第154話 魔剣

「おい、こっちに剣があるぞ!」


 別の棚を物色していたヴァレイラが声を上げる。


「マジで!?」


 修介はすぐにヴァレイラの元へと駆け寄る。

 ヴァレイラのいる棚の前には数本の剣が乱雑に転がっており、長い年月放置されたせいか埃まみれだった。おそらく刃も酸化して錆びているに違いない。


「サラ、こいつらが魔剣かどうかわかるか?」


 ヴァレイラが修介の後についてきたサラに声を掛ける。その声はあきらかに興奮しており、もしかしたら魔剣が手に入るかも、という期待を抑えきれないようだった。


「ちょっと待ってね」


 サラは小声で魔法の詠唱を開始した。そして、探るようにゆっくりと一本ずつ杖をかざしていく。


「……ほとんどはただの剣みたいだけど、これからは強い魔力を感じるわ。どんな効果があるのかは詳しく調べてみないとわからないけど」


 たしかにサラの指さした剣だけは他の剣と違って経年劣化した様子はなく、現代の機能性を重視した簡素な作りの剣と違い、魔法帝国時代の栄華を象徴するかのように華美な装飾が施されていた。


「大当たりじゃねぇか!」


 ヴァレイラが喜々として魔剣に手を伸ばす。


「おお、見た目の割にすっごい軽いぞ!」


「なぁ、むやみに触れない方がいいんじゃないか?」


 修介は先ほどのマッキオの言葉を思い出してそう言ってみたが、興奮しているヴァレイラは聞く耳を持たなかった。


「なぁに昔の魔術師だって馬鹿じゃないんだから、そんなヤバい物は作らないだろ」


 ヴァレイラはそう言うと魔剣を鞘から引き抜いた。

 普段の彼女ならそんな軽率な行動は取らなかっただろう。つまり、そうさせてしまうだけの魅力が魔剣にはあるということだった。


 姿を現した刀身は強力な魔力を帯びていることを証明するかのように、淡い紫色の光を放っていた。

 修介はその光にとてつもなく不吉なものを感じた。

 妖刀――という言葉が脳裏を過る。

 すると突然、腰のアレサが警告を発するようにカタカタと震え出した。


(――やばい!)


