第250話 傑物
騎兵隊がグラスターの街に到着した時、その数は百騎にも満たなかった。
これは進軍速度を優先させた結果、合流に間に合わなかった部隊や歩兵隊のすべてを置き去りにするしかなかったからである。
しかも、当初は南門から突入し敵の後背を突くつもりだったのだが、南門が瓦礫の山と化していて通行できず、迂回して東西の門から突入せざるを得なくなった。
急遽部隊をふたつに分けた騎兵隊は、グントラムが東門から、ランドルフが西門から街に突入した。
不幸中の幸いというべきか、
ぎりぎりのところでそれを食い止めていたのは冒険者たちだった。
ギルド長オルダスが所属する冒険者たちに緊急依頼を出して主だった街路に防衛線を構築させていたのである。無論、事前に領主とギルドとの間にそういう取り決めがなされていたからだが、この非常時にそれを速やかに実行に移せる指揮能力は、オルダスの優秀さを十分に示すものと言えた。
ランドルフは
「オルダス殿!」
「おう、ランドルフ卿か! 待ち侘びたぞ!」
オルダスは薄くなった頭髪を撫でながら喜色を浮かべた。
「して、戦況は?」
「よくない。とにかく敵の数が多すぎる。だが、奴らは騎士団本部や各神殿といった主要な施設だけを狙っているようでな。そこに至るまでの街路を守るだけで済んでいる分、なんとか凌げている、といったところだ」
「……ご助力、感謝いたします」
「契約を守っただけのことだ。卿に礼を言われる筋合いはない。どうしてもというなら実際に体を張っている冒険者たちに言ってやってくれ」
オルダスはそう言うと、ランドルフの部隊が通れるよう道を空けた。
「さぁ、最強の騎士と呼ばれる卿の実力、とくと拝見させてもらおう」
その言葉の後を引き継ぐように、副官サームが背後から声をあげる。
「隊長、我らはいつでもいけます。ご命令を」
ランドルフは力強く頷いた。
「これより我々は街路に沿って南下しつつ、道中にいる
「はっ!」
「よしっ、続けぇッ!」
ランドルフを先頭に騎兵隊が一斉に突撃した。小型の
複雑に入り組んだ街路も、彼らにとっては庭みたいなものである。敵を蹴散らし、縦横無尽に駆け抜けていく騎兵隊の勇姿は、ランドルフの鬼神のごとき戦いぶりと相まって、人々の心を覆っていた絶望の闇を吹き飛ばすに十分だった。
「俺たちも最強の騎士に続くぞ!」
「グラスターの民よ立って戦え! 俺たちの街を守るんだ!」
各所で戦っていた兵士や冒険者たちが一斉に攻勢に出る。熱に浮かされたかのように、近くいた住民たちも戦いに加わっていく。
その勢いはとどまるところを知らず、戦況は徐々に人間側に傾いていくのだった。
「……いつの時代にも傑物とはいるものだな」
ルーファスは使い魔との視覚共有を切り、感心したように呟いた。
騎兵を率いている戦士の実力もそうだが、なによりも彼の目を引いたのは、大量の
あの老魔術師が使った魔法の威力は、魔門を開いていない魔術師としては、ありえない領域に到達していた。少なくとも同等の魔力とマナで同じ威力の破壊魔法を行使することは帝国時代の魔術師でも不可能だろう。
イステール帝国ではいかに魔力を強くするかがすべてだった。その為に魔門を開き、魔力炉という魔導装置まで生み出した。
一方、この時代の魔術師は貧弱な魔力と少ないマナで魔法を扱う為に、帝国時代とはまったく異なる方向へと魔法技術を進化させてきたのだ。その事実はルーファスの知的好奇心を刺激した。
「随分と余裕そうだけど、そんな悠長に構えていていいのかい?」
その声にルーファスは長らく閉じていた目を開く。
「……どういう意味だ?」
「もうまもなく、ここに騎兵隊がやってくる。君だってとっくに気付いているはずだ」
セオドニーに言われるまでもなくルーファスは気付いていた。
東門から突入した騎兵隊がここを目指していることは、使い魔から送られてくる映像で確認済みである。その勢いはすさまじく、そう時を置かずにやってくるだろう。
だが、ルーファスはまったく意に介していなかった。
仮に千の騎兵隊がやってこようが、先ほどの老魔術師がやってこようが、なんの脅威にもならない。
魔法王とは、そういう存在なのだ。
「それで?」
「僕個人としては、君が尻尾を捲いて逃げてくれることを期待しているんだけど……」
「その必要性を感じないな」
「まぁ、そう言うだろうと思ったよ」
セオドニーはやれやれと言いたげに肩をすくめる。
「君が魔法王かどうかはさておくとしても、今の我々では君を倒すことが不可能なのは動かしがたい事実だろうからね」
「ならば服従を誓って命乞いでもするか?」
「それも業腹だよねぇ」
感情のこもっていない声で貴族の青年が答えた。
