第215話 情報
「とは言ったものの、具体的にこれからどうすればいいんだか……」
修介はひと気のない路地を歩きながら、そうぼやいた。
アレサの喝で気合いが注入されたまでは良かったが、犯人を捜したくとも、行方はおろか『犯人が魔術師である』以外は何もわかっていないのだ。
「なぁ、アレサは何か情報を持ってないか?」
その手の質問にアレサが答えないことをわかっていて、修介は雑に話を振った。
『その質問には回答できかねます』
案の定のテンプレ回答である。いつもならそこで会話が終わるところだが、珍しくアレサが言葉を続ける。
『――ですが、ちょっとしたヒントでしたら差し上げられます』
「そ、そんなことして大丈夫なのか?」
思いがけない言葉に、修介は驚きよりも不安が勝った。
『その質問には回答できかねます』
「そこは秘密なのかよ。むしろ余計に訊き辛いって」
アレサの機能が自分が知っている以上に多岐に及ぶことや、口では『できる範囲でサポートをするだけ』と言っておきながら、幾度となく手助けをしてくれていたことには修介も気付いていた。
気付いていて、その辺りのことは『なぁなぁに済ます』というのが、お互いの暗黙の了解だった。
この世界で生きていく上でやってはいけないことがあるとすれば、度を超えたアレサの能力の使用こそが、その最たるものだと修介は考えている。
もし表立って頼ってしまえば、この世界の人たちと同じ地平に立てなくなるだけでなく、アレサと対等な関係でいられなくなる。
さらに、アレサが無制限に協力しないのは、単にそれがルールだからという以外に何か事情があるのではないか、そんな危惧もあった。
『それよりも、ヒントはいるんですか? いらないんですか?』
「い、いる」
結局、修介は誘惑に負け、アレサに甘えた。
『心配しなくても大したヒントではありません。マスターは何もせず、待っていればいいのです。そうすれば情報の方がマスターの元に勝手に転がり込んでくるはずです』
「マジで? そんな都合の良い話ある?」
『信じる信じないはマスター次第です』
「アレサがそう言うなら信じるけどさ……」
修介は腑に落ちない思いを抱えながら路地を抜けて通りに出た。
すると、それを待っていたかのように大声で呼び止められる。振り返ると、そこには息せき切って走ってくる薄灰色のローブを纏った男の姿があった。
「ナーシェス!」
修介は男の名を呼びながら、彼を街の南門に置き去りにしてきたことを今更ながらに思い出した。
「はぁはぁ……まったく、ひとりで突っ走るのは相変わらずだね。おまけに神殿に行ったら行ったでいきなり飛び出していったとか言われるし……」
ナーシェスは両手を膝において懸命に息を整えながら恨めしそうに言った。
「悪い」
「神殿を飛び出したってことは、事情は全部聞いたってことでいいのかい?」
「ああ」
「アイナ君が攫われたことも?」
「……ああ、聞いた」
「それで、君はこれからどうするつもりなんだい?」
ナーシェスの口調はまるで夕食の献立を尋ねるような気安いものだった。
「アイナを助けに行くに決まってるだろう」
「そんなことはわかってるよ。何か具体的な当てはあるのかって聞いてるんだよ」
「……ない。とりあえずギルドに行って情報を集めてみるつもりだ」
待っていれば情報が転がり込んでくる、というアレサの言葉は信用していたが、それをただ待つだけなのも落ち着かないので、修介は自分でも可能な限り動くつもりでいた。
「ギルドに行っても無駄足になるだけだと思うよ」
「そんなの行ってみなきゃわからないだろう」
「わかるさ。事件発生からもう何日も経ってるのに、未だに衛兵が現場付近で聞き込みをしてるくらいなんだ。それはつまるところ有益な手がかりが得られていないってことだろう?」
「それはまぁ……たしかに」
「人ひとりを抱えた状態で街中を移動して目立たないはずがない。犯人は魔術師なんだ。なんらかの魔法を使ってとっくに逃げおおせたと考えるべきだ」
「でも、この街のどこかに潜伏してる可能性だってあるじゃないか」
「それはない――と思う」
「どうしてそう思うんだ?」
「それは……」
ナーシェスはそれまでの饒舌さが嘘のように押し黙った。
「ナーシェス?」
「怒らないで聞いてほしんだけどさ」
「なんだよ?」
「……実は、私もサラ君が襲撃された現場に居合わせていたんだ」
「なっ、お前――」
