第149話 古代魔法帝国

 古代魔法帝国――イステール帝国は今からおよそ二〇〇〇年前、マティウス・イステールというひとりの偉大な魔術師の手によって誕生した。

 イステール帝国は強大な魔法の力を持つ皇帝と、その配下の十二人の魔法王という、たった十三人の魔術師によってストラシア大陸を含めた三つの大陸を一四〇〇年にわたって支配し続けた。


 魔法帝国の支配の根幹は知識の独占にあった。

 万物に宿る『マナ』と呼ばれるエネルギーと、それを扱う為の魔法文字。

 それらに関する知識のほぼすべてを彼らが独占していたのである。

 皇帝は帝国へ忠誠を誓う魔術師にのみその知識の一部を与え、外部に漏らすことを固く禁じた。万が一禁を犯した者は本人だけではなく一族郎党すべてを処刑するほどの徹底ぶりだった。

 知識の差はそのまま魔術師としての力の差となる。

 故に、その時代に存在していた凡百の魔術師と、支配者層にいる魔術師とでは、文字通り魔力の桁が違ったという。


 圧倒的な魔法の力を持つ帝国の支配体制は盤石なものと思われた。

 だが、今から六〇〇年前、時の皇帝が魔神の王の召喚に失敗したことで、その支配は唐突に終わりを迎える。

 皇帝を殺害した魔神の王は十三体の上位魔神を生み出し、次々と魔法王たちを殺害。

 隆盛を極めていたはずの帝国はわずか数年で滅亡し、皇帝と魔法王たちが抱えていた膨大な魔法の秘術と知識の数々も、彼らの死と共にこの世界から失われてしまったのである。


 その後、生命の神の奇跡によって地上から魔神が一掃されると、人々は各地で魔法の力に頼らない新しい国を興した。

 魔術師達が扱っていた魔法を『古代語魔法』と呼び、悪の力として忌み嫌った。

 古代語魔法を学ぼうとする者は容赦なく罰せられ、その力を戦争に利用しようとした国は悪の国として他の国々によって攻め滅ぼされた。

 だが、それでも古代語魔法の力を求める者が消えることはなかった。

 独自に魔法の研究を行う魔術師は後を絶たず、そういった魔術師が引き起こす事件は各地で人々を悩ませた。

 やがて大陸の覇権を握ったルセリア王国は、そういった輩を厳しく取り締まると同時に、魔法を管理し、正しく利用する為の研究機関を作ることを決めた。おりしも各地で妖魔の活動が活発化していた状況もそれを後押しした。


 そうして出来たのが王都ルセリアにある魔法学院である。

 魔法学院によって様々な研究が進み、王国の管理の元、魔法は少しずつではあるが人々の生活に溶け込み始めた。

 今では多くの魔道具や魔法技術が人々の生活を豊かにし、魔法の力によって妖魔との戦いで犠牲となる者は減った。

 しかし、皇帝と魔法王が独占していたという魔法の知識がどのようなものであったのか、その謎は未だに解明されていないのであった。




「――で、僕ら探索者は失われた古代語魔法の知識を求めて、魔神によって滅ぼされた古代魔法帝国の都市や研究施設を探して各地を渡り歩いているってわけさ」


 マッキオによる魔法の歴史講座がようやく終わった。

 ちなみに受講者は修介ひとりだけである。

 修介たち一行は、マッキオの案内で獣が消えたという地下遺跡の入口を目指して移動している真っ最中だった。


「古代魔法帝国の地下遺跡はとにかく見つけるのが大変でね。それはなんでかっていうと、入口には大抵強力な幻覚の術が掛けられていて、生半可なことじゃ見つけられないからなんだよ」


「でも、なんで古代魔法帝国の遺跡は地下にばっかりあるんですかね? 地上でそれっぽいものを見たことがないんだけど……」


 修介は率直な疑問を口にする。


「そりゃ古代魔法帝国が地下にあったからに決まってるじゃない」


「地下にあった?」


「そう。古代魔法帝国の魔術師たちは、このストラシア大陸の地下に都市が丸々入るほどの巨大な地下空洞をいくつも作って、そこで暮らしていたんだ。彼らのような高位の魔術師であればあるほど地下深くで暮らし、魔法が使えない者、魔力の弱い者は奴隷として強制的に地上に住まわされていたらしいよ」


「なるほど、そういうことだったのか……」


 一四〇〇年も長い間大陸を支配し続けてきた帝国が、いくら魔神に滅ぼされたとはいえ地上にそれらしい痕跡が残っていないことはずっと疑問だったのだ。その謎が解けて修介はすっきりとした気分になった。


 この世界の知識に関して、修介はアレサから色々と教えてもらっていたが、最近になってアレサは修介に知識の提供をあまりしなくなり、聞かれても『ご自身で調べられてはいかがですか』という回答が多くなっていた。

 アレサ曰く『聞けばなんでも教えてもらえるサービス期間は終了しました』ということらしい。

 これはアレサが意地悪をしているわけではなく、この世界に来たばかりならいざ知らず、今の修介ならば必要な知識は自分で調べることができるだろうと言いたいのだ。


(やっぱり文字の読み書きはちゃんとできるようになっておいた方がいいか……)


 最近はすっかり文字の勉強がおろそかになっていたが、真面目に再開を検討する必要がありそうだった。


「あとは……ほら、つい最近になって王都の北にある平野部の下に巨大な地下迷宮があることが判明して大騒ぎになったでしょ? あれも古代魔法帝国の地下遺跡だよ」


 マッキオの遺跡トークは依然として続いていた。


「巨大な地下迷宮……」


 そんなものが存在しているという事実は純粋に修介をわくわくさせた。


「でも最近は王国の締め付けが厳しくてね。その地下迷宮に僕らフリーの探索者は自由に出入りができないんだよね……」


「それはまたなぜです?」


「古代魔法帝国の魔法の力が強大すぎるからさ。今まで王国は地下遺跡の存在をあまり気にしていなかったんだけど、その地下迷宮からいくつもの強力な人工遺物アーティファクトが発掘されたらしくてね。このまま魔法技術がかつての水準にまで発展しようものなら古代魔法帝国の二の舞になりかねないって危機感を覚えたらしくて、最近になって強引に地下遺跡を管理するようになったんだよ。まったく、勝手なものだよね」


 マッキオは頬を膨らませる。

 その顔を見て修介は『やっぱりパンみたいだな』という感想を抱いた。


「それにしても、古代魔法帝国の魔術師達はなんでわざわざ暗い地下に都市とか迷宮とか作ろうと思ったんですかね?」


 修介の感覚としては支配者層が明るい地上に住み、被支配者層が暗い地下に押しやられる、というのが自然なのだが、どうやら魔法帝国では逆のようだった。


「その理由は諸説あるね」


 マッキオはその質問を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。


「ひとつ目は皇帝マティウスが生命の神の熱心な信者で、地上の自然を破壊したくなかったから、とする説。ふたつ目はその当時まだ大陸に存在していたドラゴンとの棲み分けの為だったとする説。みっつ目は皇帝が日光の下では生きられない種族だったから、という説」


「日光の下で生きられない種族っていうと吸血鬼とか?」


「まぁあくまでもそういう説があるってだけだよ。で、最後。これが一番有力とされている説なんだけど、魔法の根源となるマナが地下深くに行けば行くほど安定するから、という説だ。その方法は明らかになっていないけど、古代魔法帝国は強力な魔法を使って地下から地上を完全に支配していたらしい。地上に住む人々は常に監視されていて、決して逆らうことができなかったんだってさ。怖いよねぇ」


 話の内容とは裏腹にマッキオの表情はにこにこと笑顔が絶えない。

 古代魔法帝国の地下遺跡を探索するのが楽しみだということもあるのだろうが、単純に知識を披露するのが楽しくて仕方がないのだ。


 マッキオはとにかくよく喋る男だった。

 それまでずっとひとりで行動していて寂しかったからというのを差し引いたとしても、異様なまでのおしゃべりだった。

 彼の知識量は魔法学院に籍を置いていたというだけあって凄まじく、地下遺跡だけではなく、野生動物や植物、社会情勢から風俗に至るまで多岐に及んだ。

 修介は最初こそマッキオの知識量に感心したものだが、途中から彼の止まらないおしゃべりに辟易もしていた。

 そのおしゃべりは相手や時を選ばない。

 例えば修介がサラと会話をしていると、マッキオはその話題が自分の守備範囲内であるとわかった瞬間、強引に話に割って入るのである。気が付けばサラとではなくマッキオと会話していた、という現象が何度も発生していた。

 修介はこの現象を『マッキオ固有スキル:会話スティール』と密かに命名した。


 マッキオの会話スティールは他のパーティメンバーに対しても容赦なく発動し、猛威を振るった。

 何度も会話を邪魔されてイライラが頂点に達したヴァレイラが「あたしに話しかけんじゃねぇ!」とブチ切れたくらいである。

 ところが、当のマッキオはまったく反省する様子もなく、修介に向かって「彼女、すごく怖いねぇ」と言うだけで、その後も平然と他人の会話に割り込んでいった。

 結局、パーティメンバー全員から煙たがられたマッキオは、一番与しやすいと判断した修介の傍でずっと喋り続け、今に至るのである。

 ヴァレイラはこれ幸いとばかりにマッキオを修介に押し付け、気が付けば修介はパーティ内で「マッキオ担当」という実にありがたくない役職を与えられていた。




「ところで、マッキオさんっていつも一人で旅してるんですか?」


 修介は自棄になって自分からマッキオに話しかける。ちらりと後ろを振り返ると、他のパーティメンバーは露骨に距離を取って付いてきていた。


「そうだね、大抵はひとりだね」


「ひとりだと危なくないっすか?」


「慣れればどうということはないよ。それにこう見えて逃げ足には自信があるんだ」


「こう見えて……」


 たしかに丸々と太ったマッキオはとても足が速そうには見えない。

 だが、彼の身体はだらしなく太っているというよりは、力士のように脂肪に覆われているだけで、実際はかなり鍛えられていそうだった。大きな背負い袋を背負っているにもかかわらずその足取りは軽快で、ずっと喋り続けていても息は全く切れていない。


(ただのデブじゃなくて、動けるデブだな)


 修介はそんな失礼なことを考える。


「妖魔に出くわしても戦わずに逃げるんですか?」


「もちろん。僕は戦うのが苦手だからね。そもそも、そんなしょっちゅう妖魔と出くわすわけじゃないしね」


「でも、森には妖魔がうようよいるでしょう?」


「うようよいるといっても、やつらも適当に森の中を彷徨っているわけじゃないからね。やつらの生態を知っていれば、ある程度は行動の予測はつくものさ」


「予測?」


「例えばオーガ。あいつらは背が高いから、歩いている時に木の枝によくぶつかるんだ。でも、オーガは木の枝を避けるなんて器用な真似は絶対にしない。邪魔な枝は叩き折って進むんだ。だから、オーガが歩いたところには不自然に折れた枝が必ず落ちている。そういう所は危ないから別の道を行くようにすればいい。後は……そうだね、リスは警戒心が強いから、妖魔がよく通るところには現れない。逆に言えばリスがいる場所は妖魔があまり通らない場所だから安全、とかだね」


「へぇ、マッキオさん博識っすねぇ」修介は素直に感心する。


「これでも僕は経験豊富な探索者なんだぜ? いろんな土地に赴き、地下遺跡に潜ってたくさんの経験を積んできたんだ」


 そう言ってマッキオは胸を反らした。


「――いいかい、知識は武器だ。あればあるだけ力になるし、あり過ぎて困ることもない。もっとも、その知識を正しく扱う為には知恵も必要だ。知恵は実践しなければ身につかない。だから学習と実践、これを繰り返すことが大事なのさ。冒険者だって妖魔がどんな能力を持っているかを知っているか知らないかで戦い方が大きく変わるだろう? で、そこから実戦経験を積むことで確実に対処できるようになる。それと同じさ」


「そうっすね」


 修介はマッキオが優れた見識を備えた人物であると理解した。サラの言っていたことが事実ならば、人格的にはあまり褒められた人物ではなさそうだが、彼が優秀な探索者であることは間違いないだろう。

 それにしても、それだけの見識があるのなら自分が周囲から疎まれていることに気付けそうなものだが、人間関係には頓着しないのか、そもそも興味がないのか、どうやら彼にそこを改める気はなさそうだった。


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