第155話 魔剣の処遇

「だからあれほど勝手に触るなと言ったじゃないか!」


 マッキオがまさに「ぷんすか」という表現が似つかわしい顔で怒っていた。

 ヴァレイラの動きを止めたあの小さな袋は彼が投じた物だった。

 特別に調合した催涙性の粉が入った袋とのことで、妖魔や魔獣に襲われた際に使う護身用の武器だという。


「魔剣に操られていようがなんだろうが、生き物である以上、生理現象には逆らえないからね。こういった催涙性の粉袋はとても有効なのさ」


 腹立たしいほどのドヤ顔で言うマッキオだったが、彼のおかげで事なきを得たのも事実なので誰も文句は言えなかった。

 無事に正気を取り戻したヴァレイラは止まらない涙と咳とくしゃみで随分と苦しそうにしていたが、元々彼女の軽率な行動が原因なので、こればかりは罰として甘んじて受け入れてもらうしかなかった。


「それにしても、なんなんだよこの危なっかしい剣は……」


 修介は目の前に置かれた魔剣に視線を向ける。


「狂戦士の剣……その魔剣を作った魔術師はそう呼んでたみたいだよ」


 マッキオがどこから持ってきたのか、一冊の分厚い本を広げて皆の方に向けた。そこに描かれている剣の絵は、修介の目の前にある魔剣とそっくりだった。


「その本は?」


「ああ、さっきそっちの棚で見つけたんだよ。その魔剣を作った魔術師の魔剣の開発日誌みたいだ。もっとも、すぐに飽きちゃったのか前のほうがちょこっと書かれてるだけでページのほとんどが白紙なんだけどね。おまけに著者の名前も書かれてない」


 マッキオがぺらぺらとページをめくって見せる。たしかにほとんどのページが何も書かれていない白紙だった。


「水にぬらしたり、火であぶったりしたら文字が浮かんでくるんじゃないっすか?」


「そんなことして本がダメになったらどうするんだ! 貴重な資料なんだぞ!」


「ご、ごめん……」


 単に思い付きを口にしただけだったが、思いのほか強い口調で怒られて、修介は素で謝ってしまった。


「それで、狂戦士の剣……じゃったか。それはどういった代物なんじゃ?」


 ノルガドが口を挟む。


「おっとそうだった。その名の通り、持ち手の殺意や破壊衝動を増幅させて狂戦士化する魔剣らしい。魔力による身体強化と、精神のタガを外させることで常人には不可能な力を発揮させるんだって。あとそれとは別にかなり強力な魔力が付与されているみたいだから、剣としての性能も相当高いようだね。……ただ、狂戦士化を解除する術式を組み込むのに難航したみたいで、『どうせ奴隷に持たせるから別にいらないか』みたいなことがおざなりに書かれて本が終わってることから、どうやらその魔剣は失敗作のようだね」


「そんな物騒なもんをその辺に放置しておくなよ……」


 修介は溜息を吐いた。


「古代魔法帝国では奴隷に剣を持たせて戦わせるのが流行っていたんだ。最盛期にはその勝ち負けは魔法王同士の勢力争いにも関わってたなんて話もあるくらいだから、勝つためには危険な魔剣を使うことも厭わなかったんだろうね」


