第95話 傭兵兄弟

 輸送部隊の最終目的地はクルガリという西のヴィクロー山脈の麓にある人口二〇〇〇人程度の比較的小さな街である。

 周囲は険しい山々と深い森に囲まれており、鉱山から採れる鉱石や森での狩猟で主に生計を立てている。鉱山の傍にあるということで、他の街に比べてドワーフが多く住んでおり、彼らの作る武具や工芸品目当てで多くの商人が訪れることから、宿屋などの宿泊施設が多いのも特徴である。

 ただ、森や山に囲まれているという立地条件から、妖魔による襲撃が多い街でもあり、先日のヴァルラダン出現の際には、ヴァルラダンから直接襲われることこそなかったものの、山から下りてきた妖魔によって幾度となく襲撃を受けていた。

 この周辺は領主の直轄地となっており、街には正規の守備兵が配置されている。それ以外にもドワーフを中心とした自警団を組織して妖魔の襲撃に備えていたが、それでも受けた被害は大きかったという。

 特に食料のほとんどをキルクアムの街との交易で賄っているクルガリの街は、頻出する妖魔によって街道の行き来が難しくなっていることから、現在も食糧事情は悪化の一途をたどっていた。

 輸送部隊が届けようとしている物資は、クルガリの街やその周辺の村々にとって冬を越す為の生命線なのである。


 グラスターの街からクルガリの街までは街道を使えば徒歩で七日ほどだが、先発隊は街道付近の妖魔を討伐しながら時間をかけて移動する為、輸送部隊より五日ほど先行してグラスターの街を出発していた。

 修介たち冒険者の役割は露払いの一言に尽き、とにかく街道沿いにある妖魔が出現しそうなポイントをしらみつぶしにしていき、後からやって来る輸送部隊の道中の安全を確保するのが使命だった。

 その為、冒険者達はまとまって行動せず、複数のパーティに分かれてそれぞれのポイントで妖魔を討伐し、日ごとに決められた合流地点に向かうという手筈になっていた。


 先発隊の数は総勢四三名。各パーティは四~五名で構成される。

 この世界での冒険者のパーティは、メンバー同士が家族のように一緒に生活するといった共同体ではなく、依頼ごとに即席で結成されることがほとんどである。もちろん常に行動を供にするパーティもなかには存在するが、そういった例は極めて稀だった。

 冒険者は二人一組で活動するのが基本とされている。これは多数の妖魔と同時に戦うことが多い冒険者にとって、背中を任せられる相棒の存在が必須だからである。

 なので今回の依頼に参加している冒険者のほとんどがコンビを組んでおり、結成されたパーティも、顔見知り同士のコンビが声を掛け合って組まれていた。


 修介は自分はなんだかんだで英雄扱いされているし、こっちには女性が二人もいるから、さぞ引く手あまたになるに違いないという甘い考えでいたのだが、気が付けば余りもののポジションになっており、完全に当てが外れていた。

 それでも、なかには修介たちに声を掛けようとする者もいたのだが、そのほとんどが、なぜかヴァレイラの顔を見てそそくさと去って行ったのである。

 彼らのヴァレイラを見る目は、女戦士だから見下している、といったような単純なものではなく、どちらかというと「そいつとは関わりたくない」という雰囲気を醸し出していたのが修介は気になった。


 結局、修介たちと同じパーティになったのは、最近グラスター領に来たばかりだという傭兵あがりの二人組の戦士だった。

 修介は歩きながら、そのふたりの方へと視線を向けた。

 ひとりは身長が二メートル近くもある巨漢の男だった。

 名前はデーヴァン。

 簡素な革鎧を身に付けているだけで、真冬だというのに外套すら羽織っていない。分厚い筋肉に覆われた身体は、修介が殴った程度ではびくともしなさそうだった。その見た目に違わぬ怪力の持ち主らしく、腰に下げているのは剣ではなく、殴ることに特化した巨大な戦棍メイスだった。

 見た目の印象からてっきり暴力的で野蛮な人間なのかと思ったが、デーヴァンは無口で大人しい男だった。ぼうっとしていることが多く、何を考えているのかわからないが、話しかけると「ああ」とか「うう」という反応は返ってくるので、言葉が通じないというわけではないらしい。


 もうひとりは修介よりも一回り小柄な男で、名前はイニアーという。

 朴訥そうなデーヴァンと違い、イニアーは良く言えば頭が回る、悪く言えば狡猾そうな見た目の男だった。それでいて愛想がよく、おまけに口もよく回るようで、初対面の修介たちにも物おじせず積極的に話しかけてきた。

 デーヴァンとは長年コンビを組んでいるらしく、ほとんど喋らない彼の代わりに、交渉事はイニアーが全て担っているのだという。

 まるで人気プロレスラーと敏腕マネージャーだな、というのが修介の第一印象だった。

 ところが、ふたりの関係を聞いて修介は驚いた。

 デーヴァンとイニアーは兄弟だというのだ。

 あまりにも似ていないので、本人からの申告がなければ絶対に赤の他人だと思っただろう。もしかしたら義兄弟という可能性もあったが、イニアーの口調から察するにどうやら本当の兄弟らしい。

 イニアーはデーヴァンのことを「兄貴」と呼んでおり、何かの話をする時は最後に「そうだよな、兄貴?」と確認を取ることからも、彼なりに兄を立てているのだということが伝わってきた。もっとも、兄の方はぼうっとしていて話を聞いてないことの方が多いようだったが。

 そんな傭兵兄弟に修介とサラとヴァレイラを加えた計五名が修介のパーティだった。




 互いに初対面ということもあって、道中の会話は最初こそ探り探りといった感じだったが、社交的なイニアーが一方的にしゃべり、サラと修介が聞き役に回ることで徐々に打ち解けていった。


「なんと! それじゃあ、あのジュードの糞野郎を討伐した冒険者ってのが、シュウスケの旦那ってわけですかい?!」


 イニアーが大袈裟に驚いてみせる。


「いやまぁ、結果的にそうなったってだけで、運が良かったというか……」


「かぁーっ、あわよくば俺達が討ち取ってやろうと思ってたのに、先を越されちまってたとは! こいつはしてやられたな、兄貴!」


 唐突に話を振られたデーヴァンは、空を見上げたまま特に何も言わなかった。

 そんな兄の反応には慣れているのか、イニアーはまったく気にせず話を続ける。


「それにしても、魔獣討伐での活躍に加え、あの悪名高きジュードまでも倒していたとは……いやいや、シュウスケの旦那は若いのにたいしたもんだ」


 やたらと持ち上げてくるイニアーの態度に修介は思わず苦笑する。

 イニアーは修介よりもだいぶ年上のはずだが、修介が魔獣討伐で名を上げた英雄だと知ってからは名前の後ろに『旦那』がくっつき、敬語っぽい話し方になっていた。

 これは別に修介のことを尊敬しているわけではなく、おそらく彼なりの処世術なのだろう。穿った見方をするなら、こちらをおだてて油断を誘っているのかもしれない。


「あなたたちって最近このグラスター領に来たばかりなんでしょ? その割には賞金首のジュードについて随分と詳しいじゃない」


 サラの疑問にイニアーは得意気な顔をする。


「そりゃそうさ。あの野郎は西のダラム王国の元騎士でね。騎士でありながら近隣の村を略奪した挙句、上官を殺して逃亡したっていう極悪犯なのさ。西であいつの名を知らない奴なんてまずいないぜ。俺達はつい最近まで西の国境地帯で傭兵やってたからな。こっちの人間よりもジュードの野郎のことはよく知ってるぜ」


 聞けば、デーヴァンとイニアーは長年傭兵として各地を転々としており、最近は西の国境沿いで稼いでいたらしいのだが、冬に入ってダラム王国との小競り合いが落ち着いたせいで仕事にあぶれ、やむなくグラスター領に出稼ぎに来たのだという。

 あわよくば高額賞金首のジュードを討ち取って一儲けしようと考えていたところ、来た早々にジュードが討伐されたことを知ってがっかりしたということだった。


 イニアーはかなりの話好きらしく、その後も豊富な話題で道中の会話が途切れることはなかった。

 ルセリア王国に限らず、様々な国で傭兵稼業をしてきたというイニアーの話は、将来的に各地を旅してまわることを目標としている修介にとっては興味を引く内容ばかりだった。

 南の大森林と対を成す存在と言われている『北の大山脈』。

 古代魔法帝国と魔神との戦争の爪痕と言われる東の地の巨大なクレーター。

 さらに、その近くにある地上で唯一残っているとされる魔法帝国の都市跡。

 どれも一度は見てみたいと思わせる魅惑のスポットである。

 修介は忘れないようそれらを頭の中の行き先リストに書き留めるのだった。


 ふと視線を感じ、修介は横を見た。

 少し離れたところを歩いているヴァレイラと目があった。

 ヴァレイラはその格好に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべていた。

 修介は慌てて目をそらす。

 彼女は道中、修介達の会話にまったく参加せず、ずっと黙っていたが、修介は彼女からの視線をちょくちょく感じていた。

 問題はその視線が随分と熱っぽいことだった。

 出会ってわずか数時間で女性を虜にできる魅力があると自惚れるほど修介の頭はおめでたくできてはいない。とはいえ、女性からの熱い視線が気にならないと言えば嘘になる。

 修介は仕方なくもうひとりの女性に助言を求めることにした。

 すすすっと音もなくサラに近寄って小声で話しかける。


「あのさ、さっきからヴァレイラからやたらと熱い視線を感じるんだけど……もしかして彼女、俺に惚れたのかな?」


「馬鹿なの?」


 心底呆れたといった顔で冷たく返される。

 まぁそうなるよな、と予想通りのサラの反応に修介は苦笑する。


「冗談はさておくとして、やたらと見られているような気がするんだよ」


 修介に言われてサラはヴァレイラの方をちらりと見た。そして、何かに気付いたのか、「ああなるほど」と納得したように呟いた。


「なにかわかるのか?」


「まあね……たしかに、今までの話の流れだとそうなっちゃうかもね」


「は? どういうことだよ」


「安心して。少なくともあなたに惚れてるってことはないから」


「そんな心配はしてないって」


「ま、ほっとけばすぐに理由はわかると思うから、とりあえずつかの間の熱視線を楽しんでおけば?」


 サラはそう言うだけで、結局その理由とやらは教えてくれなかった。


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