第148話 探索者マッキオ
マッキオは己の幸運に感謝していた。
このリワーフ村を拠点に活動すること一カ月。ようやく探していた地下遺跡の入口を発見することができたのだ。
しかもただの地下遺跡ではない。
入口の巨大な扉には魔術師サーヴィンの紋章が刻まれていたのだ。
サーヴィンといえば、古代魔法帝国時代の一二人の魔法王のひとりと言われており、最高の魔力付与術師としても知られている稀代の魔術師である。
もしあの地下遺跡が本当に彼の研究施設だったとしたら、そこに残されている
マッキオはすぐにでも本格的な遺跡調査に乗り出したかった。
しかし、古代魔法帝国の地下遺跡には様々な仕掛けや、魔法によって生命を与えられた危険な魔法生物が存在している為、ひとりで中に入るのは自殺行為である。
おまけに先に遺跡に侵入したであろう獣の存在も気になった。あの巨大な足跡はただの獣とは違う、もっとおぞましい別の何かに思えた。
なので、マッキオは一度グラスターの街に戻り、一緒に遺跡を探索してくれる冒険者を雇うつもりだった。
そうしてリワーフ村の宿に戻ってきてみれば、折よく腕の立ちそうな冒険者パーティがいて、しかも件の獣に関係がありそうな依頼を受けているのだから、これはもう神のお導きとしか思えなかった。
この冒険者たちをうまく利用できれば、グラスターの街まで往復する手間が省けるだけでなく、わざわざ高い金を払って冒険者を雇わずとも労せずして獣を排除でき、さらに遺跡探索の護衛も手に入れられるかもしれないのだ。
「おっと、別に怪しいものではありません。僕の名はマッキオ。探索者です」
マッキオは朗らかな笑顔を浮かべてそう名乗った。
探索者とは、古代魔法帝国の地下遺跡を専門に調査する冒険者である。
マッキオはその界隈ではそこそこ名の通った探索者だと自負していた。
もしかしたら僕のことを知っているかも――マッキオはそう期待して一同の顔を見回してみたが、そこにあるのは露骨な警戒心だけのようだった。それを少し残念に思いつつも、落胆を顔に出さないように注意する。
「その探索者とやらが何の用だ?」
黒髪の青年が鋭い目つきで凄んでくる。あまりそういった態度を取り慣れていないのが丸わかりで微笑ましかった。
(彼が一番与しやすそうだ)
マッキオはそう判断すると、黒髪の青年に向かって笑顔を向けた。
「先ほども言いましたが、あなた方が先ほど村長から依頼されていた件について、お役に立てる情報を持っているので、協力させていただこうと思ったのですよ」
「情報?」
マッキオと名乗った男の言葉に、修介は凄むのも忘れて素で聞き返した。
「あなた方が探している犯人……この場合はなんて呼べばいいんですかね? とにかくそいつの居場所について心当たりがあります」
「マッ――本当か?!」
「ええ、昨日森の中を歩いていたところ、巨大な獣の足跡を見つけましてね。その足跡をたどっていったら、その獣の巣穴だと思われる場所にたどり着いたのです。途中で食い散らかされたディンガルの死体も見ました。きっとその獣の仕業に違いありません」
「そいつの姿は見たのか?」
「いやいや! 怖くてとても巣穴には近づけませんでしたよ」
マッキオは大袈裟に手を振ってみせる。
「それで、その巣穴はどこにあるんだ!?」
修介は思わず前のめりになるが、その襟首をサラがひっつかんで後ろに引っ張った。
「ってぇな! なにすんだよサラ!」
「勝手に話を進めないの!」
サラはそう言うとマッキオに視線を向けた。
「マッキオさん、だったかしら。あなた探索者だと言ったわね?」
「ええ」
「いくつもの地下遺跡を探索し、様々な
「有名人なのか?」
修介の問いにサラは頷く。
「ええ、古代魔法帝国の遺跡に関わっている人なら、知らない人はまずいないと思うわ」
「へぇ、そうなのか」
ふたりのそのやり取りにマッキオの承認欲求は大いに満たされる。そして案外簡単に信用が得られそうなことにほくそ笑んだ。
「まさに、僕がそのマッキオです!」
マッキオは胸を張って答えた。
「なら駄目ね。こいつは信用できないわ」
続くサラの一言でマッキオは盛大に椅子からずり落ちた。
「あれっ!? え? な、なんで?」
マッキオは椅子に座りなおしながら困惑の声をあげる。
「あなたのことはおばあさまからよく聞かされているわ。あなたが魔法学院に籍を置いていたときに何度も学院から資金を借りては、一度もまともに返したことがないってね。挙句の果てにおばあさまの工房から貴重な
「はっ、とんでもない屑野郎じゃねぇか」
ヴァレイラが蔑むような目でマッキオを見た。
(くそっ、名前を聞いたときにもしやと思ったが、この女、あのベラ・フィンドレイの孫娘か……)
マッキオは唸る。過去の蛮行の数々は魔法学院でも一部の人間にしか知られていないはずだ。それを知っているということは、目の前の白いローブの女がベラ・フィンドレイの孫娘であることは間違いなさそうだった。
たしかに十年以上前に魔法学院に所属していたことはあったし、金を借りたことも、それを返していないことも、
だが、あれは若気の至りというもので、いつかは返すつもりでいたのだ。それがいつになるかがわからないというだけで……。
「ま、まぁそんなことが過去にあったような気もしますが、今はそんなことどうでもいいじゃないですか。それよりも獣の件の方が重要でしょう? 早く獣を見つけ出さないと村が大変なことになってしまいますよ?」
マッキオは気を取り直してそう言った。
「その通りね。だから、その獣の巣穴の場所をさっさと私たちに教えて、それ以外は何も言わずにここから立ち去りなさい」
取りつく島がないとはまさにこのことだった。
だが、それでは困るのだ。ぐずぐずしていると他の探索者に遺跡の入口を見つけられてしまうかもしれない。一刻も早く地下遺跡を調査したい――マッキオの心はその欲望に支配されていた。
「ぼ、僕がその場所まで案内しますよ」
「いいえ結構よ。危険な獣がいる場所へ戦いの素人を一緒に連れてはいけないわ。あなたは場所を教えてくれるだけでいいわ。後は安心して私たちに任せておいて」
サラは意地の悪い顔をする。
「そ、その場所は非常にわかりにくい場所にあるので、直接僕が案内しないと見つけられないと思います」
「ふーん、そうなの」
「そうなんです」マッキオはこくこくと頷く。
「あなたが案内しようとしている場所って古代魔法帝国の地下遺跡なんじゃないの?」
「そ、そそそんなわけないでしょう!」いきなり核心を突かれマッキオは動揺する。「そんな簡単に古代魔法帝国の地下遺跡が見つかれば苦労しませんよ」
「そう? それにしては随分と浮かれていたようだったけど……それに高そうなお酒を飲んでいたみたいだしね」
サラはこれ見よがしにマッキオが座っていたテーブルの上へと視線を向ける。テーブルの上には高級そうな酒瓶が置かれていた。
「いやだなぁ、どうしてそんなに疑うんですか? 僕はただこの村やみなさんのお役に立てればと思っているだけですよ」
「そんなこと言って、私たちはいるかどうかもわからない獣を探す為に、なし崩し的に地下遺跡の探索に協力させられるんじゃないのかしら? わざわざグラスターの街まで冒険者を探しに行っていたら大変だものね」
「……」
マッキオは思わず黙り込んでしまった。
(この小娘ぇ……全部わかってて言ってやがる!)
獣を討伐するパーティに善意の協力者として同行したところ、見つけた獣の巣穴がなんとびっくり古代魔法帝国の地下遺跡への入口でした――そういう筋書きだったのだ。さすがはベラ・フィンドレイの血筋と言うべきか、完全に狙いを読まれていた。
しかも、この小賢しい小娘は遺跡の場所を聞き出して、ちゃっかり先に中へ入ろうとか考えているに違いない。
なんという卑怯な奴! マッキオは自分のことを遠い棚の上に放り投げて目の前の魔術師を憎々しげに睨みつけた。
サラはマッキオの視線を気にも留めずに言い放つ。
「探索者が善意で冒険者に声を掛けるなんてありえないわ。どうせ巣穴を見つけたというのも嘘なんでしょ?」
「そ、それは嘘じゃない! 本当に獣の居場所には心当たりがあるんだ!」
マッキオは思わずそう口走ってしまった。
「それは、ね。ならそれを証明できるものはあるのかしら?」
「そ、そんなものあるわけないだろう!」
「あらそう、残念ね。そうなるとあなたに出来ることは、村の為に私たちに獣の居場所を教えるか、教えずに村を見捨ててこの場を去るかのどちらかね」
「うう……」
マッキオは己の企みが失敗したことを悟った。
今さら正直に地下遺跡のことを話したところで自分の心証は良くならないだろう。あらためて彼らを雇うにしても足元を見られるに違いない。
こんなことなら最初から全部正直に話し、対等な協力関係を築けば良かった――そう後悔するも後の祭りだった。
「……あんた、さっき獣の足跡を見つけた、と言っていたな」
それまで黙っていたエーベルトがマッキオに声を掛ける。
「あ、ああ、もちろん見たとも!」
「どんな足跡だった?」
問われたマッキオは手近にあった杯の水で指を濡らすと、テーブルの上に足跡を描いてみせた。
「こ、こんな感じの足跡だった。あまりはっきりとした足跡ではなかったから細部は違うかもしれないけど……」
(猫の足跡?)
修介は描かれた足跡を見てそう思った。もっとも、マッキオが足跡の大きさまで忠実に再現したとするならば、その大きさは猫と言うにはあまりにも大き過ぎだった。
エーベルトは描かれた足跡を見て小さく頷いた。
「少なくともこいつが獣の足跡を見たというのは本当のようだ。俺が死体の周辺で見つけた足跡と一緒だ」
「だから嘘は吐いてないって言ってるじゃないか!」
マッキオは「ほれ見たことか」と言わんばかりに語気を強める。すでに丁寧な言葉遣いをする気も失せているようだった。
「で、その獣はあなたが発見した地下遺跡の中に入っていったのね?」
「……その通りだ」
「ようやく認めたわね」サラは呆れたようにため息をついた。
「い、言っておくが、地下遺跡の場所は僕にしかわからないぞ。君も魔術師なら知っているだろう。古代魔法帝国の地下遺跡の入口は強力な幻覚の術で隠されているんだ。僕が発見することができたのも、偶然その獣の足跡を見つけられたおかげであって、君たちが自力で発見するのは不可能だぞ」
マッキオは完全に開き直っていた。
「わかってるわよ。あなたが私たちを利用しようとかつまらないことを考えずに、最初から正直に話してくれればこんな面倒なやり取りもいらなかったのよ」
サラは冷ややかな口調でそう言い返した。
「あんたも馬鹿だな」ヴァレイラが小馬鹿にしたように続ける。「よく考えてみろよ、あんたがあたしらを騙して遺跡に連れていったとして、あたしらがあんたを殺して遺跡の財宝を独占するとは考えなかったのかい?」
「あ……」マッキオは間抜けな声を出した。
現場は未踏の地下遺跡なのだ。自分がそこで殺されたとしても、死体は誰にも発見されず、彼らが罪に問われることもないだろう。
早く遺跡を探索したい、という欲に取りつかれていたせいで、そんなことにも気づかなかったのだ。その事実にマッキオは愕然とした。
マッキオはいつもそうだった。地下遺跡が絡むと冷静さを失うのだ。
地下遺跡を探索する為ならばやばいところから借金もするし、平気で人を騙す。人生を遺跡探索に捧げていると言っても過言ではなかった。
それでよく今まで生き残れたものだと周囲からよく言われるが、地下遺跡に入ってさえしまえば、いたって有能な探索者なのである。
……少なくとも本人はそう信じていた。
「というわけで、あらためて遺跡探索の条件について話し合いましょうか」
サラはにっこりと笑って言った。
「もしその遺跡に獣がいなかったら、てめぇどうなるかわかってんだろうな」
サラとは対照的にヴァレイラが獰猛な顔つきで凄む。
「そ、そんな……」
マッキオはこのパーティに声を掛けたことを激しく後悔していた。
事の顛末を黙って見守っていた修介は、そんなマッキオに心から同情の視線を送るのだった。
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