第94話 新しい仲間

 出発当日の朝、修介は街の西門を出たところにある集合場所へとやってきていた。

 集合場所にはすでに多くの冒険者達が待機しており、装備を点検したり、顔見知り同士で雑談をしていたりと、思い思いに出発までの時間を過ごしていた。

 ざっと見渡してみたところ、まだサラは来ていないようだった。

 途中、目つきの鋭い金髪の戦士と目が合ったので軽く会釈をすると、金髪の戦士は手を上げて返礼したが、特に話しかけてはこなかった。

 修介はサラが誘うと言っていたもうひとりの冒険者を探そうとしたが、そもそもどのような人相なのか事前に聞いていなかったことに気付き、仕方なくその場で大人しく待つことにした。

 修介はあらためて周囲に目を向ける。

 参加する冒険者達を見て最初に思ったのは、魔法使いが少ないな、ということだった。すでに三〇人ほどの冒険者が集まっていたが、ぱっと見で魔術師風の恰好をした者はいなかった。


 ゲームなどでは攻撃魔法と回復魔法の使い手をバランス良く揃えてパーティを組むのが理想的だが、この世界での冒険者パーティには魔法使いがいないことの方が多い。

 これは魔法使いの絶対数が少ないというのが一番の理由だが、こと古代語魔法を扱う魔術師に関しては、部屋に籠って研究ばかりしている者が多く、サラのように好んでフィールドワークする魔術師がそもそも珍しいのである。

 さらに、この世界の歴史的背景――かつて魔術師が魔神召喚を失敗したことにより世界が滅亡しかけた――から、パーティ内に魔術師がいると訪れた街や村で歓迎されず、場合によっては依頼遂行の障害となってしまうことがあり、魔法による援護という大きなメリットがあっても魔術師とパーティを組みたがらない冒険者は多い。

 サラ曰く、それでもグラスター領での魔術師の扱いはな部類に入るのだそうだ。


 一方で神聖魔法の使い手は大人気だった。怪我を負ってもその場で治療してもらえるのだから当然と言えるだろう。おまけに、神官は神の声が聞ける、という信心深い者にとってはこれ以上ない人格的な保証が自動的にくっついてくるので、魔術師とは世間的な信用度が段違いだった。

 ただ、神聖魔法の使い手は冒険者に限定すれば魔術師よりも希少だった。

 神聖魔法は狙って習得できず、神の声を聞いたとしても魔法の素養がない者は神聖魔法を使いこなせるようになれないからである。

 さらに、神聖魔法が扱えるようになった者のほとんどが神殿に仕える司祭になるか、街で治療を行う治療師になるので、冒険者になろうと考える者はほとんどいない。

 それゆえに、魔法も戦闘も一流であるノルガドのような冒険者は引く手あまたとなるのである。


 精霊魔法の使い手については、上記のふたつよりもさらに希少となる。

 この世界では精霊魔法を扱えるのはエルフ族に限られており、ほとんどの人間は精霊の存在を認識することすらできない。

 そしてエルフ族は人間社会に溶け込まず森の中でひっそりと暮らしている為、精霊魔法がどうこう以前に、ほとんどの人がエルフと一度も出会わないまま生涯を終えることの方が多いのだ。

 郊外演習の時にエルフと出会い、さらに精霊魔法を掛けられた修介は、ある意味では相当な幸運の持ち主と言えた。それについて、修介はいまだにサラから「羨ましい」と言われているくらいである。

 もっとも、修介からしてみたら思い出したくもない体験だったので、羨ましがられてもちっとも嬉しくはなかった。


「あ、いたいた」


 場違いな明るい声に修介は考え事を中断する。

 サラがこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。

 お馴染みの白いローブを着ていたが、いつもより体の線が太く見えるのは、寒さ対策で下に色々と着込んでいるからだろう。修介は冗談で「あれ、太った?」と言おうかと思ったが、命が惜しいのですんでのところで思いとどまった。

 近寄ってくるサラに修介が声を掛けようとしたところで、「おせーじゃねーかよ、サラ」と別の声に先を越された。

 少しハスキーだが、女性の声だった。

 振り返ると、先ほど目が合った金髪の戦士がサラの方へと歩み寄っていた。

 日に焼けた精悍な顔つきをしていたが、その戦士は間違いなく女性だった。

 使い込まれた鎖帷子チェインメイルの上から金属製の胸当てブレストプレートを装着しており、さらにその上から厚手の外套を纏っているせいで、見た目は完全に男の戦士にしか見えなかった。身長は修介より少し低いが、女性としては高い部類に入るだろう。無造作に後ろにまとめられた金髪は手入れされているようには見えず、伸ばしているというよりは勝手に伸びたといった感じだった。

 ワイルドだな、というのが修介の第一印象だった。


 呆気にとられる修介を横目に、サラは金髪の戦士に「ヴァル!」と親しげに声を掛けて近寄った。その様子から、どうやらこの女戦士がサラの言っていたもうひとりの護衛なのだと理解した。

