第41話 薬草ハンター
それは記録更新の達成のお祝いと称して修介が珍しくギルドの近くにある酒場で祝杯をあげようとしていた時のことだった。
普段よりも少しだけ豪勢な食事と高いお酒を楽しんでいたところ、突然後ろから声を掛けられた。
「いよぅ、薬草ハンター様じゃねぇか。随分と景気が良さそうだなぁ」
修介が振り向くとそこには体格の良い三人の冒険者がにやにやと笑みを浮かべながら立っていた。
真ん中の大男に修介は見覚えがあった。
以前、修介が絡まれていたサラを助けようとして返り討ちにあった、あの時の筋肉達磨だった。当時の修介は当然知らなかったのだが、男の名はゴルゾといい、この街の冒険者としては良くも悪くも有名な男であった。
ゴルゾは冒険者としてこの街でも一、二を争うほどの実力を持つと評価されている反面、粗野で粗暴な性格が災いして他の冒険者や依頼人と問題を起こすことでも有名だった。
新人冒険者をいびることにも余念がない彼にとっては、新人でありながらギルドの記録を更新した修介は格好の標的なのだろう。
「どうも……」
修介は嫌な奴に絡まれたな、と思いつつもそれを表情に出さないよう注意しながら軽く会釈を返した。どうやら『薬草ハンター』というのは修介に対する称号のようだが、それが不名誉に属する称号であることは疑いようもなかった。
「おいおいしけた挨拶してんなよ、ゴルゾさんに失礼だろうが!」
ゴルゾの取り巻きが修介に詰め寄ろうとする。
「おいおい、あまり新人を怖がらせるなよ。なんといっても薬草ハンター様は薬草しか相手にできない臆病者なんだからな」
ゴルゾがそう言うと取り巻きの二人は下品な笑い声をあげて「それもそうだな」と同調する。
「……それで、俺に何か用か?」
平静を装いながら修介はそう言ったが、頭の中ではボコボコにされたかつての記憶が鮮明によみがえって怖気づいていた。あの時より修介は遥かに強くなっているはずだが、ゴルゾとの実力差はたかだか数か月鍛えた程度では埋まらないことを、強くなった今だからこそはっきりと理解していた。
修介が怯えているという雰囲気を察したのか、ゴルゾは満足げに頷くとごつい手を修介の肩に置いた。
「いやなに、優秀な薬草ハンター様に薬草採集のコツを教えてもらおうと思ってな」
「教えてもらっても薬草採集なんてやらねーけどな」
取り巻きのひとりがヤジを飛ばすと、もう一人が「ぎゃはは」と下品に笑う。
修介は一瞬だけ取り巻きに目を向けたが、すぐにゴルゾに視線を戻す。
「別に本気で知りたいわけじゃないだろう?」
「いやいや、そんなことはねーぜ? 俺も妖魔と戦わずに楽に稼ぐ方法をぜひとも知りたいと思ってるんだよ」
ゴルゾはにやにやといやらしい笑みを浮かべる。
修介はどうやってこの場を凌ぐか必死に頭を回転させる。
まったく妖魔と戦ってないわけではないのだが、ここでそんなことを言ったところで火に油を注ぐようなものだろう。
そもそも彼らの目的は修介を馬鹿にすることなのだ。自分が圧倒的強者で、相手がその暴力に逆らえないとわかっているからこそ、傲慢な態度で自分よりも弱い者を見下して悦に入るのだ。そして誰もそれを咎めることができないからゴルゾの自尊心は際限なく肥大化してしまったのだ。
そんなアホに付き合ってられるか――というのが修介の本音だった。
修介はそれほどプライドが高い人間ではない。本来であればへらへらと笑って受け流すことでその場に波風が立たないのであれば、多少馬鹿にされた程度では怒りを見せるようなことはなかったし、強者に逆らうようなこともしなかった。
だが、いくらプライドが高くないといっても、こんな奴にこびへつらってまでこの場を収めようという気にはなれなかった。転移する前ならそうしたかもしれないが、せっかく生まれ変わったというのに、前と同じような人生を歩むことには抵抗があった。
幸い、何度か死線を潜ったおかげで多少の暴力には耐性ができていた。それに、いくらなんでもこの場で殺されることもないだろう。
「悪いが商売上の秘密なんだ。他所をあたってくれ」
修介は真顔で答えた。
それを聞いたゴルゾは咄嗟に意味が理解できなかったのか、呆けた顔をした後、その答えが自分の望んでいたものではないと気付いて態度を豹変させた。
肩に置いていた手を修介の胸倉に移動させると、そのまま掴んで持ち上げた。