「えげつねぇ……」


 修介は古代魔法帝国時代にロマンを感じていたが、こういった生々しい話を聞いてしまうと認識を改めざるを得なかった。

 どの世界、どの時代にも闇は存在するものなのだ。


「……それでじゃ、その魔剣をどうするかの?」


 ノルガドが胡散臭そうに魔剣を見ながら言った。


「これだけ強力な魔力が付与された魔剣だから、ぜひとも持ち帰って詳しく研究したいところだけど……さすがにねぇ……」


 さすがのサラも魔剣に操られたヴァレイラの姿を見てしまった後では、持ち前の好奇心も勢いを失っているようだった。


「一応、鞘から抜かなければ大丈夫っぽいけど……とてもじゃないけどおっかなくて持ち歩きたいとは思わないな……」


 修介もサラに同調した。


「じゃが、そんな危険な代物をここに放置しておくのもどうかと思うがの」


 ノルガドの意見に一同は唸る。

 ここに放置すれば、いずれ別の誰かに発見されるだろう。魔剣の危険性に気付いていながら、それを放置するというのは修介としても本意ではなかった。


「……いっそのことここで壊しちゃうとか?」


 修介のその提案にマッキオが唾を飛ばさんばかりの勢いで反対した。


「そんなの駄目に決まってるだろう! 古代魔法帝国の魔剣にどれだけの価値があると思ってるんだ!」


「そうは言ってもこんなやばいモンを誰かに売るってわけにもいかないだろ? となれば壊すしかないじゃないか」


 修介はそう言い返したが、壊すという意見は他のパーティメンバーからも積極的な賛同は得られなかった。

 リスクを冒して地下遺跡の探索を行っている以上、それなりの見返りを求めるのは当然で、危険とわかっていても高価な魔剣を壊すことに躊躇するその気持ちはわからなくはなかった。


 修介は先ほどから黙っているエーベルトに視線を向けてみたが、そもそも魔剣に興味がないのか、先ほどから自分の小剣の具合を確認しており、意見を言う気はなさそうだった。

 ちなみに、ヴァレイラは意気消沈してずっと下を向いたままである。


「やっぱり魔法学院に持ち込んで、その危険性を説明した上できっちり保管してもらうのがいいかもね。そうすればいくらかの謝礼はもらえるでしょうし……」


「それしかないかの」


 サラの意見にノルガドが賛同し、修介も大きく頷いた。

 マッキオだけは不本意そうだったが、さすがの彼も最低限の良識は備えていたようで、渋々ながらも同意した。


「……で、誰がこいつを持ち運ぶんだ?」


 修介がそう疑問を投げかけると、全員の視線が一斉に修介の方に向いた。


「……ですよねー」


 魔剣の恐ろしい魔力も、マナのない体質の修介に通用しなかったことは先ほど証明されたばかりだった。これほど持ち運ぶのに適した人材もいないだろう。


「やれやれ」と溜息を吐きながら魔剣を拾う修介にサラが声を掛ける。


「いっそのこと、シュウが使っちゃえば? そうすれば私はいつでもその魔剣を調べられるし」


「え、やだよ。なんか頭の中に変な声が聞こえてきて気持ち悪いし、それに俺にはこいつがいるからな」


 そう言って修介は腰のアレサに手を添える。アレサが『その通りです』と言わんばかりに小さく振動した。

 魔剣を持つことに憧れはあったが、できればこんな物騒な魔剣ではなく、もう少し真っ当な魔剣がいいというのが本音だった。


「――よし、そろそろ出発するぞ。手に入れた物は部屋の入口にまとめて置いておくんじゃ。持っていくと邪魔になるからの」


 ノルガドの指示に従い、修介は魔剣を扉の横に立て掛けた。

 異世界転生モノにありがちなアイテムボックスでもあれば別だが、荷物は増えれば増えるほど移動や戦闘の負担になる。この先も戦闘があることを想定するなら、なるべく身軽でいる方が良いに決まっていた。


(魔剣はまた今度だな)


 修介は魔剣を一瞥してから部屋を後にした。




「――そんなに落ち込むなって。みんな無事だったんだし、おかげであの魔剣の危険性にも気付けたんだから、それでいいじゃないか」


 修介は通路を歩きながら、ヴァレイラに声を掛ける。


「うるせぇ……あたしのことはほっといてくれ」


 ヴァレイラのテンションはこれ以下はないと思える程に下がっていた。

 自分の軽率な行動であわや仲間を殺してしまうところだったという事実に人一倍責任を感じているのだろう。彼女は仲間への要求が厳しい分、自分のミスに対してはそれ以上に厳しい人間だった。

 本音を言えば実際に殺されかけた修介も文句を言いたい気持ちはあるのだが、彼女はすでにノルガドにしこたま怒られており、それ以上追撃する気にはとてもなれなかった。それほどまでにノルガドの怒りっぷりは凄まじく、怒られていない修介ですら肝が縮み上がるほどだった。


