第152話 ガーゴイル
ようやく長い下り階段が終わると、一行の目の前に現れたのは、やたらと天井の高い広間だった。魔獣ヴァルラダンが暴れても頭をぶつけることがなさそうなほどに高く、地下にもかかわらず圧迫感は皆無だった。
広さも上階にあった部屋と同じくらいあるだろう。
正面には先へと続く通路が伸びており、左手の壁には両開きの扉があった。
右手の壁際には天井まで届く巨大な四角い柱が立っており、一目であれが魔動昇降機が下りてくる場所だとわかった。
上の部屋と同様、天井は光る素材でできているらしく、マナ灯がなくても問題はなさそうだったが、「念のため灯りは点けたままで」というマッキオの指示でマナ灯はそのまま点けておくことにした。
エーベルトとノルガドはさっそく床に獣の痕跡がないかを調べ始めた。修介とヴァレイラはそれぞれ剣を構えて周囲の警戒を行う。
「おやっさん、どう?」
「……動物の毛らしきものが落ちておったから、獣がここに来たのは間違いなさそうじゃ。どっちへ向かったかまではわからんがの」
その答えを受けて修介はエーベルトの方を見る。
エーベルトは黙って首を横に振った。
「となると、手あたり次第に見て回るしかないか……扉と通路、どっちから行く?」
「どっちでもいいだろう。どのみち全部見て回るのなら順番なんて関係ない」
エーベルトはそっけなく答えると左手の扉の方へと歩いていく。
「ちょっと待って。念のため、この階段に感知の術を掛けておくわ」
サラはそう言うと杖を掲げて魔法の詠唱を開始した。
いくつかの魔法文字が宙に浮かび上がる。その文字が消え去ると、今度は修介たちが下りてきた階段が淡い光を放ち始めた。
「何をしたんだ?」
修介はサラに問いかける。
「階段付近一帯に感知の術を掛けて、誰かが通ったらすぐに気付けるようにしたのよ。私たちが一方の通路を進んでいる間に、もう一方から獣がやってきて外に出て行っちゃったら困るでしょ?」
「おお、なるほど! さすがサラ、賢い!」
「べ、別にこんなのは常識よ」
「いやいや、俺はまったくそんなことに気が回らなかったからな。やっぱり冷静沈着な魔術師がいると頼りになるよなぁ」
修介は自分でもわざとらしいと思うくらい大袈裟に褒めた。無論、ご機嫌取りのつもりである。
「感知の術は領域魔法の一種で、術を掛けた場所に何か異変が起こるとそれが術者にはわかるのよ。使い魔に何かがあると術者にそれが伝わるのと似たような感じね。理論的には同系統の術になるわ。それで――」
気をよくしたのか、サラは感知の術についての解説を始めた。
修介は別段興味がなかったが、とにかく気持ちよくサラに語ってもらおうと、うんうんと頷きながらその話に耳を傾けた。
「なんだ、そういうことなら僕が――うごっ!」
会話に加わろうとするマッキオをすかさずヴァレイラが襟首を掴んで止める。
「てめぇはいい加減に空気を読め!」
「ぼ、暴力反対……」
襟首を締め上げられたマッキオは金魚のように口をパクパクさせた。
「ほれ、ごちゃついとらんでさっさと行くぞ」
ノルガドは呆れたように言うと、エーベルトと共に扉へ近づいていった。
修介はふと違和感を覚えて天井付近へと視線を向けた。
扉のずっと上の壁に複数の出っ張りがあり、そこに石像が並んでいた。
凶悪そうな顔には無数の牙が並び、背中に翼の生えた不気味な石像だった。
修介は地下遺跡に入ってから、ずっとこの地下遺跡に対して無機質な印象を持っていただけに、その石像の存在はあきらかに異質に思えた。
なぁ、あの石像あやしくないか――そう修介が口を開こうとした、その時だった。
ぱらぱらと上から塵が降ってきたかと思うと、突然石像が動き出した。
「おやっさん、上ッ!」
修介の声でノルガドたちも異変に気付き、それぞれ武器を構えて迎撃態勢を取る。
石像は勢いよく台座から飛び上がると、背中の翼をはためかせながらパーティを威嚇するように天井付近をぐるぐると回り始めた。
「あ、あれはガーゴイルだ! おそらくあの扉に近づく者を攻撃するよう命令されているんだ!」
マッキオが叫ぶ。
ダンジョンと言えばガーゴイル、というイメージを持っていた修介にしてみれば「ついに出たな」という心境だったが、さすがに感動に浸れるような余裕はなく、慌ててマナ灯を地面に置いてアレサを両手で構えた。
「暗いのはこちらが不利じゃ! 魔法で明かりを!」
ノルガドの指示を受けてサラがすかさず光の術を唱える。魔法によって生み出された光の玉が天井付近で破裂し、広間を明るく照らす。
ガーゴイルは全部で四体いた。石でできているであろう灰色の肉体が魔法の明かりに照らされ不気味に躍動していた。
一体が扉の近くにいるエーベルトを狙って急降下する。
エーベルトは片手にマナ灯を持ったままだったので、いつもの二刀流ではなく右手に構えた小剣でガーゴイルの鉤爪の一撃を弾いた。
攻撃を弾かれたガーゴイルはすぐさま上昇して体勢を整えると再び滑空する。他のガーゴイルもそれに続いて次々とパーティに襲い掛かった。
「きゃあ!」という悲鳴が響き渡る。
ガーゴイルの一体に襲い掛かられたサラが懸命に杖で鉤爪の攻撃を防いでいた。
その光景に修介の心臓が凍り付く。
次の瞬間には身体が勝手に動いていた。