 ヴァルと呼ばれた女戦士は、傍で呆然と突っ立っている修介に向かって無遠慮に指をさしてサラに問いかける。


「誰だこいつ?」


「もう! もうひとり一緒に来るって、こないだ言ったでしょ」


「なんだ、知り合いだっていうから、てっきりノルガドの親父さんかと思ってたんだが違うのかよ」


 女戦士はあきらかに失望したというような顔をした。


「……修介だ。よろしく」


 修介は内心むっとしながらも、それを顔に出さないようにして右手を差し出した。

 女戦士は差し出された手を無視して胡散臭げに修介の顔を見ていたが、何かに気付いたのか首を傾げる。


「ん? シュウスケ? どっかで聞いたことのある名前だな……」


 それを見たサラがわざとらしい笑みを浮かべて言った。


「そりゃ聞いたことあるでしょうね。なんといってもシュウはあの魔獣ヴァルラダンとの戦いで討伐軍を救った英雄だもの」


「そうか! どっかで聞いた名だと思ったら、こいつがあのシュウスケか!」


 信じらんねー、と呟きながら女戦士は修介の顔をまじまじと見る。


「どうも、俺があの修介です」


 修介は不愛想に返す。


「人は見かけによらないとはまさにこのことだな……。いやそうか、すまなかったな。あたしはあの戦いには参加してなかったから咄嗟に思い出せなかったよ。でも、そんな凄腕の奴なら大歓迎さ。あたしはヴァレイラ。ヴァルって呼んでくれてかまわないよ」


 そう言ってヴァレイラは修介が引っ込めようとしていた右手を強引に掴んで激しく振った。修介はその変わり身の早さに唖然としながらも、それに応じた。


「それにしても魔獣討伐の英雄とサラが知り合いだったとはなー」


「その英雄ってのはやめてくれ。そんな柄じゃない」


「おっと、そいつは悪かったな。じゃあサラに倣ってあたしもシュウって呼ばせてもらうよ」


「ああ、それで構わない」


 ヴァレイラは見た目の印象通り裏表のないさっぱりとした性格のようで、口調は乱暴だが嫌味がないので、付き合う上では楽そうだな、と修介は思った。

 もっとも、ヴァレイラの修介に対する印象が良いのは修介がだからであって、そのメッキが剥がれた時に態度が豹変する可能性は十分にあるだろう。そうならないよう日々努力しているつもりだが、こればかりは蓋を開けてみなければわからない。

「まさかサラの言っていたもうひとりってのが女性だとは思わなかったよ」


 修介はサラに向かって言った。


「なに? 私がノルガドやエーベルト以外の男性を連れてくると思ってやきもちでも焼いてたの?」


「んなわけねーだろ! サラに同性の友達がいたことに驚いただけだ」


 修介は心に抱えているもやもやを誤魔化すように悪態をついた。


「別に友達じゃねぇよ。単に魔法が使える奴がいると色々と便利だから、たまにつるんでるってだけの話だ」


 サラではなくヴァレイラがそう反応した。


「そんな照れなくってもいいのに」


「くっつくな、うっとおしい!」


 しな垂れかかってくるサラに、ヴァレイラは嫌そうな顔をしながらも特に引きはがそうとはせずに成すがままにされていた。その様子からもふたりがそれなりに親密な関係であることが窺えた。


 突然、周囲の冒険者達からざわめきが起こる。

 視線を向けると、ひとりの騎士が颯爽と集合場所に向かってきているのが見えた。

 グラスター領最強の騎士との呼び声も高いランドルフだった。


「お、大将のお出ましだね」


 ヴァレイラが好戦的な笑みを浮かべる。

 輸送部隊の代表は領主の娘であるシンシアである。当然、護衛の指揮を執るのはランドルフということになる。無論、ランドルフが冒険者達に同行するわけではなく、出発を前に様子を見に来たといったところだろう。

 魔獣ヴァルラダンとの戦いでハジュマと並ぶ活躍をしたランドルフの名声は、いまやグラスター領では他の追随を許さない程に高まっていた。騎士と冒険者は犬猿の仲だが、さすがにランドルフほどの騎士ともなれば敵意よりも敬意が上回るのか、大人しく道を譲る者がほとんどであった。

 ランドルフは荷馬車に近づくと、傍に佇むひとりの冒険者に声を掛けた。

 その冒険者は先発隊の隊長に選ばれたダドリアスという名の二十代後半の冒険者である。修介も何度か挨拶程度の会話をしたことがあったが、修介が名を上げる前から気さくに応じてくれた数少ない好人物でもあった。


 ダドリアスはランドルフといくつか言葉を交わすと、周囲の冒険者達に向かって集合するよう大声で伝えた。

 その声に冒険者達はぞろぞろと集まる。

 ダドリアスの視線を受けて、ランドルフが一歩前に出た。


「輸送部隊の指揮官を務めるランドルフだ。まずは今回の依頼を引き受けてくれた冒険者の諸君に一言礼を言いたい。これから向かう南西の地では、かの魔獣のせいで冬を越す為の準備が満足に出来ていない村や街がある。我々の目的はそういった場所を訪れ支援物資を届けることだ」


 ランドルフは一度言葉を区切って冒険者達を見渡す。その視線が修介の姿を捉えると一瞬だけ顔が強張ったが、すぐに元に戻って話を続ける。


「諸君ら先発隊には我々が滞りなく村々を訪問できるよう露払いを行ってもらうことになる。かの地にはいまだに多くの妖魔が跋扈ばっこしている。諸君らの活躍が、そのまま領民たちの安全に繋がるということを肝に銘じて任務に精励してもらいたい。私からは以上だ」


 実にランドルフらしい真面目で面白みのない訓示だと修介は思ったが、この場で面白さを求めるほうがおかしいだろう。隣のヴァレイラが「ようは出てくる妖魔を全部ぶった切ればいいんだろ?」と不敵に笑っていた。

 ランドルフはダドリアスといくつかやり取りをしてから、街の方へと戻っていった。去り際に一瞬だけ修介に視線を寄こしたが、特に何も言ってはこなかった。

 その後、ダドリアスから大まかな行軍予定などの説明やパーティ編成が行われ、それが終わると先発隊はグラスターの街を出発した。


 向かう南西の地で、すでに異変が起こっていることなど、この時の修介は知る由もないのであった。

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