 修介がそう思った瞬間、魔剣から放たれていた紫色の光が柄を伝ってヴァレイラの全身を包み込んだ。


「うっ!?」


 ヴァレイラは片手で頭を抱える。


「お、おいヴァル、どうした!?」


「わ、わからねぇ……な、なんか頭の中で声が聞こえる……。や、やばい、あたしから離れろっ!」


「ヴァル、その剣を捨てろ!」


「駄目だ、体が言うことを聞かねぇ……う、があッ!」


 ヴァレイラの身体が大きく跳ねる。

 次の瞬間、その表情が一変していた。

 見たこともないような残忍な笑みだった。その口からは「斬れ」「殺せ」「壊せ」という言葉が漏れ出ており、虚ろな瞳はあきらかに正気を失っていた。


「サラッ! 俺から離れてろッ!」


 修介はサラを自分の背後に押しやると、アレサを鞘から抜き放った。

 それと同時にヴァレイラが斬りかかってくる。

 その斬撃を辛うじてアレサで受けた。


「うおっ!?」


 とてつもなく重い斬撃だった。普段のヴァレイラの剣にここまでの重さはない。あきらかに何か別の力が加わっていた。

 修介は懸命にヴァレイラの剣を押し戻そうとするが、まるで巨大な岩を押しているかのようにびくともしない。それどころか力負けしてじりじりと押し込まれる。


「ヴァル、よせッ! これは洒落になってねぇ!」


 鍔迫り合いの状態でヴァレイラと真正面から睨み合う。正気を失った彼女の目には獲物を狙う獣のような殺意が宿っており、まるで別人だった。


「やめて、ヴァルッ!」


 サラの呼びかけにもヴァレイラは応えない。


「うがあぁッ!」


 ヴァレイラは獣のように吼えると、強引に剣を振り抜いた。

 修介は吹き飛ばされ、背中から棚に激突する。棚にあった物が派手な音を立てて床に散らばった。


「いってぇ……」


 頭を振ってよろよろと立ち上がろうとする修介に、ヴァレイラは容赦なく襲い掛かる。

 凄まじい速度で放たれた斬撃を、修介は床を転がるようにして躱した。

 空を切った斬撃は修介の肉体の代わりに後ろの棚を両断していた。

 無残に破壊された棚を見て背中に冷たい汗が流れる。

 まるでオーガのような馬鹿力だった。魔剣の効果によるものだろうが、あんな無茶な力を使っていれば、ヴァレイラの体の方が先に壊れてしまうだろう。

 そうなる前に、なんとかして彼女から魔剣を奪い取らなくてはならない。


 再びヴァレイラが咆哮を上げて斬りかかってくる。

 その動きは修介の予想よりも遥かに俊敏だった。

 躱せないと判断し、正面からアレサで斬撃を受けた。

 ガキィン、と激しい金属音が響き渡る。


「ぐううぅ!」


 人間離れした力で押し込まれ、修介は片膝をつく。

 そこへ異変に気付いたノルガドとエーベルトが駆け寄ってきた。


「――どうしたんじゃ!」


「ヴァルが魔剣に操られて――はやく彼女を止めて!」


 サラがノルガドに向かって叫ぶ。


「ええい、なにをやっとるんじゃ!」


 ノルガドは背後からヴァレイラに飛び掛かり、修介から引きはがそうとする。

 だが、ノルガドの力をもってしてもヴァレイラはびくともしなかった。

 するとエーベルトが音もなくヴァレイラに近づき、容赦なく首の後ろに手刀を叩き込んだ。

 普通ならば昏倒するであろう一撃を受けてもヴァレイラは平然としていた。それどころか腰にノルガドがまとわりついたままの状態でエーベルトに斬りかかった。

 エーベルトはその一撃を飛び退って躱すと、「ちっ」と舌打ちして鞘から二刀を抜き放った。


「お、おい、どうする気だ!?」


 エーベルトの姿に不穏な空気を感じ取り、修介は思わず叫んだ。


「手首を切り飛ばす」


「ちょ、本気で言ってるのか!?」


「この女が魔剣に操られているなら、そうするしかないだろう」


「いや、いくらなんでもそれは……」


 さすがに躊躇う修介。だが、エーベルトの表情には冗談を言っているような様子は皆無だった。


「私が捕縛の術でヴァルの動きを止めるから、どうにかして彼女から剣を奪って!」


 サラが叫ぶと同時に魔法の詠唱を開始した。

 修介とエーベルトは時間を稼ぐべくヴァレイラに攻撃を仕掛ける。

 ヴァレイラは腰に纏わりつくノルガドを強引に引き剥がすと、「シャアッ!」と奇声を上げてそれを迎え撃った。


 魔剣に支配されたヴァレイラの強さは尋常ではなかった。

 ふたり掛かりではまったく歯が立たず、ノルガドを加えた三人掛かりでようやく五分だった。無論、殺さないように気を使っていたこともあるが、それでも十分すぎるほどの脅威だった。


「みんな離れてっ!」


 ようやくサラの詠唱が完了し、光の網が頭上からヴァレイラに襲い掛かる。

 捕えた――誰もがそう思った瞬間、信じられないことに光の網はヴァレイラの魔剣の一振りによって霧散していた。


「そ、そんな……」


 目の前で起こった出来事にサラは愕然とする。

 魔力で作られた光の網は剣で斬った程度で力を失うことはない。つまり、それだけあの魔剣に付与されている魔力が強力だということだった。


「ウオオオオォォッ!」


 ヴァレイラが雄叫びをあげる。

 その咆哮はまるで魔剣が自らの力を誇示する為に彼女に無理やりさせたかのようで、修介は激しい怒りを覚えた。


「クソ魔剣が! てめぇの好きにさせてたまるかっ! こうなりゃ意地でも奪い取ってやる!」


 修介が決死の覚悟でヴァレイラに飛び掛かろうとした、その時だった。


 どこからともなくヴァレイラの鼻先に小さな袋が投げ込まれる。

 目の前に突然現れたその袋を、ヴァレイラは反射的に魔剣で切り裂いた。

 切り裂かれた袋から大量の粉末が飛び散りヴァレイラの顔に掛かった。


「――ッ!」


 ヴァレイラは声にならない悲鳴をあげて地面をのたうち回った。

「今だっ!」という声を合図に、修介は無我夢中でヴァレイラに飛び掛かる。ノルガドとエーベルトもそれに続き、三人掛かりでヴァレイラの身体を押さえ込んだ。


「シュウ、あなたが剣を奪って!」


 サラの指示で修介はヴァレイラの腕をがっちり固めると、魔剣を掴んでいる指を一本ずつ引きはがしていき、できた隙間に自分の手をねじ込んで強引に魔剣を奪い取った。そして急いでその場から離れると、両手で魔剣の柄を強く握りしめた。


「俺を支配できるもんならやってみろッ!」


 修介は吼えた。

 その挑発に応じるように魔剣の放つ紫色の光が柄を伝って修介の全身を覆う。


「――っ!?」


 魔剣の魔力が身体に流れ込んでくる。そして同時に、頭の中に呪詛のような不快な声が響き渡った。

 修介は目を閉じて力いっぱい魔剣を握り続けた。


 やがて、紫色に怪しく光り続けていた魔剣は、まるで憑き物が落ちたかのように輝きを失い、頭の中の声もいつのまにか聞こえなくなっていた。


「……残念だったな、お前の魔力じゃ俺は支配できないみたいだぜ」


 修介は魔剣に向かって勝ち誇ったように言うと、近くに転がっていた鞘を拾ってそれに納めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る