「魔剣を発見したのが俺だったら、間違いなく俺もテンション上がって同じことをしてたよ。だから必要以上に自分を責めるなって」


 そう慰めてみるも、ヴァレイラは顔を上げようともしない。

 修介はこのままでは今後の戦闘に支障をきたすと考え、さらに何か言おうとしたところでサラに腕を引っ張られた。


「いいから、少しそっとしておいてあげましょ」


「でも……」


「大丈夫。しばらくすればいつも通りに戻るから。彼女は昔から失敗した後は一度どん底まで落ち込んで、きちんと気持ちの整理をしないと前を向けない性格なのよ。今は何を言ってもきっと彼女の心には届かないわ」


「……わかった」


 修介は大人しく引き下がった。どちらかと言えば修介も同じタイプなので、その気持ちはなんとなくわかるつもりだった。

 いつも勝ち気で自信に満ち溢れているヴァレイラの落ち込む姿を見るのは、彼女の相棒であり弟子でもある修介にとっては辛かったが、同時に彼女も失敗して落ち込む、ごく普通の人なのだと再認識できたことで親近感も覚えていた。


「それにしてもシュウスケ君がマナのない体質とは驚いたねぇ!」


 相変わらず空気を読まないマッキオが、むふー、と鼻息を吹き出していた。

 状況的に仕方がなかったとはいえ、まずい人間に知られてしまったと修介は思った。

 このマッキオという男、間違いなく口が軽い。自分の利益になると知った瞬間、他人の個人情報など躊躇なく売り払うだろう。借金の肩代わりにサラの祖母に情報提供するくらいのことは平気でしそうだった。


「いつからそういう体質になったの? やっぱり生まれたときから?」


「いつからかは覚えてないです。気付いたらそうだったってだけです」


「ふーん。あ、さっきマナ灯が点かなかったのもそれが原因かい?」


「そうっすね」


 ことさら冷たく言ってみるも、マッキオはまったく気にしていない。この男の空気の読めなさっぷりはある種の才能だな、と修介は感心する。


「なんだったら僕が詳しく調べてあげようか?」


「それは駄目よ。彼は私が調べてるんだから余計なことはしないでちょうだい」


 サラが横からマッキオを追い払うようにしっしっと手を振る。


「そっかぁ、残念だなぁ。……ならせめて僕とコンビを組まないかい?」


 なにが「せめて」なのかはわからないが、修介にとっては論外な提案だった。


「残念ながらすでに相方もいるので謹んで遠慮しておきます。……っていうか、なんで俺とコンビを組みたがるんです?」


「君のその体質が地下遺跡の探索にものすごく向いているからだよ」


「そうなんですか?」


「地下遺跡は魔術師が作ったものだからね、設置されている罠や仕掛けは対象のマナを感知して発動する物がほとんどなんだ。つまり、マナのない君にはそのほとんどが発動しないってことになる。これは相当すごいことだよ?」


 マッキオの説明に修介は少しだけ心が揺らいだ。罠のほとんどをスルーできるというのは相当なアドバンテージになるはずだ。彼の言っていることが本当ならば、地下遺跡の探索者は修介にとっての天職と言えた。


「……そ、そういうことなら、たまになら――いでっ!」


 唐突に耳を引っ張られる。


「調子に乗らないの。逆に言えばマナがなければ開かない扉や解除できない仕掛けがあってもシュウにはどうすることもできないってことなのよ?」


 サラに睨まれ、修介は慌てて手を振った。


「わかってるって。冗談だってば」


 そう言いつつも、修介は自分の体質が決してマイナス面ばかりではないということに少しだけ気分が高揚していた。先ほどの魔剣にしても、この体質でなければああも簡単に鞘に納めることはできなかっただろう。

 ヴァレイラの言う通り、自分の特性をしっかりと把握してそれを活かす方法を探し続けることこそが大事なのだと、修介はあらためて思うのだった。

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