第40話 薬草採集
「ここがアプスラの花が咲いているという森か……思っていたよりも遠かったな……」
早朝に出発してから実に二時間半掛けてひたすら歩いてきたので、まだ仕事を始めていないというのに修介は若干の疲労感を覚えていた。これで帰りも二時間半掛けるのかと考えるとこの仕事が不人気なのも大いに納得できた。
『森に入る前に一度休憩を取ることを推奨します』
「……そうしよう」
修介はアレサの提案に素直に従って、近くにあった岩の上に座り込んだ。
時刻はおそらくまだ朝と言える時間のはずである。依頼達成の為には最低でも一〇本は採取しなければならず、それに要する時間がわからないこともあって、時間にはかなり余裕を持たせていた。
「比較的小さな森だって聞いていたけど、それは精霊の森だったり南の大森林が比較対象だから言える話であって、実際に目の当たりにするとやっぱり広いな……」
森の木々を見ながら修介は感心したように呟いた。
『アプスラの花は群生しているので、一度咲いている場所を見つけてしまえば、ある程度は容易に数を集められるはずです』
「なるほどね」
ここで無双系ラノベ主人公のように『
だが、修介には備わっていないが、ほぼチート級の優秀さを誇るアレサには似たような機能が備わっていることを修介は知っていた。
「そこで、超優秀な美剣であるところのアレサさんにお願いなんですが……」
『突然なんですか』
「アレサさんの探索機能で群生地の場所を探してもらうわけにはいきませんか?」
『やけに自信があるように見えたのは、そんなことを考えていたからですか……』
「い、いいだろ別に。利用できる物はなんでも利用する主義なんだよ!」
アレサの呆れたような物言いに修介はどもりながら反論する。
『やるのは構いませんが……前にも言いましたが、私のセンサーの範囲は半径二メートルです。なので二メートル範囲内に群生地があったらお教えします』
「いやそれもう見つかってるじゃん! 意味ねーよ! どんだけ範囲狭いんだよ! 美剣とか言って損したよっ!」
そういえば以前そんなことを言っていたような気もするが、今の今まで修介は完全に失念していた。
『そんな言い方をしていいのですか?』
「な、なんだよ?」
『この依頼の真に大変なところは、群生地を見つけることではありません。群生している花の中から薬草に使える数少ない対象の花を探し出すことなのです』
そこまで言われて修介はピンと来た。
「……つまり後世に語り継がれるであろう美しさを誇るアレサ様の空前絶後の高性能センサーを持ってすれば……」
『造作もないことです』
「アレサ様バンザーイ!」
修介は周囲に誰もいない森の
「これはもう勝ったも当然だな! 配信なら勝ったな風呂入ってくる状態だな!」
『群生地帯を見つけるのはマスターの役目ですから、頑張って森を探索してください。妖魔が出現する可能性もありますから油断しないでください』
浮かれる修介に向かってアレサは嗜めるように忠告した。
「わかってるって! よし、一〇本なんてケチなこと言わずに一〇〇本くらい見つけて受付嬢を驚かせてやるぜ」
修介は勢いよく立ち上がると森に向かって意気揚々と歩き出した。
結果から言うと、三時間ほど費やして修介が採取できたのは一七本だけだった。
最低本数はクリアできていたが、思ったよりも採取できなかった要因は修介が森を歩きなれていないことに尽きた。
修介は子供の頃に兄とふたりで千葉の田舎で散々野山を駆け巡って虫採りに精を出したものだが、それとは訳が違った。雑草が生い茂り起伏の激しい森の中を歩き回るのに予想以上に体力を消耗させられたのだ。いつ妖魔に出くわすかと緊張を強いられ、頭上を飛び回る虫やあちこちから聞こえてくる野生動物の鳴き声に神経をすり減らされた。
幸い妖魔には出くわさなかったが、いざという時に疲労で動けないという事態を避けるために小休憩を何度も挟んだことも時間を食った要因であった。
群生地帯を発見してからも大変だった。アレサのおかげで大量に咲き乱れる花のなかに目的の花が存在することはすぐにわかったのだが、細かい場所を教えてもらう為には視覚を共有せねばならず、常に片手はアレサの柄を握っていたので、思ったよりも作業効率が上がらなかったのだ。そのことで途中アレサとギャーギャー言い合いしてしまったことも効率を下げた要因だと考えられる。
