第153話 ダンジョン探索
ガーゴイルとの戦闘を終えた一行は、左側の扉ではなく正面の通路を進んでいた。
マッキオは扉の方に進みたいと強く希望したが、扉に近づいたところをガーゴイルに襲われたことから獣が扉に近づいていないことは明白である。「遺跡の探索は獣を討伐した後じゃ」とノルガドに却下されていた。
マッキオもそのことがわかっているからか、ぶつぶつと文句を言いながらも大人しく引き下がった。
進む通路の天井は例によってぼんやりと光っており、まるで非常灯の点いた深夜のオフィスビルを歩いているようだと修介は思った。
そうして五分ほど直進したところで、ようやく初めての曲がり角に出くわした。
通路は左に直角に折れ曲がっており、正面には鉄製の扉があった。
「……さて、どうするかの?」
ノルガドが振り返って一同に問いかける。
「扉が閉まってるってことは獣が通ってないってことだろ? だったらこの扉は無視していいだろ」
扉を一瞥してヴァレイラが答えた。
「でも、さっきと違ってガーゴイルがいないんだから、獣が普通に扉を開けて入った可能性はあるんじゃないか?」
修介がそう反論すると、ヴァレイラは鼻で嗤った。
「獣が出入りするたびに律儀に扉を閉めると思うか?」
そう言われて修介は開けた扉を律儀に閉める猫の姿を想像して「たしかにそれはないかも」と納得した。
ところが、そんな修介たちを無視してマッキオが勝手に扉を調べ始める。
「――おい、勝手なことをするな」
ヴァレイラがマッキオの肩を掴む。
それに対し、珍しくマッキオが語気を強めて言い放った。
「ただの獣がこんな地下深くにある遺跡にわざわざくるわけないだろ。ここはその獣が高い知能を持っていて、なんらかの目的があってここに来たと考えるべきだ。念のためこの扉の向こうも調べておいた方がいいと僕は思うけどね!」
「それはたしかにそうね」とサラもその意見に賛同する。
マッキオの意見には説得力があったが、直後に彼が放った「それに、この先にはすごい
「……たしかに、獣がこの扉の向こう側に潜んでいて背後から襲われるのも面白くないからのう。一応見ておくとするか」
ノルガドのその一言で扉の向こう側を捜索することが決まった。
「ざっと見た感じ罠なんかはないと思うよ。鍵も掛かってない」
一通り扉を調べ終えたマッキオはふわっとした結論を口にしつつ、自分で扉を開けるつもりはさらさらないと言わんばかりに後ろへ下がった。
「みな下がっておれ」
ノルガドはエーベルト以外の全員を下がらせると、慎重に扉の取っ手に手を掛ける。
エーベルトが剣を構えてその背後に立った。
他の者は少し離れた場所から黙ってそれを見守る。
静まり返った通路は静かすぎて逆に耳が痛いくらいだった。
(扉ひとつ開けるのにこの緊張感……これがダンジョン探索か)
修介はごくりと唾を飲み込む。
ノルガドが取っ手を回すと、ぎいい、という音を立てて扉が開いた。
……何も起こらない。
矢が飛んできたり、爆発が起こったりもしなかった。
「ふぅ……」
修介は安堵のため息を吐いて扉に近づこうとしたが、エーベルトがそれを手で制した。
ノルガドが扉の陰から覗き込むようにして部屋の様子を伺っていた。
過剰とも思えるほどの慎重さだったが、先ほどのガーゴイルみたいなモンスターが潜んでいる可能性を考えれば、慎重になり過ぎて困るということはない。
迂闊な行動ひとつでパーティが全滅することもありえるのが地下遺跡探索なのだ。
「……大丈夫そうじゃの」
ノルガドは慎重に扉の向こうへと足を踏み入れた。
他のメンバーもその背中に続く。
扉の向こう側は闇の世界だった。
暗視能力があるノルガドの目には広い部屋が見えているとのことだったが、修介には何一つ見えなかった。
修介とエーベルトは手にしたマナ灯を掲げて部屋の中を照らす。明かりが壁まで届かないことから、かなりの広さがあるようだった。
「おやっさん、奥の方はどうなってる?」
「いくつかテーブルと棚が並んでいるように見えるが……だいぶ荒らされとるようじゃのう」
ノルガドがそう言ったところで、いきなり部屋が明るくなった。
「うお、なんだ!?」
修介はサラが魔法を使ったのかと思い振り返ると、扉の近くに立っているマッキオがしてやったりという顔をしていた。
「ほら、ここにスイッチがあるでしょ。これを押すと部屋が明るくなる仕組みになってるんだ。古代魔法帝国では当たり前の技術だよ」
言われて見てみるとたしかに入口のすぐ横に小さな出っ張りがあった。前の世界でいう部屋の電灯を点けるスイッチみたいなものだろう。
「……何百年も前の物なのにちゃんと動くんだね」
「マナは勝手になくなったり変質したりしないからね。機構が壊れてなければ当然使えるよ。もっとも、この地下遺跡にはもうマナが供給されてないみたいだから、今残ってるマナを使い切ったら消えちゃうだろうけどね」
マッキオはそう言うと早歩きで部屋の奥へと向かう。灯りが消える前に部屋を漁る魂胆なのだろう。
修介はあらためて明るくなった部屋を見渡す。
奥にいくつかのテーブルや棚があるだけの殺風景な部屋だった。地震でもあったのか、ところどころ壁や天井が崩れており、いくつかの棚は倒れていた。
(そういえば、遺跡の入口の部屋も崩れていたっけ……)
一体この地下遺跡で何が起こったのか。六〇〇年の間に本当に地震があったのかもしれないが、正解を知る術はないのだろう。ひとつわかったことがあるとすれば、獣はこの部屋にはいないということだった。
「獣がおらんのならこの部屋に用はないが……まぁさっきの戦闘での疲れもあるじゃろうから、ここで少し休憩するとしようかの」
ノルガドは奥の棚を喜々として物色し始めたサラとマッキオを見ながら、やれやれとため息を吐いた。
そういうことなら、と修介も奥の棚を見に行くことにした。
「なんか面白いものあった?」
修介は肩越しにサラの手元を覗き込む。
彼女の手にはソフトボールくらいの大きさの玉が握られていた。埃を被っているが、手で払うと半透明のガラス玉が姿を現した。
「これはたぶん……
「レイダンキュウ?」
「古代魔法帝国時代の魔道具のひとつよ。こうやって――」サラはガラス球を手でこすり始める。すると、半透明だったガラス玉が赤みを帯び始めた。
「触れてみて」
差し出されたガラス玉に修介はおそるおそる触れてみる。
「あ、温かい……」
ガラス玉はその色に比例するように熱を発していた。
「それで、こうすると――」サラは今度はガラス玉を小刻みに叩く。叩く都度、ガラス玉の色が赤から青へと変色していく。触れるとガラス玉はひんやりと冷たくなっていた。
「おもしれー!」
修介は興奮して叫ぶ。さしずめ携帯型の冷暖房器具といったところだろう。高度な機能を持ちながら、こする、叩く、というアナログな使い方が修介の琴線に触れた。
「ちょっと俺もやってみていい?」
「いいけど、たぶんあなたは使えないわよ。これ使う人の魔力に反応するから」
「……」
この世界の魔道具はどこまでも修介に冷たい仕様のようだった。
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