「サラから離れろォッ!」
修介は肩から思い切りガーゴイルに突っ込んだ。
体当たりをまともに喰らったガーゴイルは吹っ飛んで派手に地面を転がった。
そこへすかさず駆け寄ってきたノルガドが頭に戦斧を叩き込む。
頭部を粉々に砕かれたガーゴイルはそのまま動かなくなった。
「サラ、無事かっ?!」
修介は倒れたまま顔だけを上げてサラに声を掛ける。
「だ、大丈夫よ。助かったわ、ありがとう」
サラの顔は青ざめていたが、その言葉通り怪我はなさそうだった。
「よかった……」
修介はほっとしたように息を吐き出す。起き上がろうとしたところで、肩に走った激痛に思わず顔をしかめる。石でできた体に全力でぶつかったのだから当然の結果だった。
「まだおるぞ!」
ノルガドの声で修介は慌てて立ち上がりアレサを構える。
エーベルトとヴァレイラが他のガーゴイルの相手をしていたが、予想外に苦戦を強いられていた。
ガーゴイルは決して地面に降り立つことなく、素早い滑空で頭を狙い、防がれたらすぐに空中に逃げるという一撃離脱戦法を取っているせいで、攻撃を当てるのが容易ではないのだ。
「そういうことなら……見てなさいよ!」
サラは杖を構えて魔法の詠唱を開始する。
その魔力に反応したのか、一体のガーゴイルがサラ目掛けて滑空を始めた。
「こっちにくるぞッ!」
修介はアレサを構えてサラを庇うように立ちはだかる。
すると、修介の目の前にいきなり魔法陣が現れた。魔法陣は瞬く間に光の網へと姿を変えていく。
その光の網に修介は見覚えがあった。魔獣ヴァルラダンを地面に落としたあの魔法と同じだった。
突如現れた光の網にガーゴイルは正面から突っ込んだ。そのまま光の網に絡めとられ、もがきながら地面に墜落した。
ガーゴイルは必死に光の網を引きはがそうとのたうち回る。その姿はさながら陸に打ち上げられた魚のようだった。
「止めを刺してっ!」
言われるまでもなく修介は地面を転がるガーゴイルにアレサを振り下ろし、止めを刺した。
「今のってもしかして……」
修介は振り返ってサラに問いかける。
「ええ、捕縛の術よ。前におばあさまが魔獣ヴァルラダンに使ったやつよりも、規模も耐久力もぜんぜん及ばない簡易版だけどね。でも空を飛ぶやつにはやっぱり有効ね」
サラはそう言って片目をつぶってみせた。
(やっぱり魔法ってすげぇな)
光の術といい捕縛の術といい、魔法は使い方次第で戦局を左右する力を持っているのだと修介はあらためて認識した。
「よし、同じ要領で残りのガーゴイルも片づけちまおう!」
そう気合いを入れる修介だったが、「いや、もうわしらの出番はなさそうじゃの」とノルガドに水を差された。
視線を巡らせると、マッキオが飛び跳ねるようにガーゴイルの攻撃から逃げ回っていた。戦闘は苦手と言っていたが、どうやら謙遜ではなく本当に苦手のようだった。
だが、マッキオが派手に動き回ってガーゴイルを引きつけたことで、ヴァレイラが自由に動けるようになっていた。ヴァレイラはマッキオに襲いかかるガーゴイルを背後からの正確な一撃で見事に切り伏せた。
最後の一体となったガーゴイルはエーベルトにすれ違いざまに片翼を斬り飛ばされ、錐揉み状態で壁に激突し粉々に砕け散った。
「坊主、肩は大丈夫かの? 必要なら癒しの術を使うが?」
戦闘が終わって一息ついていた修介は、ノルガドに声を掛けられて慌てて肩を動かしてみる。痛みはあったが骨に異常はなさそうだった。
「たぶん大丈夫だと思う。癒しの術を使うほどじゃないよ」
これから先、ノルガドの癒しの術が必要となる場面があるかもしれないことを考えると、マナは温存しておくに越したことはない。
「それならいいが……少しでもおかしいと思ったら遠慮せずに言うんじゃぞ。怪我を放置したせいで満足に戦えんほうが皆の迷惑になるからの」
「わかった。ありがとう、おやっさん」
修介の礼にノルガドは片手を上げて応えると、エーベルトの方へと歩いていった。
入れ替わりでサラが近づいて来る。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ほら、ちゃんと動くし」
そう言って修介は肩を回して見せる。
「まったく、無茶するんだから……。あなたは怪我をすると色々と大変なんだから、そこのところちゃんと理解しておいてもらわないと。
特に今回は時間がなくてポーションの調合が間に合わなかったから、回復はノルガド頼みになるんだから気を付けてよね」
「わかってる。気を付けるよ」
心配そうに覗き込んでくるサラに修介は笑顔を返した。
すると、サラは修介の腕に軽く触れながら言った。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「お、おう」
「……あと、冷たい態度を取っちゃってごめんなさい。自分でもよくわからないけどちょっと苛々してたみたい」
「ま、まぁそういう時は誰にでもあるよな。俺は別に気にしてないから、そっちもあんまり気にすんな」
急に照れくさくなって修介は思わず顔を逸らした。
「ん、わかった。ありがと」
サラはそう言って嬉しそうに微笑むのだった。
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