旺盛なサラがこの程度で諦めるわけがないだろうから、いずれまた何か言ってくるだろう。あまりにも諦めが悪いようなら何か適当な言い訳を考える必要がありそうだと、若干気が重くなる修介だった。



 出発前日の夜、修介は再び先日訪れた川のほとりへと足を運んでいた。そこでようやくアレサと話をすることができた。

 修介は真っ先に助けてもらった礼を口にした。

 それに対してアレサはいつも通りの口調で『マスターをサポートするのが私の役目ですから、礼を言われるようなことではありません』とお馴染みの台詞を返しただけだったが、修介の数々の無謀な行動については容赦なく文句を並べたてた。

 特に仲間の到着を待たずにジュードに挑みかかったことについてはよほど腹に据えかねたらしく、『恐怖に駆られて勝ち目のない相手に飛び掛かるとか、マスターは世紀末モヒカン並の低脳ですか』と普段よりも言葉のチョイスに棘と辛辣度が増していた。


 一方で、修介の危機を救った発光現象については『自己防衛機能の一種です』と答えただけで、それ以上は聞いても何も教えてはくれなかった。使い方によっては強力な武器になりそうな機能だと思ったが、どうもアレサはその機能についてはあまり触れてほしくないようで、修介としても助けてもらった手前、強引に聞き出そうという気にはなれなかった。

 実際、ホブゴブリンやオークとの戦いで危機に陥った時でさえ声を発するのみだったアレサが、戦闘に干渉したことは修介にとっても驚きだった。

 ただ、そのことについて触れようとするとアレサは露骨に機嫌が悪くなったので、もしかしたらあれはアレサにとっても衝動的な行動だったのではないかと修介は考えていた。


『――マスター、ちゃんと聞いてますか?』


 どうやらアレサの説教はまだ続いているようだった。


「……聞いてるよ」


 無論聞いていなかったのだが、修介はそれを誤魔化すようにアレサをぽんと叩く。


「お前もだいぶ口煩く物を言うようになったよな。最初は『申し訳ありません。その質問には回答できかねます』しか言わなかったのに」


『私の知能は日々の学習やマスターと会話を重ねることで成長します。私が口煩くなったのだとしたら、それはひとえに不甲斐ないマスターを補佐する為にそう成長せざるを得なかったからだと自覚してください』


「ご、ごもっともなことで……」


 手痛い返しを受けて修介は口ごもった。

 どこの誰が言ったか忘れたが、人の成長は一生続くらしい。アレサに愛想を尽かされないよう自分も日々成長していかなければならないな、と修介は思うのだった。




 帰りの旅路は順調そのものだった。行きと違って急ぐ理由のない帰りの行程は修介の体調も考慮してかなりのんびりとしたものだった。

 初めての討伐依頼ということで、精神的にも肉体的にもかなりの疲労があった。特に突発的なことだったとはいえ、初めて人を殺したことは修介の心に大きな負債を負わせていた。

