第3話 アルフレッド
「転生体?」
「おぬしが転生する肉体のことじゃ」
言いながら老人が再び水晶玉を操ると、そこにひとりの人物が浮かび上がってきた。
「これがおぬしが転生する肉体のアルフレッド君、五歳じゃ」
覗き込んだ水晶玉には、まだあどけない年頃の少年の顔が映し出されていた。
さらりとした金髪に整った白い顔。目は閉じられており、首から下がやわらかそうな布に覆われているので、おそらくベッドの上で眠っているのだろう。
顔は将来イケメンと言われること間違いなしの美少年であった。
だが、修介はその少年の顔を見た途端、なぜか得体のしれない不快感を覚えた。吐き気を
あらためて修介は少年の顔を見る。
部屋が暗いからなのか、顔色が悪いように見える。よく見ると額にうっすらと汗がにじんでいる。夢見が悪いのであろうか、ときおり
「なんか苦しそうですね」
「そうじゃな。このアルフレッド君じゃが、病で寿命が尽きようとしておる。あと数日の命といったところじゃの」
「まだこんな小さいのに……」
修介には同じ年頃の甥っ子がいるので、とても他人事には思えなかった。
「この子が死んだら、すぐにおぬしの魂をこの子の体に入れるのじゃ」
表情ひとつ変えずにそう告げる老人に対し、修介は露骨に嫌そうな顔を向けたが、老人は意に介した様子もなく話を続ける。
「王都ルセリアから南に位置する辺境伯の領地の三男じゃ。生まれながらにして高い魔法の素養がある。運動能力も将来的にはかなり高くなるじゃろう。おまけに眉目秀麗と非の打ち所がない肉体じゃ。転生先の肉体としては申し分ないであろう?」
「でも病気なんでしょう?」
「おぬしの魂を入れる際に病は取り除いておくから安心せい」
「……」
「おぬしの安全を最大限に考慮した人選じゃ。この肉体の潜在能力の高さは確かじゃ。鍛え方によっては英雄になれる器じゃろう。それに上級貴族の子供だから生活に困ることもない」
「確かに利発そうな顔してるし、おまけに金髪美少年だ」
修介は独り言のようにつぶやいた。
まぎれもない美少年だった。一〇年も経てばかなりのイケメンになっていることだろう。才能もあるらしいし、さぞかしモテるに違いない。自分とは似ても似つかない。
それ故に、修介は先ほどから抱いていた不快感の正体に気付いた。
「どうじゃ、この肉体なら問題あるまい?」
黙っている修介に老人は声を掛けた。
「わかった」
「そうか、では――」
「いや、わかったのは、俺がこの子の体に転生することができない、ということだ」
修介は老人の目をしっかりと見て言った。
「どういうことかの?」
ただでさえ細い老人の目がさらに細くなる。
「念のため確認なんだけど……」
「なんじゃ」
「俺は自分の記憶と意志を持ったまま、この子の体に入るわけですよね?」
「そうじゃな」
「じゃあ無理だ。やっぱりできない」
「なぜじゃ?」
「最初に転生って聞いた時はあまり深く考えなかったから気づかなかったけど、この子の顔を見て、この子の顔が自分の顔になるんだってリアルに想像した途端、気持ち悪くなったんです」
「……」
「人によっては気にしないのかもしれないけど、俺にはすごい抵抗があった。本かなんかで見たことがあるんだけど、人の体と心ってのは密接に関係しているんだってさ。容姿は人の心の根幹に関わる大事な要素なんだよ。俺は自分の顔がこの子の顔になることを、どうやら受け入れられそうにないみたいだ。たとえ優秀でイケメンだったとしても無理」
修介はかなり自己愛が強い人間だった。
自分のことを特別イケメンだとは思っていないし、直したいところも多々あったが、容姿を含め自分の体に愛着があった。他人の体になりたいと思ったことは一度もないし、女装したいと思ったこともない。ついでに変身願望もない。
MMORPGをプレイする時には自分に似た容姿のキャラを作った。
普通のRPGをプレイする時は「はい」「いいえ」しか言わない、自己投影型の主人公のRPGを好んでプレイした。
仮想世界で遊ぶ時ですら自分を投影しようとする程度には自己愛が強かったのだ。それが現実世界となればなおさらである。もちろん小さな子供の体を乗っ取るということに対する罪悪感もあった。だが、それ以上に自分の体がまったくの別人になることに耐えられる気がしなかった。
「……なるほどのう」
修介の言葉を受けて、老人はあご髭をしごく。
「あと、別の理由もある」
「一応聞こうかの」
「これも確認なんだけど、仮に俺が転生した場合、アルフレッド君は生き返ったという扱いになるの?」
「いや……実際には一度死んでおるが、すぐにおぬしの魂を入れるので、他の者から見たら翌日起きたら病が治っていた、という感じになるじゃろうな」
「やっぱりか……」
「それがどうかしたかの?」
「それってつまり、あと数日の命だと思っていた最愛の息子が、朝起きたら奇跡的に病気が治って元気になってるわけで、ご両親なんかはきっと大喜びで息子に駆け寄って抱きしめたりすると思うんだよね」
老人は黙って修介の言葉の続きを待つ。
「その元気になった最愛の息子の中身がさ、実はアルフレッド君ではなくて、四三歳のおっさんってことになるんだよね?」
「有り体に言えば、そうなるかの」
それがどうしたと言わんばかりの老人の態度に修介の感情はついに爆発した。
「外道過ぎて言葉もねーよ! よくそんな酷いことできるな! 仮に俺がその子の親だったとしたら間違いなく発狂するわッ! 自分の息子の中身がどっかの知らないおっさんに入れ替わってるとか考えただけでもんどり打って死ぬわッ!」
「おぬしがばらさなければ問題ないじゃろう」
「そういう問題じゃねーよ! 俺の心がその事実に耐えられないって言ってんの!」
修介はあらためて自分が相手をしているのが人間ではないのだと思い知らされていた。
「――とにかく、アルフレッド君は却下だ! っていうより他人の肉体に転生させるのはなしだ! それは俺のメンタルが耐えられない」
「そうは言うても、おぬしの転生後の安全性などを考慮した場合、この子の体に転生させるのが一番ええんじゃがのう」
「そうだとしても無理。ちなみに無理やりアルフレッド君の体に転生させたとしたら、間違いなく俺は無気力な人生を送ることになる。最悪自我が崩壊して廃人コースもありえるからな。それでも良ければ勝手にすればいい」
ちなみに自殺する勇気は修介にはない。
「……ふむ、それはそれで問題じゃのう」
老人はしばし思案顔になる。
「他に案はないの?」
キレたせいか、先ほどからちょいちょい怪しくなっていた修介の口調は今や完全にタメ口になっていた。
「あるにはあるが……あまりおすすめはできんのう」
「プランBがあるんだったら一応聞かせてくれ」
そう言われた老人は、ゆっくりと修介の全身を見まわし、最後に顔を見て言った。
「おぬしの今の体をそのまま別世界に送り込むんじゃ。つまり転生ではなく転移じゃの」
プランBは力技であった。
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