第249話 確認

 グラスターの街が襲撃を受けていることなど露知らず、修介は魔力炉を止めるべく、迷宮の最奥を目指して走っていた。

 通路の両脇には無数の竜牙兵ドラゴン・トゥース・ウォリアーが彫像のように並んでいる。おそらく見えていないだけで魔法の罠も仕掛けられているのだろう。

 それらの妨害を排して魔力炉までたどり着くのはまず不可能に近い。

 ただしそれは普通の人間ならば、の話である。

 動く気配がまったくない竜牙兵の横を全速力で駆け抜けていく修介は、この地下迷宮の主にとって悪夢のような存在であった。


『マスター、止まってください』


 唐突にアレサが声を上げた。

 基本的にアレサの指示には盲目的に従う修介だが、さすがにこの時ばかりは従わなかった。今この瞬間も仲間たちが竜牙兵の大軍と戦っており、わずかな遅れが致命的な結果に繋がりかねないからである。


「俺が急いでるのは知ってるだろう」


『知っています。その上で言っています』


「どうせ無謀な真似をするなって言いたいんだろ?」


『いいえ、違います。無謀だとは思っていますが、今さらそれを諫めるつもりはありません』


「じゃあなんだよ?」


『この先に魔法の障壁が設けられています』


「障壁?」


 修介はそこでようやく足を止めた。


『侵入者の通行を阻止する為の、いわばバリアみたいなものです。当然、マスターも通ることはできません』


「また厄介なものを……」


 状態異常を引き起こす魔法と違い、物理的に干渉する魔法は体質とは関係なく効果を発揮する。当然、無視して通り抜けることはできないだろう。

 その可能性に思い至らなかったのは迂闊としか言いようがないが、かといって今さら引き返して仲間を連れて来たところで、道中にいた竜牙兵に襲われるか、魔法の罠が発動するかのどちらかである。


「なんとかその障壁を突破する方法はないのか?」


 修介は無理を承知で尋ねてみる。


『あります』


「そう言わずに――って、あるの!?」


 てっきりいつものテンプレ回答が返ってくると予想していた修介は素で驚いた。


『方法については後ほど説明します。問題なのは障壁を突破した後です』


「どういうことだ?」


『障壁を破壊すれば、間違いなく敵に気付かれます』


「けどナーシェスの話じゃ留守にしてるって」


『この先にある魔力炉は、この迷宮の主にとっての生命線です。異常を察知したらすぐに戻って来られる手段くらい用意していると考えるべきでしょう』


「つまり、戦いは避けられないってことか……」


『今回の敵は、これまでマスターが戦ってきたどの敵よりもはるかに危険な存在です』


「……ひょっとして、ナーシェスが言ってた魔法王って奴か?」


『その質問には回答出来かねます。ですが、それと同等の存在であるとだけはお伝えしておきます。それでもマスターは先に進みますか?』


「……」


 サラから聞いた話では、その魔術師は無詠唱で手から電撃のようなものを放ったという。イリシッドの魔法は弾き返すことができたが、今回も同じようにいくとは限らない。マナのない体質で攻撃魔法をまともに喰らえば、まず無事ではすまないだろう。

 だが、修介に迷いはなかった。沈黙は覚悟を固める為の、いわば儀式の時間だった。


「……ああ、進むよ。今さら引き返したところで何も解決しないからな。多少無茶でも、みんなを助けられる可能性があるなら俺は行く」


『どのような代償を支払うことになっても、ですか?』


「さすがの俺もここまで来て二の足は踏まないって。自分で言うのもなんだが、それなりに場数を踏んできたって自負もある。それにさ、その魔術師がサラやヴァルを傷つけた犯人だっていうなら、きっちり落とし前はつけないといけないしな」


『随分と勇ましくなりましたね』


「違うって」


 修介は苦笑する。


「そうやって必死に戦意を掻き立ててるんだよ。結局、俺はどこまで行っても臆病者のままなんだ。今も代わってくれる奴がいるなら全財産を渡しても構わないって思ってるくらいだ。だけど、そういうわけにもいかんだろ。こいつはたぶん俺にしかできないことで、おまけに自分で選択した戦いだからな」


 それから少しのあいだ、アレサは沈黙した。

 即答が基本の彼女としては珍しいことだった。


『……マスターのお気持ちはわかりました』


「おう」


『では、ここからは私も全面的に協力します』


「おう――へ……?」


 咄嗟に意味が理解できず、修介は間抜けな声を出してしまった。


『時間がありません。後は移動しながら説明しますので走ってください』


「わ、わかった」


 わけがわからぬまま、修介は移動を再開した。

 今までアレサが陰で手を貸してくれたことは何度もあったが、ここまで堂々と宣言したのは初めてのことだった。

 たしかに、ここ最近のアレサは協力的ではあった。それ自体は心強く感じていたが、同時にある種の不安も掻き立てられた。

 かつて魔獣ヴァルラダンとの戦いでアレサを失いかけた時のことを思い出し、修介は無意識のうちにアレサの柄を強く握りしめていた。


「だ、大丈夫なんだよな?」


『質問の意図がわかりかねます』


「いやだってなぁ……最近やけに協力的なのが気になるんだけど……」


『以前にも申し上げましたが、私の心はマスターとの生活を通じて日々成長しています。今回のことはその成果だと思ってください。ただし、あくまでも今回だけの特例です。私はマスターをサポートするガイドに過ぎないのですから』


「その体面にやたらとこだわるよな、お前」


『ご不満ですか?』


「そんなことはないが……頼むから無茶はしないでくれよ?」


 そんな言葉がつい漏れ出てしまうあたりが修介の心の弱さの表れであろう。


『マスターにだけは言われたくない台詞ですね。それに多少の無茶をしなければ勝てない敵です』


「協力すれば勝てるのか?」


『マスター、私に未来予知の機能はありません』


 かつて九十三%という数値に踊らされた経験のある修介としては、なにげに聞き捨てならない発言だったが、この場は流すことにした。


『――ですが、勝てるとしたら、それはマスター以外にはなし得ないと考えています』


「未来は自分の手で切り開けってか……」


『そのお手伝いをさせていただきます』


 アレサのその一言で、修介は腹を括った。

 悩んだり反省したりするのは、今じゃなくてもできる。どのみち戦って勝たなければ、自分の命も仲間の命も失われるだけなのだ。


「……わかった。あらためて力を貸してくれ、アレサ」


『承知しました、マスター』


 すると、まるでふたりの会話が終わるのを待っていたかのように、通路の向こうに淡い光を放つ半透明の壁が姿を現したのだった。


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