第251話 決戦

「どっせいッ!」


 気合の声と共に、修介はアレサを振り下ろした。

 ぱりん、と乾いた音が鳴り響き、ガラスのような見た目の障壁が粉々に砕け散った。魔力の残滓が床へ落ちては儚く消えていく。


『今のが最後の障壁です。ここからは時間との戦いです。急いでください』


「わかってる!」


 答えるよりも先に修介は走り出していた。

 この地下迷宮の主が戻ってくるよりも先に魔力炉を止める……それがもっとも簡単かつ確実な勝利への道筋だからである。

 やがて通路の先に空洞の入口が見えてきた。

 その向こうに怪しく光る巨大な建造物が鎮座している。それがアイナリンドの言っていた魔力炉であろうことはアレサに確認するまでもなかった。

 かまどの焚き口のような穴の中で強烈な光を発している球体が浮いており、その周辺では光の粒子が竜巻に巻き込まれたように高速に渦巻いていた。


『あの中心にあるのがコアです。あれに私の刃を当ててください。当てるだけでいいです。そうすれば後は私が処理します』


「心得た!」


 修介は足を緩めることなく一直線に魔力炉へ向かう。

 魔力炉の周辺には誰もいない。

 距離にすれば三十メートルほど。ほんの数秒でたどり着ける。


(いける――!)


 勢いのままにアレサを球体に向けて突き出す。

 その切っ先がコアに届こうかという瞬間――突然、何かに背中を掴まれ、凄まじい力で後ろへ引っ張られた。


「うおっ!?」


 派手に地面を転がされる。が、修介はすぐさま体を起こし、顔を上げた。

 すると、先ほどまで誰もいなかったはずの魔力炉の前に、黒いローブを纏った何者かが立っていた。

 ローブの袖から覗く病的なまでに色白の肌に、ルビーのような赤い双眸。サラやアイナリンドから聞いていた魔術師の特徴と合致していた。


(くそっ、間に合わなかった……)


 アレサをコアに接触させることはできなかった。

 無表情で佇む魔術師の周囲には、その怒りを代弁するかのように禍々しい魔力の光が闘気のように漂っている。

 だが、修介に臆する心はもはやなかった。

 そして、己の為すべきことがわかっているから、余計な問答も不要だった。


 ――戦いは静かに幕を開けた。


 修介はアレサを構えて無言のまま突進する。

 魔術師を相手にする時は決して足を止めるな――旅立つ前にサラから渡された紙に書かれてあった助言を思い出し、的を絞らせないように左右に細かくステップを刻む。

 魔術師が手の平を前に向けるのが見えた。

 魔法がくる――それがわかっても足は止めない。

 何が起きても即座に反応できるよう全神経を集中する。

 突然、周囲に霧のような煙が発生し、身体に纏わりついてきた。


(攻撃魔法じゃない!)


 ならば、警戒する必要はない。

 修介はアレサの切っ先を魔術師に向け、全力で突っ込んだ。




 魔法を受けても平然と向かってくる男の姿に、ルーファスは眉をひそめた。

 唱えたのは麻痺の術の上位魔法……相手の身体に魔力を送り込み、直接心臓の動きを止める即死魔法である。術を受けた者は苦悶の表情を浮かべながら無様に崩れ落ちる。これまでに何千回と見てきた当たり前の光景……。

 ところが、今回に限って即死魔法はその名の通りの効果を発揮しなかった。

 男はまるで何事もなかったかのように突っ込んでくる。


 ルーファスは素早く不可視の盾の術を前方に展開した。が、見えざる盾は剣の一振りで粉々に打ち砕かれた。

 さすがにこれにはルーファスも度肝を抜かれた。続けざまに繰り出された切っ先を転がるようにして躱すと、身体を宙に浮かせて追撃から逃れた。


(……どういうことだ?)