がたんと音を立てて修介が座っていた椅子が倒れた。
その音で周囲の人間も異変に気付く。
「てめぇ、舐めた態度を取ってんじゃねぇぞ」
「舐めてんのはそっちだろう。俺が気に食わないなら最初からそういう態度でくればいいんだよ。薬草採集だって立派な仕事だろうが。馬鹿にすんな」
修介としてはここまで言うつもりはなかったのだが、ゴルゾの反応があまりにも予想した通りだったので、つい売り言葉を買ってしまったのだ。
「上等だ……表に出ろ」
ゴルゾは凄まじい怒気を放ちながら修介を睨みつける。
だが、修介はそれに付き合うつもりはなかった。
「それは断る。俺じゃあんたには絶対に勝てないからな。できれば無駄なことはしたくない」
さも喧嘩を買うような言い方をしておいて勝負を放棄しているのだから、言った本人ですら呆れるような身勝手さであった。
予想外の修介の言葉にゴルゾは再び呆けた顔を浮かべた。どうやら頭の性能はあまり良くないらしい。
ようやく意味を理解したゴルゾは修介の胸倉をつかんだまま顔を近づけると、強烈な頭突きを繰り出した。
ゴンという嫌な音がし、衝撃で目の中に火花が散った。
後ろに吹き飛びそうになるのをゴルゾが強引に引き戻す。もう一度頭突きを食らうことを覚悟して修介は歯を食いしばった。
だが、二発目はこなかった。代わりにゴルゾは修介の耳元に顔を近づけると、低い声で凄んだ。
「身の程をわきまえろよ、臆病者が」
そう言って修介を突き飛ばした。
「いでっ!」
後頭部をしたたかにテーブルに打ち付けて修介は床に倒れた。
その姿に取り巻きが「情けねぇ野郎だな」と馬鹿にしたように笑い声をあげる。
だが、それでゴルゾは修介に興味を失ったのか、つまらなそうに「ふん」と鼻を鳴らすとそのまま自分のテーブルへと戻っていった。
もっと派手に暴れることを期待していた取り巻きは「もういいんですかい?」と拍子抜けしたように後に続いた。
修介はゴルゾが去ったことを確認すると、ゆっくりと体を起こした。
周囲にいた客が「災難だったね」と手を差し出してくれたので、修介は「どうも」と言ってその手を掴んで立ち上がる。
絡まれ方からいってこの程度で済んだのは幸運だったと言えるが、そもそも絡まれたこと自体が不幸なのだ。当然気分は最悪だった。しかも、下手をしたら完全に目を付けられたかもしれない。今後は可能な限りゴルゾとは顔を合わせないように注意する必要がありそうだった。そんなことを考えなければならない自分が情けなかったが、実力で敵わない以上、そうするより他に方法がなかった。
それよりも「臆病者」と言われたことが心に重くのしかかっていた。
修介が薬草採集の依頼を積極的にこなす理由のひとつに「薬草採集なら妖魔と戦わなくて済むかもしれないから」という思いがあったのは確かだったからである。
プライドは強くなくとも、自分が気にしていることを指摘されればそれなりに心に傷を負うのは当然である。臆病者という指摘は自覚があるだけに今の修介には結構堪える言葉だった。
その日を境に修介は他の冒険者達から『薬草ハンター』と呼ばれるようになった。おそらくゴルゾの取り巻き達が言いふらしたのだろう。
修介は極力気にしないようにしていたが、悪意のない見ず知らずの冒険者にまで「よう薬草ハンター、今日は何本だ?」と声をかけられると、さすがにこのままではまずいと思うようになっていた。
冒険者は舐められたら終わりの商売である。周囲の評判に踊らされているようで癪だったが、放っておいては今後の冒険者の仕事に悪影響を及ぼしかねない。薬草採集の依頼のみをこなす修介は、たしかに冒険者というよりただの薬草の専門業者みたいなものだった。
仮にこのまま薬草採集を極めて称号が『薬草王』になったとしても状況は変わらないだろう。結局、臆病者というコンプレックスを克服しない限りは根本的な解決にはならないのだ。
(やっぱり妖魔討伐の依頼をこなす必要があるな……)
プライドの為に命を掛けて戦うなんて以前の自分では考えられないことだった。
それが成長なのか変化なのかはわからなかったが、少なくともへらへらしていた以前の自分よりは好きになれそうだと修介は思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます