第151話 痴話げんか
修介の目の前には城門のような巨大な扉がそびえ立っていた。
「これが地下遺跡の入口か……」
頑強そうな金属製の扉は両開きとなっており、片側だけが大きく開かれている。
「扉が開いてるってことは、すでに誰かが出入りしているってことっすよね?」
修介はマッキオに向かって問いかける。
「前に僕が来た時にはすでに開いていたから、おそらく例の獣が出入りしていたんだと思うよ」
「他の探索者や冒険者が出入りしたって可能性は?」
「うーん……入口の周辺はざっと見て回ったけど、人が出入りした形跡はなかったね。それにあの幻覚魔法を見ただろ? あれはそう簡単には見破れないよ」
マッキオの言葉に修介は「それもそうか」と頷き返す。
「そんなことよりこれを見て」
サラがマナ灯に照らされた扉の一部分を指さした。
そこには見たことのない紋章が刻まれていた。
「これサーヴィンの紋章よ」
「ほう、よく知ってるねぇ、さすがあのばあさ――ベラ・フィンドレイのお孫さんだ」
マッキオが出来の良い生徒を褒める教師のような態度で言った。
「なんだ、そのサーヴィンってのは?」
「来る途中に古代魔法帝国には皇帝と十二人の魔法王がいたって話をしただろう? サーヴィンはその十二人の魔法王のひとりさ」
「魔法王って……すごい大物じゃないか!」
驚く修介にマッキオは大きく頷いた。
「ああ、特にサーヴィンは魔力付与の権威と言われていてね。もしここがサーヴィンに関係のある研究施設とかだったりしたら、ここに眠っている
「魔剣!」
修介は思わず声を上げる。
魔剣とは文字通り魔力を付与された剣である。普通の剣よりも切れ味や耐久性が優れているだけでなく、持ち手に特殊な力を与えるものも存在しているという。
魔剣を持つことは剣士にとっての憧れであり、修介も剣士の端くれとしていつかは魔剣を持ちたいという思いは当然持っていた。
もっとも、見つけた魔剣がパーティ内で誰の物になるか揉めるのが嫌なので、積極的に手に入れたいとまでは考えていなかった。そもそも、アレサが魔剣を本体として受け入れてくれるかどうかも怪しいところである。
「魔剣といっても色々あるからね。危険な効果を持つものがあるかもしれないから、遺跡の中でそれっぽい物を見つけても絶対に勝手に触ったりしないように」
マッキオはそう言うと扉の中へと入っていった。
扉の向こう側は修介の思い描いていた地下遺跡のイメージとはだいぶかけ離れた殺風景な場所だった。
ここが地下だということを忘れてしまうくらいに広い空間は、ちょっとした物流倉庫くらいはあるだろう。ところどころに壁や天井が崩壊してできた瓦礫が積み上げられている以外は何もない。
唯一、奥の壁に天井まで届きそうな四角い柱のようなものがあるが、それがなんなのかはわからない。
壁の材質はあきらかに人工的に作られたもので、どういう仕組みなのか天井からは淡い光が放たれている。おかげでマナ灯がなくても歩くのに支障はなさそうだった。
一行は手分けして部屋の中を探索することにし、修介はマッキオとふたりで奥の巨大な柱を調べることになった。
一辺が五メートルくらいありそうなその巨大な柱には、一か所に大きな四角い穴が開いている。中を覗き込むと、四方に鉄柵が設けられていて、よく見ると奥の方に操作盤のような物があった。
(っていうか、これってもしかしてリフトじゃないか?)