だが、アレサがいなかったらおそらく一〇本に到達できていなかっただろう。数多いる虫どもの邪魔を掻い潜って大量の花を一本一本目視で確認する作業はそれはもう心の折れる作業である。その部分をアレサのおかげでスキップできたからこその一七本という成果だった。口では散々罵り合ったが、なんだかんだで修介はアレサに感謝していた。
まだ昼過ぎといった時刻だったが、これ以上の探索はやめたほうがいいとアレサから言われ、修介もそれに同意した。この後再び二時間半掛けて歩いて帰らねばならないのだ。ここで体力を使い果たすわけにはいかなかった。
「でも一七本は結構頑張ったほうだよな?」
修介はあらかじめ用意しておいた布袋に花を入れながらアレサに言った。
『よし、一〇本なんてケチなこと言わずに一〇〇本くらい見つけて受付嬢を驚かせてやるぜ、と言っていませんでしたか?』
「……俺が間違ってました。舐めて掛かってすいませんでした」
一筋縄ではいかない仕事だと痛感させられる結果となったが、最低目標は達成できていた為、気分はそれほど悪くなかった。このまま無事に帰れれば依頼達成である。疲労はあったが帰り道の足取りは軽かった。
帰り道でも特にトラブルに遭うことはなく、夕方になる前には無事にグラスターの街に戻ってくることができた。
「シュウスケさん、おかえりなさい」
ギルドに戻ってきた修介を見つけた受付嬢が笑顔で挨拶してくる。
ギルド内は特に混雑している様子もなかったので、修介はそのまま受付嬢の元へ行き、袋ごと採ってきた薬草を机の上に置いた。
「薬草、採ってきましたよ」
「はいお疲れさまでした。さっそく見させてもらいますね」
受付嬢は袋から薬草を取り出して数を数え始める。その様子を見ながら修介は受付嬢の反応がどういったものになるのかワクワクしていた。初めての薬草採集で一七本はなかなかの成果だと思っていた。期待の超新星現るとか言われるかもしれない。
「一七本。初めてにしてはたくさん集められましたね」
「……どうも」
期待していたよりも普通の反応であった。
受付嬢はそのまま一本一本手に取って花の下の部分が反り返っていないかどうか確認し始めた。最初の内は黙々とこなしていたのだが、一〇本を越えたあたりから「え、うそ」とか「すごい」などの独り言が増えてきた。
「あ、あの何か不備でもありましたか?」
おそるおそる修介が尋ねると受付嬢は修介の方を向いて首を横に振った。
「いえ、不備はありません。採取してきた花は全部依頼対象の花でした」
「そうですか」
修介はほっと胸を撫でおろす。これで全然違う花を採取してきたとかだったら今日一日の努力が全部無駄になってしまう。
「むしろ驚きました。この花は依頼対象の物とそうでない物を見極めるのがとても難しいんです。初めての方ですと酷いときは半分くらいが対象外だったりするんですよ。ベテランの方でも一、二割くらいは対象外の花を持ってこられます。それが全部対象となる花を持ってこられたのですから、シュウスケさん凄いですね!」
受付嬢は感心したように手を叩いて称賛する。
まったく予想していなかった角度から褒められて修介は戸惑った。
実際に花の見極めを行ったのはアレサであって、修介は言われた通り採取したにすぎない。手柄を横取りしたようで複雑な気分だったが、褒められて悪い気はしなかった。
「ウチは相方が優秀ですから」
「相方?」
「あ、いえなんでもないです。気にしないでください」
修介は手を振ってごまかす。腰のアレサがカタカタと小さく震えていた。
「私が受付担当になってから、薬草採集の依頼で全部買い取り対象だったのはシュウスケさんが初めてなんですよ。もしかしたらシュウスケさんには薬草採集の才能があるのかもしれませんね」
「……ど、どうも」
そんな微妙な才能いらない、と修介は思った。そもそもアレサの能力のおかげなので修介の才能ですらない。
「では一七本、全部買い取りさせていただきますね。こちらの依頼完了証明書に署名をお願いします」
受け取った用紙に署名をして受付嬢に返すと報酬が支払われた。
余剰の七本分が報酬に上乗せされていたが、所詮は薬草採集である。報酬額は微々たるものであった。一日分の宿代と飯代でほとんどがなくなってしまうだろう。
とはいえ、まだ初日である。なんといってもアレサという優秀なアシスタントがいるのだ。回数をこなすことによって効率が上がれば薬草採集でも十分な稼ぎになるだろう。何よりも妖魔討伐といった戦闘系の依頼より死のリスクが低いのが良い。
この際だから薬草採集を極めるのもいいかもしれない、そんなことを修介は考えた。
そんなわけで翌日以降も修介は薬草採集に精を出した。
日を追うごとに採取本数は増えていった。これは単純に森の中を歩くことに慣れてきて移動時間が短縮されたからである。
成果が出始めると楽しくなってくるのはどんな仕事でも同じである。
四日目には採取本数三〇本を達成した。同じ森を歩き回り続けたことで、なんとなくアプスラの花が咲いている場所の傾向もつかめてきた。
ギルドの受付嬢も修介が毎回多くの薬草を採取してくることを喜んでくれた。
最近の妖魔騒動で薬草の絶対数が足りていないらしく、修介が不人気な薬草採集の依頼を積極的にこなしてくれることでかなり助かっているのだそうだ。
そんなに喜んでくれるのなら、と修介は五日目も薬草採集に赴いたところで、ついに恐れていた事態が発生した。
妖魔との遭遇である。
四日間、一度も妖魔と遭遇しなかったのだ。心のどこかに油断があったことを認めないわけにはいかなかった。
その日もいつも通りに森の中を雑草をかき分けながら進んでいると、前方の茂みから物音がした。
どうせいつものように小動物だろう、そう修介は思った。
だが、現れたのは二匹のゴブリンだった。
「うわぁ!」「グギャ!」
修介とゴブリン、どちらがより驚いたかは定かではなかったが、日頃の訓練の賜物か、先に動くことができたのは修介だった。
反射的にアレサを引き抜くと驚き固まっている先頭のゴブリンの肩口に叩き込む。ゴブリンはおそらく何が起こったかわからないまま絶命した。
飛び掛かってくる二匹目のゴブリンの錆びた小剣をアレサで受け流すと、そのまま背後に回り込み、がら空きの背中に思いっきり蹴りを食らわせる。顔から地面に突っ伏したゴブリンの背中に逆手で持ったアレサを突き刺した。
「ギャッ」
短い悲鳴をあげてゴブリンは動かなくなった。
「び、びっくりした……」
戦闘時間は短かったが、修介の心臓はバクバクと激しい鼓動を刻んでいた。
咄嗟に反応できたことは上出来だったが、この場合は油断していたことを反省すべきだろう。今回は二匹だったから対処できたが、もっと数が多かったらどうなっていたかわからないし、森の中では助けも期待できない。
最近は効率ばかりを重視していたが、もう少し慎重に行動すべきだと修介は気を引き締め直した。
修介はゴブリンの死体を見下ろす。
妖魔の死体は焼却すべきだが、さすがに森の中で火を使うのは躊躇われる。かといって埋めるわけにもいかないので、修介は申し訳ないと思いつつもこのまま放置することにした。妖魔は妖魔の死体に引き寄せられると言われているので、少し離れた場所に移動したほうがいいだろう。
『マスター、せっかく妖魔を倒したのですから、討伐の証を取ってください』
アレサの言葉で修介は受付嬢から聞いた妖魔討伐の証についての話を思い出した。
冒険者は妖魔を討伐すると報奨金がもらえる仕組みとなっている。ただ、ギルドとしても証拠もなしに口だけで倒したという報告を鵜呑みにするわけにもいかないので、冒険者は妖魔ごとに定められた部位を持って帰ることで、それと引き換えにギルドは報奨金を出しているのだ。
耳がある妖魔は右耳がその証となる。耳がない妖魔は指だったり、鼻だったりと妖魔ごとに定められていた。ちなみに人間の賞金首は文字通り首から上である。
「うげぇ、ゴブリンの耳とか削ぎたくねぇ……なんでこの世界の妖魔は倒したら宝石にならないんだよ……」
そう愚痴をこぼしながらも修介はアレサの言う手順に従ってナイフでゴブリンの耳を削ぐ。実に気持ち悪い作業だったが、これが金に代わるのだから冒険者としてやっていく以上は慣れるしかなかった。
結局、その日はゴブリンと遭遇したこともあって、いつもより慎重に移動したことから採取量は伸びなかった。ただ、ゴブリンの討伐報酬が上乗せされたことでいつもよりも収入は増えた。薬草採集よりも妖魔討伐のほうが実入りが良いのは当然だが、修介としては複雑な気分だった。
やはりパーティを組んで妖魔討伐をしたほうがいいのだろうか、そんなことを考えながらもその日以降も修介は薬草採集の依頼を黙々とこなし続けた。
その甲斐あってか、冒険者になってわずか七日で、修介はグラスター冒険者ギルドで一日の薬草採取量の最多記録を更新するという名誉を賜ることとなった。
受付嬢は「すごいすごい」と大喜びだったが、その記録更新によって修介は悪い意味でギルド内で有名になってしまったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます