第150話 地下遺跡へ

「これは……すげぇな」


 修介は幻覚の術で生み出された岩肌に手を出したり引っ込めたりしながらそう感想を口にした。

 思い切って顔を中に突っ込むと、暗く先の見えない洞窟が延々と続いていた。


「これが地下遺跡の入口?」


 修介は振り返ってマッキオに尋ねる。


「この洞窟は単なる通り道。入口はもっと先だよ。なだらかな下り坂になってて、一時間くらい歩けば遺跡にたどり着けるよ」


「この洞窟、そんなに長いのか……」


 そんな長大な洞窟をどうやって掘ったのか疑問に思ったが、それができるだけの技術を古代魔法帝国は持っていたということなのだろう。修介はあらためてその存在に畏怖を覚えた。


「本当にこの先の遺跡に獣がいるんだろうな? 行ったはいいが獣はいませんでした、じゃ洒落になんねーぞ」


 ヴァレイラがマッキオに向かって凄む。


「そ、そんなこと僕に言われても……僕は獣の足跡を見たってだけだし、それに今は出掛けていて留守かもしれないじゃないか」


「でもさ、それならわざわざ危険な地下遺跡を探さなくても、ここを見張ってればそのうち獣の方から出てきてくれるんじゃない?」


 修介が率直な意見を口にすると、マッキオは慌てふためく。


「そ、それじゃ話が違う! 地下遺跡を一緒に探索するのは昨日の話し合いで決まったじゃないか! あれは正式な契約だろう?」


「なら、あんた自身の為にも獣が出掛けていないことを祈るんだな」


「そ、そんな無茶な……」


 ヴァレイラの言葉にマッキオの顔がみるみる青ざめていく。


「そう脅かしてやるな。待ち伏せもひとつの手ではあるが、他に出入口がないとも限らん。外で戦って万が一逃げられてしまうと後々面倒じゃからな、出来れば逃げ場のない中で仕留めたいところじゃ」


「おやっさん、戦う気満々じゃん……」


 今回の依頼は調査依頼として引き受けていたが、ノルガドは最初から討伐するつもりでいるようだった。たしかに獣の正体を突き止めてから村に戻って報告して、また獣を探すとなると二度手間もいいところなので、最初の遭遇で戦うことになるだろうとは修介も覚悟していた。


「ま、あたしも待つのは性に合わないから、こっちから出向いてさっさとケリをつけるってのには賛成だね」


 ヴァレイラが好戦的な笑みを浮かべてノルガドの意見を支持する。


「とりあえずここで突っ立ってても仕方ないから、さっさと隊列を決めて中に入りましょうよ」


 幻覚の術を調べていたサラが一同をせかした。その様子から地下遺跡を探索したいという彼女の強い気持ちが伝わってくる。


「あのな、言っておくけど獣の正体を突き止めるのが目的であって、遺跡の探索が目的じゃないんだからな」


 咎めるように言う修介を、サラはじとっとした目で睨み返す。


「な、なんだよ?」


「別に……」


 そう言うと、サラは不機嫌そうにそっぽを向いた。




 その後、ノルガドによってパーティの隊列が決められた。

 マッキオの話によると、ただひたすら直進するだけの何もない洞窟らしいが、途中で獣と遭遇する可能性を考慮した隊列となった。

 先頭をノルガドとエーベルトのふたりが務め、中衛をサラとマッキオ、後衛を修介とヴァレイラがそれぞれ務める。

 洞窟は人が五人並んで歩けるほどの幅があるが、武器を振り回すことを想定して並んで歩くのはふたりまでとした。


「はい、これ持って」


 マッキオが修介にマナ灯を手渡した。


「これの使い方はわかる?」


「それはわかるけど、俺も一応たいまつは持ってきてますよ?」


「それは予備ってことで。たいまつだとちょっとしたことで消えちゃうからね。やっぱり地下遺跡の探索にはマナ灯が一番だ」


「そうなのか……」


 地下遺跡の探索については余計なことは言わずに、経験豊富なマッキオの指示に従うのが良さそうだと判断し、修介は大人しくマナ灯を受け取った。


「それ魔法学院の備品じゃない!」


 突然、サラがマッキオに向かって声を荒らげる。


「なんであなたが魔法学院のマナ灯を持ち歩いているのよ?!」


「ちゃ、ちゃんと正規の手続きを踏んで借りたものだから!」


「……それはいつの話?」


「じゅ、十年くらい前かな……」


 マッキオの目は完全に泳いでいた。


「……確信犯じゃな」ノルガドがぼそっと言う。


「こ、この探索が終わったら返すつもりだったんだ! 嘘じゃない!」


 マッキオは顔を真っ赤にして抗弁したが、その言葉を信じる者はこの場にひとりもいないだろう。


 サラの冷ややかな視線に居心地悪そうにしながらも、マッキオは荷物からもうひとつのマナ灯を取り出して先頭のエーベルトに手渡した。

 それを見て修介はマッキオに尋ねる。


「同時にふたつも使うの?」


「地下を探索する時は光源を常に複数用意するのが常識だよ。ひとつだとそれが潰されたときに何も見えなくなっちゃうだろう?」


 さっきまでの卑屈な態度はどこへやら、マッキオは自信満々にそう答えた。

 なるほどね、と納得しつつ、修介は渡されたマナ灯を点けようと底面にある金属の板に触れた。この部分に触れば光る仕組みだというのはシンシアの屋敷で実物を見ていたので知っていた。

 ところが、底面にある板に触れてもマナ灯はまったく光らなかった。


「――だと思ったよ!」修介は吐き捨てた。


「どうした? もしかして壊したのか?」


 ヴァレイラが手元のマナ灯を覗き込んでくる。


「……たぶん俺が触っても点かないから、ヴァルが点けてくれ」


 修介はそう言ってヴァレイラにマナ灯を差し出した。


「あん? よくわかんねーけど……」


 マナ灯を受け取ったヴァレイラが底面部の板を触る。

 すると、マナ灯からかすかな振動音が聞こえ、直後に白い光がヴァレイラと修介の顔を照らした。


「ちゃんと点くじゃねぇか」


「前に言っただろ、俺にはマナがないんだ。だから、こういった人の魔力に反応する魔道具の類は使えないんだよ」


「おー、そういえばそんなこと言ってたっけか」


 修介は自分がマナのない体質であることをコンビを組むことが決まった際にヴァレイラに伝えていた。ヴァレイラ自身、修介がポーション治療を受けた際にサラがマナ譲渡の術を使っていたことや、グイ・レンダーとの戦闘中にも違和感を感じていたらしく、説明を聞いて納得したという顔をしていた。

 それを理由にコンビを解消されても仕方がないと修介は覚悟していたが、ヴァレイラは特に気にした様子もなく「そうなのか、珍しいな」と言っただけで、コンビを解消するようなことはしなかった。


「マナがねぇってのがどういうことなのかいまいちピンときてなかったが……なるほど、魔道具は使えないのか。そいつは結構不便だな……。でもまぁ、剣を振り回して妖魔と戦う分には関係ねぇか」


「いやいや、マナがないってことは魔法の援護も受けられないんだぞ」


「その代わり敵の魔法も効かないんだろ? 魔獣ヴァルラダンとの戦いもそれで活躍できたっていうなら、そう悪い事ばかりでもないだろ。ようは自分の特性をちゃんと把握して立ち回ればいいってだけの話さ」


「簡単に言ってくれるよな、まったく……」


 修介はやれやれと溜息を吐いた。とはいえ、ヴァレイラの前向きな考え方とさばさばした態度は、とかく気分が落ち込みやすい修介にとってありがたいものだった。


「ようは、そんなこと気にならなくなるくらい強くなりゃいいんだよ」


 ヴァレイラは軽い調子で言うと、修介に向かってマナ灯を放り投げる。

 修介は危なげなくそれをキャッチして「おう」と答えた。

 それを見咎めたマッキオが「こらこら、高価なものなんだから乱暴に扱わないでくれよ」と文句を言った。


「あんたが言うな!」


 サラの怒声が洞窟の壁に反響した。




 準備が整った一行は洞窟へと足を踏み入れた。

 修介はその最後尾をマナ灯の明かりを周囲に向けながら慎重に歩く。

 しんと静まり返った洞窟の中は、生者が足を踏み入れてはいけない場所のように思えて、ひとりだったら絶対に引き返していただろう。あまり恐怖を感じずに済んでいるのは、頼りになる仲間達が傍にいるからだった。


「まさか地下遺跡に赴くことになるとはなぁ……」


 前世ではただのサラリーマンをしていた男が、冒険者となって危険なダンジョン探索をしようとしているのだ。

 自分の置かれている状況に修介は何とも言えない感慨を抱く。


「手つかずの地下遺跡には古代魔法帝国時代のお宝がわんさかあるって話だぜ。そいつを見つけることができれば、しばらくは贅沢できるぞ」


 隣を歩くヴァレイラが欲望丸出しの顔で言った。


「サラにも言ったけどな、獣を探すのが目的であってお宝探しが目的じゃないからな?」


「んなことは言われなくてもわかってるって」


 シュウは変なところで真面目だよな、とヴァレイラは肩をすくめてみせる。


「そういえば、ヴァルは地下遺跡に行ったことあるのか?」


「あたしはないな。この中であるとしたらノルガドの親父さんとサラくらいなもんじゃねぇか?」 


「ヴァルも初めてなのか……てっきり経験豊富なのかと思ってたよ」


「暗くて狭いところは嫌いなんだよ」


 そのいかにもヴァレイラらしい理由に修介は苦笑する。


「ま、経験豊富なノルガドの親父さんがいるから、親父さんの言う通りにしていれば問題ないさ」


 ヴァレイラはノルガドの方を見ながら言った。

 すると、前を歩いていたマッキオがおもむろに振り返り、「遺跡探索の専門家である僕を忘れないでくれよ」と親指を立ててみせる。


「……てめぇは、あたしに、話しかけんな」


 ヴァレイラに睨まれ、マッキオは逃げるように前を向いた。


 そうして進み続けることおよそ一時間。

 パーティはついに洞窟の奥にある地下遺跡の入口にたどり着いたのだった。

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