  だが、それも時間の経過と共にだいぶ折り合いが付くようになっていた。今はどちらかというと初めての討伐依頼を無事に終えたという充実感が修介の足取りを軽くしていた。

 そして二日後の昼過ぎ、一行は無事にグラスターの街に到着した。


 衛兵に冒険者登録証を見せ手続きを済ませて街に入る。さっそく冒険者ギルドに報告に行こうとしたところで、珍しくエーベルトから声を掛けられた。

「待て、先にこれを騎士団の詰め所に持っていけ」

 エーベルトはそう言いながら馬車の荷台からサッカーボールくらいの大きさの布袋を手に取って修介に差し出した。


「……何これ?」


「首だ」


「……首?」


 布袋を受け取りながらも首を捻る修介。


「おほっ、わざわざ坊主の代わりに取っておいたのか。気が利くのう」


 ノルガドが感心したように言った。

 未だに理解できていない修介にエーベルトは苛立ったように言葉を続ける。


「賞金首のジュードを討ち取っただろう。それを騎士団の詰め所に持っていけば懸賞金がもらえる」


 そこまで言われてようやく意味が理解できた修介は「うげっ!」と叫んで思わず布袋を落としそうになる。


「首ってそういうことかよ……」


 この布袋の中に生首が入っているのだ。さも当然のように渡されたが、生首を持ち運ぶなんて修介の常識からするとありえない話だった。


「どうした?」


 ノルガドが不審そうに修介を見やる。


「あ、いや……こ、これを騎士団の詰め所に持っていくの?」


「さっきからそう言うておるじゃろう。さっさと行ってこい。わしらは先に冒険者ギルドに行っておるから」


 そう言って歩き出そうとするノルガドを修介は慌てて引き留める。


「ちょ、ちょっと待って! 一人じゃ不安だから、おやっさんも一緒に来てよ」


 情けない声を出す修介。期せずして発生した生首を持ち運ぶという非日常的なイベントに完全に気後れしていた。妖魔の死体は何度も見て処理もしてきたので慣れていたが、さすがに人の首となると話は別であった。

 修介の申し出にノルガドは呆れたような顔を浮かべる。


「仕方のないやつじゃのう……おぬしらは先にギルドに行って待っててくれ」


 サラに向かってそう告げるとノルガドは詰め所の方角へと歩き出した。


「そういうことなら、みんなで行きましょ。賞金首の検分なんて滅多に見られないだろうし、興味あるわ」


 サラはノルガドの返事を待たずに後に付いて行く。修介も慌ててその背中を追いかける。視線をエーベルトの方に向けると「なんで俺まで」といった顔をしたが、結局黙って後ろから付いてきていた。


 騎士団の詰め所に到着すると、対応に出てきた若い騎士に事情を説明して布袋を渡した。

 しばらく待たされた後、上役と思しき騎士が出てきて、俗にいう首実検くびじっけんを行った。

 その様子をサラは興味深そうに見ていたが、修介は見ている振りをしながら目の焦点を合わせないようにしていた。見て楽しい気分になれるとはとても思えなかったからである。

 その後、諸々の手続きを経て詰め所を出た修介の手には、持ってきた布袋より遥かに小さい袋が握られていた。袋からはジャラジャラという音がする。


「さすがに一級の賞金首だけあって、結構な額になったわね」


 修介の手にある布袋に視線を向けながらサラが言った。


「……そうだな」


 修介は相槌を打ったが、この世界の懸賞金の相場なんて知らないので、適当に返事をしただけである。

 袋の中には金貨が五〇枚入っていた。


(金貨一枚が三万円相当と仮定して一五〇万円か……)


 そんな計算をすることに意味などなかったが、命を懸けて戦い、人を殺したという罪悪感を背負う対価として、はたしてその金額が見合っているのかどうか、なんとも判断が難しいところであった。とはいえ、一回の仕事として稼ぐ金額としては高額なことは確かである。

 だが、修介は高額な賞金を手にして正直戸惑っていた。


「……でも、本当に俺が受け取っちゃっていいのか?」


 気まずそうな表情を浮かべる修介にノルガドは頷いてみせる。


「当然じゃ。おぬしの手柄なんじゃから、受け取る権利はおぬしにある」


 その言葉にサラも頷いた。エーベルトは興味ないとばかりにそっぽを向いている。


「本当にいいのかなぁ……」


 ノルガドはああ言ってくれているが、切っ掛けとなる魔法を使ったのはサラだし、死にかけた修介の治療をしたのはノルガドで、首を取っておいてくれたのはエーベルトである。自分ひとりの手柄とは到底思えなかった。

 修介とて嬉しくないわけではないのだが、自分の実力で討ち取ったわけではなく、アレサの能力を使って騙し討ちしたことに後ろめたさを感じているのも確かであった。


 修介はすっきりしない気分のままギルドへの道を歩く。

 そんな浮かない顔をしている修介を見て、サラは唐突にその背中をバンと叩くと、驚いて振り向いた修介に声を掛ける。


「なんか納得してないって顔ね」


「そりゃまぁ……なんていうか、勝てたのはまぐれみたいなものから、どうしても自分の手柄だとは思えなくてな……」


「そんなこと気にしなくてもいいのに」


 そのままふたりはしばらく並んで歩いていたが、唐突にサラが何かを思いついたかのように手を叩いた。


「そういうことならさ、その賞金の使い道、私に決めさせてもらってもいい?」


「えっ……? 別に構わないけど……」


 サラの突然の申し出に修介は戸惑いながらも頷いた。


「じゃあさ、ギルドでの報告を終えたら、一旦宿に戻って荷物を置いて、またギルドに集合ね。ノルガドもいい?」


 声を掛けられたノルガドは「構わんぞ」とだけ答える。


「エーベルトもいいわね?」と言うサラに、エーベルトは「いや、俺は――」と言いかけたが「いいわね?」と繰り返すサラの迫力に気圧されて黙って頷いた。

 さらに後ろからおずおずと付いてきていたイアンにも声を掛けるサラ。何を考えているのか修介には見当もつかなかったが、とりあえず大人しく言うことを聞いた方が良さそうだと判断し、口を出さないことにした。


 冒険者ギルドに到着した一行を受付嬢は安堵の表情で出迎えた。予定よりも帰還が遅いことから、何かトラブルに巻き込まれたのではないかと心配していたようだ。


「まぁ、ノルガドさんやエーベルトさんがいるから、よほどのことがない限り大丈夫だろうとは思っていたんですけどね」


 そこに自分の名が含まれていないことを修介は寂しく思いつつも「ふたりともすごい頼りになりましたよ」と笑顔で言った。

 受付嬢は「そうでしょう」と答えながら修介の方に顔を向けると、その包帯だらけの姿を見て驚愕した。


「ちょっと、シュウスケさん大怪我しているじゃないですかっ! 大丈夫なんですかっ!?」


「だ、大丈夫ですよ。おやっさ――ノルガドに手当してもらいましたから」


 修介は身を乗り出さんばかりで心配してくる受付嬢をどうどうと宥める。


「……やっぱり、まだシュウスケさんにゴブリン退治は早かったのかしら……私が無理なお願いをしたせいでこんな酷い怪我を……」


 なにやら自責の念に駆られ始める受付嬢に修介は慌てて否定する。


「あ、いや違うんです。これはゴブリンと戦って怪我をしたわけじゃないんです」


 たしかにゴブリン退治に行って大怪我して帰ってくれば、当然ゴブリンにやられたと思うだろう。


「それじゃあ、転んだんですか? それとも馬車にはねられたとか?」


「なんでやねん」


 思わず関西弁で突っ込む修介。関西弁の場合どんな感じで翻訳されているのか気になったが、今はそれどころではなかった。

 きょとんとする受付嬢にどう説明したものかと修介が頭を捻っていると、突然横からサラが壁際の掲示板を指さしながら口を挟んでくる。


「ねぇ、あの掲示板の賞金首ジュードの手配書、もう剥がしていいわよ」


「えっ、どういうことですか?」


 受付嬢は戸惑った顔でサラを見る。


「そのままの意味よ。シュウがあの賞金首を討ち取ったのよ。ほらっ」


 そう言ってサラは修介の腕を取って上にあげる。修介の手にはさきほどもらった賞金の入った袋が握られていた。


「……冗談ですよね?」


 修介の方に向き直って受付嬢はそう尋ねる。

 何気に酷い言われようだったが、たしかに冒険者になってまだ二週間程度で、しかも薬草採集しかしてこなかった修介が一級賞金首を討ち取ったと言われても、にわかに信じられないだろう。


「まぁおかげでこんな大怪我を負う羽目になったわけですが……」


 修介は頭を掻きながらそう答える。


「……すごい……すごいですよ、シュウスケさんっ! あの一級賞金首のジュードの討伐に成功するなんてっ! すごいすごいっ!」


 唐突にすごいを連呼する機械マシーンと化した受付嬢の変貌ぶりに修介は戸惑ったような視線をサラに向ける。サラは「感謝しなさいよ」と小声で呟いた。そして、おもむろに受付嬢の傍によって耳打ちをする。受付嬢は何度か頷いた後、「わかりました。ぜひ参加させていただきますね」と笑顔で答えた。

 それらのやりとりを黙って見ていたノルガドだったが、痺れを切らしたのか「そろそろ依頼完了の手続きをしてもらっていいかの」と口を挟んだ。

 受付嬢は「すいませんっ」と謝りながら慌てて手続きを始めたのだった。




 手続きが完了し無事に報酬を得ることができた一行は解散することとなった。

 今回の緊急依頼の為に組まれた即席パーティなのだから、依頼が完了すれば解散となるのは当然であった。

 そう理解しつつも修介は若干の寂しさを覚えていた。思い返すと色々と迷惑ばかりかけていた気もするが、皆が自分を仲間として扱ってくれたことが純粋に嬉しかったのだ。


「色々とありがとう。みんなのおかげでこうして生きて帰ってくることができたよ。また機会があったらパーティを組んでくれたら嬉しいな」


 自分の体質を考えるとその可能性はないだろうと理解しつつも、修介は心の底からそう願っていた。


「世話になったの。……そうそう、わしの店はこの街の北西にあるからの。市場でわしの名を言えばすぐにわかるはずじゃ。銀細工の店じゃが武具の修理なども出来るからの、何かあったら遠慮せずに店に顔を出すといい」


「おやっさん……」


 修介はノルガドの言葉が嬉しくて、目を輝かせながらこくこくと頷いた。


「ノルガドの銀細工はこの街の貴族の間では結構人気なのよ」


 サラが横から口を挟む。


「へぇ……」


「でもノルガドは偏屈だから、気に入った相手にしか絶対に売らないのよ。おまけにしょっちゅう冒険者の仕事で街を出ているから、ほとんど商売になってないわよ」


「わしは金儲けの為に銀細工を作っとらんからの。自分が納得のいく一品が出来ればそれでええのじゃ」


 ノルガドは顎の髭を撫でながら、まったく気にした様子もなくそう言った。

 サラはつまらなそうに「あっそ」とだけ返すと、修介の方を向いた。


「私はまだあなたに用があるから、必要な時に声を掛けるからそのつもりでいてね」


「用ってなんだよ……?」


 修介は露骨に警戒しながら尋ねる。


「まだあなたの体質についての実験……じゃなくて検証が済んでないでしょ。その件は今回の依頼とは無関係なんだから当然でしょ」


「うげぇ、まだやるのかよ……」


 修介はうんざりしたような顔をしたが、内心ではサラとの繋がりが残されたことにまんざらでもない気分だった。


 修介はエーベルトにも声を掛けようとして顔を向けると、エーベルトはギルドを出て行こうと入口へと向かっている最中だった。

 エーベルトらしいな、と思いつつもせめて一言くらいは礼を言おうとしたところで、先にサラが大声でエーベルトを呼び止める。


「エーベルト! 後でもう一回ギルドに集合よ! わかってると思うけど来なかったら承知しないからねっ!」


 その言葉にエーベルトはびくっと身体を震わせてから、ゆっくりと振り向くと「わかっている」と嫌そうな顔で答えて外へと出て行った。


「……あいつが素直に言う事を聞くなんて意外だな」


 エーベルトが出て行った扉を見ながら修介はそう感想を漏らす。


「あいつがまだ駆け出しだった頃に私とノルガドは何度かパーティを組んで世話してあげたことがあるからね。あっという間に一人前になっちゃったから本当に短い間のことだったけど」


「……なるほど、あいつもその時のことを恩義に感じているから、一応話に耳を傾けるくらいはする、と」


「どうだかねー。まぁ今回は割と素直なほうだったかな。……ところで、あなたたちも夕方にはもう一度ギルドに来てね。わかった?」


 修介とノルガドは黙って頷いた。


「シュウはそれ、ちゃんと持ってきてね」


 サラは修介の手にある小袋を指しながら念を押してきた。


「わかってるよ。何に使うつもりか知らんけど……」


「まぁまぁ、それはその時のお楽しみってことで」


 サラは満面の笑みで言った。修介はその笑顔に一抹の不安を感じながらも、このパーティでもう一度何かができるということが嬉しくもあった。

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