今やルーファスは目の前の男に明確な警戒心を抱いていた。
戦闘力という点ではなんら脅威ではない。だが、その落ち着き払った態度は、あきらかに普通の精神状態ではありえないものだった。
事実、先ほどから何度か精神支配の魔法を試みていたが、すべて抵抗された。帝国時代でさえ、魔法を抵抗されたことなど片手で数えられる程度だった。本来、魔門を開いていない者が開いた者の術に抵抗することなど不可能なはずなのだ。
それをこの男は抵抗した。いや、魔法を掛けられたことさえ自覚していないようだった。その精神性はあきらかに異常と言わざるを得ない。
ルーファスは右手を上げ、見えざる触手を伸ばす。
魔力とはマナと人の魂が紡ぎ出す精神エネルギーである。その人間のことを知るには、直接魔力に触れ、深層意識を探るのがもっとも有効な方法である。精神干渉系の魔法が得意なルーファスにとって、それは造作もないことだった。
伸ばした触手が、セオドニーの魔力に触れた。
ルーファスは最初に驚愕し、次いで納得した。
一つの肉体に三つの魂。
セオドニーという青年の肉体には、三つの魂が宿っているのだ。
一つはおそらく肉体の持ち主のものだろう。その魂に、残りの二つの魂が複雑に絡みついているような構図だった。
そのせいで心が壊れている。感情表現がおかしいのは、肉体と心が上手く連動できていないからであろう。
であれば、先ほどまでの態度も納得がいく。
帝国時代に何度か似たような症例に遭遇したことはあった。
だが、それらの症例と決定的に違うことがある。
それは、ひとつの魂が複数に分裂したのではなく、それぞれがまったく異なる性質を持った魂として別個に存在していることだった。
しかも、そのうちのひとつは、精神の奥深くに巧妙に潜んでいる。魔法に抵抗していたのは、おそらくこの魂だろう。
おそろしく強い魔力の持ち主だった。
それほどの強い力を持つ存在など必然的に限られる。
その正体を確かめようと、さらに魔力の触手を深く潜り込ませる。
そして正体にたどり着いたとき、ルーファスは思わず声を上げて笑っていた。これほど笑ったのは、魔門を開いてからは初めてかもしれなかった。
高笑いするルーファスに、セオドニーが不審の目を向けた。
「なにか面白いことでもあったのかい? そんな笑われるようなことをしたつもりはないけど?」
ルーファスは口元に笑みを残したまま青年の顔を見た。
「いや、これほど滑稽なことはない。その様子だと、お前は自分が何者なのかに気付いていないようだからな」
「そんな訳知り顔で語られると、さすがに不愉快だね」
そう口にした貴族の青年の表情に、かすかな焦りが滲んでいるように見えた。
その反応でルーファスは確信する。この男は自身の異常性にある程度は気付いているが、その原因までは理解できていないのだと。
「不愉快か……。俺にはお前が本気でそう思っているとはとても見えんがな」
「君が僕の何を知っていると言うんだい?」
「答えてやる義理はないな。研究材料としては魅力的だが……お前の存在は俺にとっても都合が悪い。自分が何者か知らぬまま、ここで死ね」
ルーファスは冷たく言い放つと、右手を前に翳し、短く呪文を詠唱する。
だが、術が発動する直前、脳裏に警告を知らせる光が明滅した。
「――ッ!?」
ルーファスは慌てて詠唱を止めた。今のは魔力炉に通じる通路に展開してあった防護障壁が破壊されたことを知らせるものだった。
(どういうことだ?)
状況を把握すべくデヴァーロに意識を繋げようとしたが、気配が完全に消えていた。
殺されたのだ。それ自体はたいした問題ではない。ルーファスにとって使い魔が死のうが拠点が破壊されようが、どうでもよかった。
重要なのは魔力炉である。
魔力炉さえあれば足元が揺らぐことは決してない。
だからこそ、その防備には万全を期していた。魔力炉に通じる通路には無数の竜牙兵と魔法の罠を設置し、魔力の障壁まで設けてあった。たとえ万の軍隊であろうと突破できないだけの備えである。
それを突破して魔力炉に近づいている者がいる――。
ルーファスは魔力炉に危機が生じた際に強制的に魔力炉の元へ転送されるよう、自身の体内に魔法の術式を仕込んでいた。
すでに、その術が発動している。
足元を中心に魔法陣が展開され、淡い光が全身を包み込んでいく。
視線を感じて顔を上げると、貴族の青年が先ほどまでの動揺が嘘のように酷薄な笑みを浮かべていた。
だが、その真意にたどり着く前に、ルーファスの姿はこの場から掻き消えていたのだった。
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