修介は直感的にそう思った。
この世界にそんなものが存在しているとは思いもしなかったが、見た目は完全に物流倉庫などにある荷物用リフトにしか見えなかった。
そう考えると、このだだっ広い部屋は荷物を搬入する為の倉庫なのではないかと思えてきた。
勝手に触ったら怒られるだろうなと思いつつも、どうせマナのない自分が触ったところで反応しないだろうという魔道具に対するやっかみも手伝って、修介は柱の中に入って操作盤のスイッチに触れてみた。
案の定、操作盤は何の反応も見せず、リフトが動き出すようなこともなかった。
修介は柱の外側を調べているマッキオに声を掛ける。
「マッキオさん、これって何かの操作盤ですかね?」
「おいおい、勝手に触っちゃ駄目だぞ」
その言葉がすでに無意味であることを知らないマッキオは、うきうきといった様子で修介の傍に来て操作盤を覗き込む。
「……これはこの魔動昇降機を動かす為の操作盤だね。ただ、残念ながらマナが供給されてないから動かないみたいだ」
「その魔動昇降機ってのは?」
わかっていながらあえて修介は尋ねる。
「魔力を使って人や荷物を大量に載せて移動させることのできる魔道具の一種さ。たぶん、この昇降機を使って大量の物資を地下深くにまで下ろしていたんだろうね」
「ってことは、ここよりもっと下の階があるってことっすか?」
「おそらくね。地下遺跡は下に行けば行くほど価値が上がるんだ。こんな大きな昇降機があるってことは、ここはかなり重要な施設だったと見ていいね」
マッキオは嬉しそうに言う。
逆に修介は不安な気持ちが大きくなっていた。ただでさえ地下という逃げ場のない場所に来ているのだ。部屋の様子を見ても、ところどころ崩れている箇所があり、とても安全とは思えない。さらに地下深くに下りるのは遠慮したいというのが本音だった。
「入口の扉が立派だったからつい騙されちゃったけど、たぶんここは地上から物資を運び込むための搬入口だったんじゃないかな」
「物資の搬入をするのにあの洞窟を毎回通るなんて効率悪いと思いますけど……」
「当時の地上の民は奴隷だったからね、そういった利便性は二の次だったんじゃないかな。おそらくもっと簡単に地上と行き来できる魔術師専用の出入口があるはずだ」
「なるほど……」
重要な施設であるならば簡単に入ってこられては困るだろう。地上との出入口が侵入者を検知しやすい一本道の洞窟というのも理に適っているような気がした。
「でも、この昇降機が使えないとなると、どうやって下に降りるんですかね?」
「そりゃどこかに階段があるに決まってるじゃない」
そんな自信に満ちたマッキオの発言に応えるかのように、下へ降りる階段を発見したというノルガドの声がふたりの耳に届いた。
「ど、どこまで続いてるんだろ、この階段」
延々と続く折り返し階段を下りながら、修介は前を行くサラに話しかける。
「私が知るわけないでしょ」
サラの返答はそっけない。
「いやさ、あんな大層な昇降機があるくらいだから、地下一階二階で終わりってことはないと思ってたけど、まさかここまで深いとは思わなくてさ……」
修介の体感ではすでに二十階分くらいは下りていた。途中に扉などもなく、ただぐるぐると階段を下りるだけの時間が続いていると、さすがに不安になってくる。
「帰りにこの階段を上らなきゃならないのかと思うと憂鬱になるよな。サラの魔法であの魔動昇降機、使えるようにならない?」
「なるわけないでしょ」
サラは露骨に不機嫌そうな声で答える。
すると、サラの前を歩いていたマッキオが会話に割り込んできた。
「ああいった大掛かりな魔動装置は動かすのに膨大なマナと魔力が必要なんだよ。噂では古代魔法帝国では魔動装置を動かす為の特別な動力源を用意していたらしいよ」
「特別な動力源か……」
修介はこれまでのマッキオの話から、古代魔法帝国が前の世界に近い水準の文明を持っていたのではないかと思うようになっていた。例えば前の世界で言う発電所のような一気に大量のエネルギーを供給できるような施設があれば、わざわざ魔法を使わなくても昇降機を動かせるようになるだろう。
「つまり大量の魔力を生成できるような設備があったってこと?」
「僕は見たことないけどね。古代魔法帝国はそういった重要な情報のほとんどを秘匿したまま滅んじゃったから、肝心なことは何もわからないんだよねぇ……。地上に残っていた文献なんか、その当時地上で暮らしていた人々の風俗、習慣についてばかりで、魔法に関する記述はほとんどないんだよ」
古代魔法帝国を滅ぼした魔神は、地上を無視して地下にある魔法帝国の重要施設を徹底的に破壊したという。つまり、今の時代に冒険者や探索者が発見する地下遺跡は、それほど重要な施設ではないと判断されたものということになる。だから、魔法帝国の核心に迫るような情報や遺物はほとんど残っていないのだ。
「だから、もしこの地下遺跡が本当に魔法王サーヴィンの物だとしたら、失われた魔法の秘術や貴重な知識が眠っているかもしれないんだ!」
マッキオはそう言うと手帳のような物を取り出して、しきりにそれを捲りながら、何やらぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。
修介はそんなマッキオを放置してサラに話しかける。
「でもさ、もしそんな重要施設が魔神の襲撃を受けずに残っていたとして、なんていうか、危険な罠だったり、恐ろしい魔法生物……だっけ? そういったのも丸々残ってるってことにならない?」
「私じゃなくてマッキオに聞けば?」
サラの声はもはや不機嫌を通り越して完全に怒っていた。
「さっきからなに怒ってるんだよ?」
「別に怒ってないわよ」
「いやあきらかに怒ってるじゃん」
「しつこいわね! 怒ってないって言ってるでしょ!」
サラの怒声が壁に反響する。それで自分が思った以上に大声を出してしまったことに気付いたのか、サラはバツの悪そうな顔を浮かべてそっぽを向くと、そのまま黙り込んでしまった。
「なんだってんだよ……」
わけがわからんと修介は頭を左右に振った。
その後頭部を後ろにいたヴァレイラが「この馬鹿っ」と叩いた。
「いてっ! なにすんだよ!」
文句を言う修介の首にヴァレイラは強引に腕を回して引き寄せる。
「でかい声で痴話げんかしてんじゃねぇよ。獣に気付かれたらどうするつもりだ」
「痴話げんかじゃねぇ! ……でも、たしかに大声はまずかったよな、すまん」
あれだけ遺跡探索じゃなくて獣の捜索だと主張していた当人がそのことを忘れて大声で騒いでいたのだ。怒られて当然だった。
「ま、こっちの声に気付いて襲い掛かってきてくれた方が探す手間が省けるけどな。それはともかく、ちゃんとサラと仲直りしておけよ?」
「いやだから喧嘩なんてしてないって」
「その様子じゃ、シュウはなんでサラの機嫌が悪いのかわかってないだろ?」
「そんなのわかるわけないだろ」
その答えにヴァレイラはわざとらしくため息を吐くと、顔を近づけて声を潜める。
「サラがこういった地下遺跡が好きなのはわかるよな?」
修介は大きく頷く。好奇心の塊のような性格のサラが地下遺跡好きなのは確認するまでもなかった。
「あいつは見た目こそマッキオと全然違うが、自分の好きなことを誰かに語りたくてしょうがないっていう性分は同じなんだよ」
たしかにサラは魔法の話題になるとよくしゃべる。前の世界の言葉でいうなら魔法オタクというやつだと修介は思っていた。
「あいつ昨日の夜に言ってたんだよ。どうせシュウは地下遺跡のことなんて何も知らないだろうから私がしっかりと教えてあげなきゃってな。そりゃもう随分と張り切ってたんだぜ? それなのにお前ときたら、マッキオとばかり話してやがるから」
「マッキオ担当とか言って俺に押し付けたのはヴァルだろうが!」
「おっと、そうだったっけか……すまねぇな、あまりにもウザかったからさ」
ヴァレイラは悪びれずに言ってのける。
「でも、サラのやつそんなこと言ってたのか……」
修介は前を歩くサラに視線を向ける。
ようするに、無知な相手に地下遺跡の知識を気持ちよく語って聞かせられる機会をマッキオに丸々と奪われて機嫌を悪くしていたのだ。おまけに話している最中に何度も会話をスティールされているのだから、鬱憤も溜まっていて当然だった。
普段は姉貴風を吹かせてくるサラだったが、二十歳そこそこの若い女性なのだ。そこまで精神が成熟していなくて当然だろう。
そう考えれば、彼女の態度は微笑ましくもあった。
「そういうわけだからさ、獣と出くわす前にちゃんと仲直りしておけよ?」
ヴァレイラはそう言って修介の首に回していた腕を離した。
「……わかったよ」
修介はため息交じりに頷くのだった。
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