第2話 ヴァース

「これがおぬしが行くことになる世界じゃな」


 老人は水晶玉に手をかざす。

 そこに映っていたのは、広大な森や険しい山々といった自然豊かな大地だった。これだけだと日本の山奥にもありそうな光景だが、次に映し出されたのは日本では見かけない街並みであった。

 西洋ファンタジー風とでも言えばいいのだろうか。遠目から映し出される街並みにはひと際大きな薄い灰色の城があった。その城を中心に大小様々な建物が波紋のように周囲に広がっている。その中には高い尖塔を持った教会のような建物もあり、それら建物の間には石畳でできた通路が血管のように張り巡らされていた。

 その街を囲むように高くそびえ立つ城壁が巨大な円を描いていた。正面には石組みでできたアーチ門があり、ところどころに意匠を凝らしたレリーフが施されていた。


 場面は切り替わり市場と思しき通りが映し出される。

 道の両側には様々な店が軒を連ね、様々な日用品や食料品が並び、それを求める多くの人々で賑わっていた。活気のある取引の声が今にも聞こえてきそうであった。


 そこからさらに場面は切り替わり、今度はだだっ広い草原が見える。その草原を剣と甲冑を身に着けた人間の一団が駆け抜けていく。向かうその先には人間の倍以上の大きさの見たこともない怪物の集団が待ち受けていた。

 ぶつかり合う人と怪物。剣で切りつけられた怪物からは緑色の体液が飛び散り、怪物に殴られた人間はボウリングのピンのように派手に吹き飛んでいく。数で勝る人間は怪物一体に対し複数で取り囲むようにして戦っていた。


 突然、怪物の集団の中心に爆発が巻き起こった。爆発に巻き込まれた三体の怪物が炎に巻かれて悶えながら倒れていく。続けて二度、三度と爆発が起き、そのたびに怪物は数を減らしていく。すると視点が素早くパンし、今度は人間集団の後方に立つ人物の姿をとらえる。手に杖を持ちローブを纏うその姿は、修介の持つ魔法使いのイメージそのままであった。このわざとらしい場面転換から、さきほどの爆発がこの魔法使いによるものだとわかる。

 映像はそこで終わった。



 修介は不覚にも見とれてしまっていた。

 まるで新作ゲームのプロモーションムービーのようだった。編集頑張りすぎだろう。


「……なあ神様」


「なんじゃ」


「もしかしなくても、これが俺が行く世界?」


「そうじゃ」


「マジかー」


 修介が行く世界は『剣と魔法のファンタジー世界』だった。わざわざクライマックスに魔法使いのアップを持ってくるくらいだから間違いない。

 異世界転生と言われた時からそんな予感はあった。だからこそ転生先の世界について確認するのを忘れていたくらいなのだ。


「何か問題でもあるかの」


 修介の様子を見ていぶかしげに尋ねる老人。


「あ、いや大丈夫です。話を続けてください」


 修介としては訊きたいことだらけなのだが、話を全部聞いてからにしよう、と思いとどまった。


「では、プロモーションムービーを見てもらったところで、この世界の概要について簡単に説明するかの」


 老人は水晶玉にかざした手をゆらゆら揺らすと、地球にそっくりな惑星が映し出され、まるで映画のオープニングのような演出で文字がフェードインしてきた。そこには日本語、しかもカタカナで『ヴァース』と書かれていた。


「ヴァース?」


「それがおぬしの行く世界の名前じゃな。おぬしの国の言葉をベースにするならヴァースは『地球』を指す言葉じゃな」


「……」


「ヴァースには大小六つの大陸があって、おぬしが行くのは北半球にあるストラシア大陸じゃ。その大陸に『ルセリア』という王国がある。そこがおぬしの転生先じゃな」


 老人の言葉に合わせて水晶玉に世界地図っぽいものが映し出され、北にある比較的小さな大陸の真ん中あたりが点滅する。


「映像を見た感じ、ヴァースは惑星なんですか?」


 結局我慢できずに質問してしまう修介。


「そうじゃ」


「まっ平らな世界じゃなくて球体なんですね?」


「うむ」


「この星の大きさってどのくらいなんですか?」


「地球と同じ大きさじゃの」


「まったく同じ?」


「うむ。というか、大きさだけじゃなく、自転もしとるし太陽の周りを公転しておる。月もある」


「は?」


「おぬしの知識ベースでわかりやすく言うとな、並行宇宙というやつじゃな。厳密には違うがの。おぬしの住んでいる宇宙と同じような宇宙が他にも無数に存在しておるのじゃ。ヴァースは地球と同じ星じゃが、そこで生まれた文化や文明が違うのじゃ。おぬしの世界が科学の力で発展したのなら、ヴァースは魔法の力で発展した世界なのじゃ」


「でも大陸の形とか地球とずいぶん違いますよ?」


「そこはこちらとしても色々と手を加えておるからの。まったく同じにはならん」


「手を加える?」


「詳しくは言えんが、世界ごとに様々な違いがつけられておる。長い時の中で、その違いが稀に世界に大きな変化をもたらすことがあるわけじゃ。結果、大陸の形が変わったり、住んでいる生物が異なったりと、色々な違いが出るわけじゃ」


「な、なるほど……。つまり、俺の住んでいた世界の地球とは別に並行宇宙の地球があって、その地球はヴァースと呼ばれていて、そこは魔法が発達していて、俺の住んでいた地球とは違った世界になっている、ということで合ってます?」


「そう理解しておけばまぁ問題ないじゃろ」


 老人の言い回しは実に微妙だったが、どうやら的外れなことを言ったわけではなさそうなので、修介は胸をなでおろした。


「で、具体的にヴァースはどんなところなんですか?」


「おぬしの知識ベースで表現するなら『剣と魔法のファンタジー世界』ということになるかの」


 老人の言葉に修介は天を仰いだ。まさか老人の口からその言葉が出てしまうとは思わなかった。


「概ねおぬしが想像しているような世界で間違ってないの。魔法が存在しておるが、電気や火薬の類は全く発達しておらず、産業の技術レベルもおぬしの世界ほど発展しておらんな」


「魔法があるなら、電気の代わりに魔法が動力の機械とかはないの?」


 さきほどのプロモーションムービーを見た限り、その可能性は低そうだったが、念のため修介は訊いてみた。


「今はないみたいだの」


「今は?」


「そういう話なら、まずヴァースの歴史を説明したほうがいいかのう」


 歴史、と聞いて修介は顔をしかめた。昔から歴史の授業が苦手だった。


「まず最初に断っておくがの、今からわしが言う歴史は、あくまでも現在のヴァースの民が知っている歴史じゃ。わしらは歴史の真実をすべて知っておるが、それを教えるつもりはない。あくまでもヴァースの民の一般常識としての歴史じゃ」


「わ、わかりました」


 修介としても知らない国の歴史の真実に興味はなかった。




 老人の話すヴァースの歴史の流れはこうであった。

 およそ二〇〇〇年前、ストラシア大陸の片隅で、ひとりの偉大な研究家によって魔法の根源となる力『マティリアーナ』が発見される。マティリアーナは『マナ』と呼ばれ、それを利用した魔法が次々と生み出された。

 魔法の力を使い、研究家は自分の名前を冠した魔法国家『イステール』を建国。

 イステールでは様々な魔法の研究や実験が盛んに行われ、さらに多くの強力な魔法が誕生する。


 その後、イステールは強力な魔法を武器に支配地域を増やしていき、最盛期には三つの大陸を支配する巨大帝国となる。その支配は実に一四〇〇年以上に渡って続いた。

 だが、今からおよそ六〇〇年前、時の皇帝が異世界より魔神の王を召喚し、使役しようとして失敗。逆に魔神の王によって皇帝は殺されてしまう。

 皇帝を殺し自由となった魔神の王は、まず配下の一三体の魔神を召喚し帝都周辺を徹底的に破壊した。そして世界各地に七つの巨大な穴を開けると、そこから大量の妖魔や魔獣が出現し、世界中に破壊と混乱を巻き起こした。