 間違いなく魔法は正常に発動していた。魔法王の魔法に抵抗できる者など、皇帝を除けば同じ魔法王か上位魔神くらいしか存在しないはずなのだ。それを抵抗されたというのは、にわかに信じがたい出来事だった。


 ルーファスは眼下にいる男をあらためて見る。

 なんの変哲もない、ただの人間に見える。魔法王に匹敵するような強大な魔力も、キリアンやデヴァーロといった使い魔の持つ武の気配も持っておらず、どう見ても地上にごまんといる家畜の一匹にしか見えない。

 だが、これまでのわずかな攻防の間に、常識を覆すような出来事がいくつも起こっていた。

 魔力場の中に入った者はたとえ何者であろうと必ずその影響を受ける。だが、この男は魔力場の中を平然と動き回っているのだ。それ以前に無数の罠と魔動人形ゴーレムを掻い潜ってどうやってここまでたどり着いたのか。


(あれは……)


 ルーファスは男の持つ剣を見て目を見張った。

 その剣には見覚えがあった。正確には先代の魔法王から受け継いだ知識の中にあったというべきか。

 それは魔力付与の権威として知られていた魔法王サーヴィンが生み出した三本の魔剣のうちの一振りだった。なぜそれを持っているのか。


(こいつはいったい何者だ……?)


 ルーファスの脳内には、かつてないほどの警笛が鳴り響いていた。




 空中で静止している魔術師を見て、修介は大胆な行動に打って出た。

 本来の目的を遂行――すなわちコアの破壊である。

 躊躇なく魔術師に背を向け、魔力炉へ突進する。


「――小賢しい真似を!」


 その意図に気付いたルーファスは破壊魔法を放とうと手を翳した。

 だが、その先にある魔力炉を見て躊躇した。

 本来であれば破壊魔法で周辺を吹き飛ばしてしまえば簡単に始末できる。だが、稼働中の魔力炉の傍でそんな真似をすれば、この地下迷宮どころか周辺一帯が跡形もなく消し飛んでしまうだろう。

 迷いのない動きから、相手もそれを理解した上で立ち回っているのは間違いなかった。

 状態異常系の魔法は効果がなく、範囲攻撃魔法は使えない。距離を開けすぎれば魔力炉が狙われる。

 ルーファスにとって魔力炉はなくてはならない存在だが、この場の戦いに限っては完全に枷となってしまっていた。


(……やむを得ん)


 ルーファスは虚空に向かって手を伸ばすと、異界の門を開き、そこから一本の魔剣を召喚した。

 イステール帝国の魔術師は魔法以外の手段を用いることを何よりの恥としていた。ましてや己の肉体を使って戦うなど奴隷の所業だと見下していた。

 だが、一度奴隷の身に落ちたルーファスは、その手のプライドを持ち合わせていない。どのような手段を使おうと勝利し、生き延びることをなによりも是としてきた。だからこそ魔法王になることができたのだ。ここで魔法に拘り続けて不覚をとるなど愚者のすることである。

 ルーファスは全身に身体強化の魔法を施すと、標的の背に向かって一気に急降下した。


『マスター!』


 アレサの声に、修介は反射的に横に跳んだ。

 直後に暴風を纏った何かが一瞬前までいた場所を通り過ぎた。

 修介が起き上がると、いつのまにか魔力炉の前に剣を手にした魔術師が立ち塞がっていた。


「……あいつ剣なんて持ってなかっただろ」


 修介は荒い息を吐きながら文句を言った。


『召喚系の魔法で取り寄せたのでしょう』


「くそっ、もうなんでもありだな」


『相手もことごとく魔法を無効化されて似たようなことを思っているはずです。それよりも気を付けてください。敵は魔法で戦闘力を強化しています』


「やっぱそうきたか……」


 修介がもっとも警戒していたのが、これだった。

 身体強化の魔法は人間に常識を超えた力をもたらす。このレベルの魔術師が使う身体強化魔法となれば、その効果も並ではないだろう。


「ここからが本番だな」


 修介はごくりと唾を飲み込み、アレサを正眼に構え直した。


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