「待ってくれ! 君の言いたいことはわかる。なんで助けなかったんだって言いたいんだろう? そりゃ私だってなんとかしたいって思ったさ! だけど、あの魔術師にはサラ君やヴァレイラ君でさえ手も足もでなかったんだ! 私なんかがどうにかできるはずないだろう?」
だからってアイナが連れ去られるところを黙って見ていたのか――そう詰め寄りそうになるのを修介は堪えた。その場にいなかった人間に他人を責める資格があるはずなかった。
「……だから、せめて犯人の行き先だけでも突き止めようと思って、咄嗟に私の使い魔をアイナ君の服に忍び込ませたんだ」
その言葉に修介ははっとした。
ナーシェスは小さな蜘蛛を使い魔にしていた。使い魔の主は魔力的な繋がりによって使い魔の位置を把握できるというのは、以前に先発隊にいた使い魔の魔術師が言っていたことだった。
「今、私の使い魔は南西の方角……それも、かなり離れた場所にいる。それはつまるところ、もう犯人はこの街にはいないってことになる」
「南西のどのあたりだ?」
「残念ながら私の実力ではおおよその距離と方向を感じ取ることができる程度で、細かい位置まではわからないんだ。ただ、少なくとも一日や二日でたどり着ける場所ではないってことだけはたしかだよ」
「そんな遠くに……。けど、それがわかっただけでも相当な収穫だ」
結果としてナーシェスの判断は正しかったということになるのだろう。下手に手を出していたら間違いなく彼も巻き添えを喰う羽目になったはずである。彼は彼に出来ることを精一杯してくれたのだ。
「やっぱり、犯人を追うつもりなんだね?」
ナーシェスの問いかけに、修介は「当然だ」と力強く頷いた。
「まさかとは思うけど、ひとりで行くつもりかい?」
「え、そのつもりだけど?」
その返答にナーシェスは呆れ顔になった。
「シュウ君は人からよく考えなしだって言われないかい?」
「それは違うぞ。考えた結果、そう見える行動をしてしまってるだけだ」
「なおさら駄目じゃないか……。そもそも使い魔の位置は私にしかわからないのに、君ひとりでどうやってアイナ君の居場所を特定するつもりなんだい?」
「いや、方角さえわかれば後は聞き込みをしながらでも追えるかなって」
もはやナーシェスの目には憐みすら浮かんでいた。
「……やれやれ、わかった。私も一緒に行くよ。シュウ君ひとりだと、どう好意的に考えてもアイナ君の元までたどり着けなさそうだ」
「失礼な奴だな。……でも、本気で言ってるのか? こう言っちゃなんだけど、ナーシェスにそんな義理はないだろ?」
「たしかに義理はないけど、人情はあるつもりだよ。友人が困っていたら手を貸すのは当たり前のことじゃないか」
「ナーシェス……」
ナーシェスに友情を感じていただけに、彼の言葉は修介にとってこれ以上ないほどに嬉しいものだった。
だが同時に、その友人を巻き込んでしまうことへの後ろめたさはどうしても拭いきれなかった。
そんな修介の内心を見透かしたようにナーシェスは苦笑する。
「そんな顔しなくていいよ。白の魔術師の不肖の弟子としては悪行を働く魔術師を野放しにはできないし、どのみち使い魔も回収しないといけないからね。だから君が私に対して負い目を感じる必要はないよ。それにね――」
ナーシェスの表情が急に真剣味を帯びた。
「これは私自身の問題でもあるんだ。あの魔術師……あいつはあの場に私がいたことに気付いていた。気付いていて見向きもしなかったんだ。まるで路傍の石ころのように私は無視された……魔術師としてこんな屈辱はないよ」
杖を握りしめる手が小刻みに震えていた。
普段あまり感情を昂らせないナーシェスが初めて見せるその姿に、修介は驚くと同時に共感も覚えていた。
ナーシェスは幼い頃から魔法に憧れ、魔力が弱いというハンデを背負いながら必死に努力を続けてきた。彼にだってプライドがあって当然なのだ。
「――だけど、おかげで私は使い魔を忍ばせることができた。奴の傲慢さは必ずつけ入る隙になる。だからアイナ君を助け出すことで鼻を明かしてやるつもりだ」
「……わかった。よろしく頼む、ナーシェス」
修介が右手を差し出すと、ナーシェスは食い気味にその手を取って大きく上下に振った。そして修介の吊るされた左腕に視線を向ける。
「とりあえずは、その腕の怪我を治さないとだね。いくら君でもその怪我で旅に出ようとは思ってないだろう?」
「あ、当たり前じゃないか」
すっかり忘れていたとは言えない修介であった。
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