 イステール帝国は強力な魔法を駆使して魔神討伐を試みるが、魔神は魔法に対する耐性が異様に高く、イステール帝国は敗戦が続き徐々に追い詰められていく。

 結局、わずか数年でイステール帝国は滅亡。魔法帝国の技術や施設は魔神によって徹底的に破壊され、多くの優秀な魔法使いも次々と殺された。


 魔法の力を失った人類は滅びの危機に直面した。

 追い詰められた人類は神に縋った。

 生き残った人類は、生命の神に仕えるひとりの高司祭に、その身に神を降臨させる魔法『神降しの奇跡』を使わせた。

 その結果、神の力により魔神の王を異世界へ送還することに成功する。多くの魔神は神の力により消滅し、人類の危機は去った。

 だが、地上から魔神は消えたが、開かれたままの巨大な穴から多くの妖魔がヴァースの地に入り込んだ。妖魔は各所で繁殖し、人々の生活を再び脅かすようになった。

 また、一部の魔神は海中に潜み、神の裁きから逃れて生存していた。その結果、海には凶悪な魔獣が出現するようになり、以後人類は航海に出られなくなり大陸間の交流もほとんどなくなってしまう。

 強大な力を持った魔法使いはいなくなり、魔法技術の大半を失った人類は、少数の国家に分かれて覇権を争い、数百年にわたって小競り合いを繰り返した。

 そして今からおよそ三〇〇年前に、ひとりの英雄が各地の戦乱を平定し、自身の名を冠したルセリア王国を建国する。

 ルセリア王国は以後三〇〇年に渡ってストラシア大陸中部を支配する強国となり、現在に至る。




「よ、ようするに魔法文明はあったけど、一旦人類が滅びかけた時にロストテクノロジーになっちゃった、ということですか?」


「最盛期ほどの力はないが、三〇〇年の間に少しずつ研究が進み、わずかじゃが魔法の力を行使できるようにはなっておるの。じゃが、歴史的な背景から魔法使いの絶対数は少ないし、世間でも魔法に対する警戒心は強いようじゃの」


「まぁそれはそうなるよな……」


「魔神は地上からいなくなったが、妖魔や魔獣の類は健在での。その脅威に対抗できる魔法の力は必要悪ということで一応重宝されてはいるみたいじゃの」


「……その妖魔ってのは?」


「おぬしの知識ベースで言うと、ゴブリンとかオーガとかそういうのじゃな」


「やっぱいるんだ……」


 剣と魔法のファンタジー世界でいないわけがないと思ってはいたが、ここまでテンプレだと胡散臭さを通り越して、逆に自分がその世界を創造した神にでもなった気分になる。もしかしたら並行宇宙の情報がこちらの世界に流れ込んできて物語になっているとか、そんなこともあったりするのかもしれない。


「魔神に世界が滅ぼされかけたり、妖魔が今もいるってことは、ヴァースってところはあまり安全な世界じゃない気がするんだけど……」


「おぬしが元々いた世界だって同じじゃろう。日本のように平和な国がある一方で、他の国では紛争地帯があるじゃろう」


「それはまぁそうだけど……」


 そう言われても平和な日本しか知らない修介にしてみれば、紛争地帯の暮らしは想像の外であり、行ったこともない異世界とは比較のしようがなかった。


「おぬしが行くルセリアはヴァースのなかでは比較的安全な国じゃ。三〇〇年間国政は安定しておる。他国との大きな戦争もなく、妖魔の脅威はあるが充分対処できており差し当たっての大きな脅威はないといえよう」


 そうは言っても一度滅びかけた世界である。安定しているからといって安全だとはとても思えなかった。


「ところで、ヴァースに行ったら俺も魔法が使えたりするの?」


 修介の問いに老人は首を振った。


「おぬしがなんの知識もなしにいきなり『ファイアボール』と言って手をかざしたら火の玉が出た、というような魔法をイメージしているのなら、それは使えんの」


「お、おう」


 まさにそんな感じの魔法をイメージしていたので、修介は気恥ずかしさで顔が赤くなった。


「ヴァースの魔法はもう少し複雑で扱える者も限られておる。扱う為にはそれ相応の知識と修練が必要になるじゃろう。ここでは詳しくは教えん。興味があるのなら現地で調べるがよかろう」


「わ、わかった。そうする」


 気恥ずかしさもあって修介は素直に受け入れた。


「もういいかの。それではそろそろおぬしの転生体について説明するとしよう」


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