第252話 相打ち

 修介とルーファスが魔力炉の前で激しい戦いを繰り広げる一方で、地下迷宮の通路では調査団が人ならざる軍団に一方的に攻め立てられていた。

 次々と襲い掛かってくる竜牙兵に、調査団の兵士たちは後退を余儀なくされる。とにかく一体一体の戦闘力がとてつもなく高いのだ。探索者たちは最初から戦うことを放棄していて前に出ようとしないくらいである。


 それでも戦線が崩壊せずに済んでいるのは、一度に大量の敵を相手にせずに済む狭い通路と、紫衣者しいしゃによる魔法の援護、そしてデーヴァンという傑出した戦士のおかげだった。

 マレイドから魔法の援護を受けたデーヴァンは竜牙兵を物ともせず、獅子奮迅の活躍を見せていた。周囲にはすでに数えることが不可能なほどの竜牙兵の残骸が転がっている。

 だが、彼の戦い方は一撃の振りが大きい分、どうしても隙が大きくなる。幾度となく攻撃を受けてあちこちから出血しており、さらに肩で息をしていた。戦闘が始まってから、ずっと戦い続けているのだから当然だった。


「兄貴、一旦下がれッ!」


 イニアーの指示にもデーヴァンは頑なに下がろうとしない。竜牙兵とまともに戦える者が限られていることを理解しているからだ。

 たしかにデーヴァン以外で竜牙兵とまともにやり合えているのは、マシューとタイグだけである。それ以外の者は五合ともたずに斬り殺されるか、負傷して後ろへ下がるかのどちらかだった。

 デーヴァンは自身が下がることで、犠牲者が増えることを懸念しているのだ。戦場では味方を見捨てないという彼の漢気が悪い方向へ出てしまっていた。


「おい、急いでくれ」


 イニアーは駆け寄ってきたシーアに負傷した腕を向ける。つい先ほど乱戦の中でやられたのだ。

 シーアは傷口を見て黙って頷くと、癒しの術の詠唱を開始した。


「ところで、旦那はどうした?」


 イニアーは周辺を見回しながら尋ねた。


「シュウ君ならひとりで迷宮の奥へ向かったよ」


 答えたのはナーシェスだった。シーアの背に手を当ててマナの供給を行っている。


「なるほどね……」


 それだけでイニアーは大体の事情を察した。

 たしかに修介がいればこの場の戦いは楽になるだろう。だが、それでは根本的な打開策にはならない。ひとりで迷宮の奥へ向かうなど無謀としか思えないが、皮肉なことに今の状況では彼の無謀な行動こそが最後の希望だった。


「俺らの命運は旦那の手に委ねられたってわけか……」


「不満かい?」


「いや、案外悪くない賭けだと思うぜ」


 イニアーの言葉にナーシェスは驚いたように眉を上げた。


「君がそんなこと言うなんて意外だね」


「そうか? 俺はこう見えても旦那の事を高く評価してるんだぜ? 正確には旦那じゃなくて、旦那が持つ悪運を、だがな。こう言っちゃなんだが、旦那は実力に比べて立ててきた手柄がデカすぎる。俺はあまり信心深い方じゃないが、ああいうのを神懸かり的って言うんだろうぜ。期待するなって言う方が無理ってもんだろう」


「なるほどね」


 ナーシェスにはイニアーの言いたいことがわかるような気がした。

 短い付き合いなのでそこまでの実感はないが、修介が谷底に落ちてもほぼ無傷で生きていた挙句、アイナリンドの元に先にたどり着いていたというのは、たしかに出来過ぎだとは思っていたのだ。

 イニアーは悪運と称したが、ナーシェスは修介が何か大いなる力に守られているような、そんな印象を抱いていた。


「終わりました」


 治療を終えたシーアが手を離した。

 イニアーは軽く腕を振って具合を確認する。


「問題なさそうだ。助かったぜ、ありがとよ」


「当然のことをしたまでです」


 平然と答えるシーアだったが、その顔色は優れない。いくらナーシェスからマナが供給されているといっても、魔法の行使には相当な集中力を要する。無理をしていることは誰の目にもあきらかだった。

 それでも彼女は癒しの術を使うことをやめないのだろう。生命の神の信徒として最後まで誰かの命を救うことに殉じるつもりなのだ。


(なら、俺も俺の選んだ道を行くとするか)


 イニアーは心の中でそう呟くと、兄のいる乱戦の中へ戻った。

 実力で竜牙兵に敵わないことはわかっている。だから、ただひたすら兄の背中を守ることだけに集中する。

 暴風を纏って振り回される戦棍メイスの嵐の中で、兄を狙う竜牙兵の動きを牽制するように剣を振るう。デーヴァンの戦い方からその癖に至るまで、全てを知り尽くしているからこそできる動きである。

 何十人という敵兵に囲まれても崩されることのなかった無敵の型……これが十年以上の歳月をかけて研鑽を重ねてきた傭兵兄弟の戦い方だった。


 デーヴァンの戦棍によって、竜牙兵が次々と打ち倒されていく。

 だが、兄の体力がとうに限界を超えていることは、傍で戦っているイニアーには手に取るようにわかった。


「兄貴、頼むから一旦下がってくれ!」


 その声が聴こえているであろうに、デーヴァンはまるで何かに取り憑かれたかのように戦棍を振るい続けている。

 なにかがおかしい――そうイニアーが感じた直後だった。


「うわっ!?」


 近くで戦っていた兵士のひとりが、足元の残骸に躓いて転倒した。

 ほんの一瞬、デーヴァンはそれに気を取られた。

 本来であれば、その程度で彼が隙を見せることはなかっただろう。

 だが、尽きることのない竜牙兵の猛攻は、デ―ヴァンという最強の戦士からすべての余裕を奪い去っていた。

 二体の竜牙兵の剣が左右から同時にデーヴァンに襲い掛かる。片方は戦棍メイスで弾いたが、もう一方の攻撃には間に合いそうもなかった。


「兄貴ッ!!」


 イニアーは咄嗟に兄と刃の間に割って入っていた。その動きは、これまでの彼の戦歴の中でも最速だった。

 身体が勝手に反応していた。

 完全に無意識だった。

 竜牙兵の凶刃がイニアーの身体に埋め込まれ、鮮血が雨のように床を叩く。

 だが、同時にイニアーの剣も竜牙兵の頭蓋を粉砕していた。


(ま、相打ちなら俺にしちゃ上出来か……)


 口から熱い塊が吐き出される。

 イニアーは自身の死を覚悟した。残念だが仕方がないと思った。

 ただ、兄をひとり残してしまうことが無念でならなかった。

 その感情が素直に口から出た。


「兄貴……すまん……」


 イニアーはあっけなくその場に崩れ落ちた。


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